人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例中堅・中小企業の「ビジネスと人権」への取り組みの実践(日本)
総論

2026年3月27日

国際的な法規制が進展し、サプライチェーン全体での人権尊重の取り組み強化が求められる中、「ビジネスと人権」は企業規模や業種に関わらず、企業にとって経営戦略上重要なテーマとなっている。昨今では、企業の人権尊重責任に対する姿勢が取引の条件になるケースもみられる。

ジェトロはこのような状況を踏まえ、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した。本稿では、福岡県・山口油屋福太郎で実施したワークショップの内容および参加企業4社のエッセンスを基に、同ワークショップの概要、その中での議論と得られた示唆の概観を紹介する。より具体的な内容については、各ワークショップ参加企業について詳しく取り上げた本特集の他の記事も参照されたい。

「ビジネスと人権」への取り組みにおける中堅・中小企業の課題

国連で2011年に、企業の人権尊重責任を1つの柱とする、「ビジネスと人権に関する指導原則外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(指導原則)が作られ、企業の人権尊重の取り組みの重要性が増している。今回のワークショップの参加者からも、「多国籍企業からの要請が多い」「GRIスタンダードに基づく報告、サステナビリティー方針、人権方針、ISOなどの認証を持っているか、英国の現代奴隷法に対応しているか、セデックス(Sedex)に加盟しているか(注1)、苦情処理(グリーバンス)メカニズムを持っているかに加え、人権デューディリジェンス((注2)以下、人権DD)の実施状況や結果を取引先に聞かれるようになった」「欧州顧客からの取引先確認やSAQ(Self-Assessment Questionnaire、自己評価質問票)の要求がここ数年で増加している」といった声が聞かれた。人権DDの取り組みが大企業から進む中で、取り組み要請がサプライチェーンを通じて中堅・中小企業にも波及しつつある現状が浮かび上がる。

一方で、中堅・中小企業では大企業に比べて取り組みが進んでいないのが現状だ。2024年にジェトロが日本企業の本社向けに実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(注3)では、人権方針を策定している企業の割合は、大企業が76.0%であるのに対して中小企業は32.5%だ。人権DDを実施している企業の割合でも、大企業が46.7%であるのに対して中小企業は11.3%にとどまる。中小企業について、人権DDを実施する予定がない理由は、「具体的な取り組み方法がわからないため」(39.5%)が首位だ。今回のワークショップの参加者も、「自社にどう落とし込めばいいか不明瞭」「自社の規模でどこまで動けるか不安」「多様化した要請への対応に課題がある」「社員の知識不足」などの理由でプログラムへの参加を決めている。

日本政府は企業の取り組みを後押しするため、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」〔全文PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.5MB)ダイジェストPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.8MB)〕を策定し、翌年には経済産業省がこれをわかりやすく解説した実務参照資料外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも公表している。人権尊重への取り組みとして、(1)人権方針の策定・公表、(2)人権DD、(3)人権への負の影響を引き起こしまたは助長している場合における救済、が企業に求められている(図1参照)。今回のワークショップでは、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(以下、西村あさひ法律事務所)の伴走支援の下、人権尊重の考え方の理解を深めた上で、(1)と(2)の具体的な実践に取り組んだ。

図1:企業による人権尊重の取り組みのプロセス
順に、①人権方針、②人権デューデリジェンス、③救済の3つの柱が並ぶ。1つ目の柱「人権方針」には、国連指導原則16に基づく“人権尊重のコミットメントの表明”が記載されている。2つ目の柱「人権DD」には、国連指導原則18〜21に対応する4つのプロセス(負の影響の特定・評価、防止・軽減、取組の実効性評価、説明・情報開示)が並ぶ。3つ目の柱「救済」には、国連指導原則22に基づく“負の影響への対応”が示されている。さらに、3つの柱全てに矢印が向かう形で『ステークホルダーとの対話』が配置され、各プロセスにおいて関係者との対話が重要であることを示している。

出所:OECD「責任ある企業行動のための OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」

各社の状況に応じて異なる必要な取り組みを整理

今回のワークショップには、全国から5社の中堅・中小企業が参加した。業種や企業規模も幅広い(表1参照)。応募時点の取り組み状況も、取引先からの質問票や監査を通して必要性を認識しているものの取り組みを始められていない企業から、既に原材料調達先について外部機関を活用するなど一部取り組みを進めているものの今後取り組みを継続していくにあたって行き詰っている企業など、さまざまだ。

