特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向企業が政府に大きく先行(スペイン)

2019年6月12日

スペインでは、人工知能(AI)に関する国家戦略が未策定の一方、通信・金融大手がAIを活用したビッグデータビジネスを力強く推進。風力発電やインフラ、観光、ファストファッションなど、これまでスペイン企業が勝ち続けてきた分野でも、従来の強みを生かしたAI導入を目指す。バイオメディカル分野では、日本企業がスペインで蓄積したAIのノウハウを基に、グローバル展開を目指す事例もある。世界有数のAIエコシステムを有するスペインには、国外企業の実証試験から実装、商用化まで対応できる魅力がある。

膨大な顧客データを強みにAI活用を先導するテレフォニカ

マイクロソフトとコンサルティング会社PwCが2018年3月に発表したAIビジネス調査によると、スペイン大手企業の中でAIをビジネスに実装し利益を創出している企業の割合は11.5%と高くはない。他方、実証段階に至っている企業は46%を占め、今後加速度的に実装、商用化が進むことが予想される。

スペイン企業のAI活用を牽引する通信大手テレフォニカは2012年以降、最新のデジタルインフラ整備、全ての自社ITシステムの統合、新たなデジタル製品・サービスの開発に約560億ユーロを投じてきた。2016年10月に法人顧客向けのAI・ビッグデータ分析部門「ルカ(LUCA)」を設置し、3億5,000万人に上る契約者の端末から収集した膨大な位置情報や、データ消費・通話情報を収益化するビッグデータサービスを開始した。現地報道によると、同社はリアルタイムのデータを個人が特定できないよう独自の自主規制にのっとって処理し、機械/深層学習によるデータ解析を基に得られた消費者インサイト(潜在的欲求)を、同10月時点で金融機関や小売り、ホテル、公共交通機関など20カ国150企業に提供している。さらに2018年10月には、機械学習とディープラーニング(深層学習)などの技術を駆使した最新の分析能力の統合により、多分野での提案を可能にする新たな商品の提供を開始するなど、継続的な開発に取り組んでいる。

また、2018年2月には、自社開発AI「アウラ(AURA)」を搭載した家庭用スマートスピーカーを発表し、同年末から欧州・南米の主要市場6カ国で発売を開始。携帯用アプリケーションを通じ、契約者向けの問い合わせ対応やビデオ通話、ケーブルテレビ視聴などのサービスに加え、呼びかけるだけで家電が操作できるスマートホームハブ機能も搭載。百貨店大手エル・コルテ・イングレスや国内航空会社との提携によるショッピングやチェックイン機能、ツイッターとの連携も追加する。将来的には、グーグルやマイクロソフトの音声アシスタントやフェイスブックとの連携も視野にあり、契約者の意思を尊重するとしつつも、その膨大なデータを収益化すべく、AIを活用したデータ主導型のビジネスモデル構築を目指している。

金融大手ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア(BBVA)銀行も、「GAFA」に代表される大手IT企業の金融業参入に対抗すべく、モバイルアプリ開発者向けのオープンプラットフォームを通じて、独自の決済アプリや銀行保証発行ツール、不動産査定ツールなどデジタル化に迅速に対応してきた。AIでも、2017年秋から、家庭の支出と収入を基に最も望ましい財政プランを提案するビーコノミー(Bconomy)という家計簿アプリや、メッセージアプリ経由で送金もできるチャットボット「キャッシュアップ(Cashup)」を導入。トルコ市場でも音声アシスタント「UGI」を内蔵したモバイルバンキングアプリを提供するなど、リテール顧客のデータに重点を置いたフィンテック導入で先行している。

重要産業のインフラ、アパレル、観光で取り組み進む

スペイン企業が競争力を持つ産業でも、AI活用への取り組みが進む(表参照)。インフラ・プラント分野では、シーメンスガメサやアクシオナが風力発電機のメンテナンスで、AI技術を実装して故障予測を行っているほか、ITサービス大手インドラがEUの研究開発支援枠組み「ホライズン2020」プログラムも活用し、建設大手フェロビアルなどと鉄道インフラの保守管理システムで同様の故障予測ソリューションの実証試験を進めている。

観光分野では、予約システム大手アマデウスが格安航空会社(LCC)に対抗すべく、機械学習により航空券の販売収益を最大化する価格決定システムを導入しているほか、ブティックホテルチェーンのルームメイト・ホテルズも予約キャンセルの予測にAIを活用している。こうした既存事例に加え、トレンド予測や顧客サービスのカスタマイズなど、業界全体でAI活用に対する期待は大きい。

「ZARA」などのブランドを世界に展開するアパレル大手インディテックスも、ウルトラファストファッションと呼ばれる英国などの新興オンラインブランド勢に対抗する上で、実店舗を逆に強みへと変えるべく、来店客の行動をビッグデータ化し、顧客行動予測を行う実証プロジェクトに取り組んでいると報じられる。

