韓国企業の海外展開の今と新たな挑戦韓国企業、ベトナムに根付く
2025年1月20日
ベトナムの首都ハノイのナムトゥリエム区にあるミーディン(My Dinh)地区。韓国語の看板や韓国人であふれる。ミーディンは、ハノイ最大の「コリアンタウン」だ。ハノイのみでも6万~7万人の韓国人が在住しているといわれている。ベトナム全土に進出している韓国企業の数は9,000社にのぼり、韓国はベトナムの対内直接投資累計額で1位となっている(注1)。現地のある日本企業関係者は「ベトナムは韓国の裏庭」という。このようにベトナムは、韓国および韓国企業の影響力が大きい。本稿では、各種文献や現地調査(2024年6月)を基に、ベトナム進出韓国企業の「今」を紹介する。
ベトナム北部にエレクトロニクス分野が集中
韓国の対ベトナム直接投資の推移(2024年9月25日付地域・分析レポート参照)や、業種別の進出状況(2024年12月4日付地域・分析レポート参照)は、最近の地域・分析レポートでも取り上げている。そこで、本稿では、個別企業の動向などに焦点を当てる。まず、韓国企業のベトナム進出の歴史をたどると、1992年の韓国・ベトナム国交正常化後の1990年代半ばから、韓国企業はベトナムへの進出を開始した。当時はホーチミン市周辺の南部地域が中心で、業種は、安価な人件費などを求めて進出した縫製業など軽工業中心だった。1995年の米国・ベトナム国交正常化による米国向けの迂回輸出基地としての進出も、ベトナム進出を後押しした。2000年代半ばから後半にかけては、ハノイ市周辺のベトナム北部への進出が急増した。牽引役は、サムスン電子をはじめとするエレクトロニクス企業だ。韓国企業は現在、ホーチミン市周辺のベトナム南部、ハノイ市周辺のベトナム北部に多くが集積しているほか、近年はダナン市やクアンナム省などのベトナム中部地域への進出も増加傾向だ(注2)。
ついで、ベトナムに進出している代表的な韓国企業を紹介する。まず紹介するのは、最も活発にビジネスを展開しているサムスン電子だ。サムスン電子は、 1996年にホーチミン市に立ち上げたテレビ工場が初のベトナム生産拠点だった。サムスン電子がベトナムのナンバーワンの外資系企業になったのは、2008年にバクニン省で、2013年にタイグエン省で、それぞれ携帯電話などの生産拠点を設立してからだ。2014年にはディスプレーの生産拠点も立ち上げた。現在、サムスン電子は、ベトナムに累計で約220億ドルを投資し、4つの生産拠点を有しており、2023年のベトナムからの輸出額は約550億ドルに達している(注3)。
LGグループも、ビジネスを活発に展開している。同グループのエレクトロニクス企業が集積しているのは、ベトナム北部のハイフォン市だ。2013年のLGエレクトロニクス(電装部品、洗濯機、冷蔵庫など)をはじめ、LGディスプレイ、LGイノテック(電子部品生産)が次々とハイフォン市に進出し、集積効果を発揮している。さらに、多くの系列企業などがハイフォン市に進出しており、2023年1月時点でLG電子と系列企業だけで約9,000人を雇用している。
自動車業界では、現代自動車が2017年に、ベトナムのタインコン(THANH CONG)グループとの合弁会社をベトナム北部のニンビン省に設立した。コンプリートノックダウン(CKD)方式での進出で、両社は50%ずつの持ち分を持つ。2023年末の生産能力は約8万台で、ここ数年間、トヨタ自動車と市場シェア1位を争っている(2024年7月1日付地域・分析レポート参照)。現代自動車は2023年7月、バッテリー式電気自動車(BEV)の生産・販売も発表しており、さらなるベトナム市場攻略の姿勢を明らかにしている。なお、現代自動車グループ傘下の起亜も、ベトナム企業タコ(THACO)との合弁でベトナム中部のクアンナム省に進出している。
ロッテ、CJなどの非製造業の進出や韓国人の現地創業も活発
非製造業分野では、ロッテグループの進出が目立つ。ロッテは、1996年にベトナムに進出し、現在、マート(スーパーマーケット)、百貨店・モール、ホテル、建設業などの分野に合計18社のグループ企業が進出している。特に、マートはハノイ、ホーチミン、ダナンで計15店舗、百貨店・モールはホーチミン2店舗、ハノイ1店舗、ホテルはハノイ2カ所、ホーチミン1カ所などを運営中だ。ちなみに、製造業分野では、ロッテケミカルがドンナイ省でPC(ポリカーボネート)などを生産している。
その他では、ポスコ・グループが、鉄鋼関連の3つの生産法人や商社、建設などの分野で進出している。化学・繊維で有名な暁星(ヒョソン)グループ(注4)は、4つの化学製品生産法人や繊維、重工業などの分野で進出している。ベーカリーチェーンの「トゥレジュール(TOUS les JOURS)」で有名なCJグループは、食品製造・流通、肥料製造などでベトナムに進出している。上で紹介した韓国企業や、その他主要企業のベトナム進出状況は図1のとおり。

