韓国企業の海外展開の今と新たな挑戦韓国企業のマレーシア進出が活発化
消費財を中心に地位確立を目指す
2025年5月21日
東南アジアの中心に位置する多民族・多宗教国家、マレーシア。人口は約3,400万人(2024年推計値、外国人を含む)、国土はマレー半島部と東側の島しょ部を合わせて約33万平方キロメートル(注1)と、ASEAN10カ国の中でそれぞれ6番目、5番目となっている。一見するとあまり大きな市場ではないが、旺盛な内需に下支えされた安定的な経済成長や地理的な重要性などが注目されており、日系企業だけでなく韓国企業も多く進出している。
そこで、本稿では、韓国とマレーシアの経済的なつながりを整理するとともに、筆者が2025年3月に現地で識者にインタビューした結果も踏まえながら、マレーシアにおける韓国企業の今を紹介する。
直接投資は製造業を中心に増加、大規模投資の事例も
韓国のマレーシアに対する直接投資の推移をみると、投資額は2006年までは停滞が続いた(図参照)。その後、2007年ごろから増加し始め、2010年に急増した。同年の投資額15億6,200万ドルの内訳をみると、13億5,600万ドルが「製造業」だった。特に、「化学物質・化学製品製造業」が13億300万ドルと、投資額全体の8割を占めた。その後、2020年にかけて右肩下がりだったものの、2021年から2022年にかけて「一次金属製造業」、2023年から2024年では「電気装備製造業」を中心に再び投資が急増した。直近の2024年は7億1,700万ドルに達した。これは、同年の韓国の対外直接投資総額(639億5,400万ドル)の1%程度に相当するもので、ベトナム(25億2,100万ドル)やインドネシア(11億8,900万ドル)に比べると少ない。それでも、タイ(1億7,300万ドル)、フィリピン(1億7,900万ドル)、カンボジア(2億8,800万ドル)といった他のASEAN諸国よりも多い水準だ。韓国企業のマレーシアに対する注目度の高さがうかがえる。全体を通してみると、2010年ごろに化学分野を中心とした第1次投資ブームがあり、2021年以降は金属や電子分野を中心とした第2次ブームが起こっていると考えることができそうだ。

注:本データベースは、新しい統計の公表時に過去にさかのぼってデータが更新される。
出所:韓国輸出入銀行データベース
韓国企業の具体的な投資事例をみると、大手財閥のSKグループ傘下のSKネクシリスが2021年1月、東マレーシアのサバ州(注2)コタキナバル市に約6,500億ウォン(約650億円、1ウォン=約0.1円)を投じ、大型の銅箔(どうはく)工場を建設することを発表した。同社は、大量の電力を必要とする銅箔製造にとって、電力供給の安定性が高く、供給価格も韓国の半分程度のマレーシアは魅力的としている。また、水力発電などクリーンエネルギーの供給量が多く、環境面でのメリットがあることも大きい。加えて、韓国からの直行便があることや、駐在員が楽しめるゴルフの環境が整っていること、豊富な天然資源の存在も投資の判断材料となったものと考えられる(2024年7月26日付地域・分析レポート参照)。同工場は、2023年11月に量産体制に入っており、バッテリー素材の銅箔を主に北米地域に向けて輸出している。
また、現代自動車は2024年11月に、2025年から2030年までにマレーシアで6,700億ウォン(約670億円)規模の投資をすると発表している(「聯合ニュース」、2024年11月26日)。報道によれば、同社は現地パートナー企業のイノコム(注3)と協働し、多目的乗用車(MPV)の委託生産を開始する。生産された自動車は、国内販売のほか、全体の30%を他のASEAN諸国へ輸出する。プロトンやプロドゥア(注4)といった現地ブランド車の牙城のマレーシア市場に加え、海外市場でもシェアを拡大していく戦略だ。
近年ではサービス業界でも展開が加速
このように、韓国の対マレーシア投資は製造業を中心に推移してきたが、近年ではBtoCビジネスにおける進出も目立つ。特に小売業界では、韓国の大手コンビニチェーンのCUとイーマート24がいずれも2021年にマレーシア進出を果たした。2024年には、進出してわずか3~4年で店舗数がそれぞれ約150店舗、100店舗に達している。日系コンビニのファミリーマート(394店舗、2024年)と比較すると店舗数は現状半分以下だが、ファミリーマートが2016年に進出したことを考慮すると、韓国系コンビニは順調に事業展開を進めているといえるだろう。韓国系コンビニの急成長の背景として、近年の韓流ブームを追い風として、コンビニで韓国文化を体験できる空間を作り出していることが功を奏していることが挙げられる(「朝鮮日報」2023年11月23日)。
実際に現地の店舗をのぞくと、フライドチキンやホットク(注5)といった韓国のホットスナックが充実していたり、ラーメンを自作できる機械が設置されていたりと、まるで韓国の食堂やカフェにいるような感覚だ。また、店舗内に清潔なイートインスペースを設けるなど、付加価値向上のための取り組みをみることができた。勢いづくBGFリテール(CUの運営元)は、2027年までにマレーシアでCUを500店舗まで拡大させる目標を掲げるなど(「韓国経済新聞」2022年7月10日)、今後マレーシア事業を活発化させていく方針だ。


