韓国企業の海外展開の今と新たな挑戦相次ぐ在中韓国系企業の撤退
韓国企業の中国事業の明暗(2)

2025年1月20日

シリーズ1回目の「急減する韓国の対中直接投資」では、中国市場で韓国企業の参入の余地が狭まり、対中直接投資が減少傾向にあることを述べた。このような厳しい事業環境は、既に中国に進出済みの在中韓国系企業にとっても同様だ。シリーズ2回目の本稿では、在中韓国系企業の現状や、中国から撤退する動きを中心に取りまとめる。(シリーズ3回目は「中国で成功する韓国企業とビジネスチャンス」を参照。)

厳しい事業環境に見舞われる在中韓国系企業

シリーズ1回目では、最近の対中直接投資減少要因として、(1)景気循環要因(中国経済の低迷)、(2)対外関係要因〔「高高度防衛ミサイル(THAAD)配置問題」(注1)を契機にした中韓関係悪化、米中対立〕、(3)構造要因(韓国の対中大型投資の一巡、人件費などの中国の生産コストの上昇、中国地場企業の競争力向上・中国市場の競争激化)を挙げた。これらの要因は、中国に既に進出して事業を行っている韓国系企業に対しても、同様に影響を及ぼしており、在中韓国系企業を取り巻く事業環境は厳しさを増している。

こうした状況は在中韓国系企業の事業にどの程度の影響を及ぼしているのだろうか。これに関連して、韓国の各メディアは2024年2月、韓国を代表する経済団体の1つの「韓国経済人協会」の調査結果を報じた。それによると、韓国の売上高上位10社(注2)の中国事業売上高は、2018年1~9月の56兆8,503億ウォン(約6兆2,535億円、1ウォン=約0.11円)から、2023年1~9月の33兆4,640億ウォンに減少した。つまり、5年間で中国事業の売上高が41.1%も減少したわけだ。

個別企業の事例として、韓国を代表する企業の1つである現代自動車をみてみよう。同社(現地合弁会社の北京現代汽車が中心)の中国市場での販売台数は、最盛期には100万台を超えていた。しかし、2017年以降、減少が続き、2023年は24万5,000台、2024年1~9月も前年同期比4割減と、減少に歯止めが掛からない(図1参照)。THAAD配置問題の影響もあるが、より根本的には、中国地場企業の競争力向上や中国市場のスポーツ用多目的車(SUV)化への対応の遅れにより、シェアを失ってきたといえる。現代自動車と並ぶ韓国を代表する企業のサムスン電子も、一時は20%程度に達していた中国携帯電話市場での販売シェアが、小米など中国地場企業の攻勢を受けた結果、現在では1%未満にまで落ち込んでいる。

図1:現代自動車の中国における販売台数推移
2010年71万1,000台から2016年に114万2,000台に達した。しかし、この年をピークにして販売台数の減少が続いている。2023年は24万5,000台、2024年1~9月は前年同期比40%減の10万4,000台で、依然、下げ止まっていない。

注1:2024年は1~9月合計。
注2:2010~2015年は小売りベース、2016年以降は卸売りベース。
出所:同社「経営実績発表(各年)」「同(2024年第1四半期~第3四半期)」から作成

相次ぐ在中韓国系企業の事業縮小・撤退

このような厳しい事業環境を受け、近年、中国事業の縮小や中国からの撤退に踏み切る企業が少なからず出てきている。このことは、直接投資統計でも裏付けられる。2020年までは最大でも10億ドル程度にとどまっていた中国からの直接投資引き揚げ額は2021年に急増、その後も2020年以前よりも高い水準で推移している(図2参照)。2024年も1~6月で前年同期に比べ2割近く増加しており、依然、高い水準だ。

図2:韓国の対中直接投資回収額(持ち分の売却、清算など)の動向
2010年まで概ね毎年5億ドル以下、2011年から2020年は概ね5億ドル強で推移してきた。しかし、2021年に27億1,800万ドルに急増し、2022年は14億600万ドル、2023年は11億7,200万ドルと、比較的高い水準で推移している。2024年は1~6月合計ですでに7億9,000万ドルに達している。

注1:2024年は1~6月合計。
注2:本データベースは、新しい統計の公表時に過去にさかのぼってデータが更新される点に留意が必要。
出所:韓国輸出入銀行データベース

中国の生産拠点を閉鎖する「脱中国」の動きは、韓国の中小企業の間では2000年代後半から末にかけて、既にみられていた。人件費など中国の生産コスト上昇や、税制改革(企業所得税法、輸出増値税還付率)、通貨の人民元高、外資企業優遇策の縮小などが、「脱中国」の契機になった。

