韓国企業の海外展開の今と新たな挑戦モバイル身分証開発のラオンセキュア、韓国・日本でサービス展開
2025年6月25日
韓国政府は、運転免許証や住民登録証を対象にしたモバイル身分証(注1)導入プロジェクトを他国・地域に先駆けて行い、オンライン・オフラインともに簡単に本人確認ができるシステムを構築し、実用化を進めてきた。
本稿では、同プロジェクトで韓国政府が推進する政策の現状を概観する。そして、同プロジェクトに参画する現地企業、ラオンセキュア(本社:韓国ソウル特別市永登浦区、ICTセキュリティソリューション・認証サービス専門事業者)のウォン・ヒョンシク海外事業本部日本事業部長へのヒアリングを基に、同社の事業・技術の特徴や日本での事業展開について紹介する(取材日:2025年4月16日)。

政府がモバイル認証の導入を加速
- 質問:
- 韓国は、モバイル身分証の導入を他国・地域に先駆けて行っているが、具体的な取り組み状況は。
- 答え:
- 現在、韓国国内で発行されているモバイル身分証は3種類で、住民登録証、パスポート、運転免許証だ。これらは政府機関が根拠法令に基づき発行し、国家が個人の身分を公式に証明するものだ。韓国では、1990年代からインターネットを基盤にしたオンライン認証システムを本格的に導入し始め、日本などの他国・地域に先駆けDXを推進してきた。
- しかし、この認証システムは、外国人が利用できないほか、セキュリティー上の問題などが指摘されていた。また、オフライン(プラスチックカードの発行など)・オンライン(ネットバンキングなど)ともに偽造・なりすましといった個人情報の漏洩に脆弱な構造が一部見受けられるところが課題だった。
- これらを解決するために、韓国政府はモバイル身分証でオンライン・オフライン方式を統合することを提案。全公務員を対象として2021年、モバイル公務員証の試験運用を開始した。この取り組みが成功したため、2022年にはICチップ搭載のスマート運転免許証をスマートフォンの専用アプリに登録できるシステムを構築。運転免許証がスマートフォンと一体化するため、プラスチックカード自体は普段、携帯する必要がないという利便性が特徴だ。
- モバイル運転免許証は2022年1月からスタートし、韓国でモバイル身分証が全国に普及するきっかけになった。モバイル運転免許証の発行件数は2025年6月時点で558万件以上と、年々利用者が伸びている。
- また、翌2023年には、政府が認めた国家功労者や退役軍人などに付与する国家報勲登録証のモバイル発行を推進。「SAMSUNG Wallet」といった民間企業が運営しているアプリケーションから発行することも可能だ。その後も、モバイル身分証の対象を拡大し、2024年には在外国民登録証を、2025年には住民登録証・外国人登録証のモバイル身分証を発行した。今後は障害者手帳のモバイル身分証を展開するほか、国家技術資格証などさまざまな証明書のDX推進を予定している(図1参照)。
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図1:韓国政府のモバイル身分証の拡大戦略 出所:ラオンセキュア提供資料
ユーザー自身による個人情報の「選択的開示」が可能に
韓国ではこれまで個人情報やIDを管理する方法として、従来のパスポート発行のように、政府や企業が一元的に管理する「中央集権型」が主流だった。しかし、現在は政府主導で、分散型身元証明(以下、DID)ブロックチェーンプラットフォームを構築している。DIDは、ユーザー自らが自身のデジタルアイデンティティーを管理する手法だ。
DIDの核心となる概念として、SSI(Self-Sovereign Identity:自己主権型アイデンティティー)がある。これは、個人が自身のアイデンティティー情報を所有・利用する決定権を持つという考え方を指す。ユーザーはモバイル身分証を提示する際、すべての個人情報を毎回提示する必要はない。その都度必要な情報に限定して提出することにより個人情報を保護することができる。例えば、コンビニエンスストアでタバコや酒類を購入する際の年齢確認で、名前・住所といった情報を必要以上に提示する必要はない。スマートフォンの専用アプリで、ユーザーが回答項目を自身で選択できる(図2参照)。
回答事例

出所:ラオンセキュア提供資料
モバイル身分証は、コンビニエンスストアに加えて、銀行口座開設時や飲食店などでの年齢確認のほか、年末調整の必要書類提出の際にも利用することが可能だ。スマートフォンに複数の身分証を搭載・集約化できるため、オフライン(カードなど)の身分証を持ち歩く必要がなくなる。いつどこで求められても提示しやすくなったことから、従来型の身分証と比較して、ユーザーの利便性が向上した。韓国行政安全部はモバイル身分証を通して、個人情報の集約化と自己情報決定権の強化を今後も推進していく方針を示している。
