人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例人権方針の骨子作成におけるコツ
東京都・海外貨物検査の事例(2)
2026年3月27日
ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(本特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本連載では、採択企業の1社である海外貨物検査(本社:東京都中央区)を対象に、ワークショップでの議論とそこから得られた示唆について紹介する。
海外貨物検査は、初回のキックオフミーティングのほか、全4回のワークショップを実施した。連載1本目の「顧客要請で人権の取り組み本格化」では、同社が人権尊重の取り組みを本格化するに至った経緯や人権方針の策定を進めるための大枠の議論について取り上げた。本稿では、方針の骨子を作成するための方法論や方針に最低限記載すべき内容について、第2回ワークショップ(実施日:2025年11月10日)での議論を基に紹介する(注1)。
人権方針で押さえるべきはコミットメントとステークホルダーへの期待の表明
第2回ワークショップでは、企業が人権尊重責任を果たす上での指針となる国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以降、指導原則)に照らし、人権方針の骨子を検討した。人権方針について定めている指導原則16を見ると、方針に記載すべきとされている内容面の要求は、(1)「(人権を尊重する)責任を果たすというコミットメント」と(2)「社員、取引先、及び企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が持つ人権についての期待」のみだ(参考参照)。よって、人権方針に記載する内容は最低限この2点のみでも成り立ち得る。しかし、社内外のステークホルダーに方針を伝える上では、「具体的にどう人権尊重責任を果たすのか」「尊重する人権とは何か」といった内容もある程度記載していた方が理解を得やすいこともあり、それ以外の事項も記載される傾向が一般的にあるとされた。これを踏まえ、海外貨物検査では(1)と(2)をベースにしつつ、具体的な中身をある程度付加していくことにした。
参考:指導原則16の内容
16.人権を尊重する責任を定着させるための基礎として、企業は、以下の要件を備える方針の声明を通して、その責任を果たすというコミットメントを明らかにすべきである。
- 企業の最上級レベルで承認されている。
- 社内及び/または社外から関連する専門的助言を得ている。
- 社員、取引先、及び企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が持つ人権についての期待を明記している。
- 一般に公開されており、全ての社員、取引先、他の関係者にむけて社内外にわたり知らされている。
- 企業全体にこれを定着させるために必要な事業方針及び手続のなかに反映されている。
出所:国際連合広報センター
人権方針に重点項目を記載すべきか
人権方針に記載する項目を検討するにあたり主要な論点になったのは、事業特性に応じた重点項目の扱いだ。第1回ワークショップで事例として参照した4社は、いずれもそれぞれの業種や事業内容に特有の人権課題とそれに対応する取り組みを方針に明記していた(連載1本目「顧客要請で人権の取り組み本格化」参照)。海外貨物検査は、特に優先する取り組みとして、以下3点を人権方針に記載する案として提示した。
- (1)
- 世界各地の現場検査員の安全衛生と公正な労働の確保
- (2)
- サプライチェーンにおける強制労働・児童労働の排除
- (3)
- 地域社会およびステークホルダーとの調和
中でも、検査現場での労働環境が過酷な可能性があるため、(1)を最優先課題と捉えていることや、(2)についてはサプライチェーンが広範囲で労働実態の把握には高い壁があり、また、自社の直接的な影響力が及ばないケースが想定されることなどが海外貨物検査から共有された。
これに対し、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(以降、西村あさひ法律事務所)からは、取り組みの優先順位は本来深刻度を基準として、潜在的な影響については発生可能性も考慮して人権デューディリジェンス(DD)を通じて検証すべきとの助言があった。つまり、実際にDDを行ってみると、直感的に最もリスクが高そうだと捉えている(1)よりも(2)や(3)の方が深刻であり、発生可能性も高いかもしれない。その場合、深刻度の高いものから、社内の問題でなくても取引先に対する影響力を行使するなどして取り組む必要がある。
