特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向民間主導による動きが活発化(ベルギー)
AI4Belgium:2030年までに最低10億ユーロの投資を提案

2019年5月17日

ベルギーではここ数年、人工知能(AI)についてメディアなどで大きく取り上げられており、話題になっている。しかし、政府によるAIに関する具体的な方針は示されておらず、公的な支援はまだ不足している。一方で、民間の研究開発機関や産業団体を中心に、AIを活用したビジネスベンチャーや研究開発が活発化している。また、AIに関する知識を有する人材の不足を解消するため、専門の研修機関が設立されるなど、新たな動きも出てきている。そのような中、連邦政府のデジタルアジェンダ(注1)担当の閣僚らも、他国にこれ以上後れを取らないよう、「エイアイフォーベルギー(AI4Belgium)」と称する新たな取り組みを、ようやく発表した。ベルギーにおけるAI関連の動向を紹介する。

AIの活用について住民は比較的、前向きなイメージ

ベルギーの世界有数の半導体ナノエレクトロニクスの民間研究開発機関であるIMEC(本社:ルーベン)が2018年に実施した、フランダース地域(フラマン系:ベルギー北部のオランダ語圏)の住民を対象にした「AIについての知識とその利用」に関するアンケート結果によると、16歳以上の住民の17%がAIに対して「非常にネガティブ」なイメージを持ち、37%が「非常にポジティブ」、46%が「どちらでもない」と回答しており、全体的にAIに対して住民は比較的、前向きなイメージを持っているといえる。「AIを活用したアプリケーションを過去に利用したことがあるか」という質問については、「利用したことがある」と回答をした住民は20%にとどまったが、AIの技術が既にスマートフォンの仮想アシスタント機能やオンライン上のチャット、スマートスピーカーなどにも活用されていると紹介された後では、住民の44%が「AIを利用したことがある」と回答を変更したという結果が示された。つまり、まだ多くの人々は、AIが活用されていると知らずにスマートフォンなどのアプリケーションを使用しており、AI技術の可能性について知識が不足している状況だ。しかし、AIが今後さらに社会の中、またいろいろな分野で活用をされる点については、おおむね、前向きに捉えているようだ。

公的支援は不足

ワロン地域(ワロン系:ベルギー南部のフランス語圏)、フランダース地域、ブリュッセル首都圏地域の各地域政府レベルでは、多少、規模や内容に差があるものの、AIを含む情報通信技術(ICT)分野におけるイノベーション創出に関連した支援は実施されている。例えば、ワロン地域政府は、デジタル産業支援のためのポータル「デジタル・ワロニア(Digital Wallonia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )」や「クレアティブ・ワロニア(Creative Wallonia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )」を通じて、ICT分野における革新的なプロジェクトやスタートアップへの各種サービスや資金援助に関する情報を提供している。ブリュッセル首都圏地域政府も、同様に、同政府の研究・技術革新機関であるイノビリス(Innoviris外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )を通じて、優れた研究開発プロジェクトに対して、産業調査、実証試験(試作機開発)などにかかるコストの15~70%の資金援助を行うスキームを提供している。ただし、AI技術に特化した公的な支援についてはまだ少ない。

公的機関による対応が追いついていない状況の中、民間主導でベルギーのAI技術、関連ビジネスの支援・促進を行おうという動きが目立っている。

南北間でAI企業創出数に格差

ベルギー北部のフランダース地域では、IMECを筆頭に独立系の研究開発機関がAIの研究をリードしており、AIを扱う関連企業や研究機関が増加し、AI関連のスタートアップの活躍が目立ってきている。例えば、ディープラーニング(深層学習)(注2)を駆使したアプリケーションとAIロボットを主に農業、製造業、メディアに提供しているロボビジョン(Robovision外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )(本社:ヘント)、マシン・ラーニング・ソリューションを提供するラディックス(Radix外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )(本社:ブリュッセル)、同じく、金融、物流、公共サービス、小売業(オンラインショッピング)などのサービス産業を中心にマシン・ラーニングによるビジネス・ソリューションを提供するML6外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:へント)、AIエンジニアリング・プロバイダーとして、企業が導入しているAIの精度や働きに対する評価のほか、データ・ストリーミング・プラットフォームや会話マネジメントシステム(チャットボット)(注3)などを提供するファクション(Faktion外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )(本社:アントワープ)などが勢いのあるスタートアップとして注目されている。

