FPTデジタル、グループ各部門のDXを取りまとめる要に
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(5)

2021年4月19日

地場大手IT企業幹部や、スタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムのデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。第5回は、ベトナム民間IT最大手のFPTコーポレーション傘下のFPTデジタルを取り上げる。

1988年創業のFPTコーポレーションは現在、組織全体で20カ国の拠点、4万人の従業員を抱えている。日本向けには、ソフトウエアオフショア開発などを中心に事業を展開してきた。2021年2月、DX推進を目的に子会社の「FPTデジタル」を設立。同社が考えるグローバル戦略や日本企業との協業の狙いについて、FPTデジタル・コンサルティングダイレクターのグエン・チュオン・ヒエップ氏に聞いた(2021年3月9日)。


グエン・チュオン・ヒエップ・コンサルティングダイレクター(FPTデジタル提供)

「デジタル・カイゼン」で生産性向上に貢献

質問:
FPTデジタルの役割や強みは。
答え:
FPTグループ傘下には、「FPT大学」を運営するFPTエデュケーション、「FPTショップ」を全国展開するFPTリテールなどがある(表参照)。これまでは、各子会社が独自にDXの取り組みを進めてきた。FPTデジタルは、組織横断的にDXを推進するための司令塔として設立。グループ内の各子会社に対するDXのコンサルテーションを行う。同時に、農業などの新規分野を独自事業として開拓している。
表:FPTグループ傘下の企業
企業名 設立年 主な事業内容
FPTインフォメーションシステム 1994年 金融、インフラなどの幅広い分野で、ハードウエア、ソフトウエアを含むトータルソリューションを提供
FPTテレコム 1997年 インターネット・通信サービス
FPTソフトウエア 1999年 ソフトウエア開発、アウトソーシングなど
※FPTジャパンホールディングスは、FPTソフトウエア傘下の日本法人
FPTエデュケーション 1999年 FPT大学運営など
FPTオンライン 2007年 オンライン広告、ゲーム、音楽、EC、SNSなど
FPTセキュリティーズ 2007年 株式・証券関連サービス
FPTファンドマネジメント 2007年 投資関連サービス
FPTインベストメント 2011年 投資・経営コンサルティングなど
FPTリテール 2012年 FPTショップ運営など
シネックスFPT 2017年 情報通信関連製品・サービス
FPTスマートクラウド 2020年 クラウドサービスによるビジネス支援など
FPTデジタル 2021年 企業向けデジタルコンサルティングサービス

出所:各社のウェブサイトを基にジェトロ作成

FPTでDXのフレームワークとなるのが、日本の「カイゼン」に着想を得て開発した「FPT Digital Kaizen」(商標登録済み)だ。一般に、DXプロジェクトでは「一つ一つのソリューションが断片的で、最適化されていない」「社内全体がうまく連携できていない(部門ごとの連携欠如)」ことが、失敗の原因となりがちだ。こういった課題に対し、「大きく考える(Think Big)」「スマートに始める(Start Smart)」「スピーディーに拡大する(Scale Fast)」という3つの要素で解決を図る手法だ。約3~5年スパンのロードマップ策定、クロスファンクショナル(機能横断)チームによる戦略実行、独自開発したAI(人工知能)プラットフォームなどのITソリューション活用を特長としている。
図:FPTが目指す「デジタル・カイゼン」
FPTが目指す「デジタル・カイゼン」は、「大きく考える」「スマートに始める」「スピーディーに拡大する」の3本柱で、ビジネスおよびデジタルの領域でさまざまな変革を促す。

出所:FPTデジタル提供

「FPT Digital Kaizen」には、ホーチミン市内のFPTショップでの医薬品販売でこの手法を適用した事例がある。その結果、在庫保管コストを25%程度削減することに成功した。また、通信事業を展開するFPTテレコムでは、コールセンターでパートタイム従業員を多く抱え、採用手続きの煩雑さが課題となっていた。このときも、雇用契約に要する日数を25%短縮することができた。このように、グループ内でまずDX化の立案・コンサルテーションを行う。その上で、国内外での30年の経験も活用し、DXプロジェクトの実行性を高めるというグループ全体の総合力もFPTデジタルの強みになっている。

農林水産分野のDXに注力

質問:
最近の注力分野は。
答え:
特に注力しているのが、ベトナムの主要産業である農林水産分野だ。FPTグループのチュオン・ザー・ビン会長は「ベトナムデジタル農業協会」(VIDA:Vietnam Digital Agriculture Association)会長を務めている。このことからも、この分野でのDXの必要性を強く主張している。農林水産分野は、生産者だけでなく、流通や小売り、金融までを含むサプライチェーン全体をシステム化する必要がある。それだけに「FPT Digital Kaizen」の手法が有効だ。一例として、エビ生産でベトナムトップクラスの大手水産会社で行った5年間にわたる改善プロジェクトが挙げられる。エビの養殖は病気や天候の変化、人による管理など多岐にわたるリスクを抱えており、デジタル・カイゼンによるDXに適した分野だ。そこで、予算から人事、生産工程に至るまでDX化に向けた86の課題を抽出し、プロセスの最適化、コストの最小化、生産能力の向上などに関する24の提案を行った。実行に移したところ、大幅な業績改善につながった。今後の展開としては、新型コロナウイルス禍で影響を受けている製造や不動産、航空業界などについても提案していきたい。
質問:
ベトナムにおけるDXをどう見るか。
答え:
DXの動きは先進国で先行している。ベトナムにはおそらく5年ほど遅れて入ってきて、最近ようやく注目されるようになってきた。ベトナムでITはもともと成長分野だった。その中で、特にDXは先進国でも途上国でも同じモデルが適用できる可能性がある。ビジネスチャンスは非常に大きいと考えている。
ベトナムがDXを推進する上での強みとして、豊富なIT人材や成長するマーケットに加え、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)などを基盤とした諸外国との良好な経済関係、先進国から帰国したベトナム人のコミュニティーの存在(特にアカデミック分野)なども注目される。近年、政府もDX推進に向けた支援を加速させ、ベトナム企業の間でもDX化に向けた機運が醸成されつつある。
質問:
日本企業との協業の状況は。
答え:
FPTは2005年の日本法人設立後、日本国内に10以上の拠点を展開し、既に日本企業との協業も多くの実績を重ねてきた。前述のとおり、「FPT Digital Kaizen」は日本式「カイゼン」に触発されたフレームワークで、あらゆる業種に適用できる汎用性をもつ。現在、日本の大手企業の人材教育におけるパイロットプロジェクトなどでも、「FPT Digital Kaizen」によるコンサルティングを進めている。今後も日本企業のDXに貢献していきたい。
質問:
日本企業へのメッセージは。
答え:
DXでの私たちの経験を日本企業・組織の皆さんに広く共有していきたい。DXを効果的に進める上での強固な基盤として、(1)DXを一歩ずつ進めるための明確な手法、(2)目標に向けた包括的で具体的な3~5年のロードマップ策定、を提案していきたい。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
新居 洋平(あらい ようへい)
2010年、ジェトロ入構。展示事業課、麗水博覧会チーム、ミラノ博覧会チーム、ジェトロ広島を経て、現職。