表1:採択企業5社の概要 注:グループ会社を含む。
社名 所在地 従業員数 事業内容 ワークショップの主な内容
ヤマグチマイカ 愛知県 約80人 天然鉱物マイカ(雲母)を原料として粉砕加工したマイカパウダーの製造・販売 ステークホルダーエンゲージメント
国際機関との対話
海外貨物検査 東京都 約900人 貨物の検査・分析・認証 人権方針の策定
岐阜プラスチック工業 岐阜県 約870人 プラスチック製の産業資材、工業部品、医療用部品、日用雑貨品などの製造・販売 人権方針の策定
ステークホルダーエンゲージメント
ヒロハマ 東京都 約130人 金属製缶パーツの製造 人権方針の策定
山口油屋福太郎 福岡県 約 330人 食品の製造・販売、卸売、飲食事業 リスクマッピング

注:グループ会社を含む。
出所:各社ワークショップを基にジェトロ作成

キックオフミーティングでは、各社の事業内容を踏まえてバリューチェーン上にどのようなライツホルダーおよび人権課題が存在し得るかを確認し、その人権課題に対する取り組み状況や社内体制について現状を確認した(表2参照) 。

表2:キックオフミーティングでの確認事項の例
分野 質問事項
社内体制
  • 人権課題に対応する社内体制・人員
  • 労働局など関係機関からの問い合わせや対応経験の有無
  • 工場などにおける、衛生・安全に関する事故などの有無
  • 労働組合の有無
  • 相談窓口や通報制度の有無(社内・社外)
    ある場合、相談内容や通報者の心理的安全性を確保する工夫について
  • 技能実習生など外国人労働者の有無や、彼らからの要望の内容
  • 外国人労働者の低賃金労働、パスポート取り上げ、移動制限の有無
  • 男女間の担当業務上におけるギャップの有無
  • 労働時間の管理方法、長時間労働の有無
  • 人権関係の社内向けの研修・教育の有無、内容
  • 人権尊重に対する経営陣のコミットメントの有無
  • 人権方針、行動規範、調達方針、就業規程などの有無、内容
  • グループ会社、子会社との関係性・従業員数(国内・海外)
  • NGOや外部専門家など、外部ステークホルダーとの関係
調達
  • 調達先(国内・海外)
  • 調達先の確認項目内に、人権に関するもの(児童労働など)は設けているか
  • 調達先にとって自社が占める割合(依存度)
  • 調達先の労働者と直接対話したことがあるか
  • 新規のサプライヤーと契約する際の確認事項
  • 二次・三次サプライヤーの把握はどこまでできているか。状況がわからない産地や相場に対して価格が安すぎるサプライヤーなどはあるか
販売
  • 販売時の輸送経路
  • 配送業者のドライバーの労働環境(人員に対し納期が厳しいことによる過労など)
  • コールセンターなどのサービスの有無および体制、労働環境
  • 販売先からの確認事項(質問票、監査など)、指摘を受けた事項
製造
  • 自社工場の製造環境、労働安全衛生に関する取り組み状況
  • 製造委託先の製造環境、立ち入り検査の内容
  • 廃棄物の処理状況
  • 工場で取得している認証、受審している監査など

出所:各社のキックオフミーティングからジェトロ作成

各社の状況に応じて、ワークショップを通して取り組む課題や目指すゴールを設定した。人権DDは、「リスクベース」が原則だ。自社の事業活動やそのバリューチェーンにおける人権侵害リスクを把握し、優先度の高い課題から取り組むことが求められるため、必要な取り組みは各社によって異なる。また、人権DDは「1回限り」ではなく、実効性を評価し、情報を開示し、次の取り組みに繋げプロセスを繰り返していく、継続した取り組みだ。企業が「自分事」として捉え、無理なく自走できることが重要だ。

企業の人権尊重責任に必要な考え方

第1回ワークショップでは、「人権」とは何か、指導原則に基づいて企業が果たすべき役割について、専門家からの解説を踏まえて対話を行い、企業と人権に関する国際スタンダードへの理解を深めた。企業の「人権を尊重する責任」とは、自社事業にかかわる全ての人の人権を尊重し、自社の企業活動や事業上の関係において人権侵害が起きないように配慮し、マイナスの影響を防止することだ。西村あさひ法律事務所の湯川弁護士は、企業にとっての人権尊重とは「良い影響を与える」思いやりや社会貢献ではなく、当たり前の「ボトムライン」だと説明する。

