韓国企業の海外進出先は中国から米国に大きくシフト
韓国の対外直接投資を俯瞰する
2024年9月25日
韓国の対外直接投資の増加が続いている。投資先別にみると、対米直接投資の増加が顕著だ。米国政府の産業政策が半導体、車載電池などの対米直接投資を誘発している。一方、対中直接投資は、中国の生産コスト上昇や中国地場企業の成長などを受け、減少傾向にある。
韓国の対外直接投資は2000年代半ば以降、大幅に増加
韓国の対外直接投資(実行ベース、以下、同様)は、1990年代に入るころから増加し始めた。特に2000年代半ば以降は増加が著しい(図1)。こうした韓国の対外直接投資の推移について、まず、業種別(注1)に振り返る。
韓国は1960年代後半から1980年代末にかけて、年率で10%前後の高度経済成長を達成した。国内市場が狭かったため、経済成長の原動力はもっぱら輸出だった。輸出は、当初は衣服や靴などの軽工業製品が中心だったが、1970年代からはエレクトロニクス製品、1980年代後半からは自動車の輸出も立ち上がってきた。ただし、当時の韓国企業は工業製品の輸出には積極的だったものの、企業自ら海外に投資し、拠点を構築する動きは限定的だった。
ところが、1990年代に入るころから、韓国の直接投資は徐々に立ち上がってきた。直接投資の主役の1つが労働集約型製造企業だった。韓国は1980年代後半以降、賃金上昇や通貨ウォン高により、生産コストが上昇した。そのため、多くの韓国企業が韓国からアジアを中心にした海外に生産拠点を移転した。対外直接投資額全体に占める製造業の構成比は1990年代から2000年代前半にかけて5割を超えたことからも、製造業の対外直接投資が対外直接投資全体の牽引役を担ったといえよう(表1)。
製造業の内訳をみると、特に1990年代前半は「繊維製品(衣類を除く)」「衣服・アクセサリー・毛皮製品」「電子部品、コンピュータ、映像、音響、通信機器」(ここでは特に、電子部品)といった労働集約型の業種が比較的多かった(表2)。また、製造業について対外直接投資の目的をみると、「輸出促進」が5割前後を占めて最も多かったものの、1980年代はほとんどなかった「低賃金活用」が1990年代に 2桁に急上昇した(表3)。
期間 | 鉱業 | 製造業 |
卸売・ 小売業 |
情報 通信業 |
金融・ 保険業 |
不動産 業 |
その他 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
~1984年 | 17.3 | 12.4 | 10.2 | 0.0 | 38.2 | 1.5 | 20.5 | 100.0 |
1985~89年 | 30.2 | 37.4 | 8.8 | 0.5 | 10.2 | 0.6 | 12.4 | 100.0 |
1990~94年 | 8.8 | 51.0 | 20.6 | 0.6 | 10.9 | 0.5 | 7.6 | 100.0 |
1995~99年 | 4.2 | 53.7 | 21.4 | 5.5 | 3.5 | 2.7 | 9.1 | 100.0 |
2000~04年 | 3.9 | 53.8 | 17.2 | 2.2 | 9.9 | 1.9 | 11.0 | 100.0 |
2005~09年 | 15.1 | 34.8 | 14.5 | 2.4 | 12.4 | 7.2 | 13.8 | 100.0 |
2010~14年 | 25.8 | 30.7 | 6.4 | 2.0 | 14.5 | 8.4 | 12.2 | 100.0 |
2015~19年 | 5.3 | 25.7 | 9.5 | 3.1 | 32.0 | 11.9 | 12.5 | 100.0 |
2020~23年 | 3.5 | 27.6 | 4.2 | 6.0 | 37.7 | 9.3 | 11.8 | 100.0 |
累計 | 9.4 | 30.2 | 8.3 | 3.8 | 27.0 | 9.1 | 12.1 | 100.0 |
注1:原資料の21業種(大分類ベース)のうち、累計の構成比が3%以上の6業種のみを記載し、それ以外の業種は「その他」に一括した。
注2:累計は、2023年末までの対外直接投資額の累計に基づく。
出所:韓国輸出入銀行データベースを基に作成
表2:製造業の主要業種(中分類)別対外直接投資構成比の推移
期間 | 食料品 | 繊維製品(衣服を除く) | 衣服・アクセサリー・毛皮製品 | 化学物質・化学製品(医薬品を除く) | ゴム・プラスチック製品 | 一次金属 | 金属加工製品(機械・家具を除く) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
