Logivan―物流スタートアップ
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(9)

2023年4月7日

地場大手IT企業幹部やスタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムのデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。第9回は、ロジバン(LOGIVAN)を取り上げる。同社は、中長距離トラック運転手と荷主をマッチングする物流系スタートアップだ。最高経営責任者(CEO)のリン・ファム氏は、英国ケンブリッジ大学を卒業した女性起業家。ベトナムの物流業界に貢献したことが評価され、2020年のフォーブス・アジアおよびフォーブス・ベトナム「30歳未満の30人」にも選ばれた。2022年10月には、化学系商社の長瀬産業と業務提携し、ベトナムで配送ルートや積載量の最適化、コスト削減を目指している。なお、このプロジェクトは、ジェトロの「日ASEANにおけるアジアDX促進事業」にも採択されている。

起業の経緯や今後の事業の展望について、リン氏に聞いた(インタビュー日:2022年10月19日)。


ロジバンのリン・ファムCEO(同社提供)

ロジバンのロゴマーク(同社提供)
質問:
起業を目指したきっかけ、理由は。
答え:
英国ケンブリッジ大学に留学し、起業家クラブに参加したのが最初のきっかけ。そこで、同大学出身の創業者や起業家から話を聞く機会があり、起業家精神や起業の目的に感銘を受けた。また、社会課題が大きいほど、ビジネスチャンスも大きいことを学んだ。
英国で10年間過ごした後、ベトナムに帰国し、家族が経営する製造業の仕事に携わった。そこでは、往路または復路のどちらか一方にしか荷物を積まない片荷の問題やコストと環境負荷の観点で、物流の効率性に課題があると気づいた。この課題は、DXによる荷主と配送業者とのネットワーク構築によって解決できると考え、2017年にロジバンを立ち上げた。
質問:
事業内容は。
答え:
荷主と配送業者をマッチングし、物流を効率化させるアプリを開発・運営している。
ベトナムでは、長距離トラック所有者の約9割が個人事業主で、アナログ処理による人的ミスや、片荷でのトラック運行などの物流効率の悪さが問題となっていた。
この非効率な物流課題を解決するため、アプリ「LOGIVAN」を開発した。アプリでは、リアルタイムの貨物とトラックの位置やドライバー情報などを可視化することで、需要と供給をマッチングできる。同時に、物流効率を高めて二酸化炭素(CO2)排出量を削減することにもなる。米国で誕生した配車サービス「ウーバー(Uber)」に似ていることから、「物流版Uber」と形容されることもある。
質問:
サービスの強みは。
答え:
強みは、創業以来蓄積してきたベトナム全国の物流網と、人工知能(AI)を応用した技術力だ。
ロジバンのサービスでは、まず荷主に送料の見積もりを提示し、承諾を得る。同時に、AIは荷主が希望する荷物の積載場所と時間に合わせ、空車が見込まれる複数のトラックを探し出す。この際、過去に注文を受けた傾向などから、最適な金額を提示する。
AIはマッチング率を向上させるとともに、荷主が自らトラックを手配するよりも10~30%コストを下げることができる。

アプリ「LOGIVAN」(同社提供)
質問:
展開の状況は。
答え:
2022年12月時点で、約1万1,000人のトラック運転手が登録し、約4,800人の荷主が利用している。
物流業界は保守的と言われており、ロジバンの立ち上げ当初、物流市場にデジタルアプリを浸透させることに苦労した。しかし、少しずつドライバーにアプリを浸透させていき、成功事例を積み上げていった。顧客の多くはベトナム国内の日用消費財(FMCG)の企業、電機メーカー、農業メーカーなどだ。大手日系企業の利用実績も、一部にある。
質問:
外国企業、日本企業との連携状況は。
答え:
当社の投資家とパートナーの多くは外国の大企業だ。そのため、外国企業との連携はとても重要と認識している。具体的には、日本、欧州、シンガポール、マレーシア、米国の企業との連携実績がある。一方、中国や韓国の企業とは、実績がほとんどない。
日本企業との協業では、2022年10月、化学品、樹脂製品、食品素材などを取り扱う専門商社の長瀬産業と業務提携に合意した。この提携を通じて、ベトナムでの物流データをデジタル化し、配送ルート・積載量などの最適化を通してコスト削減を図る。
この協業には、温室効果ガス排出量算定・可視化サービスを展開する日本発スタートアップのゼロボードも参画し、物流面の環境課題にも取り組む計画だ。当面はベトナム市場に注力していく計画で、現時点では、海外展開の具体的な計画はない。ただし、例えば中国からベトナム経由でインドシナ地域に輸出入する場合にも、やはり物流効率が課題となっている。こうした課題に対応するため、ベトナムの近隣諸国から市場を広げていく可能性はある。
質問:
課題や今後の戦略は。
答え:
当社の事業はまだ成功したといえる状況ではなく、ロジバンのアプリを利用するドライバーの数を増やし、顧客である荷主にリーズナブルで安定したサービスを提供できるよう、日々努力している。スタートアップでは、柔軟な思考で、さまざまなアイデアや課題解決方法を模索しながら改善、成長していくことが重要だ。まずはやってみる、その上で改善する、ということが大切と考える。
一方で、事業が大きくなると、組織の構造や規律の設計と体系的な管理も必要になる。また、ベトナムでは若者(Z世代)の社会進出が進み、仕事内容や職場が自らに合っていないと判断されると辞めてしまうことが多い。特に若手のやる気を引き出すことが重要だ。そのため、当社ではワークライフバランスに配慮したり、クリエイティブな業務を任せたりするなど、対応している。

起業家同士のネットワークを通じて問題解決

質問:
スタートアップにとって、ベトナムの事業環境は。
答え:
ベトナムは発展途上の市場で、社会課題が多いため、ビジネスチャンスも多い。製造業の市場は、中国からの生産移管で拡大している。また、市場は刻一刻と変化するため、起業に時間をかけるのではなく、チャンスを見つけたら、すぐに取り組んでみることが重要だ。
また、起業家の歩みは孤独であるため、ほかの起業家とのネットワークがカギになる。これまで、さまざまな国籍や文化的バックグラウンドを持つ人が集まるスタートアップネットワーキングに参加してきた。当社には英国人やフランス人の創業メンバーもいる。そうした外国人創業者とは、ネットワーキングイベントで知り合った。(他国同様に)ベトナムにも、いくつかの若手企業家のネットワークが存在する。起業家としてさまざまな問題を共有し、解決し合うことに役立っている。
質問:
日本企業の印象は。
答え:
日本企業は、大変丁寧で信頼できる。この点は、ビジネスでも個人の付き合いでも同様だ。日本企業からは、学ぶことが多い。他国企業と比べて事業の進行スピードや意思決定が少し遅い点は欠点とも言えるが、事業を計画的に安定して進められるメリットは大きい。今後、外国企業との出会いや連携機会の創出という意味では、対面でカジュアルに話をできるイベントが多く開催されるとよいと考える。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
蛇見 拓斗(じゃみ たくと)
2017年、富山県庁入庁。2021年ジェトロ海外調査部アジア大洋州課、2022年4月から現職(出向)。