また、日系企業では「まずは我が身」と自社や直接取引先から取り組む場合も多いが、人権DDにおける優先度は、ライツホルダーの人権への負の影響の深刻度(規模、範囲、是正可能性)に基づいて判断する必要がある(注4)。湯川弁護士は、「自社から遠いサプライヤーであっても多くの人々が生命・健康に関わるリスクにさらされている場合、社内の軽微なリスクよりも優先して取り組む必要がある」と例を挙げた。山口油屋福太郎でワークショップに参加した役員からは、「企業にとっての経営リスクではなく、被害を受ける人にとってのリスクという発想の転換ができた」「日頃従業員や取引先と接する中で、彼らの視点に立って考える機会が増えた」とのコメントがあった。

人権尊重の取り組みの起点となる人権方針の策定・公表

指導原則16で、企業は5つの要件を満たす方針の策定・公表を行い、人権尊重責任を果たすというコミットメントを明らかにすべきとされている(参考参照)。ワークショップでは、既存の社訓なども活用して各社の経営に対する思いをくみ取り、人権に関する課題を整理しながら、指導原則の内容を基に人権方針を策定した。

参考:指導原則で定められた人権方針の策定・公表の5つの要件

  1. 企業のトップを含む経営陣で承認されていること
  2. 企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること
  3. 従業員、取引先、および企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること
  4. 一般に公開されており、全ての従業員、取引先および他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること
  5. 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針および手続きに、人権方針が反映されていること"

出所:経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」からジェトロ作成

湯川弁護士は、5つの要件のうち人権方針の内容に言及しているのは3つ目であり、これを満たすために最低限、(1)人権尊重責任を果たすというコミットメント、(2)社内外への期待、を人権方針に盛り込む必要があるという。ワークショップで挙げられた参加者の課題とそれに対するアドバイスを、前述の経済産業省の実務参照資料において人権方針に記載することが考えられる項目の例として挙げられている7項目に分類して整理した(表3参照)。人権方針策定を企業の人権尊重の取り組みの起点とすることで、「原理原則を確立した上で人権課題を見つけて対応し、社内外のライツホルダーに説得力のある対応ができるようになる」と、湯川弁護士はその重要性を強調する。事業特性や人権尊重に取り組む上での実務対応を念頭に、指導原則を踏まえて自社の人権方針に記載する内容を検討するというプロセスを通じて、各社の実情や思いを反映した人権方針を作ることができる(本特集「東京都・海外貨物検査の事例(3)「覚悟」の人権方針を経営基盤に」参照)。

表3:人権方針の策定に係るワークショップでの参加者の課題とアドバイス
人権方針に記載することが考えられる項目の例 ワークショップ参加者の課題 西村あさひ法律事務所のアドバイス
1. 位置付け 既存の社訓や行動規範、業界のコンプライアンスコードなどとの整理 人権方針を自社の人権に関する規範の中で最上位とし、その詳細を定めるのが社内規定とするのが一案。一部重複があっても構わない。
社訓などに既に人権と共通する考え方が含まれていることがあり、人権の理解を深める起点とすることが有効な場合もある。人権方針とそれらの間に不整合が発生する場合は調整が必要(本特集「企業としての志を人権方針に織り込む」参照)。
2. 適用範囲 人権リスクは、サプライチェーン上で関係性が遠くなるほど高まる面があるように思うが、人権方針ではどこまでを適用範囲とすべきか判断しかねる 人権尊重の取り組みにおいては「やりやすいところ」から取り組むのはそぐわない、「リスクが大きいところ」から取り組むべき(本特集「東京都・海外貨物検査の事例(1)顧客要請で人権の取り組み本格化」参照)。
一方で、人権方針の適用範囲は、自社が主体となって対応できる範囲内(実質的支配下にある子会社など)とすべき。
3. 期待の明示 期待とはどの範囲を想定すべきかわからない 2の範囲外の関係者に人権の取り組みを期待する主旨。
高い志を強調したい場合、「人権が守られる社会の実現」まで言及する場合もあるが、これは指導原則の枠を超えるものであり、盛り込むからには相応の対応が求められる。
4. 国際的に認められた人権を尊重する旨のコミットメントの表明 文言をどのように考えるべきかわからない 指導原則「II.人権を尊重する企業の責任」の条文をベースに、自社に合わせて取捨選択するのがよい(本特集「東京都・海外貨物検査の事例(3)「覚悟」の人権方針を経営基盤に」参照)。指導原則に基づいて書くことで内容を取り込むこともできる。
自社への適正をよく判断せずに、不用意に他社事例を参照することは、間違った人権方針につながり得るため避けるべき。
5. 人権尊重責任と法令順守の関係性 具体的なイメージがつかない 指導原則23にあたる。国内法が国際法の基準に足りていないケースと、国際法と国内法が相反するケースの両方について、取引先から「国内法を守っているから問題ないだろう」と言われたときに盾になる文言を入れる。
6. 自社における重点課題 重点課題をどのように検討すべきかわからない 指導原則24にあたる。「人権を尊重する」と言うとき、一部に限定できず、ありとあらゆる人権を尊重しないといけない。
一方で、対応にはリソース上限界があることから、起きやすい人権侵害、起きたときの影響が大きいものや対応の遅れが是正を不可能とするものから優先順位付けを行うことが重要。〔例:人数が多く熱中症のリスクが大きい現場からまず対応する(本特集「東京都・海外貨物検査の事例(2)人権方針の骨子作成におけるコツ」参照)〕。
7. 人権尊重の取り組みを実践する方法 どう落とし込むべきかわからない 指導原則15b(人権DD), 15c(救済プロセス)の内容は必ず文言に含める必要がある。なお、国によって判断の基準が異なるため、人権方針に具体的な数字(例:長時間労働の定義など)を入れる必要はない。