~1984年 | 9.8 | 0.3 | 3.0 | 3.4 | 9.5 | 8.9 | 9.9 |
1985~89年 | 2.6 | 4.6 | 7.6 | 4.5 | 0.6 | 43.9 | 5.9 |
1990~94年 | 4.6 | 11.2 | 8.2 | 5.5 | 1.2 | 6.9 | 8.6 |
1995~99年 | 3.8 | 6.4 | 3.7 | 5.8 | 1.7 | 7.0 | 6.8 |
2000~04年 | 3.1 | 4.9 | 4.2 | 7.1 | 2.5 | 5.6 | 5.1 |
2005~09年 | 4.4 | 2.7 | 3.7 | 6.6 | 4.7 | 7.3 | 3.0 |
2010~14年 | 2.9 | 1.8 | 3.3 | 9.7 | 4.7 | 10.8 | 2.4 |
2015~19年 | 6.3 | 1.6 | 2.5 | 10.2 | 4.2 | 4.7 | 2.2 |
2020~23年 | 2.6 | 1.2 | 1.3 | 8.4 | 2.9 | 7.3 | 2.3 |
累計 | 3.9 | 2.2 | 2.7 | 8.6 | 3.7 | 7.3 | 2.8 |
期間 | 電子部品、コンピュータ、映像、音響、通信装置 | 電気装置 | その他機械・装置 | 自動車・トレーラー | その他輸送機械 | その他 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
~1984年 | 6.0 | 0.0 | 0.4 | 0.0 | 0.0 | 48.9 | 100.0 |
1985~89年 | 4.5 | 0.3 | 0.3 | 9.1 | 0.0 | 16.2 | 100.0 |
1990~94年 | 15.7 | 2.2 | 1.9 | 13.6 | 0.2 | 20.3 | 100.0 |
1995~99年 | 31.9 | 3.3 | 2.1 | 15.5 | 0.9 | 11.3 | 100.0 |
2000~04年 | 39.5 | 2.6 | 3.4 | 10.3 | 0.4 | 11.4 | 100.0 |
2005~09年 | 20.0 | 5.2 | 5.0 | 19.9 | 6.0 | 11.5 | 100.0 |
2010~14年 | 25.9 | 3.8 | 5.5 | 12.8 | 6.2 | 10.2 | 100.0 |
2015~19年 | 22.2 | 9.6 | 6.3 | 17.9 | 2.8 | 9.4 | 100.0 |
2020~23年 | 29.1 | 23.0 | 2.0 | 11.3 | 0.9 | 7.7 | 100.0 |
累計 | 26.1 | 11.4 | 4.2 | 14.5 | 2.9 | 9.7 | 100.0 |
注1:累計は、2023年末までの対外直接投資額の累計に基づく。
注2:原資料の業種分類のうち、累計が2%未満の業種と「その他製品」を「その他」で一括した。
出所:韓国輸出入銀行データベースを基に作成
期間 |
資源 開発 |
輸出 促進 |
保護貿易打開 |
低賃金 活用 |
現地市場進出 | 先進技術導入 | その他 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
~1984年 | 57.7 | 11.8 | 1.6 | 0.0 | 7.6 | 0.0 | 21.3 | 100.0 |
1985~89年 | 32.9 | 28.7 | 0.0 | 1.2 | 31.0 | 0.0 | 6.2 | 100.0 |
1990~94年 | 17.2 | 45.6 | 1.2 | 13.4 | 11.1 | 5.0 | 6.6 | 100.0 |
1995~99年 | 4.8 | 55.0 | 6.0 | 12.0 | 11.4 | 1.8 | 9.1 | 100.0 |
2000~04年 | 2.0 | 47.7 | 2.0 | 13.1 | 23.0 | 2.4 | 9.8 | 100.0 |
2005~09年 | 1.6 | 24.9 | 1.4 | 17.1 | 47.3 | 2.8 | 4.9 | 100.0 |
2010~14年 | 3.8 | 19.0 | 0.6 | 10.2 | 53.6 | 9.1 | 3.7 | 100.0 |
2015~19年 | 0.9 | 13.6 | 0.3 | 7.1 | 61.9 | 8.0 | 8.1 | 100.0 |
2020~23年 | 2.6 | 6.4 | 0.2 | 3.8 | 62.4 | 21.6 | 3.0 | 100.0 |