韓国国内のDX推進におけるラオンセキュア社の認証技術力
- 質問:
- 韓国政府のモバイル身分証推進において、貴社ではどのような技術・サービスを提供してきたか。
- 答え:
- 当社は韓国で2012年に設立以降、モバイルセキュリティー・認証分野のリーディングカンパニーとして生体・デジタル認証や、モバイル・PCセキュリティーなどを開発し、ユーザーに安全かつ便利なデジタル情報を提供してきた。
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韓国政府の推進するモバイル身分証政策に当社が協力した事例としては、「OmniOne(オムニワン)
」サービスの提供がある。同サービスは、DIDとFIDO(認証技術)の組み合わせにより、既存システムの課題を解決し、新たな価値を創出する身元証明サービスだ。
- 例えば、2019年には韓国兵務庁(注2)とKISA(Korea Internet & Security Agency)ブロックチェーンモデル事業を実施し、兵役対象者の個人情報登録申請や兵務庁が発行する兵籍証明書などをすべてVC〔検証可能な資格証明(Verifiable Credential)、デジタル証明書のこと〕で発行。直接関連機関に出向いて申請する必要がなくなり、利便性の向上に寄与した。
- そのほか、DX推進を積極的に行っている世宗市で2020年、自律走行車(注3)規制のサンドボックス事業(IOTなどの新たな技術の応用・社会実装に向け実証し、規制の見直しにつなげること)に携わり、同車両と運転者間の認証サービスを提供した。具体的には、車両、ドライバーによる運転の指示、指示の整合性を確認するモニタリングシステムをそれぞれ連携するサービスを提供。自律走行車で運転・管理する側の必要情報をすべて統合したエコシステム構築につなげた。
- また、同年にモバイル道民慶尚南道カード構築事業に携わり、韓国初の道民専用のデジタル証明書を発行。このカードは、デジタルサービス基盤(DIDプラットフォーム)とモバイル電子ウォレットの役割を果たす。利用することで慶尚南道の公式ウェブサイトへのログイン、図書館の入館・本の貸出、役所の出入り手続きの簡素化につながった。これもSSIを軸にしている。慶尚南道の住民であることさえ確認できれば、不必要な個人情報は提供する必要がないシステムになっている。
日本でもデジタル証明書発行などサービスを展開
- 質問:
- 貴社の日本での事業展開と今後の見通しについて。
- 答え:
- 現在は、ICTを積極的に推進している沖縄県で、現地IT企業と協力して関連実証実験提案などを行っている。
- 当社は、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)主催の「Korea ICT EXPO in Japan」(2023年6月開催)で行われた、AI、クラウド、スマート製造業などの企業が参加するピッチ大会で1位に入賞し、毎年約1万人が訪れる沖縄県主催のIT・DXの展示館商談会「ResorTech EXPO in Okinawa(リゾテックエキスポ)」に招待された実績がある。
- そのほか、モバイルネットワーク事業を担う日本の会社と社内実証実験などで協力事例がある。
- 今後は、TOEICのデジタル認定証やデジタル証明書の発行実績がある株式会社サイバーリンクス(本社:和歌山県)と日本国内のインフラ整備や運用、マイナンバーとデジタル証明書の連携などを図り、デジタル証明書の流通拡大に寄与する試みを進めている。また、日本国内でDID・VCを流通するためのエコシステムを構築し、DX実現に向けた事業を拡大していきたい。
- さらに、印刷大手のTOPPANデジタルと、日韓のクロスボーダー・DID・VCエコシステム構築に向けた実証実験を計画するなど、 国内に留まらず、国境を越えたエコシステム構築にも力を入れている。
- 注1:
- スマートフォンなどのデジタル機器やオンライン上で本人確認を行うための証明書や関連する手続きなどを指す。
- 注2:
- 兵務庁は、徴兵・召集その他兵務行政に関する事務を管轄する韓国の中央行政機関を指す。
- 注3:
- 自律走行車とは、自動運転道路システムで、道路側からの支援を受けずに自身のシステムのみで走行するクルマを指す。衝突回避システムやレーン保持支援システム、複数のマシンビジョンといった機能を利用し、レーンの追従や変更を自動でコントロールするシステムを搭載する。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課
益森 有祐実(ますもり あゆみ) - 2022年、ジェトロ入構。中国北アジア課で中国、韓国関係の調査を担当。