出所:ワークショップの内容を基にジェトロ作成

ライツホルダーマッピングを人権DDの起点に

山口油屋福太郎では、人権DD実施に向けたワークショップとして、商流とライツホルダーのマッピングを行った。どのような人権課題が具体的に存在し得るかを議論し、その課題に対して対応できる既存のシステムや手続き(会議体、社内規程、ホットライン、定期監査など)の有無を確認した(図2参照)。

図2:マッピングの実施例(イメージ)
①~④の順で付箋に記入し、貼っていく。①ピンク:自社、直接・間接取引先(商流)。②黄色:商流上に存在するライツホルダー(ぜい弱な立場に置かれやすい人々)。③緑:②について考えうる人権課題。④青:人権課題に対処できる既存のシステム。① ピンクは、本社、販売店舗、商社、最終消費者、自社の製造工場、工場の設備管理・清掃業者、廃棄物処理業者、包装・パッケージメーカー、パッケージコラボレーション先の企業、委託製造工場、食堂、運送業者、従業員採用元の高校・大学、人材派遣会社、原材料サプライヤー、生産地の農家、森林、海外の水産加工工場、漁船、検査機関など。② 黄色は、社員、工場の従業員、工場の近隣住民、委託先の従業員、零細農家、先住民、船員、女子学生、技能実習生(外国人)、外国人労働者、ドライバー。③ 緑は、児童労働、強制労働、土地の権利侵害、差別・セクハラ、外国人差別、長時間労働、公害・健康被害、労災(労働安全衛生)、森林伐採、商品の安全性。④ 青は、質問票の送付、定期的な現地訪問、通報窓口、就労規則、コンプライアンス委員会。

注:同社のサプライチェーンを基に、一般的に考えうる課題を組み合わせ、参考にしやすいよう再構成したもの。
出所:山口油屋福太郎で実施したマッピングを参考にジェトロ作成

マッピングを踏まえて、以下の論点について議論し、優先度が高いリスクと今後取るべき具体的な行動を洗い出した。優先度の設定にあたっては、弁護士からNGOの報告などでリスクが指摘されている農作物などについて、助言を受けた。

  1. 人権課題がない(と自社としては思っている)場合:
    ライツホルダー自身はどう思っているか?把握できていないライツホルダーはいるか?
  2. 会社として課題を認識しているが、対処する仕組みがない場合:
    どんな仕組みを作るべきか?
  3. 人権課題があり、対処する仕組みもある場合:
    その仕組みで十分か?ライツホルダー自身はどう思っているか?今後、効果をどのように継続的かつ定期的にモニタリングしていくか?