一方、南部のワロン地域では、AI関連企業の起業状況は、フランダース地域よりやや遅れており、まだ成熟していない企業が多い。ワロン地域政府のデジタル庁の調査によると、ワロンにあるスタートアップ400社のうち、AIを活用した製品またはサービスを提供している企業は6%程度にとどまっているとのことだ。このような状況を打開するため、2018年11月に、ワロン地域で初となるAI技術の活用と企業活動への統合や、普及促進を目的とする非営利の共同体「レゾーIA(ReseauIA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )」が発足した。同共同体は、AIに関連する企業、団体、AI分野の研究者らの専門家で構成され、ワロン地域の企業や団体、公的機関がAIを取り入れ、活用することによって、ワロンの経済発展に寄与したいとしている。

マイクロソフトなど、ベルギー初のAI研修機関を開設

ベルギー企業の多くがAI導入に関心を示しているものの、AIの専門的な知識を有する人材の不足が課題である。このような状況を解消するため、IT大手マイクロソフトは、ベルギーで求職者向けにウェブ開発の研修施設を運営するビーコード(BeCode外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(所在地:ブリュッセル)などと共同で、ベルギー初となるAI専門の研修機関「AI スクール」を開設すると2019年2月に発表した。 4月から開講し、第1期では25人の研修生を受け入れている。10カ月の研修期間のうち、最初の7カ月間でデータ・マネジメントとAIについて学習した後、提携先企業で3カ月間インターンシップを行う。研修は全て無料で、今後、ベルギー国内にさらに8カ所に開設し、年に350~500人の専門人材を育成することを目標としている。

以前から、科学技術、ICT、バイオテクノロジー分野などでの産学連携が進んでおり、大学や研究開発機関からのスピンオフ企業の事例が多いベルギーだが、今後はAI分野において、同様の動きが出ることが期待されている。

AI4Belgiumの始動

これまで、連邦政府によるAIに対する具体的な支援策は公表されておらず、国全体としての戦略は示されていないが、3月18日に、デジタルアジェンダ(注3)を共に担当するアレクサンドル・ド・クルー副首相 兼 財務・開発援助相(脱税対策担当)とフィリップ・ド・バッケル・デジタルアジェンダ・情報通信・郵政相が、「エイアイフォーベルギー(AI4Belgium)」という新たな取り組みを発表し、ベルギーにおけるAI活用の推進に向けた施策を提案した。AI4Belgiumは、社会でAIの重要性が増す中、同分野をリードする米国、中国を始め、他国から取り残されないように、連邦政府および地域が「AIへの対応」を政策の最重要課題として掲げるよう促すことを目的としている。2019年の5月に控える総選挙を前に、次期政権へ向けた提言でもある。

AI4Belgiumは、官民のAIに関わる専門家で構成されるイニシアチブであり、今回、作成された報告書において、ベルギーにおけるAIの活用推進のための6つの勧告を示した。また、AI技術によって可能となる社会的および経済的進歩を理解し、AIに関する幅広い問題を捉えて、ベルギーが今後そして長期にわたって、責任あるAIの活用を実現し、重要な欧州のプレーヤーになることを目指すべきとしている。 そのためには、2030年までに最低10億ユーロの投資が必要になるだろうと明言している(表参照)。