カフェのような雰囲気のクアラルンプール市内のCU(ジェトロ撮影)
コンビニのみならず、飲食業界ではカフェやベーカリーチェーンの展開も加速している。韓国大手カフェチェーンのイディアコーヒーは、2024年12月にクアラルンプール市内で1号店をオープンした。2029年までにマレーシアにおける加盟店を200店舗まで拡大させる方針だ。また、ベーカリーチェーンのパリバケットは、2023年1月にクアラルンプール市内の大型ショッピングモールに1号店をオープンし、現在、14店舗を展開している。なお、パリバケットを運営するSPCグループは、2025年2月に800億ウォン(約80億円)を投じてジョホール州に製パン工場を建設し、ハラール市場の攻略に本腰を入れている。
識者に聞くマレーシアでのビジネスメリットと課題
このように韓国企業がマレーシア市場を狙う背景には、既に多くの企業が進出しているベトナムやインドネシアにはない、マレーシア特有のビジネスメリットの存在がある。筆者が行った現地でのインタビューによると、多くの企業にとって、「『マレーシア国民の英語能力の高さによるビジネスの容易さ』は大きなメリットになる」(韓国系公的機関)という。また、製造業では、「クリーンエネルギーが豊富でインフラが整備されていること」(日系金融機関)や、「東南アジアの中心として『生産基地』の側面を持ち、各方面への輸出が狙えること」(韓国系公的機関)は、製造や輸出をする際に評価できるポイントだ。前述したSKネクシリスや現代自動車の事例は、こういった強みを評価してマレーシアへの投資を決断した好例と捉えられる。
BtoC分野に焦点を合わせると、マレーシア人の購買力が高まってきたことや、コンテンツなどを通じて韓国自体の認知度が向上していることが拡大を後押ししていると考えられる。マレーシアでもSNSやOTT(注6)といったプラットフォームを通じてK-カルチャー(韓国文化)が普及することで、食品や化粧品といった消費財を中心に韓国製品への関心が高まっている。コンビニをはじめとする韓国の小売業界は、今後マレーシアでの店舗数を増やすことで露出を高めつつ、K-ウェーブ(韓流)の波に乗って現地の購買力をさらに取り込んでいくだろう。

魅力的なビジネスメリットの半面で、「現地での人材雇用が難しいこと」(韓国系公的機関)や、「高度人材の不足」(日系金融機関)などが、マレーシアにおけるビジネス上の課題として聞かれた。さらに、マレーシアでは2025年2月に最低賃金が月1,500リンギ(約5万2,500円、1リンギ=約35円)から1,700リンギ(約5万9,500円)に引き上げられており、人件費の高騰も懸念されている。したがって、効率的な人的リソースの確保や、人材の定着(リテンション)は、マレーシアで継続的にビジネスを展開する上で重要な要素となりそうだ。
政府間の連携進むも、中国企業との競争は熾烈に
これまで、マレーシアにおける韓国企業の進出動向を整理してきたが、政府間でも協力体制の強化が推進されている。韓国とマレーシアの両国は、2024年11月に「戦略的パートナー関係」の締結に関する共同声明を発表し、安全保障やサプライチェーンの分野を中心に両国の関係をさらに強化するとした。また、経済分野においては、2024年8月に交渉を再開した自由貿易協定(FTA)について、2025年中に妥結することを目標に掲げている。2025年は両国間の国交樹立65周年となる重要な年でもあり、政府間の連携加速に向けての機運も高まっていることがうかがえる。
一方で、米国の関税政策や中国企業との競争激化など、ビジネスにおける不確実性も存在する。特に中国企業の動向については、「様々な分野で進出が見られ、価格競争力ではかなわない」(韓国系公的機関)と、韓国企業の多くが警戒視していることがうかがえる。ベトナムやインドネシアではとりわけ存在感を放っている韓国企業だが、マレーシアにおけるプレゼンスは途上だといえよう。このような中で、米中貿易摩擦の激化に伴い、グローバルな舞台でのマレーシアの地位は強化されていくとみられる。そのため、両国政府間の先端産業分野での協力を維持し、K-ウェーブ(韓流)などを活用した消費財の拡散を武器に、今後どのように地位を固めていくか注目される。
- 注1:
- マレーシアの国土は日本の約87%。ベトナムとほぼ同じ大きさ。
- 注2:
- ボルネオ島北部にある州で、人口は2024年時点で約370万人。
- 注3:
- マレーシアの複合企業サイム・ダービー傘下の自動車メーカー。
- 注4:
- プロトン、プロドゥアはともにマレーシアの自動車メーカー。マレーシアの自動車市場において、プロトンが2割、プロドゥアが4割程度の販売シェアを占める(2024年時点)。
- 注5:
- 小麦粉や米粉で作られる安価で庶民的な韓国の伝統菓子。
- 注6:
- 「Over The Top(オーバー・ザ・トップ)」の略語で、通信事業者やインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)に頼らず、インターネットを通じて提供されるメッセージや音声、動画などのコンテンツやサービスを指す。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ソウル事務所
橋本 泰成(はしもと たいせい) - 2022年、ジェトロ入構。農林水産食品部戦略企画課を経て、2024年7月から現職。韓国関係の調査を担当。