米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築 NAFTAからTPP、USMCA、そしてIPEFへ
米国の通商協定戦略と中国の台頭(前編)

2024年2月9日

米国は、自由貿易協定(FTA)を通じて、貿易相手国の関税削減だけでなく、労働や環境、デジタル貿易などのルール形成を図ってきた。また、近年のFTAには、台頭する中国を意識した戦略や、それを反映した条項も見受けられる。一方で、2017年のトランプ政権の誕生によって、米国では自由貿易に反対する世論が噴出した。2020年代に入ると、米中対立や新型コロナウイルス禍を経て、グローバルに拡大しすぎたサプライチェーンの弊害が顕在化した。そこでバイデン政権は、通商協定において関税削減交渉を行わない一方で、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化などを規定し、FTAという名称を用いない「現代の通商協定」を志向している。本稿の前編では、これまでのFTAを巡る世界の潮流を踏まえた上で、北米自由貿易協定(NAFTA)から、環太平洋パートナーシップ(TPP)、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)、そしてアジア太平洋経済枠組み(IPEF)へと変遷する米国の通商協定を、ドナルド・トランプ前大統領とジョー・バイデン大統領の戦略の類似点や相違点を踏まえて検証する。

WTOに代わり自由貿易を牽引したFTA

世界の通商ルールは、1995年に発足した世界貿易機関(WTO)の定める規律が基本原則となっている。だが、全会一致の原則を前提とするWTOでは、160カ国以上の加盟国のコンセンサスを得ることが容易ではなく、WTOに基づく多国間システムでの自由貿易の進展が難しい状況にある(注1)。そこで加盟国は、少数の有志国間同士で関税削減などを約束するFTAの推進にかじを切った(注2)。FTAの年間発効件数は、2000年の13件から2009年には39件に拡大するなど、2000年代にピークを迎えた(注3)。米国も2000年代に最も多くのFTAを発効させている(表1参照)。

表1:米国のFTA・通商協定一覧(-は値なし)
名称 参加国 発効年
米国・イスラエル自由貿易協定 米国、イスラエル 1985年8月
北米自由貿易協定(NAFTA)
※2020年7月に失効
米国、メキシコ、カナダ 1994年1月
米国・ヨルダン自由貿易協定 米国、ヨルダン 2001年12月
米国・チリ自由貿易協定 米国、チリ 2004年1月
米国・シンガポール自由貿易協定 米国、シンガポール 2004年1月
米国・オーストラリア自由貿易協定 米国、オーストラリア 2005年1月
米国・モロッコ自由貿易協定 米国、モロッコ 2006年1月
米国・中米諸国・ドミニカ共和国自由貿易協定(CAFTA-DR) 米国、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、ドミニカ共和国 2006年3月
米国・バーレーン自由貿易協定 米国、バーレーン 2006年8月
米国・オマーン自由貿易協定 米国、オマーン 2009年1月
米国・ペルー自由貿易協定 米国、ペルー 2009年2月
米国・韓国自由貿易協定 米国、韓国 2012年3月
米国・コロンビア自由貿易協定 米国、コロンビア 2012年5月
米国・パナマ自由貿易協定 米国、パナマ 2012年10月
環太平洋パートナーシップ(TPP)
※2017年1月、発効前に脱退
米国、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ、カナダ、日本
日米貿易協定
※WTO上の正式なFTAとしては通知されていない
米国、日本 2020年1月
米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA) 米国、カナダ、メキシコ 2020年7月