表:AI4 Belgiumの6つの勧告
No テーマ 提案の主な内容
1 教育体制の再定義 技術とAIは、社会と労働市場に確実な変化をもたらすが、この転換を支えるための教育やツールを欠いている状況。社会人の能力開発および若者がデジタル分野の能力で優位性を持てるような教育プログラムの策定が必要。
2 責任のあるデータ戦略の策定 データの活用において、時代にあった強固な法的枠組み、倫理原則、そして高い透明性を達成することが必須。 データは第4次産業革命の原動力となるエネルギー。 オープンデータポリシーの強化、連携と適切なツールとアプローチによるデータ交換プラットフォームを通じて、より責任あるデータ共有を促進するデータエコシステムの構築が必要。
3 民間部門でのAIの採用を支援 企業、特に中小企業にとって、AIの使用を開始するのは困難な場合がある。内部の専門人材の不足や、外部委託にかかるコストが原因で複雑であると受け取られうるためだ。 そのため、研修プログラム、イベント等などライトハウス(灯台)アプローチを用いAIの理解促進を行うことを提案。 全国的なAIハブの設置による、AI関連のコラボレーションの促進とAIへのアクセス向上と実験の容易化を実現する。
4 革新と普及 ベルギーには世界的に有名な研究者がいるものの、多くの研究が高い市場普及率に達していない。 また、優れたAI人材の誘致・活用ができていない課題もある。 さらには、革新的な技術をもった若い企業の多くが初期ステージから大企業に成長できていない。 そのため、大学・研究機関での大規模なコラボレーションを通じて、ベルギーをヨーロッパのAIの実験室にすることを提案。 さらに、AI関連の研修プログラムの作成、実用的なアプリケーションに重点を置き、選択的なAIへの移行を推進する。 投資ファンドや専門知識の活用により、AI企業の成長を支援すること提案。
5 公共サービスの改善とエコシステムの促進 現在、AIを試している公共機関は少ない。 まず、公共機関はそれぞれの役割を再考し、エコシステムに組み込まれたプラットフォームへの変換をすべき。 また、より新しい技術の導入がしやすい公共調達の仕組みなど、公的機関がAIを実験的に導入することを可能とするツールを提供する必要がある。 公共部門を内部から変革し、主要な部門横断的なプロジェクトを立ち上げるために、最高デジタル責任者(CDO)を配置することを提案。
6 持続可能な実施のための原則 継続的な公共の信頼を確保し、全ての利害関係者と協調し、ボトムアップのアプローチをとりながらエコシステム主導の取り組みを行うこと、また、健康やライフサイエンス分野等などの分野に重点を置く。 これらの目的の達成のためには、2030年までに少なくとも10億ユーロの投資が必要。

出所:AI4Belgiumサイトよりジェトロ作成

ようやく連邦政府の担当相によって発表された、ベルギーのAI戦略案は、教育改革、起業支援とその資金調達までを示した野心的なロードマップではあるが、同イニシアチブの参加メンバーは、AIに特に影響を受けると考えられる省庁、市民社会、大学、民間大手企業の代表者で主に構成されている。国全体のAI戦略を議論する上では構成メンバーがまだ限定されており、高等教育以外の初等中等教育の関係者、マスコミ、中小企業やファンド・投資家らを加え、幅広い参加者で構成されるべきというメディアの意見もある。 同イニシアチブは今後、新規に立ち上げられた専用サイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を通じて情報発信をするとともに、賛同するメンバーや団体を随時、募集していく。


注1:
欧州委員会によって提示された、EUの中期戦略「欧州2020」の7つの柱のうちの1つ。発明、経済成長や進化を促進するためにICTの可能性をさらに活用することを提案している。
注2:
機械が物事を理解するための学習方法で、人間の神経をまねてつくったネットワークを構築し、大量のデータのどこに注目すべきか、最適なデータの重み付けを自ら判断し、学習して、データに基づいた、より精度の高い分析や判断を可能としていくもの。
注3:
「チャット」と「ボット」を掛け合わせてできた言葉で、AIを活用し、テキストや音声などで会話を自動的に行うプログラムのこと。
執筆者紹介
ジェトロビジネス展開・人材支援部国際ビジネス人材課
土屋 朋美(つちや ともみ)
2007年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター(2007~2010年)、機械・環境産業部(2011~2014年)、海外調査部欧州ロシアCIS課(2014~2015年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所(2015~2019年)などを経て現職。

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