人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例インドからの鉱物調達に伴う人権課題に取り組む
愛知県・ヤマグチマイカの事例
2026年3月27日
ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(本特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本稿では、採択企業の1社であるヤマグチマイカ(本社:愛知県豊橋市)を対象に、ワークショップでの議論とそこから得られた示唆について紹介する。
マイカパウダーの製造手がけるヤマグチマイカ
ヤマグチマイカは愛知県豊川市に本社を置く素材メーカーだ。天然鉱物であるマイカ(雲母)を原料として、粉砕加工したマイカパウダーを中心に製造販売している。同社のマイカパウダーは、主に製品の高性能化・高機能化を目的として、電子機器、プラスチック、化粧品、塗料、ゴム、セラミックなど多様な産業で活用されている粉体だ。
創業70年を超える歴史の長い同社だが、数年前から国内外の取引先より、マイカのサプライチェーンの透明性(トレーサビリティー)についての情報開示要請が増加した。背景には、欧州における、企業に対するサプライチェーン上の人権デューディリジェンス(DD)を求める制度整備の進展がある。最終的なエンドユーザーである最終製品メーカーが、責任調達方針を厳格化している。同社もこうした潮流に対応し、ビジネスと人権への取り組みを本格化させた。
マイカは主に中国、インドなどの多くの国で採掘されているが、近年問題になっているのは不法採掘現場での児童労働の事案などだ。米国労働省の2024年度調査報告書
(956KB)では、インド国内でも州ごとに状況が大きく異なることが確認できる。合法的かつ大規模鉱山が中心の州がある一方、一部の州では廃鉱からのスクラップ収集などが残存しており、こうした非公式の採掘現場における児童労働が課題になっている。
ヤマグチマイカはインドからも材料を調達しており、2016年頃から欧米の電子機器メーカーや国内の化粧品メーカーといった幅広い顧客から、トレーサビリティー関連の問い合わせを受けている。販売先からの要請に対応するため、同社はインドを中心に展開されている「責任あるマイカイニシアチブ(RMI:Responsible Mica Initiative)(注1)」へ参加した。また、電子機器業界を中心とする業界団体であるResponsible Business Alliance(RBA)が運営する国際的枠組み「責任ある鉱物イニシアチブ(RMI:Responsible Minerals Initiative)(注2)」のうち、「責任ある鉱物保証プロセス(RMAP)(注3)」に参画し、懸念地域からの仕入れを停止するなど対応を進めてきた。
同社によると、最近ではサステナビリティや人権に関して、取引先からの自己評価質問票(SAQ)(注4)や評価プラットフォームである「エコバディス(EcoVadis)(注5)」への対応を求められることも多いという。顧客企業ごとに情報要求内容が異なるため、依頼があるたびに社内資料収集に奔走してきた。比較的早い段階で取り組みを進めてきた同社だが、近年は顧客の要求水準は一層高くなっている。顧客企業の独自フォームでの情報開示要求や質問内容の多様化がみられる。同社として取り組みを進めるにあたって、現地サプライヤーの教育、現状策定している方針の方向性について課題を感じ、第三者の視点からの検証を求め、ジェトロが主催するワークショップ参加に至った。
権利保有者(ライツホルダー)への直接のエンゲージメントがカギ
今回のワークショップは全4回にわたり、実施された。同事務所にて個社支援を担当する湯川氏は取り組みのポイントとして以下の点を指摘した。
1点目が、「権利保有者(ライツホルダー)との直接のエンゲージメントの必要性」だ。人権DDでは、原則として現地労働者や住民といった現場に近い「ライツホルダー(権利保有者)」に対するエンゲージメント(関与)が、求められている。自社や取引先のビジネスにとってのリスクではなく、ライツホルダーにとっての影響を起点に、負の影響を特定、評価、対処、追跡などをすることが求められる、という考え方だ。
同社はこれまで上記両RMIに代表されるような外部団体、監査機関とのコミュニケーションを実施してきたが、言語の壁や社内リソースの問題から現地労働者との対話は実施できていなかった。人権DDでは監査や質問票への対応だけではなく、現地労働者や地域住民などのライツホルダーが、何を課題・問題としているかを特定し、対処することが重要だ。また、ライツホルダーへ影響があった場合の苦情処理(グリーバンス)メカニズムの整備も必要だ。単に窓口を設置するだけでなく、匿名性の確保、報復防止措置、多言語対応など、ライツホルダーが安心してアクセスし、実際に利用できる設計が求められる。
また、昨今では労働環境のほか、生活賃金(Living Wage)について考慮する必要がある。「現地での物価調査や労働者へのヒアリングを通じ、適切な水準を把握する努力が必要」と西村あさひ法律事務所の湯川氏は語る。特に昨今の世界的なインフレ環境下では、法定最低賃金を満たしていても、教育や医療を含む適正な生活水準の維持に十分でないケースがあるからだ。生活賃金と法定賃金は、必ずしも対応関係にあるとはいえない。その水準や算定方法も一律でなく、企業が対応する上で、実務上のハードルが高い。
