NIC-最先端技術集積を目指す
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(11)

2024年1月18日

イノベーション・エコシステムのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムのデジタルトランスフォーメーション(DX)の動向や事業機会を探る本シリーズ。第11回は、ベトナム国家イノベーションセンター(Vietnam National Innovation Center:NIC)を取り上げる。

NICは、首相決定1269/QD-TTgにより、2019年、計画投資省(MPI)傘下に設立が決定されたベトナム初の国立イノベーションセンターだ。国内外のスタートアップや大企業、投資ファンド、大学、研究機関と連携しながら、イノベーション・エコシステム創出に向けた取り組みを進めている。2023年10月28日にはハノイ市郊外のホアラック・ハイテクパーク内に、イノベーション創出のための複合施設「NICホアラック」を開所した(2023年11月10日付ビジネス短信参照)。NIC副所長のボー・スアン・ホアイ氏に、NIC設立の狙いや、日本企業への期待について聞いた(インタビュー日:2023年9月13日)。


国家イノベーションセンター(NIC)
副所長 ボー・スアン・ホアイ氏(NIC提供)

国家イノベーションセンター(NIC)のロゴマーク(NIC提供)

東南アジアのイノベーション拠点目指し、NIC設立

質問:
NIC設立の狙いは。
答え:
NICはハノイ市郊外のホアラックと市内西部カウザイ地区の2拠点で、イノベーション促進に向けた取り組みを推進している。NICホアラックには、世界の企業や研究機関、大学、投資ファンドを誘致しており、研究開発(R&D)拠点、スマート工場、ファブラボ(注)、オフィスが集まる最先端技術の集積地となることを目指している。地場企業だけでなく、国外の革新的なスタートアップや大企業の進出も支援しており、有名なグローバル企業の入居も決まっている。
注力しているのは、スマート工場、スマートシティー、環境技術、グリーン水素、半導体、医療、デジタルメディア、サイバーセキュリティーの8分野だ。イノベーション先進国の先行事例も研究しながら、今後のベトナムの成長産業とすべき分野を選定した。その中でも現在、NICが優先課題としている半導体のほか、スマート工場、環境技術などの分野は日本に強みがあるので、日本企業との協業も目指したい。
ベトナムの企業や大学、各地域のイノベーション促進のため、特徴ある政策を提言することも、NICの重要なミッションだ。NICの優遇制度を定めた2020年の政令94号(94/2020/ND-CP)については、現在、入居企業やファンド向けのインセンティブに関する規定を加えるよう、改定作業を進めている。このほか、イノベーションやスタートアップ向けの投資環境を整備するため、関連機関と協力し、革新的な中小企業やスタートアップへの投資に関する事項を定めた2018年の政令38号(38/2018/ND-CP)の改定にも取り組んでいる。

NICを視察するファム・ミン・チン首相(右から2番目)らベトナム政府関係者(NIC提供)

海外機関と連携深め、ベトナムのスタートアップ育成支援

質問:
ベトナムのスタートアップが政府に期待する支援は。
答え:
スタートアップが抱える課題として、ファイナンス、技術移転、高度人材、ビジネス環境の4点が挙げられる。それぞれについて、NICが提供している支援策を紹介したい。
第1のファイナンスは、海外の大手ファンドと連携して「ベトナム・ベンチャー・サミット」を毎年開催し、地場企業と海外投資家とのマッチングを行っている。また、ADB(アジア開発銀行)ベンチャーズ、米国国際開発庁(USAID)などの国際機関と協力し、スタートアップ向けの支援プログラムを展開している。
第2の技術移転については、オフィスやラボなど、地場企業が新技術を開発・実証できる環境を提供している。また、国外企業の最先端技術をベトナムのスタートアップに紹介することで、協業の機会を提供している。例えば、NICが毎年開催している展示会「ベトナム・インターナショナル・イノベーション・エキスポ(Vietnam International Innovation Expo)」では、世界の大企業や研究機関が新しいソリューションや技術を紹介している。
第3の高度人材では、USAIDと協力し、イノベーションや半導体分野を担うベトナム人材育成プログラムを実施している。このほか、米国のグーグルやメタと連携し、人工知能(AI)、ビッグデータ、機械学習(マシンラーニング)などの最新技術を学ぶ延べ約4万人の大学生や社会人に対し、奨学金や給付金を提供している。
第4のビジネス環境に関しては、ベトナムでのイノベーション促進のため、政策や制度の改定に積極的に取り組んでいる。また、既に述べたとおり、NICホアラックでオフィスやラボ、試作や実証実験のスペースを提供している。
質問:
海外との連携をどう進めるか。
答え:
NICは、日本や米国、欧州など世界20カ国以上に居住する科学者や専門家など2,000人以上の在外ベトナム人で構成する「ベトナム・イノベーション・ネットワーク」を有しており、さまざまな連携を進めている。また、各国の投資促進機関のほか、ファンド、研究機関、大学、技術パートナーなど世界中の主要なイノベーション支援組織と協力している。
2023年9月10~11日には米国のジョー・バイデン大統領がベトナムを訪問し、両国関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることで合意した(2023年9月19日付ビジネス短信参照)。両国の共同声明で合意したイニシアチブにより、ベトナム側は今後、NICが窓口となり、両国間のイノベーション促進事業を進めていくこととなった。
日本企業とのイノベーション促進は、ジェトロ、経済産業省と協力したビジネスマッチングを通して進めている(2023年9月4日付2023年11月15日付ビジネス短信参照)。日本や米国など、イノベーション・エコシステムが発展した国・地域との協力強化は重要だ。NICとして、地場の主要なプレーヤーを海外のイノベーションセンターとつなげていく役割を果たしていきたい。

NIC開所時に実施したイベントの様子(NIC提供)
質問:
日本企業への期待は。
答え:
日本企業には、従来の製造拠点やオフショア開発拠点などの投資に加え、ベトナム国内でのR&D拠点設立や、NICの重点8分野でのイノベーション関連投資を期待している。経済や文化面で日本とベトナムは深い協力関係を築いており、イノベーションに関してもさまざまな協力事業を進められると思う。NICとしても、日本企業の最先端技術や日本発イノベーションを紹介できる環境の整備を進めるほか、ジェトロとも協力しながら、両国間のオープンイノベーションの活動を強化していきたい。

注:
3Dプリンターや3Dスキャナー、旋盤やフライス盤などの各種工作機械を備え、誰でも利用できる市民工房。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部エコシステム課
赤尾 奏音(あかお かなね)
2022年、ジェトロ入構。対日投資部地域連携課を経て、2023年4月から現職。地域への外国企業誘致および協業連携を担当。