人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例「覚悟」の人権方針を経営基盤に
東京都・海外貨物検査の事例(3)
2026年3月27日
ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(本特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本連載では、採択企業の1社である海外貨物検査(本社:東京都中央区)を対象に、ワークショップでの議論とそこから得られた示唆について紹介する。
海外貨物検査は初回のキックオフミーティングのほか、全4回のワークショップを実施した。連載1本目の「顧客要請で人権の取り組み本格化」では、同社が人権尊重の取り組みを本格化するに至った経緯や人権方針の策定を進めるための大枠の議論について取り上げた。続く連載2本目の「人権方針の骨子作成におけるコツ」では、方針の骨子を作成するための方法論や方針に最低限記載すべき内容についてまとめた。本稿では、同社が人権方針を最終化する上での工夫や方針を踏まえた今後の取り組みについて、第3回ワークショップ(実施日:2025年12月22日)と第4回ワークショップ(実施日:2026年2月13日)での議論を基に紹介する(注1)。
人権方針案に見る海外貨物検査の「覚悟」
第3回、第4回のワークショップでは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以降、指導原則)に沿って海外貨物検査が作成した方針の骨子に対して西村あさひ法律事務所がアドバイスを行い、最終化に向けて議論を進めた。その結果、下表の内容でおおむね調整がついた。海外貨物検査で今後取締役会の決議に上げ、承認を得た人権方針をウェブサイトで公開する予定だ。
| 指導原則の項数 | 指導原則の概要 | 海外貨物検査の人権方針における記載の方向性 |
|---|---|---|
| ー | ー | 指導原則およびOECD多国籍企業行動指針の人権の章に即して人権尊重を行うことを表明。 |
| 16 | 方針によるコミットメント |
|
| 11 | 企業の人権尊重責任 | 指導原則11の解説から、負の影響への「対処」の中身(防止、軽減、そして、適切な場合には、是正のために適切な措置をとること)も引用し、指導原則11の文章と併記する。 |
| 12 | 企業が尊重すべき人権の範囲 |
|
| 13 | 人権を尊重する責任として企業に求める行為 | 指導原則13を引用。 |
| 17 | 人権デューディリジェンスの実行 |
|
| 22 | 負の影響の是正プロセス | 指導原則22を引用。 |
| 23 | 法令順守との関係 | 指導原則23a、bを引用。 |
| 24 | 負の影響への対応の優先順位付け | 指導原則24を引用。 |
| 29 | 苦情処理メカニズムの確立 | 指導原則29を引用。 |
注:海外貨物検査の人権方針における順序に沿って記載している。
出所:海外貨物検査提供資料、国際連合広報センター
ここからは、人権方針の方向性を前述のとおり固める中で議論になった点を2つ取り上げる。まず、鉱物関連企業との取引が多い海外貨物検査特有の対応として、「OECD責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針
(1.21MB)」(以降、行動指針)の人権の章も参照するという点だ。行動指針第4章(人権)の注釈45を見ると、特定の産業や状況下では特別な注意を払うべきだと記載されており、ここに鉱物分野も含まれる。OECDは鉱物分野特有のデューディリジェンス(DD)ガイダンスも公表している(注2)。こうした背景から、「鉱物分野においては、行動指針および鉱物DDガイダンスが共通言語になっている」(長岡弁護士)という。指導原則の下では、行動指針への準拠が明示的に求められているわけではなく、人権方針での言及が必須との定めもない。ただ、海外貨物検査は鉱物分野と関わりが深いという事業特性から、行動指針も参照して人権尊重に取り組むことをあえて方針の冒頭に記載することにした。
次に取り上げたのは、尊重する人権の範囲に関する記載についてだ。尊重する人権の範囲は指導原則12(参考1参照)に記載があり、端的には「国際的に認められた人権」が解になる。人権方針に記載する場合の例として、西村あさひ法律事務所からは以下の3パターンが提案されていた。
- パターン1:「国際的に認められた人権」への言及だけにする。つまり、指導原則12の冒頭「人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠っている」を引用。
- パターン2:指導原則12を全て引用する。
- パターン3:指導原則12に加え、その解説文の2段落目(参考2参照)を引用する。
海外貨物検査では、このうちパターン3を採用。さらに、「国際的に認められた主要な人権の権威あるリスト」のうち、「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」に挙げられた5つの基本権に関する原則〔(1)結社の自由と団体交渉権、(2)強制労働の撤廃、(3)児童労働の実効的な廃止、(4)雇用と職業についての差別の撤廃、(5)安全かつ健康的な作業環境〕を具体的に方針に列挙することにした。ここまでブレークダウンして記載する目的は、社内外のステークホルダーへの周知・浸透を促進するためだ。特に、社内の人々に「自分たちが尊重責任を負っている人権とは何なのか」を理解してもらうことは重要だ。抽象的な記載よりも、具体的に参照すべき原則や尊重すべき人権、留意の必要な人権課題が明記されていた方が、理解が進む。
参考1:指導原則12の内容
12.人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠っているが、それは、最低限、国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則と理解される。
出所:国際連合広報センター
参考2:指導原則12の解説文(2段落目を一部抜粋)
(前略)国際的に認められた主要な人権の権威あるリストは、国際人権章典(世界人権宣言、及びこれを条約化した主要文書である市民的及び政治的権利に関する国際規約ならびに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)とともに、労働における基本的原則及び権利に関する宣言に挙げられたILO中核8条約上の基本権に関する原則にある。(後略)
注:ILO基本条約(中核的労働基準)は2022年に2条約が追加され、8条約から10条約になった。
出所:国際連合広報センター
こうして人権方針の検討過程を振り返ると、ベースとして指導原則がありつつ、「どのパートをどこまで引用するか」は各社の「こだわり」によることが分かる。事業特性や人権尊重に取り組む上での実務対応を念頭に、自社の人権方針に記載する内容を指導原則に照らして具体化していくことがポイントだ。このプロセスを経ると、人権方針は自然と、一言一句にその企業の思いが詰まった内容になる。湯川弁護士は、「人権方針は企業の覚悟。『わが社はこうしたい、これを行う』といった意思表示だ」と話す。
人権DDの第一歩は、自分事化できる研修で社内理解促進を
第4回ワークショップでは、一連のワークショップの締めくくりとして、人権方針を踏まえた今後の取り組みを議論した。「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス
(2.8MB)」に記載の人権DDの6つのプロセスに沿って、各プロセスにおける取り組みのポイントを整理した。以下では、西村あさひ法律事務所からの助言をプロセスごとにまとめる。
- プロセス1:責任ある企業行動を企業方針および経営システムに組み込む
今後の取り組み推進のため、人権方針が完成したタイミングで、社長から全社にメッセージを発信すると良い。人権方針の内容を社内に浸透させるための研修は、年1回以上行うべきだ。研修内容は、単に指導原則を説明するだけのものとせず、自分事として理解してもらう工夫が必要だ。他社で起きた問題が自社で起きたらどうなるか、自らの部署で具体的に人権がどう問題になるのか、といったことを考える場にする。一般社員への研修だけでなく、取締役会でケーススタディーを行うのも一案。
継続的に取り組みを推進していくための体制整備も重要だ。専門人材を採用するか社内で育成するという手段があるが、人材獲得・育成は容易でない。もう1つの手段は、部署やチームとして取り組むこと。ただ、ジョブローテーション制度がある場合、組織として知識や経験を蓄積していくことが課題になる。指令塔となる部署や人は、常時人権のイシューに触れて専門性を高める必要がある。出発点としては、(1)外部のセミナーに参加する、(2)専門家による書籍を読む、(3)NGO(例:「ビジネスと人権リソースセンター
」)のニュースレターを読む、などが有効だ。
- プロセス2:企業の事業、サプライチェーンおよびビジネス上の関係における負の影響を特定し、評価する