出所:USTR発表資料などを基に作成

FTAが実質的な自由貿易の牽引役となっていく過程で、大きく2つの特徴を指摘できる。1つは協定の大型化、もう1つは協定内容の拡充だ。2000年代に入り主要な貿易相手国同士でのFTAが一段落すると、各国は、2国間を中心に構築してきたFTA網をまとめるような、参加国が多いFTA、または大国同士によるFTAの交渉を始めるようになった(注4)。これがいわゆるメガFTAだ。メガFTAは交渉開始順に、米国や日本などアジア太平洋に面する12カ国によるTPP(2010年3月交渉開始)、日本や中国、韓国などとASEAN諸国の計16カ国による包括的経済連携(RCEP 、2012年11月)、日本とEUの日EU経済連携協定(日EU・EPA、2013年3月)、米国とEUの環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP、2013年7月)の4つとされている。TPPは2015年10月に妥結し、2016年2月に署名されるも、2017年1月に米国のトランプ前大統領が離脱を表明したことによって発効には至らなかった(注5)。ただしその後、米国以外の11カ国が2018年12月に、TPPの協定内容をほぼ踏襲した、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)を発効した(注6)。日EU・EPAは、2019年2月に発効した。RCEPは交渉の最終局面でインドが離脱したものの、残る15カ国によって、地域的な包括的経済連携協定との名称で2022年1月に発効した。一方、TTIPは、規制の相互運用などルール面で米国とEUが折り合えず、2016年以降交渉が停滞し、妥結に至らないまま、2019年に正式に交渉を終了した。

協定内容の拡充については、米国が主導して1994年に発効したNAFTAが1つの契機になっている。NAFTAには、市場アクセス(関税率)や衛生植物検疫措置(SPS)など、貿易そのものに直結する分野だけではなく、労働や環境といった社会的課題のほか、投資、サービス、政府調達など幅広い分野が内容に盛り込まれた。もっともNAFTAでは、労働と環境は協定文本文ではなく、サイドレターにおいて約束されたが、NAFTAに次いで2001年に発効した米国・ヨルダンFTAでは、労働も環境も協定本文に組み込まれた(注7)。さらに、近年のFTAになると、TPPにみられるように、デジタル貿易のような新しい分野でのルール形成もFTAの中で行われるようになった。TPPの電子商取引章では、データの自由な越境移転、データローカリゼーションの禁止(サーバーなどの自国内設置要求の禁止)、ソースコードの開示・移転要求の禁止など、デジタル貿易に関するルール策定が試みられた(注8)。

TPPからUSMCAへ、変わる米国のFTA

FTAが大型化し、これまでにない国際的な通商ルールの策定が、地域大の複数の国で行われていくようになり、米国にとってもFTAは外交戦略上の存在感を高めていった。その重要性は、当時の閣僚の発言から確認できる。例えば、米通商代表部(USTR)のマイケル・フロマン元代表は、「ここ数十年間を見返すと、経済それ自身が世界に対して影響を与える手段であり、力そのものであることは明らか」と述べたほか(注9)、「TPPの重要性は単なる経済的なものではなく、戦略的なものだ」(注10)と、TPP が有する外交戦略上の価値の重要性についても言及している。さらに、本来であれば通商交渉に直接的には関係しない、アッシュ・カーター元国防長官が「TPPは空母と同じくらい重要」と述べている(注11)。

議会調査局(CRS)によれば、米国にとってのTPPの戦略的重要性は、経済と政治・安全保障の両面で、アジア太平洋地域に対して影響力を行使し、米国が望む政策を実現できる環境を生み出すことにある。具体的には、米国はTPPを通じて、以下が可能になるとしている。

  • 地域の同盟とパートナーシップの強化
  • アジア太平洋地域における米国のリーダーシップと影響力の維持
  • 米国の安全保障の強化
  • 貿易の自由化、市場重視の改革の奨励、経済成長の促進
  • 米国の利益とビジネスの現状に合致した、域内貿易のルールと規律の確立および更新(注12)

またCRSは、前述の戦略の背景には、台頭する中国の存在があると指摘している。中国がアジアや太平洋の国々に対して、独自の貿易・投資のイニシアティブを実践していく中、米国にとってTPPは、アジアにおける米国のリーダーシップを維持し、中国に対抗し得る貿易・投資のルールと規範を確立するための手段だとしている(注13)。特に、TPPのデジタル貿易に関しては、データの越境移動などに原則として制限を設けている中国に代わり、先行して国際的なルール形成を行うとの戦略があるとされている。

ただし、こうしたFTAを通じた米国の対アジア太平洋戦略は、2017年1月のトランプ政権の誕生によって中断する。トランプ前大統領は、米国が抱える巨大な貿易赤字は不公平であり、貿易自由化によって多くの雇用が失われたと主張した。その上で、既存のFTAを自身が再交渉することで米国の労働者にとってよりよい協定へ変える、との方針を打ち出した(注14)。そしてNAFTAを再交渉し、新たにUSMCAを発効させた。この2020年7月に発効したUSMCAが、現時点で最も新しい米国のFTAである。

