シンクゾーン・ベンチャーズ―ベトナムスタートアップの未来に投資
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(8)

2023年2月1日

地場大手IT企業幹部やスタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムにおけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。第8回は、ベトナム地場ベンチャーキャピタル(VC)のシンクゾーン・ベンチャーズ(ThinkZone Ventures)を取り上げる。

シンクゾーン・ベンチャーズ(ThinkZone Ventures)は、2018年設立のベトナムの大手VCの1つだ。第2号ファンドでは6,000万ドルを調達し、現在、第3号ファンドの立ち上げに向けて準備を進めている。また、ベトナム地場のVCとしての利点を生かし、海外VCと国内スタートアップのネットワーク形成に寄与している。今回は同社CEO(最高経営責任者)のブイ・タイン・ドー氏に、現在の注目分野や、ベトナムのスタートアップエコシステムの特徴と課題、日本企業への期待などについて聞いた(インタビュー日:2022年11月16日)。


シンクゾーン・ベンチャーズの
ブイ・タイン・ドーCEO(同社提供)

シンクゾーン・ベンチャーズのロゴマーク
(同社提供)

今後はヘルスケア、フードテックなどに注目

質問:
現在の注力分野とその理由は。
答え:
これまで、エドテック(注1)や金融、交通、Eコマース分野のスタートアップに出資してきた(表参照)。世界的に見ても、ベトナムにおけるインターネット利用料は非常に安く、多くの人がインターネットを利用している。前述分野のサービスは市場ニーズが高く、特にコロナ禍でオンライン教育が普及したことから、エドテックに対する注目度はより高まっている。
表:ThinkZone Venturesの主な投資先スタートアップ
企業名 設立年 本社所在地 分野 概要
EMDDI 2016年 ホーチミン モビリティ タクシー向けのオンライン予約プラットフォームを展開。国内50以上の省・市で、約5万7,000台のタクシーが登録。
EDUPIA 2018年 ハノイ 教育 オンライン英語学習プラットフォームを展開。ASEANを中心に約500万人が利用し、うち約100万人が有料ユーザー。
eJoy 2019年 ハノイ 教育 マルチチャネル英語学習プラットフォームを展開。国内外で約1,500万人が利用し、1カ月のアクティブユーザー数は約50万人。
GIMO 2019年 ハノイ フィンテック 給与前払いサービス(Earned Wage Access)プラットフォームを展開。約35万人の労働者が利用。
FoodHub 2019年 ハノイ Eコマース 生鮮食品宅配のオンラインプラットフォームを展開。
SSS Market 2020年 ホーチミン Eコマース 中古品のEコマースプラットフォームを展開。約70万人が古着の売買で利用。うち1カ月のアクティブユーザー数は約10万人。
Fundiin 2020年 ホーチミン フィンテック 消費者向けの後払いサービス(Buy Now Pay Later:BNPL)プラットフォームを展開。国内で4,000以上の実店舗と連携。
On Group 2021年 ハノイ Eコマース SNSとEコマースを組み合わせて商品を販売するソーシャルコマースプラットフォームを展開。国内で1万人以上の販売パートナーが登録。
Rootopia 2021年 ハノイ フィンテック ベトナムの学生向け教育ローンプラットフォームを展開。

出所:各社のウェブサイトを基にジェトロ作成

質問:
今後の注目分野とその理由は。
答え:
第1に、ヘルスケアだ。ベトナムでは中流階級の人々が年々増えており、以前と比べて裕福な人が増えてきている。そのため今後、人々は健康に対して、よりお金をかけるようになると予想される。所得の増加という面では、教育や旅行も成長が見込まれている分野だ。
第2に、フードテック(注2)だ。コロナ禍におけるインターネットの急速な普及に伴い、多くの人がフードデリバリーサービスを利用するようになった。
第3に、物流だ。ベトナムの物流業には、アナログな情報管理、小規模物流業者による非効率な配送など課題が多い。各企業のパフォーマンスやオペレーションを改善するためのサービスとプラットフォームは、今後、需要が高まる可能性が高いだろう。
これらは、いずれも経済発展の柱であり、人々の生活に欠かせない。長期的な投資にも適しており、さらには破壊的イノベーションにつながる可能性がある重要な分野だ。
質問:
投資先企業の選定基準は。
答え:
ポートフォリオ企業を選定する際に重視しているのは、ITを駆使したビジネスであるか、スピーディかつ持続的な成長が見込めるか、優秀な人材がそろっているか、そしてベトナム社会にとってソーシャルインパクトがあるか(社会的価値があるか)、の4点である。当社は、社会的な価値を生み出さないビジネスモデルには投資しないようにしている。また、多くのベトナムスタートアップが起業の時点で出口戦略を描けておらず、当社は初回の面談からエグジット(資金回収)について話すようにしている。
質問:
スタートアップにとってのベトナムの魅力は。
答え:
1億人の人口を有する大きな国内マーケットと、高いインターネット普及率、とりわけオンライン決済システムの高い普及率だ。コロナ禍において、MoMo(注3)などのオンライン決済システムは急速に普及している。ベトナムの金融関連企業では、オンライン決済システムを通して、利用者のオンライン上の活動記録や利用状況を取得し、クレジットスコア(注4)を分析している。このような情報をさまざまなサービスの開発に活用すれば、人々の生活の質の向上が期待される。
質問:
ハノイ、ホーチミン、ダナンなど、ベトナム国内の主要都市ごとのスタートアップの事業環境に違いはあるか。
答え:
今はハノイとホーチミン間の交通は便利になり、コロナ禍後はリモートワークも定着したことで、各都市間の距離による障壁や違いはなくなってきている。それに伴い、各地の地理的なアドバンテージもなくなってきており、スタートアップの事業環境についてはハノイ、ホーチミン、ダナンの都市間の差はとても小さい。
一方で、従業員となる人材獲得の面では、各地に少し差があり、資質も異なる。ベトナム北部にはハノイ大学、ハノイ工科大学などの優秀な大学が集中しているため、技術系、特にIT分野の優秀な人材は北側に集まる傾向がある。一方で、ダナンには、ハノイ、ホーチミンに比べて大学が少なく、両都市と比べて人材の差が生まれている。