他方、大手企業の「脱中国」の動きは、サムスン電子の携帯電話工場のベトナム移管が初期の代表的な事例だろう。同社は従来、中国と韓国を携帯電話の大規模生産拠点と位置づけていたが、生産能力拡大の過程で、中国生産への依存度を引き下げるべく、ベトナムに第1工場(バクニン省、2009年生産開始)、第2工場(タイグエン省、2014年本格生産)を建設した。その結果、輸出向け生産はベトナム拠点を中心とし、中国の生産拠点は中国内需向けとの位置づけが強まった。しかし、その後、中国市場での販売が不振に陥ったため、中国生産拠点の意義が低下し、中国の関連拠点を段階的に閉鎖した。

ところで、韓国大手企業の「脱中国」の事例が韓国メディアで目に付くようになったのは、THAAD配置問題後の2018年ごろからのようだ。そこで、2023年末で資産総額100兆ウォン(約11兆円、1ウォン=0.11円、公正取引委員会資料)以上の7つの大手企業グループについて、2018年以降の中国事業の主な縮小・撤退事例をまとめた(表参照)。

特に製造業についてみると、全体的な特徴として、(1)輸出向け生産拠点の場合はベトナムなどに生産移管、(2)内需向け生産拠点の場合は生産移管ではなく、中国現地法人を清算・売却して撤退というパターンとなっている。また、中国事業が不振なケースと、中国に限らず全社的に当該事業が不振なケースの2種類がある。前者の典型的な例が前述の現代自動車だ。後者の典型的な例はサムスンディスプレイ、LGディスプレイの2社で、いずれも中国の液晶ディスプレイ生産拠点を売却して撤退している。両社とも、中国に限らず、液晶ディスプレイ事業そのものの縮小・撤退を通じ、有機ELディスプレイに経営資源を集中するという全社の企業戦略の一環としての撤退だ。ただし、両社の液晶ディスプレイ事業縮小・撤退は、中国市場を含めた世界市場で中国地場企業が攻勢を強め、韓国企業がシェアを失ってきたことに起因しており、根本的な原因はやはり中国地場企業との競争だ。

7つの大手企業グループの中で、特に特徴的な大手企業グループは次のとおり。

中国事業を最も縮小したのはロッテ・グループだ。ロッテ・グループは、韓国でTHAAD配備用地を提供したため、中国政府から事実上の「制裁」を科せられた。その結果、主力の小売り事業をはじめ、多くの事業が中国から撤退した。ただし、THAAD配備問題のみが中国からの撤退の原因ではない。小売り事業では同業の新世界グループのイーマートも2017年に中国から撤退している。在中韓国系機関へのヒヤリングでは、「購買行動がオンラインにシフトする中で、韓国の小売り事業の形態が中国市場に受け入れられなかった」との指摘もあった。また、同グループは、製造業分野でも撤退事例がみられる。例えば、ロッテケミカルの撤退に関して、「韓国経済新聞」(2023年9月1日、電子版)は「ロッテケミカルは、中国の石油化学製品需要の急増を受け、2010年に合弁会社を設立した」「しかし、中国地場企業が競争上、生産設備を増やし、製品価格が大幅に下落した」「合弁会社は累積赤字で債務超過に陥ったため、投資額よりはるかに安い金額で売却したようだ」と述べている。

サムスン・グループは、前述の携帯電話以外にも、テレビなどの生産拠点も閉鎖した。ただし、全ての在中生産拠点を閉鎖したかというと、そうではない。中国には、半導体の大規模な生産拠点を構築しているほか、有機ELディスプレイ、二次電池、カメラモジュールなど、依然として多くの生産拠点を有している。

現代自動車グループは、主力の現代自動車は最盛期に中国国内に5つの乗用車工場を有し(別途、商用車工場あり)、乗用車の年間生産能力は165万台に達していた。しかし、中国市場での販売不振を受け、最も古い北京第1工場(年産30万台)と重慶工場(同30万台)を売却、常州工場(同30万台)の稼働を中断し、北京第2工場(30万台)、北京第3工場(同45万台)の2工場体制とした。それでも生産能力は年産75万台と、中国内販だけでは依然、生産能力が過剰だ。そこで、最近は完成車輸出に活路を見いだそうとしている。現代自動車の中国生産拠点縮小は、系列の自動車部品メーカーにも影響を及ぼしている。ちなみに、重慶工場売却を巡って、「韓国経済新聞」(2023年8月24日、電子版)が「重慶に進出した韓国の協力企業も次々に事業を整理している。現代製鉄は北京の現地法人に続き、重慶の法人も売却に向けて動いている。自動車部品企業の現代ケフィコとHL万都も最近、重慶法人の株式を売却した」と報じている。