表:スペイン主要企業のAI活用・取り組み事例
企業 概要
テレフォニカ(通信) 3億5,000万人の顧客のビッグデータ解析による消費者インサイト、独自AI音声アシスタント「AURA」の二本柱でAI/ビッグデータビジネスを展開。
BBVA銀行(金融) 送金機能を持つチャットボットやAI音声アシスタントを内蔵したモバイルバンキングアプリ。現在、顔認証決済システムを実証実験中。
インドラ(ITサービス) EUモビリティー・ビッグデータ活用事業の枠組みで、高速鉄道インフラの保守管理ソリューション「Movaトラフィック」を実証展開、線路状態の予測によりインフラ利用を最適化
エンデサ(電力) 国のスマートグリッド・再エネ統合実証事業で、機械学習によるスマートグリッド配電線の故障を予測
シーメンスガメサ(再エネ) マイクロソフトのAzure AIにより、風力発電機のドローン撮影画像をAIで認識し破損箇所を早期検出して補修コストを削減。
レプソル(エネルギー) グーグルの機械学習ツールにより、製油所のエネルギーその他リソース消費を削減し、利益率改善を目指す
アマデウス(旅行予約システム) 機械学習により、航空券の収益を最大化するための販売価格を設定、またオンライン旅行代理店の顧客転換率を向上

出所:各社ウェブサイト・報道を基に作成

日本企業はスペインを拠点にバイオメディカル分野で実証

医療分野では、日本企業によるAI取り組みへの参画が活発だ。富士通は2016年11月にマドリードのサン・カルロス医療研究所と、精神病患者の診断における意思決定を支援するAIシステムを共同開発し、診断時間の半減やリスク発見の精度向上に成功した。

NTTデータは2017年1月、スペイン子会社エヴェリスとともに、南部セビリアのビルヘン・デル・ロシオ大学病院の集中治療室(ICU)向けに、患者の合併症発症リスクをAI技術により予測し、医師に通知するスマートアラートソリューションの実証実験を開始した。また、同院でICU向け拡張電子カルテシステムを導入して、患者の生体情報を収集。2018年4月には、このビッグデータを基に診断意思決定や業務支援を行うAIソリューションの開発を行う提携を同院と結んだ。さらに、2019年4月には、EUの研究開発支援枠組み「ホライズン2020」採択プログラムの一環で、ディープラーニングやコンピュータビジョンなどの最新AI技術を活用し、神経疾患や悪性腫瘍の発見、ガン発病予測において、精度の高い診断・治療ツールを開発する「ディープヘルス(DeepHealth)」という実証事業をバレンシア工科大学などと実施すると発表した。

南欧最大級のAIエコシステム、バルセロナ

フランスデジタル推進協会(France Digitale)とコンサルティング会社ローランドベルガーが2018年10月に発表した「欧州AIエコシステム調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によると、スペインのAIエコシスエムは英国、フランス、ドイツに次ぎ、EU4位に位置付けられている。AI関連スタートアップは約125社と、3位のドイツの半数程度だが、研究所の数は約30拠点、関連イベント数も2,500件以上にのぼり、EUにおけるAI取り組みの牽引役となっている。

うち、最も規模が大きく活発なエコシステムがあるのはバルセロナだ。同地でエコシステムを形成するのは、800社を超えるスタートアップなどの企業や研究機関、投資家、インキュベーターやアクセラレーター、公的機関が参加するデジタル化推進団体「バルセロナ・テックシティー」。同団体が2016年に設立した欧州有数のデジタル・イノベーション・ハブ「Pier01」。そしてAI研究・人材養成拠点であるカタルーニャ工科大学(UPC)やスペインの公的研究機関の最高峰である高等学術研究院(CSIC)が同大学に設立したロボティクス研究所(IRI)、IBMとスペイン政府が共同開発したスパコンを擁するバルセロナ・スーパーコンピューティングセンター。質・量ともに欧州有数のエコシステムとなっている。さらに、「バルセロナ・テックシティー」は5月22日に、「Pier01」に続く新たなテクノロジーハブ「Pier03」の設立を発表するなど、同地域のAIエコシステムはさらに進化を続けている。

アマゾンも2018年3月にバルセロナに研究開発センターを設置し、100人以上のエンジニアを雇用し、音声アシスタント「アレクサ(Alexa)」のスペイン語対応のための自然言語処理と機械学習技術の開発を進めている。

