医療分野・知財・労働
2026年米国NTEのメキシコ編を解説(3)
2026年5月29日
米国通商代表部(USTR)は3月31日、2026年版の「外国貿易障壁報告書(NTE)」を公表した(2026年4月2日付ビジネス短信参照)。そのうち、通関、エネルギーセクター、鉱業セクター、非市場的政策および慣行(NMPPs)に関する米国の主張とメキシコの対応については、(1)通関・NMPPsと(2)エネルギー・鉱業で解説した。本稿では、医薬品・医療機器、知的財産、労働分野に焦点を当てて解説する。
医薬品・医療機器への懸念
USTRは、メキシコにおける医薬品や医療機器の衛生登録および輸入許可申請に強い懸念を示している。米国の医薬品・医療機器業界は、メキシコでの衛生登録に18~24カ月の遅延が生じていると報告しており、改善の兆しはあるものの、登録を円滑化するには制度面の構造的改革が不可欠だと指摘する。連邦衛生リスク対策委員会(COFEPRIS)は未処理案件の解消を進めているが、米国食品医薬品局(FDA)承認済みの製品でも登録に1年以上かかる例があるとの声が米国企業から寄せられている。COFEPRISは依然として人員が不足しており、審査期限内の衛生登録付与、工場検査、適正製造規範(GMP)認証に必要な体制が十分ではないとされる。そのためUSTRは、COFEPRISが承認および検査に関する相互承認メカニズムの導入を進めており、審査プロセスの改善点を把握するため、FDAとの規制に関する技術協議を継続していると述べた。さらに、農薬や農薬用化学物質の分野でも同様の遅延が報告されている。具体例として、企業の住所変更といった単純な行政手続きでも遅延が発生しているとされ、米国企業によれば、COFEPRISは多くの農薬について登録更新を承認していないという。
メキシコの医薬品・医療機器などの衛生登録に関する対応
NTEにも一部記載があったが、メキシコ保健省は2025年後半から「COFEPRISにおける手続きの簡素化措置を定める省令」を公布し、衛生登録の新規申請や修正手続きの見直し、承認期間の短縮を進める方針を示した(注1)。医療機器は用途に応じてクラス1~3に区分されるが、衛生登録の承認期間は従来の30~60日から20~35日へ短縮された。医療機器関連の在メキシコ日本企業へのヒアリングでは、コロナ禍の2020年には承認まで1,000日を超えることもあったが、2023年には450日程度、2024年には200日、2025年には100日前後と大幅に改善してきたとの声があった。また、省令公布後には、申請から取得まで1年半~2年を要すると見込んでいた案件が、2~3カ月程度で承認されたケースも報告された。一方で、今回示された基準より長い承認期間となる例もあり、引き続き注意が必要だ。さらに、今回の改正では米国・カナダ・日本における同等性認証に関する文言が削除され、同等性認証が認められていた際には不要だった書類の提出を求められるケースも散見される。そのため、衛生登録を申請する際には、必要書類をあらためて確認することが重要となる。
医薬品・医療機器における政府調達での問題点
USTRは、医薬品・医療機器に関して、政府調達制度における新たな措置にも言及した。2025年6月2日付の連邦官報で、シェインバウム大統領は「国内投資を促進し、製薬産業の発展および医療用資材の生産を強化し、国内の科学研究の発展を図るための政令」を公布した。これにより、2026年1月1日からメキシコ政府は、以下の条件を満たす供給業者に対し、調達プロセスで追加の加点を付与するとした。(1)医薬品、医療用品、および医療機器のメキシコ国内生産チェーンに投資する企業、(2)メキシコ国内に関連インフラ(工場、研究所、倉庫)を設置する企業、または(3)メキシコ国内で科学研究または革新的な製品を開発する企業だ。USTRは、これらの措置が米国の医療関連企業にとって不利に働く可能性があるとし、メキシコが米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)における政府調達の約束と整合性を保っているかを注視する必要があると指摘した。
メキシコ政府は、2025年1月13日に発表した「プラン・メキシコ」(2025年1月17日付ビジネス短信参照)で、国が実施する調達の50%を国内産で賄う方針を示した。また、2025年4月3日に発表した「プラン・メキシコ」を加速するための18のプロジェクト(2025年4月11日付ビジネス短信参照)では、COFEPRISによる行政手続きの簡素化や、製薬・医療機器産業の国産化を公共調達によって進め、政府調達における国内産比率を65%へ引き上げる方針が示された。こうした動きを踏まえ、2025年6月2日に公布された政令では、医薬品・医療機器関連企業がメキシコ国内で投資、工場建設、または製品開発を行う場合、国内調達において加点措置を適用するとした。ただし、加点の具体的な方法や詳細な規定はまだ公表されておらず、今後の公共調達案件や連邦官報を確認する必要がある。
知的財産の保護に関する論点
USTRは、メキシコが知的財産権に関する2025年版「スペシャル301条報告書」で「優先監視リスト」に掲載された点に言及した。米国の知的財産(IP)集約型財・サービスの貿易における障壁として、実店舗やオンライン市場を通じて海賊版や偽造品が広く流通していることを問題視している。オンライン上の海賊版も増加しており、メキシコは音楽やビデオゲームの海賊版率が世界で最も高い国の1つであるとされる。また、オンラインを含む知的財産権の刑事執行では、依然として以下の課題があると指摘された。連邦、州、地方自治体の当局間の連携不足、起訴に必要なリソースの不足、偽造品や海賊版の供給者に対する継続的な捜査の欠如、そして違反を抑止するには不十分な罰則だ。さらに、ブランド所有者は悪意ある商標登録に直面しており、企業にとって早期の商標登録が重要だとされた。特許や商標侵害に関する行政・司法手続きが長期化し、訴訟中も侵害が続くケースがある点について、権利者は強い懸念を示している。
