人権尊重を経営の中核へ-中堅・中小企業の実践事例企業としての志を人権方針に織り込む
東京都・ヒロハマの事例
2026年3月27日
ジェトロは、2025年7月~2026年2月に中堅・中小企業が企業の人権尊重に対する理解を深めて取り組みの足掛かりとし、自律的に継続できるよう支援する伴走型ワークショップを実施した(本特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例」参照)。本連載では、採択企業の1社であるヒロハマ(本社:東京都墨田区)を対象に、ワークショップでの議論とそこから得られた示唆について紹介する。
業務用金属製缶パーツの全国シェア65%を占める部品製造のヒロハマは、「自分も他人も貶(おとし)めない」ことを従業員向けの行動規範である「行動の原則」に掲げている。数十年前に廣濵泰久会長の思いを込めて作成した「行動の原則」を、「ビジネスと人権」の視点から分析し、ヒロハマらしい人権方針を策定して、企業として「ビジネスと人権」に取り組むことを目指す。ヒロハマのキックオフミーティング(実施日:2025年10月20日)から、第3回ワークショップ(2026年1月28日実施)までの軌跡をたどる。
欧州での主要トピックだった「ビジネスと人権」
創業75年を超えるヒロハマがワークショップに関心を持ったきっかけは、廣濵会長の欧州視察だ。既にSDGs(持続可能な開発目標)に取り組み、従業員向けの社内勉強会なども行っていたが、持続可能な社会の実現に向けた欧州の取り組みをさらに学ぶべく、2019年に中小企業家同友会で欧州を訪問した。現地での議論の主要トピックは、企業活動において人権を尊重する「ビジネスと人権」だった。そこで「ビジネスと人権」の重要性に気づいたが、廣濵会長は中小企業として、どのように自社に落とし込めばよいのか、どう行動するべきかを適切に判断するためには、専門家の知恵が必要であると感じた。従業員数130人ほどの企業規模で、「ビジネスと人権」という語は従業員には縁遠いだろうと思われた。
キックオフミーティング(実施日:2025年10月20日)では、外部専門家として当ワークショップに加わった西村あさひ法律事務所・外国法共同事業の湯川雄介弁護士、根本剛史弁護士、長岡隼平弁護士と、主にヒロハマの人権対応に関しての現状の課題と対応を確認した。続く第1回ワークショップ(実施日:2025年11月19日)では、ヒロハマの社内規定である「行動の原則」と「仕事を通じての全人格的成長」という文書を、「ビジネスと人権」の視点から分析し、「ビジネスと人権」の視点を社内規定にどう落とし込むかが議論された。ヒロハマからは、廣濵会長、廣濵庄一郎社長、中浦康一東京営業所所長、八巻修千葉工場工場長、齊藤浩美千葉管理課課長代理の5人が出席し、ワークショップがスタートした。分析を通じて明らかになったのは、ヒロハマの既存社内文書の中に、既に「ビジネスと人権」と共通する点が多く含まれていたことだ。社内文書に記載されている「相手を理解する」「相手の立場に立つ」ことは、「ライツホルダーの側から考える」という人権の観点で重要な視点であり、「周りを貶めない」ことは、「人権侵害を引き起こさない、助長しない、直接関連しないことを最低限の責任として行動する」という人権尊重の出発点に一致していた。
国連指導原則と社内規律の整合性を確保する
一方、全ての社員が順守すべき規律が示されている「行動の原則」には、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs、国連指導原則)とは整合しない点も見られた。既存の社内文書に対して、国連指導原則に沿う人権方針をどう作っていくかが課題となった。
湯川弁護士は、ヒロハマの「行動の原則」には志が込められており、規律の背景にある精神性を人権方針に反映するアプローチの可能性を説いた。人権方針は、全ての従業員が一読しただけで理解できる必要はないが、全く理解できないものは理想的でない。長岡弁護士は、人権方針は策定それ自体ではなく、人に伝わり運用されることが目指すべきところと述べた。根本弁護士のリードの下で国連指導原則と「行動の原則」を照らし合わせて読むことにより、「ビジネスと人権」に関する理解が深まり、また既存の社内文書を見つめ直すことにつながった。ヒロハマが持つトップメーカーとしての自負や、「行動の原則」に根差した人権方針を策定する意欲が明確になる作業になった。人権方針が完成形になる前に、労働組合の意見を聞いて反映すべき点を確認するという案は、まさにステークホルダーエンゲージメントにあたるものだ。
