人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例監査をきっかけに人権尊重への理解を深化(日本)
岐阜プラスチック工業の事例

2026年5月1日

ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(本特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本連載では、採択企業の1社である岐阜プラスチック工業(本社:岐阜県岐阜市)を対象に、ワークショップ(WS)での議論とそこから得られた示唆について紹介する。

岐阜プラスチック工業は、初回のキックオフミーティングのほか、全4回のWSを実施した。本稿では、WSの内容に焦点を当て、同社が人権尊重の取り組みを実施するに至った経緯や人権方針の策定を進めるための大枠の議論について取り上げる。

世界の潮流を意識しWSに申し込み

岐阜プラスチック工業は1953年に岐阜で設立された。設立当初はプラスチック製日用品雑貨などを製造していたが、業務の幅を広げ、プラスチック製食品包装容器、建築土木資材、物流資材、物流パレットの製造販売を行ってきた。また、再生プラスチックを利用した製品の開発を1993年から積極的に行うなど、業界に先んじて環境変化に対応した製品開発・製造を実施してきた。

現在は、プラスチックの加工業を主力に置きながら、リス(RISU)グループとして、マーケット別に事業を分社化しており、販売から企画開発まで、一通り全てを自社でまかなうことが可能だ。同社は生産拠点を国内13カ所、販売拠点を国内17カ所に構える。また、2025年9月22日に、米国インディアナ州にRISU AMERICA.,INC.を開所した(2025年9月26日付ビジネス短信参照)。米国事業においても、リサイクル材などを用いた樹脂パレットを製造する予定だ。

環境問題対策などにいち早く取り組んだ岐阜プラスチック工業は、ハラスメント対策などに力を入れてきたが、人権デューディリジェンス(DD)には具体的に取り組めていなかったという。しかし2024年に委託元より人権監査を受けたことで、サプライチェーンと人権に関して、委託元や世界の潮流と自社の認識に相違があったことに気づき、学習のためにジェトロ人権WSに申し込んだとしている。

人権尊重の基礎となる「害を与えない」の考え

WSのキックオフミーティングでは、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(以降、西村あさひ法律事務所)の弁護士らより、岐阜プラスチック工業が実施するサプライチェーンにおける労働者の人権対策について、基本事項を確認した。まず、人権尊重の実施においては、自社が負う責任の範囲を理解する必要がある。自社のみならず、サプライチェーンの上流から下流も含め把握することが求められる。そのため、人権DDでは、事業マッピングを行い、人権リスクが一般的に高いのはどこかを見極めることが出発点となる。

それだけ広い範囲に対して責任を負い、人権を尊重するための行動を起こさないといけない、という前提で考えると、人権DDは一見すると実現不可能なもののように思えるかもしれない。「ビジネスと人権」に関する国際的なスタンダードである国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「国連指導原則」)では、ビジネスにおける人権尊重を、企業が人権侵害を避ける(害を与えない/Do no harm)、自ら関与している人権への悪影響に対処することと定義している。人権尊重においては、「マイナスを起こさないこと」を主軸とし、自社による人権への加害または加害への関与をいかにして減少させるかに注力することで、自社が取るべき行動、あるいは自社で対応可能な範囲を理解できるようになる。

湯川雄介弁護士は、「前提として、世界では人権が守られていない国の方が多い。国によっては労働法その他の人権尊重に関する法律が整備されておらず、法整備されていても、適切に運用されていない国もある」として、「人権尊重は当たり前のこと」という当然の認識の中で、なぜ一歩踏み込んで行動に移す必要性があるのかを伝えた。

また、キックオフミーティングでは、なぜ人権DDを行うのか、なぜ取引先からの監査でその質問がされているのか、その目的を理解することで、適切な人権DDが可能となることが強調された。たとえ監査において、先方の求めている情報そのものを提供できなくても、原則を理解することで代替案を自社から提供することも可能になりえ、相手側の受け止め方も変わってくるとした。

人権方針策定においてはOECD行動指針が参考に

キックオフミーティング以降、岐阜プラスチック工業、西村あさひ法律事務所、ジェトロの3者は、計4回(2025年10月7日、11月18日、2026年1月7日、1月27日)にわたりWSを実施した。

WSを通じて、人権方針の策定において重要なのは、「人権とは何か」「尊重するとはどういうことか」を誰にどのように伝えるのかを意識することだと繰り返し伝えられた。企業が「国際的に認められた人権を尊重する」と発表したとしても、それが何を意味するのかを明確にしなければ、理解できないステークホルダーもいる。例えば「児童労働、強制労働、差別の禁止」などと具体例を挙げるならば、それを適切に伝える必要がある。