LGグループは、輸出向け生産拠点をベトナムなどに移管し、拠点統合する事例がみられる。最近では、LGイノテックが山東省にある煙台工場のカメラモジュールラインを段階的にベトナムに移管していることが注目される。報道によると、同ラインはアップルのiPhone向けの製品を生産している。そのため、ベトナムへの生産移管は、米中対立を背景にしたアップルのサプライチェーンの「脱中国化」を受けた動きとも解釈できる。ちなみに、煙台工場について「毎日経済新聞」(2023年7月30日)は「2017年にファーウェイをはじめ、Vivo、OPPO、小米まで顧客を中国地場企業に広げた」「その後、中国の地場部品企業が低価格攻勢で中国市場を掌握したため、煙台工場で生産するカメラモジュールは全量、北米など、中国以外の国に輸出されている」と伝えていた。

表:韓国の大手企業グループの中国撤退等の事例(2018年~)
グループ名 企業名 撤退などの事例
サムスン サムスン電子 2018年 広東省深セン市の通信設備工場を閉鎖
天津市の携帯電話工場を閉鎖
2019年 冷蔵庫生産(年間10万台分)を中国からタイに移管
広東省恵州市の携帯電話工場を閉鎖
2020年 天津市の携帯電話研究・開発の現地法人を清算
江蘇省蘇州市のパソコン組立工場を閉鎖
天津市のテレビ工場を閉鎖
サムスンディスプレイ 2021年 江蘇省蘇州市の液晶ディスプレイ工場をTCL科技集団傘下の華星光電(CSOT)に売却
サムスンSDI 2021年 販売が不振だった無錫・長春の生産法人(車載電池用バッテリーパック生産)を清算。今後、中国ではバッテリーセル事業に集中する方針
2024年 現地法人(江蘇省無錫市)を含む偏光フィルム事業を中国企業に売却
サムスン重工業 2023年 浙江省寧波市の生産法人を清算
サムスン電機 2023年 広東省東莞市の生産法人を清算
SK SKチャイナ(中国持ち株会社) 2021年 北京市のSKタワーを和諧健康保険に売却
自動車リース事業をトヨタファイナンスサービスの現地法人に売却
SKエナジー 2021年 アスファルト生産4法人のうち3法人を売却
SKイノベーション 2023年 二次電池事業を行う目的で設立されていた中国現地法人を清算。SKイノベーションから二次電池部門が別会社として分離したことに伴うグループ全体での事業効率化の一環
SKハイニックス 2024年 中国事業効率化のために、上海市の販売法人を清算、江蘇省無錫市の現地法人に統合
江蘇省無錫市のファウンドリー現地法人の持ち分49.95%を無錫産業発展集団に売却
現代自動車 起亜 2019年 江蘇省塩城市の第1工場の稼働を停止、合弁パートナーの江蘇悦達に長期貸与
現代自動車 2021年 北京第1工場を売却
2023年 河北省の滄州工場の稼働を停止
重慶工場を売却
現代グロービス 2023年 中古車流通・販売の合弁会社の持ち分を売却
現代トランシス 2023年 山東省日照市の現地法人の手動変速機部門を清算
現代ウィア 2023年 北京市のターボチャージャー生産法人を売却
現代製鉄 2023年~ 北京市、重慶市の現地法人の売却を模索中
LG LG電子 2019年 浙江省泰州市の米国向け冷蔵庫生産施設を閉鎖、韓国に生産移管
2020年 天津(厨房用ヒーター部品生産)、崑山(車両用インフォテインメント部品生産)、瀋陽(流通・販売)の3法人を清算。崑山工場をベトナムに移管
2021年 江蘇省蘇州市の車載インフォテインメント部品工場を閉鎖、ベトナム・ハイフォン工場に生産移管
LG電子・LG商事・LG化学 2020年 LG北京ツインタワーをシンガポール政府投資公社傘下の現地法人に売却
LGイノテック 2021年 LG電子のLED事業撤退に伴い、広東省恵州市の現地法人(テレビ用・照明用LED生産)売却を決定
2023年 山東省煙台市のカメラモジュールラインを段階的にベトナム・ハイフォン工場に移管
LG化学 2023年 偏光板事業、偏光板素材事業を中国企業にそれぞれ売却
LGエナジーソリューション 2023年 江蘇省南京市の小型電池製造・販売合弁会社の持ち分を合弁相手企業に無償譲渡して撤退
LGディスプレイ 2024年 広東省広州市の液晶ディスプレイ工場をTCL科技集団傘下の華星光電(CSOT)に売却
ポスコ ポスコ 2022年 広東省の自動車用鋼板生産法人の持ち分を、ポスコと河北鋼鉄集団との合弁会社に売却
ポスコホールディングス 2024年 建設景気後退で業績が悪化したステンレス鋼生産の合弁会社・張家港浦項不銹鋼(ZPSS)を売却へ
ロッテ ロッテショッピング 2018年 ロッテマート撤退
2024年 ロッテ百貨店の中国最後の店舗である成都店を売却
ロッテ七星飲料 2021年 ミネラルウオーター生産のロッテ長白飲料を売却
2022年 サイダー等生産のロッテオーダリー飲料を売却
ロッテショッピング、ロッテ持株、ロッテケミカル 2022年 上海市のロッテグループの中国ヘッド・クォーターを清算
ロッテ持株 2022年 河南省の飲料生産の現地法人を売却
ロッテウェルフード 2023年 山東省青島市の現地法人を売却。中国での食品生産撤退が完了
ロッテ資産開発、ロッテ建設、ロッテショッピング、ホテルロッテ 2023年 建設が中断して遼寧省瀋陽市の「ロッテタウン・テーマパーク」を瀋陽皇姑区財政局傘下の瀋陽皇姑誠信発展置業に売却
ロッテキャピタル 2023年 中国法人の清算を決定
ロッテケミカル 2023年 浙江省嘉興市のエチレンオキシド生産合弁法人の持ち分を合弁相手に売却
浙江省嘉興市のセメント・洗剤原料生産合弁法人の持ち分を合弁相手に売却
ハンファ HAMホールディングス 2023年 ハンファ・グループ傘下の同社は、赤字が続く上海法人を売却
ハンファソリューション 2024年 市場の供給過剰状態を受け、中国法人の太陽光モジュール生産・販売を一時中止

