ナノテクノロジーズベトナム-元ウーバーベトナムCEOが仕掛ける給料日払いサービス
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(6)

2021年4月27日

地場大手IT企業幹部や、スタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムのデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。第4回は、ウーバーベトナム(Uber Vietnam)CEO(最高経営責任者)、ザロペイ(ZaloPay)CEOという経歴を持つ(注1)ダン・ビエット・ズン氏が2020年に立ち上げた、HRテック・フィンテック系のスタートアップ「ナノテクノロジーズベトナム(Nano Technologies Vietnam)」を取り上げる。同社の展開からベトナムのスタートアップの特徴まで、ズン氏に聞いた(インタビュー日:2021年1月20日)。


写真右:ナノテクノロジーズベトナムCo-Founder & CEOダン・ビエット・ズン氏
左:同社Co-Founder & CTOグエン・ビエット・タン氏(同社提供)

シリコンバレーの有名プログラムにベトナム企業として初採択

質問:
起業の経緯は。
答え:
ベトナムでは、2,400万人以上の労働者が低中所得層といわれている。その上、金銭的な知識の不足も相まって、貯金ができない、給料日前に現金を使い果たしてしまうといった問題が生じている。こうした課題を解決するため、従業員が日払いで給料を受け取れるサービス「VUI」を開発。近年、欧米で広まりつつあるEWA(Earned Wage Access)モデルを導入したもので、HRテック(人事管理)、フィンテック(金融)のほか、労働者に対する支援や福利厚生というソーシャルインパクト(社会貢献)の側面も持ち合わせている。EWAは、従業員が給料日前に日払いで給料を受け取れるのが特徴で、米国の小売り大手ウォルマートなどのグローバル企業でも導入されるなど、近年、注目を集めるソリューションだ。新型コロナウイルス禍の影響により、先進国を中心に注目度が高まっており、業績悪化で賃金カットなどを迫られている企業が、雇用の安定を図るためEWAを導入するケースも出てきている。
また、ベトナム社会に目を向けると、その経済モデルは徐々に欧米型に移行しつつある。従来、ベトナムは家族や友人への経済的依存が強い社会であるといわれてきたが、今後、個人の経済的な自主性が高まるに連れ、低所得の労働者層はさらなる債務の罠(わな)に陥りかねない。こうした急速なベトナム社会・経済の変化による、労働者層のリスクを分散させるためにも、EWAは効果的なソリューションであるといえる。
質問:
サービスの特徴は。
答え:
勤怠管理や給料計算などの人事システムと連携しており、従業員は専用アプリで勤務時間を確認でき、給料前払いを申請できる。企業側に費用負担はなく、従業員から手数料を徴収するビジネスモデルだ。さらに、AI(人工知能)を活用して、離職の可能性が高い従業員を予測するなど、離職率低下にもつながることが期待されている。なお、社名の由来は「小さく始める」という意味での「ナノ」から、製品名「VUI」はベトナム語の「うれしい」から。

給料支払いソリューション「VUI」。専用アプリ上に勤務時間と給料が表示され、
ボタン1つで前払いを申請できる(ナノテクノロジーズベトナム提供)
質問:
展開の状況は。
答え:
2020年6月に公開して以降、コーヒーチェーン大手など複数の大企業で試験導入が進められている。輸入食材チェーンで2カ月間かけて行った試験導入では、約6割の従業員が2回以上、VUIで出金するなど高い満足度を得た(図参照)。また、シンガポールのゴールデン・ゲート・ベンチャーズ(Golden Gate Ventures)など4つのベンチャーキャピタルから投資を受けたほか、2021年1月には米国シリコンバレーのアクセラレーターであるYコンビネーター(YCombinator)のプログラムに採択された。YCombinatorは、エアビーアンドビー(AirBnB)、ストライプ(Stripe)、ドロップボックス(DropBox)などのユニコーンを誕生させた権威あるアクセラレーターの1つで、ベトナムのスタートアップが選ばれたのは当社が初めてだ。日本企業とも一部協議を始めているが、製造業、飲食業など、特に従業員を多く抱える在ベトナム日系企業に提案していきたい。
図:輸入食材チェーンにおける試験導入期間(2カ月間)の従業員による出金回数
輸入食材チェーンにおける2カ月間の試験導入期間中に、給料支払いソリューションであるVUIを使って、従業員が出金を行った回数の割合。1回が42%、2~3回が28%、4~8回が25%、8回以上が5%。