個々の重点項目に関する考え方についても西村あさひ法律事務所から指摘があった。(1)は労働環境の過酷さを理由に最優先課題としていたが、それが常に人権侵害にあたるとは限らない(注2)。先進国を中心に、厳しい労働基準を国内法令で定めている国も多く、その場合は国内法令を順守すること(コンプライアンス)が人権尊重につながることも少なくない。他方で、国内法令の基準が低い国での事業や、国内法令に抜け穴があって人権課題が起きてしまっているケースなどでは、コンプライアンスを超えたプラスの取り組みの必要性が高い。
また、(3)は「検査業務や現地事務所の設置に伴い、事業活動を行う各国・地域の地域社会との軋轢(あつれき)が生じるリスク」を念頭にしたものと海外貨物検査から説明があった。これに関して湯川弁護士は、「人権侵害が起きていなくても軋轢が生じることはあり、必ずしも軋轢=人権侵害とはならない」と指摘した。これを人権方針に書いてはいけないわけではないが、「人権マター」でないものが混ざることで、尊重すべき人権の重みが相対的に薄れてしまうことも懸念される。
このように、事業の性質上特に優先すべき重点項目を人権方針に記載する場合は、直感のみに基づきその内容を決めるのではなく、本来的にはバリューチェーン上の負の影響の分析・検討を通して精査すべきであることが示された。特に、ステークホルダーエンゲージメントを重視し、実際に負の影響を受け得る人から直接話を聞いて負の影響の程度を判断すべきだ。ただし、企業として人権尊重へのコミットメントを対外的に示す必要性から、人権DDを実施できていない状態でも、人権方針を作成するのはありだという助言が西村あさひ法律事務所からあった。人権方針は企業としての人権尊重に対する覚悟の表明だ。そこに重点項目を記載することまでは、必須で求められているわけではない。こうした議論を受け、重点項目を人権方針に記載することは取りやめた。
なお、人権DDを実施してみると重点項目が変わることもある。人権方針に重点項目を記載する場合、必要に応じて方針を改定することになる。そもそも、(1)事業環境の変化(例:事業領域や展開する国・地域、関わる人の変化)や、(2)外部環境の変化(例:人権を巡る国際情勢や定義の変化)によって、「数年ごとに人権方針を見直すと、変えないといけない部分が出てくることが少なくない」(根本弁護士)。人権方針の策定と人権DDは順番が決まっているものではなく、連動するプロセスと整理した。
指導原則の文言にできるだけ忠実な文章化がコツ
人権方針を具体化していく方法にも、ポイントがある。西村あさひ法律事務所が提案した1つの方法は、指導原則の文章をできるだけそのまま活用し、自社の方針に不要な記載を落としていくアプローチだ。しかし、海外貨物検査は当初作成した草案において、指導原則の記載を複数箇所から引用して1つの文章にまとめるなど、独自の文章に加工していた。まとめの文章を自作したり他社事例から引っ張ってきたりすると、指導原則で求められている取り組みとの整合性を確保する難易度が上がる。さらに長岡弁護士は、実務面でのデメリットとして「人権方針の英語版を作成する際、自分で創作した文章を英訳すると英文も創作になってしまい、海外のステークホルダーにうまく伝わらない可能性もある」と指摘。他方、指導原則は元々英語だ。国連広報センターがウェブ掲載している日本語仮訳
から文章を引用すれば、同箇所の英語版の原文
(1.11MB)と照らし合わせることができるため、正しい英語版を作成できるため、正確な英語表現につながる。
こうしたアドバイスを踏まえ、海外貨物検査は人権方針の骨子作成に取り組んだ。その骨子を基に、第3回(実施日:2025年12月22日)、第4回(実施日:2026年2月13日)のワークショップでは細かな文言などを議論した。また、第4回ワークショップでは、方針に基づいて人権DDを実施していく上でのポイントを確認した。連載3本目「『覚悟』の人権方針を経営基盤に」でその様子を紹介する。
東京都・海外貨物検査の事例
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。






閉じる