今後の成長には専門人材や専門家の呼び込みが不可欠

質問:
ベトナムスタートアップエコシステムの課題は。
答え:
1つは、戦略性やマーケットへの理解を持って製品を設計・開発できるプロダクトデザイナーなどの専門人材の不足。ベトナムのIT業界はソフトウェア開発で成長してきたが、受託開発が中心であり、豊富なビジネス経験を持つ人材は限られている。
もう1つは、スタートアップ設立初期の支援環境が不十分なことだ。ベトナムでは、9割以上のスタートアップがシリーズA以下のアーリーステージの企業だと言われている。また、大半が海外VCからの出資で、当社のような地場VCから出資を受けているケースは非常に少ない。スタートアップ設立時に必要なのは、早期に事業を発展・成長させることであり、その際には経験と成長戦略が不可欠だ。例えば米国では、アクセラレータープログラムや個人投資家のネットワークが整備されている。シンガポールでは、投資手続きが簡便で、法務などの助言を受けやすく、エグジットしやすいなど、メリットが多い。ベトナムにも近年、グローバル企業の進出は増えているが、国際基準を満たすアクセラレーターやメンターは不足している。
今後はこうした専門家をより多くベトナムに誘致し、スタートアップが事業拡大に向けて活動しやすい環境をつくると同時に、次の事業段階に向けた経験や知識をベトナム国内に蓄積させる必要がある。このため、当社でもアクセラレータープログラム「グローバル・マインド・アクセラレーター」を立ち上げたところだ。
質問:
ベトナムスタートアップエコシステムの今後の展望は。活発なスタートアップ投資は続きそうか。
答え:
ベトナムではデジタル分野のスタートアップが多く、その成長速度はとても早い。また、ベトナム政府は、2030年までにデジタル経済が国内総生産(GDP)に占める割合を30%とする目標を掲げ、イノベーション創出のためのインセンティブを高める優遇税制などを整備している。2018年には新規ファンドの設立を促進するための政令38号(38/2018/ND-CP)が制定され、当社は同政令に基づき設立された最初のVCとなった。ベトナム政府は海外VCの誘致にも動いており、実際にシンガポールのいくつかの投資家グループはベトナムでのビジネスに特化したファンドを形成している、と聞いている。
また、ベトナムスタートアップの評価額も上がり、さらなるユニコーン候補も出てくるだろう。同じようなビジネスモデルでも、インドネシアのスタートアップなどと比べると、ベトナムのスタートアップの評価額はまだ低い。さらに、エグジットするスタートアップも増えていくだろう。現在、ベトナムでは新規株式公開(IPO)よりもM&Aの方がエグジットの機会は多いが、大手証券会社であるVNダイレクト証券が当社ファンドの有限責任組合員(LP出資者)に名を連ねており、今後IPOも増えていくことが期待される。

日本企業はビジネスチャンスに投資を

質問:
日本企業への期待は。
答え:
日本企業には、一層ベトナム国内に進出してもらいたい。日本企業からのLP出資、新規ファンドの形成、共同投資などの機会を通じ、当社の有するベトナムスタートアップに関するノウハウや経験を提供したい。このほか、日本企業との協業による、東南アジアを中心としたアクセラレータープログラムの組成なども考えられる。
当社は、日本企業とベトナムスタートアップを引き合わせし、事業の成長や創出のために協力することも可能だ。ベトナムのビジネスチャンスに対して投資してもらうことで、新たなアイデアやビジネス展開のチャンスも生まれる、と考える。ベトナム国内でベトナムスタートアップが生み出したサービスを日本市場に持ち込むことができれば、日本社会にとってもプラスになるのではないかと思う。2023~2024年には、ベトナムのスタートアップを日本に派遣し、ピッチイベントなどを開催できないか、と考えている。
粘り強さ、体系的な思考、革新といった日本の価値観は、ベトナムのスタートアップに素晴らしい付加価値をもたらすと期待している。

シンクゾーン・ベンチャーズのチームメンバー(同社提供)

注1:
エドテックとは、教育とテクノロジーの英単語を組み合わせた造語で、教育分野にイノベーションを起こす企業やビジネスの総称。
注2:
フードテックとは、食とテクノロジーの英単語を組み合わせた造語で、IT技術による流通や生産の効率化、先端技術による代替食品などの新製品開発、広い分野を含む。
注3:
オンラインモバイルサービス(M service)が運営する、国内最大手の電子決済サービス。みずほ銀行が2021年に7.5%の株式を取得している。
注4:
クレジットスコアとは、個人のお金に関する信用度を数値化したもの。
執筆者紹介
ジェトロ対日投資部対日投資課 DX推進チーム
黒木 亮佐(くろき りょうすけ)
2021年、ジェトロ入構。同年4月から現職。