人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例顧客要請で人権の取り組み本格化
東京都・海外貨物検査の事例(1)
2026年3月27日
ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本連載では、採択企業の1社である海外貨物検査(本社:東京都中央区)を対象に、ワークショップでの議論とそこから得られた示唆について紹介する。
海外貨物検査に対しては、初回のキックオフミーティングのほか、全4回のワークショップを実施した。本稿では、キックオフミーティングと第1回ワークショップの内容に焦点を当て、同社が人権尊重の取り組みを本格化するに至った経緯や人権方針の策定を進めるために行った大枠の議論について取り上げる(注1)。
貨物の検査・分析・認証を手掛ける海外貨物検査
海外貨物検査(OMIC)は1954年に設立された。戦後の食糧難だった時代に、輸入される米や貨物の検査業務から事業を開始した。現在の主な事業内容は、以下の3本柱だ。
- 物流検査:貨物の重量や数量、品質などの確認、サンプリング、コンテナの検査などを行う。
- 分析:農産物・食品に残留農薬や有害物質、遺伝子組み換え作物(GMO)などが混入していないかといった安全性検査や成分分析を行う。
- 認証:有機農産物・有機加工食品などの認証業務を行う。
従業員数は、本社の約70人を含めグローバルで約900人(グループ会社含む)。海外ネットワークは、自社の完全子会社、グループ会社(株式の保有率が50%以下)、代理店(下請け会社)を通して世界50カ国・地域に広がる(図参照)。拠点は主要な輸出港に集中しているが、一部、原料産地となるような都市にも所在している。
注:●は本社・海外支店等、子会社、グループ会社、◇は代理店(下請け会社)の所在を表す。
出所:海外貨物検査提供資料から作成
顧客からの要請で取り組みを本格始動、リスクベースアプローチの重要性を認識
海外貨物検査が本ワークショップに参加したきっかけは、顧客からの要請だった。欧州の顧客から、自己評価質問票(SAQ)や顧客確認(KYC)などを通して、サステナビリティーの取り組み内容を聞かれることがここ数年で増加した。現状では、月に1回ほど問い合わせがある。質問内容は、人権方針を策定しているか、人権にかかわる海外法令に対応しているか、苦情処理(グリーバンス)メカニズムを持っているか、といった人権に特化した項目などだが、顧客の評価基準に対し、当時の方針や体制では十分な回答が困難であったケースがあった。これを機に、グローバルな取引を継続・発展させるためには、人権方針の策定を含む国際基準への対応が不可欠であるとの危機感を持ち、取り組みを本格化させた。その中で、2024年からESGやビジネスと人権について調べ始めたところ、欧州だけでなく全世界的な動きであることを知った。しかし、調べるほどに中小企業が対応することのハードルを感じ、伴走支援を受けられる本ワークショップに応募した。
ジェトロは2025年8月20日、顔合わせとなるキックオフミーティングを開催した。ミーティングでは海外貨物検査の事業内容およびワークショップ参加の経緯などが共有された後、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(以降、西村あさひ法律事務所)が事業内容や人権への取り組み状況について質疑を行った。その結果、自社拠点はもとより、世界各地の代理店(下請け会社)を含むネットワーク全体における人権尊重の重要性、特に、屋外の過酷な気象条件下での検査業務など、身体的負荷が高い現場の労働安全衛生や、労働者のバックグラウンド把握などは、業界共通の課題として注視すべき領域であることが指摘された。また、海外貨物検査が当初考えていたリスクアセスメントは、確実な履行を目指し、管理の行き届いた本社から段階的に海外支店・営業所、子会社、グループ会社、と対象を広げていく想定だった。これに対して西村あさひ法律事務所からは、実務的な難易度よりも、「どこで誰にどのような人権への負の影響が生じうるか」という観点からその深刻度に基づいて優先順位をつけるリスクベースアプローチの重要性が強調された。
既存の行動規範と人権方針の関係性を整理
第1回ワークショップ(実施日:2025年10月2日)の議論は、海外貨物検査がかねて策定・公開していた「OMICコンプライアンスコード」と新たに策定する人権方針の関係性をどう整理するかが出発点になった。「OMICコンプライアンスコード」は(1)誠実性、(2)利害の衝突、(3)秘密保持とデータ保護、(4)贈収賄の禁止、(5)公正な業務の遂行、(6)安全衛生、(7)公正な労働に関して、職業倫理などにかなった活動および誠実な業務実施を確保することを目的に明文化した行動規範だ。これは、海外貨物検査が加盟している試験・検査・認証分野の国際的な業界団体、TICカウンシル(TIC Council)のコンプライアンスコードに準拠した内容になっている。TICカウンシルが加盟企業・団体に遵守を義務付けていることから、海外貨物検査もコンプライアンスコードを策定・公開している。第1回ワークショップでは、「OMICコンプライアンスコード」に含む(6)安全衛生と(7)公正な労働が特に人権に関連するため、人権方針での扱いをどうするかという論点が提起された(注2)。いずれも人権方針に包含する「案A」と個別方針に分ける「案B」が挙がったが、特に実務面のメリットから、「案B」を軸に検討を進めることになった。TICカウンシルのコンプライアンスコードは今後改定される可能性があり、「案A」ではその都度人権方針を改定する作業が発生する。他方、「案B」であれば人権方針はそのまま、安全衛生と公正な労働に関する「OMICコンプライアンスコード」のみを改定すれば良い。
最後に、公開されている他社の人権方針を事例として参照した。JALグループ、商船三井グループ、鹿島グループ、みずほフィナンシャルグループという業種の異なる4社を比較したところ、それぞれの事業内容に応じた特有の人権リスクを重点項目として人権方針に記載していることが確認できた(表参照)。こうした事例を参考に、海外貨物検査で人権方針に記載する内容の大枠を検討することになった。本連載2本目「人権方針の骨子作成におけるコツ」では、方針骨子を作成していくプロセスを追う。
| 社名 | 各社の業種・事業内容に特有の記載内容 |
|---|---|
| JALグループ | JALグループが目指すこととして、「特に航空運送事業に携わるものとして、商品・サービスを提供する際にお客さまに身体的・精神的な苦痛を与えないこと、航空機を用いた人身取引の防止や、事業を行っている地域の人たちへの人権侵害の防止に努めます」と記載。 |
| 商船三井グループ |
|
| 鹿島グループ |
|
| みずほフィナンシャルグループ |
|
出所:「JALグループ人権方針
(206KB)」「商船三井グループ 人権方針
(525KB)」「鹿島グループ 人権方針
」「人権方針
」(みずほフィナンシャルグループ)
- 注1:
-
キックオフミーティングと第1回ワークショップの参加者は次のとおり。
キックオフミーティング(ーは記載なし) 社名など 参加者 海外貨物検査 代表取締役社長、取締役常務 経営企画部長、経営企画部 専門次長、経営企画部 部長代理 西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士 湯川雄介氏(ヤンゴン事務所代表)、パートナー弁護士 根本剛史氏(オンライン参加)、アソシエイト弁護士 長岡隼平氏 ジェトロ ー 第1回ワークショップ(ーは記載なし) 社名など 参加者 海外貨物検査 取締役常務 経営企画部長、経営企画部 専門次長、経営企画部 部長代理 西村あさひ法律事務所 湯川氏、根本氏(オンライン参加)、長岡氏(オンライン参加) ジェトロ ー - 注2:
- 「OMICコンプライアンスコード」(第6版、2023年4月1日発効)における安全衛生、公正な労働の条文は次のとおり。
東京都・海外貨物検査の事例
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。






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