同時に、トランプ前大統領には、米国への投資を拡大させ、失った雇用を取り戻すとの一貫した政策方針があった。USMCAにおいてもその方針はとられており、域外からの輸入を制限し、米国内での投資拡大、雇用創出を促す条項が存在する。それが顕著なのは、完成車に対する原産地規則(ROO)だ。完成車を域内に無税で輸出するためには、(1)域内原産割合(RVC)が純費用方式(NC)で75%以上、(2)重要な自動車部品(スーパーコア)が全て原産品、(3)完成車メーカー(OEM)が購入する鉄とアルミニウムの7割が北米原産材料、(4)直接工の賃金(時給)が16ドル以上の地域の付加価値が40%(ピックアップトラックの場合は45%以上)を満たす必要がある(注15)。特に賃金要件を満たすためには、賃金水準の高い米国内での工程が重要となる。従って、米国市場で完成車を販売するには、米国において生産、ないしは米国で生産された部品を利用することが強く誘導される協定となった(注16)。加えて、RVCの高さが示すように、域外からの部品の流入が厳しく制限された。高いRVCは必ずしも特定の国に対してのみ影響を及ぼすものではないが、当時USTR代表だったロバート・ライトハイザー氏は、2023年5月に行われた議会の公聴会において、USMCAと比較してRVCが低く設定されているTPPのROOは中国のサプライヤーを利する、と証言している(注17)。ROOの設定を厳しくした背景に、当時の政権が中国を強く意識していたことが伺える。

USMCAには、直接的に中国を意識した条項も含まれている。USMCAの第32条は、加盟国が「非市場経済国(注18)」とFTAを交渉する際、交渉開始の3カ月前までにその意向を他の加盟国に通知するとともに、当該FTAを発効させた場合、他の加盟2カ国が6カ月前の通知をもって本協定を終了させ、2国間協定に置き換えることを許容する、と定めている。これはいわゆる、「毒薬条項」と呼ばれている。非市場経済国は、USMCAの署名時点で、ある加盟国が貿易救済法の適用上で非市場経済国と決定しており、かつどの加盟国もFTAに署名していない国と定義されている。協定文上では中国は名指しされていないものの、米国の通商政策に関する年次報告書の「2019年の通商政策課題と2018年の年次報告」では、非市場経済国として中国が明記されている。

伝統的なFTAからの脱却を目指すバイデン政権

FTAを巡ってこうした流れがある中で、2021年1月にバイデン政権が発足した。バイデン政権には、同盟国との協調路線や移民に融和的な政策など、ともするとトランプ政権とは異なるイメージを持ちやすい。しかしながら、米国内への投資を促す保護主義的な姿勢には、トランプ政権から根本的な変化はみられない(注19)。実際、バイデン大統領の肝いりで成立した大型の法律である、インフレ削減法(IRA)とCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)は(注20)、米国への投資を促し、米国内での雇用拡大を目指しつつ、サプライチェーン上で中国など米政府が安全保障上の懸念があると指定する国の関与を軽減する点で、前述のトランプ政権下で成立したUSMCAと重なる部分がある(表2参照)。また、バイデン大統領が「史上最も労働組合寄りの大統領と自負」し、「労働者中心の通商政策」を掲げている点も、主に白人労働者を支持層に持つとされるトランプ前大統領と共通している。

表2:USMCA、IRA、CHIPSプラス法の概要比較
協定・政策名 政権 対米投資促す内容 中国を意識した内容
米国・メキシコ・カナダ協定 (USMCA) トランプ政権 完成車を無税で域内に輸出するためには、米国で組み立てや生産を行うことを誘導する、基準の高い原産地規則(ROO) 非市場経済国とのFTAの制限(交渉内容の事前通知、FTA脱退の許容)。非市場経済国は中国を念頭に置いている
インフレ削減法(IRA) バイデン政権 電気自動車(EV)購入時に税額補助を受ける条件に、バッテリーに使われる部品を北米で製造または組み立てることを規定 EV購入時に税額補助を受ける条件に、バッテリーの部品や原料となる重要鉱物の生産などを懸念国(中国など)で行わないことを規定
CHIPSおよび科学法 バイデン政権 米国内での半導体の製造、組み立て、試験、先端パッケージング、研究開発のための国内施設・装置の建設、拡張または現代化に対する助成や税額控除 助成や税額控除を受ける条件に、中国での半導体関連の新規投資を10年行わないことなどを規定