最終のWSでは、現在の岐阜プラスチック工業のコンプライアンス・ポリシーはどう変えられるのかが議論され、同社の現在の方針が、人権DDとして求められている基準と比較して抽象度が高いため、実際にサプライチェーン上で人権問題が発生したとき、岐阜プラスチック工業が企業としてどう対処するかを深掘りする余地があるといった点が指摘された。また、同社の既存のコンプライアンス・ポリシーにおいて、リスクあるいは障害となり得る点も指摘された。

経済協力開発機構(OECD)は、多国籍企業に対して期待される責任ある行動を自主的にとるよう勧告することを目的として、OECD多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises)(以下「行動指針」)を1976年に策定し、直近では2023年に改訂した。人権方針を策定している企業の多くはこの指針や国連指導原則を参照している。特に、国連指導原則の原則15は、人権尊重の責任を果たすために、企業はその規模および置かれている状況に適した方針およびプロセスを設けるべきであるとしている。a.人権尊重の責任を果たすという方針によるコミットメント、b.人権への影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかについて責任を持つという人権DDプロセス、c.企業が引き起こし、または助長する人権への負の影響からの是正(救済)を可能とするプロセス、の3点を設けることを企業に求めている。端的には、aは各社が人権方針を作成すること、bは人権DDの実施方法を策定すること、cは被害者を救済する仕組みの策定だ。それを踏まえて、同WSでは岐阜プラスチック工業に対し、以下のとおり作業することが推奨された(表)。これらの実施によって、実務での人権DDの実施に向けて歩みを進めることができるようになる。

表:岐阜プラスチック工業に提案された人権DDのための行動
原則で示されている内容 岐阜プラスチックへの提案
a.人権方針によるコミットメント 社内向けには人権方針を策定。研修などを通じて、社員に人権方針の意図を周知
社外向けには調達方針などを策定
b. 人権DDのプロセス策定 策定内容を次の通り分割
ア:アセスメント
事業やステークホルダーのマッピングに基づく人権への負の影響の深堀り調査
イ:i)体制
社内において体制づくりを開始する。そのために、予算を付け、実際に行動できるようにする
イ: ii)適切な措置
社内体制を整えた上で、専門家など、外部人材と対話し、方針および対処の方向性を確認
ウ:モニタリング
人権DDが効果的に実施されているか、改善できる点がないかの観測
c. 人権の負の影響からの是正(救済) 社内に苦情処理メカニズムを設置し、人権侵害を迅速に把握するための仕組みを構築

出所:WSを基にジェトロ作成

WSでの学びをコンプライアンス・ポリシーとして組み込む

WSを終え、岐阜プラスチック工業からは、「本WSに参加するきっかけとなった人権監査において、当初は委託元からの質問に適切に対処できていなかったが、今では今後の質問の予想や、対応を先んじて行えるようになった。相手が求める基準では、日本の変形労働時間制(注)を利用できず、コストの上昇が見込まれるとわかった。人権に対する理解が深まったことで、ただうのみにするのではなく、自社の人権尊重とコストに関する交渉ができるようになった」という感想が聞かれた。また、人権方針に関し社内でも意識が高まってきたとして、「人権方針の策定は、大規模なサプライチェーンを持つ企業や業種と取引するための入場券のようなものという認識が社内でも広がっている。理解を進められたことは大事な一歩になった」とした。

前述のコメントに対し西村あさひ法律事務所の弁護士らからは、「人権対応ではすぐに全部を変えることが無理なのは自明で、地道な対応が重要。取引先から一定の人権方針を全て満たさないと契約を切ると言われた場合、自社で対応可能な範囲を遠慮なく伝えること。求められているものと、自社で対応可能なもの、どこで折り合いをつけられるのか考えていく必要がある」とアドバイスがあった。

人権尊重は、方針の改善を1回行って終わるのではなく、追跡調査などを通じ、少しずつ改善を進めていくことが重要だ。1回の改善は小さくとも、継続して改善に取り組むことで、時間の経過とともに大きな成果につながる。企業各社は無理をせず、やるべきことをやっていけば、関係各社との信頼関係の構築や相互理解も進む。また、相手企業との今後の交渉においても、無理を言われづらくなり、企業防衛にも直結していく。課題は多いかもしれないが、人権尊重に対する着実な取り組みが、企業を一層の発展へと導いていくだろう。

岐阜プラスチック工業は、本WSを通じて得た情報を基に、短期目標として自社のコンプライアンス・ポリシーの中に刷新した人権方針を組み込み、社内全体に周知する予定だ。また、窓口を作り、現場における人権侵害のセーフティネットとして機能させる。中・長期的には、これらの活動を年度計画に入れ、人権尊重の取り組みが自走する体制を作り、最終的に取引先とのより強い信頼構築へとつなげていきたいとしている。


注:
一定期間内で労働時間を柔軟に配分し、繁忙期と閑散期の差に応じて効率的に働くことを可能にする制度。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
谷本 皓哉(たにもと ひろや)
2023年、ジェトロ入構。同年から現職。