人権方針の草案作成に挑む
第2回ワークショップ(実施日:2025年12月17日)では、従業員をはじめとするステークホルダーの「ビジネスと人権」に関する知識が十分でないことを考慮しながら、「人権方針」の草案を丁寧に書き下していった。議論を重ねながら、少しでもひっかかりのある表現を工夫し、納得感を得られるように文言を整えた。例えば、「ビジネスと人権」の文脈でよく使われる用語である「人権への負の影響」を「人権侵害」に、また「人権デューディリジェンスプロセス」には、カッコ書きで「当社が人権への影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかについて責任を持つ継続的なプロセス」と説明を添えた。また、国連指導原則11「企業は人権を尊重すべきである。これは、企業が他者の人権を侵害することを回避し、関与する人権への負の影響に対処すべきことを意味する」にある「他者」が誰を指すのかについて議論した。「他者」は「ヒロハマという法人から見た他者」であり、ヒロハマの従業員も「他者」に含まれると明示した上で、草案の項目1では「全ての人」という表現にした。
人権方針が確定、どのような取り組みに落とし込むか
第3回ワークショップ(実施日:2026年1月28日)は、草案の書きぶりを整えた「人権方針」を声に出して読み上げることから開始した。ここで浮かび上がってきたのは、「人権の促進」と「人権尊重の促進」の違いだ。湯川弁護士によると、「人権の促進」は「人権を傷つけない」のみにとどまらず、「人権が守られる社会を目指そう」という広いメッセージになる。一方で「人権尊重の促進」は「少なくとも人権を傷つけない」と範囲が狭まり、概念が異なる。ヒロハマは「人権尊重」としたほうが、広い意味になると認識していたが、議論を通じて、2つの表現の違いを理解した上で使い分けることになった。ヒロハマでは、企業として目指す思いを込めて、人権方針の前文に「人権の促進」を選択し、人権方針の項目2に「人権尊重の促進」を入れることを決めた。このような丁寧な議論と、細部に配慮した言葉の使い方が人権方針策定にあたっては重要であると専門家は口をそろえた。
次に、人権方針をこれからどのような取り組みに落とし込むかを議論した。人権方針策定後に企業が取り組むべきは、「経営陣のリーダーシップによるコミットメントの定着」「人権デューディリジェンス(人権DD)の実施」「是正を可能にするプロセスの導入と管理」となる。「経営陣のリーダーシップによるコミットメントの定着」では、取締役会で承認後に「人権方針」をウェブサイトで公開し、会長および社長が宣言し、周知する。湯川弁護士から、ステークホルダーに「ビジネスと人権」の理解を促すための研修計画は、最初から完璧なものを作ろうと思わずに、まずは実施し、問題状況に応じて改善していけばよいと助言があった。一度のセミナーで足りるものではなく、長期間かかる取り組みという認識も必要だ。また、「ビジネスと人権」の取り組みでは、既存業務をうまく活用することも疲弊しない継続的な取り組みのコツだという。
人権DDの実施にあたっては、「負の影響の特定・評価」「負の影響の予防・是正」「モニタリング・実効性評価」「情報開示・教育・訓練」のサイクルを回す。「負の影響の特定・評価」では、会社からライツホルダーへのアンケート、インタビューなどを行うプッシュ(Push)型と、苦情窓口の設置などによりライツホルダー側から話をしてもらうプル(Pull)型を同時に行うのが効果的だ。「モニタリング・実効性評価」では、指標を設定し、何かあったときに取っている措置の有効性を定量的に計測することが重要であると、湯川弁護士はアドバイスした。

ヒロハマは、ワークショップを通じて、専門家とともに、「ビジネスと人権」に関する理解を深め、既存の社内文書を見つめ直し、一語一語丁寧に吟味しながら言葉を選び、ヒロハマならではの「人権方針」を策定した。廣濵社長は、「まずは着手してみて、ゆっくりでも歩みを止めずにいきたい」と述べた。まさに企業が「ビジネスと人権」に取り組む際の肝になる言葉だ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部欧州課
冨岡 亜矢子(とみおか あやこ) - フランス民間企業、国際NGO勤務を経て、2024年から現職。






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