注:製造企業は生産拠点、流通企業は店舗をそれぞれ表示。拠点・店舗が複数の場合でも1つのみ記載。
出所:各社のホームページなどを基にジェトロ作成
このような大手企業の進出や、系列の中堅・中小企業の進出以外に、スタートアップの進出にも注目すべきだ。市場の成長や、政府のスタートアップ支援政策などを背景に、ベトナムのスタートアップ・エコシステムを狙ったグローバル投資資金が集まっている。韓国のスタートアップは、東南アジアにおける橋頭堡(きょうとうほ)確保を目的に、韓国企業・韓国人のネットワークなどを活用し、ベトナムに進出している。韓国政府も2023年10月、「K-創業企業(スタートアップ)センターハノイ」を開所し、進出スタートアップを後押ししている。韓国のスタートアップのベトナム進出について、現地のある日系商社の関係者は「年間10社ほど、(当社との連携について)関心があるスタートアップがある。これらはサステナビリティー、GX(グリーントランスフォーメーション)、製造業分野などテック系の進出が多く、これら韓国のスタートアップとのベトナムでのビジネス展開を模索している」と韓国企業の活躍と連携の可能性を語っている。
もう1つ注目すべき韓国企業の進出形態は、韓国企業の駐在員などが退職して、長年の現地経験やネットワークを活用して、ベトナムで創業するケースだ。このケースは、韓国人による創業だが、ベトナム企業としてカウントされる。飲食業、旅行業などに加え、コンサルティング業、ビジネスサポート業など、創業分野はさまざまな分野にまで拡大している。これについて、ある日系企業の関係者は「韓国人が現地で創業した会社にプロジェクトの一部(工事施工)を依頼しているが、値段も安価で、質も良い」と満足感を示した。
伸び続けている韓国企業、人材難や競争激化などのあい路も
最後に、活発にビジネス展開している韓国企業の経営実態や課題などについて、アンケート調査結果を紹介する。韓国の政府系シンクタンクの産業研究院は、2021年から「ベトナム進出企業の経営環境実態調査」を実施している。直近の2024年の調査(注5)結果をみると、「2024年の売上高(予測)の前年比」「2024年の営業利益(予測)の前年比」を尋ねた設問に対し、それぞれ回答企業の55.0%、50.1%が「増加」と回答した。ここから、ベトナム進出韓国企業の経営状況の好調さがうかがえる(図2参照)。

出所:産業研究院「ベトナム進出企業の経営環境実態調査(2024年)」
しかし、「今後2~3年のベトナムビジネス」について尋ねた設問では、撤退・移転10.8%、縮小10.4%、維持47.2%、拡大31.6%となった。前年調査のそれぞれ2.7%、10.8%、55.6%、30.9%に比べ、特に、撤退・移転の割合が大きく上昇(2.7%→10.8%)した。ここから、ベトナムビジネス再編の動きも確認できよう。ビジネス再編の動きの原因として、人材難、競争激化、現地需要の不振などが挙げられる。「経営上のあい路事項」を尋ねた設問でも、この傾向が反映されている(図3参照)。現地調査でも、「ハノイ周辺では人材確保がかなり厳しい」「中国企業のベトナム進出加速により、競争が激化している」「現地の消費が追い付いていない」など、懸念を示す声も聞かれた。

注:経営上のあい路事項について、1位から3位まで回答した割合。
出所:図2と同じ
- 注1:
- 企業数は、KOTRA(大韓貿易投資振興公社)が独自に把握している企業数。投資累計額は、ベトナム計画投資省(MPI)の統計。2024年4月までの累計で、対内直接投資全体に占める韓国からの直接投資の割合は18.1%で1位。2位はシンガポール(16.2%)、3位は日本(15.6%)。
- 注2:
- KOTRAによると、2024年4月までの投資累計額ベースで、北部が60.8%、南部が32.9%、中部およびその他が4.6%。
- 注3:
- 2023年のベトナムの輸出は3,555億ドルで、サムスン電子のベトナム拠点の輸出がベトナムの輸出全体に占める割合は15.5%。
- 注4:
- 暁星は、2024年7月に存続持ち株会社の「暁星」と新しい持ち株会社「HS暁星」に分割されたが、本稿ではともに暁星と表記した。
- 注5:
- 在ベトナム韓国商工人連合会ハノイ事務所が把握しているベトナム進出韓国企業約4,500社を対象に、2024年7~8月に実施。回答企業数は335社。業種別では、製造業が55.5%(186社)、サービス業が42.7%(143社)、その他(鉱業、農林水産業)が1.8%(6社)。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ソウル事務所
李 海昌(イ ヘチャン) - 2000年から、ジェトロ・ソウル事務所勤務。本部中国北アジア課勤務(2006~2008年)を経て、現職。