同社はめんべいなど食料品の製造・販売から食品の輸入・卸売事業、飲食事業まで幅広い事業を展開しているが、各部門の役員級がワークショップに参加したことで、組織横断的に効率的にマッピングを実施し、次のアクションやその構想につなげることができた。例えば、一般的に児童労働や強制労働のリスクが高いとされている原材料の調達について、産地や農家を把握できていないことが分かったため、直近で訪問予定がある取引先に対し、訪問時に仕入れ先について確認することになった。また、ライツホルダーと直接対話できていないことが分かった場合、必要なアクションとして労働組合、製造委託先の従業員、調達先の農家を支援するNGOなど、ライツホルダー自身の声を聞く機会を設けることが考えられる。「サプライヤーにアンケートを行ったが問題ないと言われた」「現地で話を聞いたが課題は挙がらなかった」といった場合も、「対話が不足している可能性が高い」と指摘。質問の内容や聞き方、話を聞く人を再考する必要がある(本特集「インドからの鉱物調達に伴う人権課題に取り組む」参照)。

中堅・中小企業の強みを生かし人権尊重を経営の中核へ

一連のワークショップを踏まえ、参加企業が今後、人権尊重責任を果たすためにどのような取り組みをしていくか、今後2~3年の行動計画を議論し、本ワークショップは一区切りとなった。人権DDは終わりのない継続的なプロセスであり、過度な業務負担がかえってプロセスの継続を損なわないように日常業務に落とし込み、息長く続けることが肝要だ(本特集「企業としての志を人権方針に織り込む」参照)。今回のワークショップを機に人権尊重経営への一歩を踏み出した参加企業にとっては、今後取り組みを自走・継続できるかが課題となる。最初から完璧な計画や体制を作ろうとするのではなく、できることから着手することが効果的だ。

中堅・中小企業の強みは、自社とライツホルダー、経営陣と従業員の「近さ」にある。中堅・中小企業では、従業員、仕入れ先、地域住民といったライツホルダーとの距離が相対的に近く、日常のコミュニケーションの中で対話の機会を作りやすい。サプライチェーンの把握に苦労する大企業が多い中、取引先と顔が見える関係性を築いており、サプライチェーンを把握しやすいことは中堅・中小企業の強みといえる。仕入れ先を訪問した際に、そこで働いている人々と話してみることも、ステークホルダーエンゲージメントだ。また、取り組みの推進と社内への定着には、経営陣のコミットメントを得ることも重要だ。経営陣と従業員の距離が比較的近い中堅・中小企業では、経営陣が人権尊重経営の旗振り役となり、自社が大切にするバリューや職業倫理と結びつけて語ることで、現場に考え方が浸透しやすい。中堅・中小企業の意思決定の速さは、人権DDのサイクルを回していく推進力になる。

本特集では、参加企業が取り組んだワークショップの内容や、そこから得られた示唆を整理し、中堅・中小企業ならではの課題と強み、取り組みを始める際の具体的なステップや押さえておくべき重要な視点を紹介する。


注1:
GRIスタンダード、ISO認証、現代奴隷法、セデックスの詳細については、「企業のサステナビリティ戦略に影響を与えるビジネス・ルール形成PDFファイル(3.6MB)」を参照のこと。英国の現代奴隷法については、ジェトロ調査レポート「英国2015年現代奴隷法(参考和訳)」に詳細がある。 本文に戻る
注2:
人権デューディリジェンスとは、次の(1)~(4)の一連の取り組みサイクルを回すこと。(1)事業活動による人権侵害リスクの特定・評価、(2)人権侵害リスクの防止・軽減、(3)人権尊重の取り組みの実効性の評価、(4)人権尊重の取り組みに関する説明、情報開示。 本文に戻る
注3:
ジェトロ「2024年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2025年3月)。2024年11~12月に実施。対象企業は海外ビジネスに関心が高い日本企業(本社)、9,441社のうち3,162社が回答。有効回答率33.5%。 本文に戻る
注4:
経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.43MB)」(p.13~14)では、深刻度を規模(影響がどれくらい重大または深刻であるか)、範囲(影響を受けた人々の数)、是正不能性(影響を受けた人々について負の影響を受ける前の状況と少なくとも同一または同等の状況に回復させることができる限界)を基に優先順位付けを行っている。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
川嶋 康子(かわしま やすこ)
2023年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2025年4月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課 課長代理
新田 沙織(にった さおり)
金融機関勤務を経て、2012年にジェトロ入構。デザイン産業課、スタートアップ支援課を経て2024年9月から現職。ケンブリッジ大学大学院修了(MBA)。