注:「その他」は、原資料の区分における「原材料確保」「第三国進出」「その他」「不明」の合計。
出所:韓国輸出入銀行データベースを基に作成
2000年代後半以降は、対外直接投資額の増加に拍車が掛かった。その大きな理由として、韓国の大企業による大型の対外直接投資案件が増加したことが挙げられよう。ちなみに、海外で新規に設立した法人1社当たりの対外直接投資額をみると、2000年代後半以降、大幅に増加している(図2)。他方、海外で新規に設立した法人の数は2007年がピーク(6,077社)で、その後は減少傾向にあり、直近の2023年は2,841社にとどまった。新規法人1社当たりの対外直接投資額の増加は、既存の海外現地法人に対する追加出資に起因するところもあるが、それだけでは説明しきれないだろう。やはり、個別直接投資案件の大型化によるところが大きいと考えるべきだろう。
2000年代後半以降について業種別にみると、製造業が3割前後で推移した一方で、2000年代後半から2010年代前半は鉱業の構成比が、2010年代後半以降は金融・保険の構成比が、それぞれ高まったのが特徴だ。鉱業については、世界的な資源ブームを受け、韓国でも海外資源開発が活発化したことを反映したものだ。金融・保険については、海外の投資ファンドへの出資や海外でベンチャーキャピタル(VC)を設立する動きが活発化したことが要因として挙げられる。
次いで、2000年代後半以降について、製造業の内訳をみると、「電子部品、コンピュータ、映像、音響、通信機器」(エレクトロニクス製品)と「自動車・トレーラー」(主に自動車)の構成比が比較的高く、これらが製造業の対外直接投資の中心になっている。さらに、2020~2023年は「電気装備製造業」の構成比が一気に高まっているが、これは、世界的に電気自動車(EV)市場の拡大が見込まれたことを受けて、車載電池企業の対外直接投資が活発化したことによるものだ。
さらに、製造業の対外直接投資について目的別にみると、「低賃金活用」の構成比が徐々に減少し、代わって「現地市場進出」の構成比が高まっている。つまり、韓国企業の海外進出は、かつての低コスト生産拠点構築から、海外市場獲得のための現地生産拠点構築に完全に入れ替わっている。また、足元では、技術獲得目的の海外企業への出資やM&Aが増加し、「先進技術導入」の構成比が高まっている。
対中直接投資は足元で大幅に落ち込む
次いで、韓国の直接投資が立ち上がり始めた1990年代以降の対外直接投資について、アジア・北米を中心に地域別、主要国別にみてみよう。主要国別については、本稿では、韓国企業の動向が特に注目される中国、ベトナム、インドネシア、インド、米国の5カ国を取り上げた(別表1、別表2参照)。
韓国の対外直接投資先はアジアと北米が2大進出先で、この2地域を合わせると、対外直接投資全体の6~8割程度で推移してきた。ただし、アジア向け直接投資は、構成比が最も高かった2005年(60.0%)以降、低下傾向にある半面、北米向け直接投資の構成比は2005年の17.6%から2023年の48.8%に大幅に上昇している。
アジアの構成比が低下した最大の理由は、中国の構成比が低下したことだ。対外直接投資全体に占める対中直接投資の構成比は、ピーク時の2003年に39.4%に達した。しかし、その後は低下し、20年後の2023年にはわずか2.9%に落ち込むなど、韓国企業の中国離れが著しい(図3)。
過去を振り返ると、韓国の対中直接投資が立ち上がったきっかけになったのは、1992年の中韓国交樹立だった。生産コスト上昇に悩まされるようになった韓国の中小製造業企業が地理的に近く、生産コストの安い中国に続々と生産拠点を移転した。2000年代に入ると、こうした動きに加え、中国の内需獲得を狙った大企業の対中直接投資が本格化した。後者の背景要因として、(1)中国の高度経済成長により富裕層や中間層が厚みを増してきたこと、(2)2001年12月の中国のWTO加盟により、自由化の進展が期待されたことなどが挙げられる。
その後、対中直接投資は2007年(57億1,201万ドル)をピークに伸び悩み、構成比は低下の一途をたどった。対中直接投資が伸び悩んだ理由として、(1)人件費などの中国の生産コストの上昇により、輸出向け生産拠点としての中国の魅力度が低下したこと、(2)中国地場企業の競争力向上などにより、韓国企業の中国市場での販売が苦戦し始めため、中国内需向け生産拠点を構築する動きが鈍化してきたことなどが挙げられる。そのような中、対中直接投資は2021~2022年に再び増加し、2年連続で過去最高を記録、対中直接投資が対外直接投資総額に占める構成比は2022年に8年ぶりに2桁を回復した。ただし、これは、SKハイニックスによるインテルの大連半導体工場買収という大型投資案件により、対中直接投資が一時的に増加したにすぎない。ちなみに、2022年はこの案件のみで対中直接投資全体の60.4%(注2)を占めた。しかし、この大型案件の投資は2022年に完了したこともあり、2023年は、対中直接投資額が約20年前の2002~2003年の水準に落ち込み、対外直接投資総額に占める構成比も、中韓国交樹立前の水準に低下した。まさに、韓国企業の中国離れを象徴するかたちとなった。