加えて、サプライヤーに対して賃上げ要請をした際、自社が購入する原材料・製品への価格転嫁が生じることも予見される。販売先の顧客の値上げに対する理解や業界内の価格競争も課題となる。しかし、解決が難しい場合でも、生活賃金把握と改善のための活動という取り組み自体が、人権DDプロセスの観点からは重要なのだという。
地理的な要因や言語面で上記のようにライツホルダーへ直接アプローチすることが難しい場合、現地で活動をするNGOなどの協力を得るのも一案だと湯川氏は語る。NGOは、自ら現地を訪問し調査することがあるほか、国内外のNGO間でのネットワークも持っている。「日本のNGO経由で現地NGOと連携し、労働環境や賃金の状況に関して情報収集できる場合もある」と同氏は話す。他社事例では、現地NGOが発したアラートを基に供給元の人権問題を把握したケースもあり、現地状況を定点観測するという意味で有用な施策だ。
人権方針の策定がストーリーラインを生み社外説明を容易に
2点目のポイントは、企業の人権対応の原理原則となる、「人権方針」の策定だ。もちろん、取引先の要望にその都度応えていくことも必要だが、それでは個社・個別対応に終始してしまう懸念がある。そこで、原理原則としての人権方針を策定し、人権課題の把握、事業モデルとの照合、社内外のライツホルダーへの対応というストーリーラインを作るという方策が有効となる。サプライヤーや販売先といった外部ステークホルダーへ取り組みを紹介する際、自社の人権に対する期待値が説明しやすくなり、説得力が増すという効果がある。同社が既に整備する「責任ある鉱物調達方針」だけでは範囲が限定的と評価される可能性もあり、「サプライチェーン全体を包括する方針が必要」と湯川弁護士は助言する。

人権方針策定は、問題の構造的な理解にも役立つ。そもそも何が「人権」として定義されているのか、どういった課題が自社事業の中にあるのか把握することで、重点課題の把握に役立つ。そして、その中で優先度が高い課題を特定し、優先的に対処するというやり方だ。人権方針の策定にあたっては国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を参考に着手することで、「ビジネスと人権」の原理原則と既存の取り組みの間でのギャップを見つけることが容易になる。
人権DDの実施では継続性がカギ
今回のワークショップを通じて明らかになったのは、監査対応を中心に据えるのではなく、「ライツホルダーとの継続的対話」が人権DDにおいて重要という点だ。インドからの鉱物調達を巡る本事例は、特定の素材に限らず、グローバルサプライチェーンに関与する日本企業全般に共通する「ライツホルダーとのエンゲージメント」に関する課題を示しているといえよう。
顧客要請に都度対応することも必要だが、策定した人権方針を基にライツホルダーへの負の影響を特定し、優先順位付けした上で、改善策を継続的に実行することと、その過程を透明化することが、ビジネスと人権を考える上では重要な要素だ。人権DDの要点は「問題が生じ得る構造を理解し、影響を受ける人々の視点から改善を試み続けること」といえるのではないだろうか。
- 注1:
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責任あるマイカイニシアチブ(RMI:Responsible Mica Initiative)は、マイカのサプライチェーンにおける児童労働の撤廃や労働環境の改善を目的として2017年に設立された国際的な枠組み。企業、NGO、政府などが参加し、持続可能なマイカ調達の実現を目指している。
- 注2:
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責任ある鉱物イニシアチブ(RMI:Responsible Minerals Initiative)は、Responsible Business Alliance(RBA、電子機器業界を中心とする業界団体)の下で運営される国際的な枠組み。鉱物調達における人権侵害や紛争資金供与などのリスク低減を目的とする。
- 注3:
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責任ある鉱物保証プロセス(RMAP:Responsible Minerals Assurance Process)は、責任ある鉱物イニシアチブ(RMI)が実施する監査プログラム。製錬・精錬業者が責任ある鉱物調達に関する基準を満たしているかを第三者が監査する仕組み。
- 注4:
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自己評価質問票(SAQ:Self-Assessment Questionnaire)は、サプライヤーのサステナビリティや人権対応状況を把握するために企業が用いる自己評価形式の質問票。
- 注5:
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エコバディス(EcoVadis)は、企業のサステナビリティへの取り組みを評価する国際的な評価プラットフォーム。多くの企業がサプライヤー評価に活用している。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
峯 裕一朗(みね ゆういちろう) - 2021年、ジェトロ入構。知的財産課、ジェトロ静岡などを経て、2025年4月から現職。






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