メキシコにおける知的財産の対応
3月18日に開催されたUSMCA見直しに向けた米国・メキシコ間の2国間協議(2026年3月17日付ビジネス短信参照)を受け、メキシコ経済省は3月22日のプレスリリースで、USMCAの枠組みにおける知的財産権の執行強化に向けた措置を公表した。その中で、以下の項目について両国が合意したと説明している。
- メキシコ経済省とUSTRが共同議長を務め、両国の法執行当局が参加する作業部会を設置すること。目的は、刑事捜査の強化、効果的な法執行手法の活用、そして知的財産権侵害犯罪を抑止するための司法手続きの実施を促すこと。
- 著作権および商標権の利害関係者と法執行当局による会議を設置し、権利者がメキシコ政府の関連当局に対して問題を提起し、刑事手続きへの送致プロセスを確認できる仕組みを整備すること。
また、メキシコ政府は4月3日、産業財産権保護法(LFPPI)の改正を連邦官報で公布し、USMCAの見直しを視野に、(1)技術移転の促進、(2)特許・商標などの保護手続きの簡素化・迅速化、(3)メキシコ産業財産庁(IMPI)の機能強化と国際基準との整合を図ることを目的とした包括的な制度改正を実施した(2026年4月10日付ビジネス短信参照)。エブラル経済相は4月22日、「知的財産権については2025年版スペシャル301条報告書でメキシコは『ウォッチリスト』に指定されている。メキシコがこのリストから外れることを目標に、多大な労力をかけてきた」と述べ、政府としての取り組みを強調した(2026年4月24日付ビジネス短信参照)。さらに、4月30日の経済省のプレスリリースでは、エブラル経済相が「USTRがウォッチリストから除外されたことを発表した」と述べた。リスト除外を受け、「特許、医薬品、高度なコンピューターシステム、人工知能などの分野で投資が促進される」とし、米国がメキシコの知的財産に対する懸念を解消したと評価した点を強調した。
労働分野に関する両国の見解
NTEでは、国際的に認められた労働権の保護に関するメキシコの法律、特に結社の自由や団体交渉権の実効性、労働法の執行について懸念が示された。つまり、USMCAにおける「事業所特定の迅速な労働問題対応メカニズム(RRM)(注2)」が十分に機能していないと指摘している。また、2023年2月17日にメキシコ労働・社会保障省(STPS)が公布した「強制労働により生産された商品の輸入を禁止する省令」についても、実際の執行が十分とは言えず、こうした商品が依然としてメキシコ市場に流入し、競争に影響を与えている可能性があるとした。
メキシコ政府は、RRMの強化については慎重な姿勢をとっている。1月15日早朝の記者会見で、エブラル経済相は、RRMなどのいくつかのメカニズムについて相互性や対等な関係を確保する必要性を提起した。また、USMCA見直しに関する公聴会の結果をまとめたレポートでも、RRMがメキシコのみに適用され、同国に不利益をもたらす非対称な仕組みになっているという反対意見が示されている。
強制労働については、2025年10月29日にSTPSが「STPSが規制する輸入対象物品を定める規則を改正する省令」を公布し、STPSの権限強化と申請手続きを簡素化が進められた(注3)。しかし、米国税関・国境警備局(CBP)は2026年1月29日、メキシコのコーヒー製造企業フィンカ・モンテ・グランデに対し、収穫工程での人権侵害の疑いを理由に違反商品保留命令(WRO)を発令した(2026年2月3日付ビジネス短信参照)。CBPは同社の強制労働の実態を分析し、国際労働機関(ILO)が示す人権侵害の6つの指標に該当すると判断し、同日以降、同社が製造したコーヒーの輸入を差し止める措置を取った。つまり、米国政府はメキシコ政府の強制労働への対応を依然として不十分とみなしており、今後も監視を続ける可能性が高い。
USTRのNTEで示された内容について、メキシコ政府の対応状況を確認した。改善に向けた取り組みが複数みられる一方で、十分に改善が進んでいるとは言い難いケースや、今後の課題が残る分野も多い。このため、引き続き状況を注視していくことが求められる。また、未解決の論点については、USMCA見直しの議論に影響する可能性が高く、どのように見直しに反映されるのかを注意深く見守っていくことが重要だ。
- 注1:
- 「COFEPRISにおける手続きの簡素化措置を定める省令」において、以下のとおり段階的に変更が行われている。
- 注2:
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RRMは、締約国内に所在する企業の事業所単位で労働権侵害の有無を判定する手続きで、侵害が確認された場合にはUSMCAの特恵措置の停止などの罰則が適用され得る。ただし、米国・カナダ間にはRRMは設けられていない。
- 注3:
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「STPSが規制する輸入対象物品を定める規則を改正する省令」では、STPSの調査開始権限が強化され、同省が職権または要請に基づき調査を開始できるようになった。申立人も国内外を問わず自然人・法人が可能となり、申請手続きも簡素化され、申請を直接、電子メール、またはデジタル窓口を通じて提出できるようになった。
2026年米国NTEのメキシコ編を解説
- 執筆者紹介
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ジェトロ・メキシコ事務所
阿部 眞弘(あべ ただひろ) - 2017年、ジェトロ入構。サービス産業課、商務・情報産業課、イノベーション促進課、ジェトロ山口を経て、2022年9月から現職。





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