また、前述のNTTデータは5月に、AI技術のグローバル集約拠点(AI CoE)をバルセロナに設立した。この拠点には130人の技術者を配置済みだが、今後各国グルーブ会社のAI専門技術者も参加する予定だ。エヴェリスの人材や資源をベースに、AI知識集約や人材育成、技術支援、知的資産の提供といった機能を通じてデジタルビジネス拡大をグローバル横断で支援していく。

スペインのAIエコシステムは、マドリードやバスク州のサンセバスティアン、バレンシアなどさまざまな都市の学術研究機関を核として分散している。

英国の「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」誌が発表する各国大学のAI研究影響力ランキング(2017年)で世界4位となったグラナダ大学があるアンダルシア州グラナダにも、重要なエコシステムがある。「オン・グラナダ・テック・シティー(OnGranada Tech City)」は情報通信技術(ICT)・バイオ技術分野の企業640社、35の関連研究機関や公的機関が参加する大型クラスターで、アンダルシア州のデジタル・イノベーション・ハブの牽引役を務め、AIを最重点分野としている。同クラスターは2018年、スペイン国内のクラスターの中で最も多くの産業R&D助成金を獲得している。

AIの「糧」であるオープンデータの分野では、スペインはEU各国の進捗度評価でアイルランドに次ぐ2位(2018年)となっており、欧州の「トレンド・セッター」と評価される。スペインでは政府主導による取り組みが進み、2015年から国や自治体の公開データのほぼ全てがオープンライセンスで無償提供されている。その一方で、データ利活用状況の指標であるAPI経由のデータアクセス率は1%と低く(フランスは65%)、データ標準化の未整備が活用を妨げているという課題がある。とはいえ、データ連携や使い勝手を向上させるためのプラットフォーム整備の動きは年々進んでおり、スペインの積極的なオープンデータ・エコシステム構築は今後のAI活用における大きな強みとなっていくだろう。

2019年中には国家AI戦略が策定される見通し

エコシステムの規模や活発な企業動向とは対照的に、スペインは過去3年間の不安定な政権の影響で、いまだ国家AI戦略が策定されていない。EU主要国が相次いでAI国家戦略を明らかにする中、産学界の焦りは強く、電子・情報通信技術・デジタル事業者協会(AMETIC)は十分な法的枠組みと財源に基づく国家戦略の策定を再三要求している。

政府は3月、本格的なAI国家戦略の第一歩として「AI分野における研究開発戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.3MB) 」を発表した(参考参照)。具体的な予算規模などは示されていないが、経済基盤では、インダストリー4.0のほか、スペインが強みを持つ自動車、農業、観光分野、また社会基盤では行政・安全保障、スマートシティーなどの持続可能な社会づくりや、高齢化社会を控えた医療分野でのAI活用の研究に重点を置いていることがうかがえる。

EUは加盟国に2019年前半までのAI国家戦略の策定を推奨しており、政府も対応を進めている。

参考:スペイン政府の「AI分野における研究開発戦略」(2019年3月発表)

優先的領域 1:研究開発環境の整備
EUのデジタル変革支援プログラム(Digital Europe)や次期研究・イノベーション枠組み計画との協調
AI研究拠点の把握
主要研究拠点を強化し、中核センター網へと昇華
EU認定デジタル・イノベーション・ハブ(DIH)と研究拠点・センター間の連携強化
AIの活用・実装研究の進捗分析を可能にする指標の確立
優先的領域 2:AIを応用すべき経済・社会的優先分野と、カギとなるAI技術の特定
経済基盤
  • インダストリー4.0(故障予測、生産性向上、高度ロボティクス、自動運転・運転支援技術)
  • 循環経済(スペインが高い競争力を持つ農業分野にも活用)
  • セキュリティー(画像解析など)
  • 観光(ホテル・外食業のデジタル化)
社会基盤
  • 行政(チャットボットを通じた行政サービス、国家安全保障・治安維持におけるAI活用)
  • 教育(AIによる個別指導システム、機械学習を通じた落第を予防するフィードバックシステム)
  • スマートシティー(誘導探知機や監視カメラなどの人工センサー、スマート建物・交通)
  • 医療(疾病予防・治療)
優先的領域 3:知識移転を推進するための施策づくり
産学連携のエコシステム構築
イノベーション公共入札への官民コンソーシアム参加
優先的領域 4:AI専門人材、横断的人材開発のためのシステムづくり
従来の「STEM」(注)に、人文社会分野(Arts and Humanities)の知識も併せ持つ「STEAM」人材の育成
専門人材のAI知識習得
優先的領域 5:データエコシステムの構築とインフラ強化
行政オープンデータインフラの構築と民間開放
優先的領域 6:研究開発の観点からの倫理分析
公正で差別のないAIの開発
AIの活用・導入研究における倫理的側面を審査する委員会の設置"

注:科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Math)分野の知識を持つ人材。
出所:科学・イノベーション・大学省

執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。