出所:各種韓国メディア報道などから作成

なお、今後の中国からの撤退見通しについて、在中韓国系機関ヒヤリングでは、「北京の韓国系企業の数は半減したが、最近は撤退事例も減り、状況は落ち着いてきている」「中国からの撤退を考慮していた企業は既にあらかた撤退している」といったように、撤退の動きは一段落しつつあるとの見方がなされていた。他方、政府系シンクタンクの産業研究院などでは、在中韓国系企業を対象に2024年7月から9月にかけてアンケート調査(注3)を実施している。アンケート調査では、「今後2~3年以内の中国事業の見通し」「5年後以降の中国事業の見通し」を尋ねる設問が設けられている。その結果をみると、「今後2~3年以内の中国事業の見通し」については、「撤退」5.0%、「(他国への)移転」1.0%、「事業縮小」25.0%、「現状維持」58.6%、「拡大」10.4%、「5年後以降の中国事業の見通し」については、「撤退」8.8%、「(他国への)移転」3.6%、「事業縮小」24.6%、「現状維持」49.2%、「拡大」13.8%だった。ここから、中国からの撤退まではないものの、中国事業の縮小を検討している在中韓国系企業が少なくないことが伺える。


注1:
米韓両国は2016年7月に在韓米軍へのTHAAD配備で合意、2017年4月以降、THAADの配備が進められた。これに対して、中国は、THAADが自国の安全保障に対する脅威になるとして配備に反対、韓国側が「報復措置」とみる次のような措置を取った。(1)THAAD配備場所を提供したロッテ・グループに対する在中グループ企業の税務調査、消防点検に基づくロッテマート店舗の営業停止命令、瀋陽ロッテワールドの工事中断など、(2)韓流スターの公演不許可、中韓共同制作ドラマの放送中止、(3)韓流スターの公演不許可、中韓共同制作ドラマの放送中止。なお、中国側は公式に「報復措置」と言っておらず、また、当初の措置は徐々に緩和されてきている。
注2:
対象企業は、サムスン電子、現代自動車、起亜、現代モービス、Sオイル、LG電子、ポスコインターナショナル、サムスン物産、現代製鉄、SKハイニックスの10社。
注3:
本調査は、政府系シンクタンクの産業研究院が調査を企画し、民間経済団体の大韓商工会議所北京事務所が調査を実施しているもので、在中韓国系企業の団体の中国韓国商会会員企業(800社以上)を対象に、2020年から毎年実施している。2024年の調査は同年7月から9月に行われ、500社が回答した。回答企業の業種別内訳は、製造業318社、サービス業176社、農林漁業・鉱業が6社だった。調査結果は、産業研究院が2024年12月29日にウェブサイトで発表した。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。