対ベトナム直接投資は一段落
韓国の対ASEAN直接投資は、対中直接投資とは対照的に、2000年代後半以降、急拡大した。2007年時点では対中直接投資額の4割にとどまっていた対ASEAN直接投資額は、2010年に対中直接投資を逆転し、その後も2013年を除き、対中直接投資額を一貫して上回っている。このように、韓国の対アジア直接投資の中心は既に2010年代から、中国からASEANにシフトしている。
韓国の対ASEAN直接投資は特にベトナムに集中した。中国に代わる生産拠点として、エレクトロニクス企業を中心に、ベトナムに投資が集中したからだ(図4)。対ベトナム直接投資が急増した契機となったのが、サムスン電子のベトナムでの携帯電話生産拠点構築だ。同社はそれまで、中国をグローバル生産拠点と位置付けていた。しかし、中国の生産コスト上昇や中国一極集中リスク回避などの目的で、中国以外での生産拠点構築を模索していた。同社がベトナムを選んだ理由として、(1)生産コストが中国に比べて安価、(2)ベトナム政府が税制優遇措置を付与、(3)中国・韓国に地理的に近いため、両国からの原材料・部品調達が容易などが考えられよう。同社は2009年にバクニン省の第1工場で生産を開始し、2014年にはタイグエン省の第2工場でも生産を開始した。同社のベトナム生産を契機に、系列の韓国企業やその他の韓国企業も、こぞってベトナムに進出した。
韓国の対ベトナム直接投資は2020年に落ち込んでからは、20億ドル台後半で伸び悩んでいる。その理由として、サムスン電子の携帯電話事業を巡っては、(1)世界の携帯電話市場が伸び悩み、追加投資の必要性が薄れた、(2)同社の主要な系列企業のベトナム生産拠点構築が一段落した、(3)ベトナム生産への過度な集中によるリスクが意識されてきたなどが挙げられよう。同社のみならず、韓国の製造企業の大型投資が一巡したことから、対ベトナム直接投資が伸び悩んでいるわけだ。
なお、2018年以降、米中対立が顕在化したことで、中国企業をはじめとした各国企業の中で、中国からベトナムに生産拠点を移す動きがみられるようになってきた。しかし、韓国企業の場合、いわば先取りするかたちで「脱中国」の動きが出ていたため、米中対立を理由に生産拠点を中国から他の国に新たに移す動きは大きな流れにはなっていない。
対インドネシア直接投資は2010年末以降に増加
ASEAN諸国の中で韓国からの直接投資がベトナムの次に多いのがシンガポール、次いでインドネシアの順となっている。シンガポールは非製造業が中心のため、ここでは、インドネシアについてみてみる。
対インドネシア直接投資は、2018年ごろまでは大型投資案件のあった年は一時的に増加したものの、趨勢(すうせい)としては緩やかな増加にとどまっていた(図5)。この時期の大型投資案件として、次が挙げられる。まず、2008年にロッテショッピング(商号はロッテマート)が現地店舗網獲得を目的に、オランダ系大型スーパーマーケットチェーンのマクロ・インドネシアを買収した。次いでポスコがインドネシア国営製鉄企業クラカタウ・スチールと合弁で高炉一貫製鉄所を建設した。これは、インドネシアの潜在市場の大きさと豊富な天然資源に着目したもので、2011~2012年の対インドネシア直接投資を牽引した。さらに、2012年にはハンコックタイヤが、天然ゴムの生産が活発な同国にタイヤ工場を建設した。
他方、2019年以降、対インドネシア直接投資の増加基調が鮮明だ。主役は、製造業と金融・保険業だ。製造業の代表的な大型投資は、現代自動車による完成車工場建設だ。2022年1月に生産を開始し、現在は小型のスポーツ用多目的車(SUV)や電気自動車(EV)などの生産を行っている。また、同社のインドネシア進出に伴って、自動車部品メーカーの進出も相次いだ。特に注目されるのが、同社とLGエナジーソリューションとの合弁による車載電池工場建設で、工場は2024年7月に生産を開始した。同国の豊富なニッケルを原料として使用し、製品は現代自動車のインドネシア工場などに供給する。他方、金融・保険では、インドネシア内需獲得を狙った現地銀行に対する出資や買収、証券会社・保険会社の進出、リースや自動車ローン事業の進出が相次いだ。
インドへの関心は高まりつつある
