JobHopin-採用にAIを活用
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(10)

2023年8月21日

地場大手IT企業幹部やスタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムのデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。

第10回は、人工知能(AI)を活用した人材採用マッチングプラットフォームを展開するスタートアップ「ジョブホッピン(JobHopin)」を取り上げる。創業者兼最高経営責任者(CEO)のグエン・ハイ・トゥン氏は、14年間米国で過ごしたのち、2016年にベトナム・ホーチミン市で同社を設立。日本企業との協業も積極的に進め、複数の日系投資家から出資を受けている。2019年にはフォーブス・アジア「30歳未満の30人」にも選ばれた。起業の経緯から今後の展望まで、トゥン氏に聞いた(インタビュー日:2023年7月6日)。


グエン・ハイ・トゥン創業者兼CEO(ジョブホッピン提供)

他社に先駆け、AIを活用した事業を立ち上げ

質問:
サービスの特徴は。
答え:
ベトナムでは、短期間に転職を繰り返し、キャリアアップを目指すジョブホッピングが盛んだ(注1)。そこで、当社はAIによる人材採用マッチングプラットフォーム「ジョブホッピン」を2016年に立ち上げ、展開してきた。
事前に、(1)求職者側に経験分野、年数、希望給与、勤務地などの情報を、(2)採用企業側に職務記述書を、登録してもらう。その内容をもとに、AIが双方を比較、点数評価。最適な企業をリストアップした上で、マッチング度合いに応じて、企業を順位付けする。これにより、求職者は自身の希望条件にかなった企業や、これまでアプローチしていなかった企業にも出合うチャンスが広がる。
先行者利益もある。登録ユーザー数は、企業が約1万6,700社(実数)、求職者が約280万人(延べ数)と、ベトナム国内で一定のシェアを占めている。
質問:
起業の経緯は。
答え:
起業家だった祖母の影響で起業に興味を持った。若い時から、販売、管理、金融、ビジネスプラン策定など起業家のスキルを学んだ。高校進学時に渡米し、アリゾナ大学、スタンフォード大学経営大学院を卒業し、ビジネスの立ち上げにも関わった。14年間を米国で過ごしたのち、ベトナムに帰国。2016年、ジョブホッピンを設立。同業者に先駆け、AIを活用したプラットフォームを構築した。米国など先進国で機能したものが、発展途上にあるベトナムでも機能するのか興味があった。
米国での経験から、会社設立、起業の手順については理解していた。それでも、ベトナムは法令や税務が異なり、また曖昧な点も多くて苦戦した。最大の課題は人材採用だった。高度人材が世界から集まる米国に対して、ベトナムでは求職者の意識やレベルも異なる。採用した人材が期待どおりでないことも、しばしばあった。このように、創業当初に人材採用で苦労した経験を、AIによるスクリーニングやマッチングのサービスに生かすことができたのは良かった。

複数の日系投資家からの資金調達

質問:
日本企業から資金調達ができた経緯は。
答え:
創業間もないころ、運が良いことに日系投資家と出会えた。その日系投資家はシードなど初期ステージに特化していた。ベンチャーキャピタルとの働き方や、日本企業との付き合い方をアドバイスしてくれた。そのおかげで、複数の日本企業から投資を受け、ビジネスに弾みをつけることができた。
質問:
日本企業の印象は。
答え:
日本企業は、創造性あふれるソリューションを提供してくれる。これまでに投資を受けた複数の日系投資家は、技術開発力、マーケットシェア、パートナーや顧客のネットワークなど、それぞれ違ったノウハウや知見を持っている。そうした多様性に期待している。
一方、日本企業の弱点は、(1)英語を流暢(りゅうちょう)に話せないこと、(2)意思決定が遅いこと、だ。(1)に関しては、通訳が必要になり、通訳の過程でミスコミュニケーションも起こりかねない。(2)は、韓国やシンガポール、米国の投資家と比べて見劣りがする。起業直後のアーリーステージにあるスタートアップにとって、運転資金内でいち早く製品を開発・拡大していくためにも、時間は重要だ。例えば、シリーズAで投資決定は2~3カ月が一般的だが、日本の投資家は6カ月かかる。一方で、日本の投資家の慎重さは良い面もある。致命的な失敗につながらないよう、事前に間違いに気づき、指摘してくれることもあるからだ。事業を正しい方向に導いてくれる面もあるということだ。
質問:
今後の展望は。
答え:
ジョブホッピンは、今後もベトナムに拠点を構える外資企業向けに、高品質な人材採用ソリューションや人材マネジメントコンサルティングを積極的に提供していく。さらに、トレーニングと従業員エンゲージメントにAIとゲーミフィケーション(注2)を適用。従業員の自発的な能力開発や学習を促すため、新たなプラットフォーム「ikiHop(イキ・ホップ)」を開発中だ。
ほとんどの組織では、離職率の高さ、生産性の低下などが企業に多大な損失をもたらす。それだけに、人材の維持とエンゲージメントが大きな課題になる。そのため、経済的損失を最小限に抑え、採用とトレーニングのコストを節約し、操業の改善に貢献することが重要だ。また、市場のトレンドが変化するにつれて、従業員は常に新しいスキルを学習し(リスキリング)、既存のスキルを向上させ(スキルアップ)、市場の課題に柔軟に対応する必要がある。弊社は、これを実現するため、AIとゲーミフィケーションを活用した人材の維持・育成ソリューションとしてikiHopの開発に取り組んでいる。
ただし、当面の目標は、小さなチームを保ちつつ、売り上げや顧客数を増やして事業規模を拡大することだ。様々な面で協力し合えるパートナーを持つことも重要だ。日本企業とはただの資本関係にとどまらず、今後は教育事業などの市場開拓や商品開発などでも連携していきたい。また、ベトナムのみならず、アジア全体の人材業界に革命を起こすべく、日々邁進(まいしん)していきたい。

注1:
ジェトロが実施した調査(海外DX人材へのアンケート調査参照)では、ベトナムの高度IT人材は、仕事を選択する要因の上位3つに「自己成長できる職場」「望ましい収入」「安定した雇用」を挙げた。転職にあたっても、これら条件を追求する傾向が想定できる。
注2:
エンゲージメントや学習向上のため、ユーザーが楽しめるようなゲームの要素やデザインを業務のフレームワークにも応用すること。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
山梨 彰彦(やまなし あきひこ)
2011年、静岡県庁入庁。2021年ジェトロビジネス展開・人材支援部ビジネス展開支援課、2022年4月から現職(出向)。