負の影響の特定に、労働組合や労働環境を把握するための質問票、ストレスチェックシステムなど、既存の枠組みを生かすのは良い。ただし、既存のものに十分人権の観点が織り込まれているかは再度確認した方が良い。また、人権への負の影響について情報をこちらから取りに行くには限界があり、取れたとしてその内容が正しいとは限らないという構造的問題がある。苦情処理(グリーバンス)メカニズムを整備し、ライツホルダー(負の影響を受け得る人)の側から情報をあげてもらえる仕組みを作ることも重要だ。
苦情処理メカニズムは、ライツホルダーにとっての使いやすさを重視して構築すべきだ。例えば、海外子会社だとトップ1人に若手駐在員が1~2人といったケースも少なくない。この場合、若手駐在員が特定を恐れて届け出ができず、事態が深刻化することも考えられる。こうした個別事例を想像しながら、制度に反映していくことが必要だ。 - プロセス3:負の影響を停止、防止および軽減する
人権課題への対応は、なぜそのような状況になったかを明らかにして、その状況を引き起こした根本的な課題を解決すること。例えば、ストレスチェックで問題があった際、産業医が治療すること自体は根本解決にならない。ストレスの原因が1人で対応しきれない業務量にあるのであれば、業務量を減らすか人を増やすといった対応が求められる。
なお、海外拠点全てを初めからカバーしようと考えなくても良い。例えば労働安全衛生であれば、特に検査員が多い拠点や気候変動の影響(猛暑など)が大きい拠点など、現場を見て明らかにリスクが大きそうな拠点を1つ選んで課題に対応し、その事例を少しずつ横展開していくアプローチもある。
自社だけでなく、取引先にも働きかけてバリューチェーン全体での課題解決につなげていくのがポイント。特定の人権リスクに対して低減効果が高いと判断すれば、取引先との契約条項に人権の項目を盛り込むのも一案だ。 - プロセス4:実施状況および結果を追跡調査する
他社事例を参考にしていく方法がある。客観的な追跡のために指標を活用するのがポイント。 - プロセス5:影響にどのように対処したかを伝える
情報開示の方法は、(1)ライツホルダー向け、(2)それ以外のステークホルダー向けで分かれる。(1)は人権リスクを認識した場合、個別の対応方針についてライツホルダーに通知し、コミュニケーションを図ることを指し、この対応は必須。一方、(2)は一般社会への情報公開や株主、NGOなどへの自社の人権尊重の取り組みの開示で、年次報告などを指す。この違いを理解しておくことが重要だ。 - プロセス6:(プロセス2の結果) 適切な場合是正措置を行う、または是正のために協力する
苦情処理メカニズムは、取引先などの従業員が自らの雇い主に相談・通報できなくても、海外貨物検査がその声を拾える体制にする必要がある。また、苦情処理メカニズムはライツホルダーがその存在を把握し、利用できる状態にしなくてはならない。例えば、臨時で雇われている人もアクセスできるように、声を拾い上げるためのQRコードを事業場に貼るというやり方がある。ただ、全て自前で構築する必要はなく、ビジネスと人権対話救済機構 (JaCER)
など外部サービスも活用できる。
海外貨物検査では、これらの助言を基に、人権DDを本格始動させていく。人権尊重の取り組みは一朝一夕ではなく、強力なトップコミットメントの下、いかに経営基盤に組み込んで継続していくかが今後の焦点となる。
- 注1:
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第3回、第4回ワークショップの参加者は次のとおり。
第3回ワークショップ(ーは記載なし) 社名など 参加者 海外貨物検査 取締役常務 経営企画部長、経営企画部 専門次長、経営企画部 部長代理 西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士 湯川雄介氏(ヤンゴン事務所代表)、パートナー弁護士 根本剛史氏、アソシエイト弁護士 長岡隼平氏(オンライン参加) ジェトロ ー 第4回ワークショップ(ーは記載なし) 社名など 参加者 海外貨物検査 代表取締役社長、経営企画部 専門次長、経営企画部 部長代理 西村あさひ法律事務所 湯川氏、根本氏、長岡氏(オンライン参加) ジェトロ ー - 注2:
-
「採掘産業における意義あるステークホルダー・エンゲージメントのためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス
(1.93MB)」や「OECD紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス
(2.4MB)」。
東京都・海外貨物検査の事例
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。






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