さらに、最近ではインドに対する関心が高まっている。韓国企業は、14億人を超える人口を抱え、高い経済成長が見込まれるインド市場を取り込むべく動いている。その代表例の1つが現代自動車グループ(現代自動車と起亜)といえよう。グループ中核の現代自動車は1998年にインドでの量産を開始、現在では同グループはインド乗用車市場でシェア2位の好位置にある。また、同グループのインドでの生産台数は2023年に約108万台と、100万台を超えた唯一の海外現地生産国となっている。苦戦が続く中国(約39万台生産、同年)とは対照的だ。さらに、サムスン電子が携帯電話生産のベトナム一極集中リスクを低減すべく、インドの生産拠点を拡充していることも、韓国企業全般のインドへの関心を高めている。
ただし、対外直接投資統計を見る限り、韓国の対インド直接投資規模は、対ベトナム、対インドネシアに比べると限定的だ。また、時系列でみても、趨勢としては比較的緩やかな増加にとどまっている。ちなみに、1998年、2007年、2011年、2018年の値が突出しているが、1998年、2007年、2018年は「自動車・トレーラー製造業」が、2011年は「一次金属製造業」の投資がそれぞれ急増し、対インド直接投資全体を引き上げた。1998年は現代自動車のインド第1工場建設、2007年は同社のインド第2工場建設、2018年は起亜のインド工場建設に伴うものだ(図6)。
対米直接投資が急増し、「米国一極集中」に
近年、韓国の対米直接投資の増加が著しい。米国は2008年に中国を抜き、最大の直接投資先になって以降、ほぼ毎年、最大の直接投資先となっている。対外直接投資総額に占める対米直接投資の構成比は、直近の2023年は43.2%と、1988年(44.0%)以来で最も高く、「米国一極集中」とすら言える状況だ(図7)。
特に2021年以降、対米直接投資の水準が高まっている。2023年の対米直接投資額は278億4,299万ドルで、2020年(152億670万ドル)に比べて126億3,628万ドル多かったが、その増加分の64.4%を製造業、55.5%を金融・保険業がそれぞれ占めた(一方、減少した業種もあるため、この2業種だけで100%を超過する)。つまり、2021年以降の対米直接投資の増加は、製造業と金融・保険業が牽引しているといえる。
2023年の製造業の対米直接投資をみると、特に目立つのが「電気装置製造業」(製造業全体の46.4%)と「電子部品、コンピュータ、映像、音響および通信装置製造業」(同27.1%)で、この2つの業種で製造業全体の4分の3近くを占めた。さらに、細かくみると、前者は「蓄電池製造業」、後者は「メモリー用電子集積回路製造業」が大宗を占めた。実際に企業の事例をみても、韓国の車載電池メーカー3社が米国での生産拠点拡大に向けて一斉に動いている(ただし、足元ではEV市場の伸び悩みを受け、一部の計画が延期されている)。半導体では、サムスン電子はテネシー州に最先端の半導体工場を建設中、SKハイニックスも2024年4月、米国インディアナ州にAI(人工知能)向けの先端半導体パッケージング施設と研究開発施設を建設する計画を発表している。車載電池の投資は「インフレ削減法」、半導体の投資は「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」に対応したもので、いずれも、バイデン政権の産業政策が韓国の対米直接投資を誘発したといえる。他方、金融・保険業を細かくみると、「持ち株会社」「その他金融投資業」(ベンチャーキャピタルなど)などが多い。
なお、北米、アジアに次いで韓国の直接投資額が多いのは欧州と中南米だ。このうち、欧州向け直接投資は、特に2010年代後半以降、増加している。直近の2023年について業種別にみると、金融・保険業が最も多く、次いで製造業、不動産業の順となっているが、これは2020年以降、毎年共通した特徴だ。このうち、製造業については、「蓄電池製造業」、次いで「その他の自動車用新品部品製造業」の順と、いずれも自動車関連の業種が上位を占めた。「蓄電池製造業」を巡っては、SKオンが同社の欧州車載電池工場として3番目の工場をハンガリーのイバンチャに建設、2024年に稼働を開始している。さらに、車載電池材料関連で韓国企業各社が欧州で生産拠点を新・増設したり、現地法人に追加出資したりする動きをみせている。
中南米向け直接投資も、増加基調が続いている。直近の2023年について業種別にみると、金融・保険業(「その他金融投資業」など)、製造業(「製鉄業」「その他自動車用新品部品製造業」)、鉱業(「原油・天然ガス採掘業」など)などが多かった。
最近の世界的なサプライチェーン再編の流れによる影響は?