注:利用者数は436人、利用期間は2020年7月~9月。
出所:ナノテクノロジーズベトナム提供データに基づきジェトロ作成

ベトナムスタートアップの強みと弱みとは

質問:
ウーバーベトナムCEO、ザロペイCEOという経歴を通じ、ベトナムのスタートアップエコシステムをどう見るか。その強みと弱みは。
答え:
強みとして、4点を挙げたい。まずは何より、ベトナムのマーケットの規模と成長性である。マーケット自体が大きく、かつ成長中というのは、ASEANでもベトナムとインドネシアのみではないか。第2に、若い人口だ。失敗を恐れない起業家精神旺盛な若者が増えてきている。第3に、技術力。ハードウエアでは他国が優位だが、ベトナムはソフトウエアのレベルが高い。スタートアップのチーム組成に当たり、ここでのテック系人材の確保は比較的容易だが、国によっては適任者を見つけるのは難しいと聞く。第4に、ポテンシャルは高いが、発展途上であるということ。成長途中であるがゆえに、低コストで投資できるケースが多く、「買い時」であるともいえる。同じようなスタートアップでも、例えばエコシステムがより成熟しているインドネシアなどでは、投資額が倍増することもある。ベトナムでも、エコシステムは着実に育ちつつあり、自身がウーバーを立ち上げた6年前はまとまりがなかったが、現在ではVC(ベンチャーキャピタル)やアクセラレーター、コワーキングなどのプレイヤーが連携を深めている。
弱みとしては、3点挙げたい。まず、前述の強みの裏返しではあるが、多くのスタートアップが初期段階であるという点だ。投資家からよく聞く話ではあるが、ベトナムではエンジェルラウンドやシードラウンドは見つかるが、ラウンドA、Bに続くスタートアップは相対的に少ない。第2に、破壊的なアイデアが出てこない点だ。自社もその1つではあるが、海外でヒットしたビジネスモデルをいち早く持ち込む「タイムマシン型」が多い。ベトナム国内のマーケットに満足してしまうため、ユニコーンにはなりづらい。ただし、徐々にではあるが、ベトナム発の破壊的イノベーションも登場しつつあり、今後、日本企業にも注目してもらいたい。第3に、大企業に市場を取られてしまっていること。金融や不動産などの規制分野は、国有企業をはじめとする大企業の独擅場(どくせんじょう)となっており、スタートアップにとってはハードルが非常に高い。例えば、海外で注目されつつある「オープンバンキング(注2)」などは、完全に地場銀行の領域となっており、ほとんど参入の余地がない。
質問:
ベトナムスタートアップとの協業を目指す日本企業へのメッセージは。
答え:
日本とベトナムのビジネス文化には、いまだギャップがある。日本企業の多くが完璧さや正確性を重視するのに対し、ベトナムのスタートアップはスピードやチャレンジ精神に重きを置く。双方にメリット、デメリットがあるため、協業に当たり重要なのは、まずベースを合わせ、ギャップを最小化すること。その際に、全てを両社の基準に合わせる必要はなく、合わせる領域をあらかじめ合意しておけばよい。DXの分野は、とにかくタイミングが重要であるため、スタートアップのスピードも取り入れながら、ビジネスチャンスを逃さないことが大切だ。

注1:
ウーバーは、同業のグラブによる東南アジア事業の買収を受け、2018年にベトナム市場から撤退。ザロペイは、ベトナム初のユニコーンとなったVNGグループ傘下の1社で、2017年から電子決済サービスを提供。
注2:
顧客から同意を得た後、アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)連携などを通じて、銀行が保有する顧客データを提携企業が利用できる仕組み。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
新居 洋平(あらい ようへい)
2010年、ジェトロ入構。展示事業課、麗水博覧会チーム、ミラノ博覧会チーム、ジェトロ広島を経て、現職。