最後に、前述の内容との重複があるが、視点を変えて、最近の世界的なサプライチェーン(供給網)再編の流れが韓国の対外直接投資にどのような影響を及ぼしているかについて、製造業を中心にまとめよう。
サプライチェーンに関連した対外直接投資の動きについては、(1) 新型コロナウイルス感染症流行期に生じたサプライチェーン断絶を教訓にした対応、(2)米中対立や米中サプライチェーン分断の動きに対する対応、(3)米国政府の産業政策への対応の3点に整理できよう。
(1)については、韓国政府・企業がサプライチェーンの重要性を認識したきっかけの1つが、新型コロナウイルス感染症拡大の初期の段階で、中国からのワイヤーハーネス輸入が中断したことだった。韓国は自動車用ワイヤーハーネスの多くを中国からの輸入に依存していたため、対中輸入中断により、韓国国内の自動車生産は停止に追い込まれた。それ以降も、中国からの尿素輸入の中断や、中国政府の一部黒鉛製品に対する輸出管理強化など、中国依存リスクが顕在化した。そのため、(2)(3)とも関連するが、中国依存度の引き下げを図る動きが出ている。特に黒鉛、リチウム、ニッケルといった重要鉱物を確保する目的で、北米や南米、オーストラリア、アフリカなどに投資する動きが広がりつつある。
(2)については、米中対立などを直接的な理由として、中国の生産拠点を他に移す動きは必ずしも顕在化していない。既に米中対立以前から、韓国企業は中国の生産コスト上昇や中国地場企業の伸長により、生産拠点の「脱中国」がある程度進んでいたためだ。ただし、海外企業や中国企業が生産拠点を中国からベトナムなど他の国に移す動きがさらに活発化すれば、それら企業を顧客とする韓国企業の中で、顧客の近くに生産拠点を新・増設する動きが出てくることも予想される。
(3)については、韓国の半導体、EV・車載電池業界で大きな影響が出ている。きっかけとなったのは、米国のCHIPSおよび科学法やインフレ削減法(IRA)だ。前述のように、韓国の半導体メーカーや車載電池メーカーなどは米国を中心に巨額の投資を行い、大規模生産拠点の構築などを進めている。
- 注1:
- 業種区分は統計庁「標準産業分類(10次)」に基づく。韓国輸出入銀行データベースでは「大分類」「中分類」「小分類」の3段階で業種区分別の検索が可能。「大分類」は「農業・林業・漁業」「鉱業」「製造業」「電気・ガス・蒸気・空気調節供給業」など。「中分類」は「製造業」の場合、「自動車・トレーラー製造業」「電子部品・コンピュータ・映像・音響・通信設備製造業」「一次金属製造業」など。「小分類」は「電子部品・コンピュータ・映像・音響・通信設備製造業」の場合、「メモリー用電子集積回路製造業」「発光ダイオード製造業」「非メモリー用・その他電子集積回路製造業」「その他電気変換装置製造業」など。
- 注2:
- 2022年の対中直接投資総額は85億4,020万ドル、うち、遼寧省のメモリー用電子集積回路製造業の投資額は51億5,784万ドルで、対中直接投資総額の60.4%を占めた。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ) - ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。