出所:米政府発表資料などを基に作成

ただし、バイデン大統領はトランプ前大統領と異なり、通商協定を通じたアジア太平洋への米国の関与を再開した。その際、トランプ政権下で顕在化した自由貿易へのネガティブな世論や、米中対立、新型コロナ禍によるサプライチェーン途絶リスクを踏まえ、伝統的なFTAからは脱却を図るアプローチを掲げた。

バイデン政権は2022年10月に発表した国家安全保障戦略で、伝統的な通商戦略を転換し、サプライチェーン、労働や環境、デジタル化といった現代の課題に合う新たなモデルを導入すべきと記した。翌2023年3月の大統領の議会への経済報告書では、国際経済はターニングポイントにあるとし、その翌月、USTRのキャサリン・タイ代表は、関税引き下げという従来のアプローチは21世紀の競争の激しいグローバル経済ではもはや機能しないと述べ、「われわれは貿易に関する新しい物語を書いている」と演説した。そしてその数日後、ジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当)は、ブルッキングス研究所で行われた「米国の経済リーダーシップの刷新」と題された演説において、タイ代表と同様に、関税の引き下げに基づいて通商政策を定義するのは誤りと述べた。そしてサリバン補佐官は、追求すべきは、多様で強靭なサプライチェーンやデジタルインフラの構築、労働者や環境保護などの「現代の通商協定」だと説いた(図参照)。サリバン補佐官のこの演説は、バイデン政権の対外経済政策を端的に述べているとして、各所で引用されている(注21)。

図:トランプ政権以降の通商協定を巡る米政権の方針の変遷
トランプ政権以降の通商協定を巡る米政権の方針の変遷を現した図。トランプ前大統領は、TPPから脱退を宣言し、二国間FTA、貿易赤字の削減を最優先の目標に掲げた。その後バイデン政権は、2022年10月に発表された国家安全保障戦略で、伝統的な通商戦略を転換し、サプライチェーン、労働や環境、デジタル化といった現代の課題に合う新たなモデルを導入すべきと記した。翌2023年3月の大統領の議会への経済報告書では、国際経済はターニングポイントにあるとし、その翌月の4月、USTRのキャサリン・タイ代表は、関税引き下げという従来のアプローチは21世紀の競争の激しいグローバル経済ではもはや機能しないと述べ、「われわれは貿易に関する新しい物語を書いている」と演説した。そしてその数日後、ジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当)は、ブルッキングス研究所で行われた「米国の経済リーダーシップの刷新」と題された演説にて、タイ代表と同様に、関税の引き下げに基づいて通商政策を定義するのは誤りと述べた。そしてサリバン補佐官は、追求すべきは、多様で強靭なサプライチェーンやデジタルインフラの構築、労働者や環境保護などの「現代の通商協定」だと説いた

出所:米政府発表資料などを基に作成

バイデン政権の代表的な「現代の通商協定」であるIPEF(注22)には、こうした考え方が根底にある。後編では、このIPEFが今後の米国の通商協定に与え得る影響と、IPEF発効の見通しについて解説する。


注1:
WTO加盟国は、発足当初の76カ国から、2024年にはその2倍以上となる164カ国に拡大している。
注2:
最恵国待遇の基本原則を有するWTO体制下でも、GATT第24条に基づき、実質的にすべての貿易を妥当な期間内に自由化することで、例外的にFTAを締結することが認められている。一般的に、妥当な期間はおおよそ10年、実質的全ての自由化は90%以上の関税撤廃とされている。
注3:
単年の発効件数は2021年の66件が最多だが、これは英国がEU離脱後に結び直したFTAが主になっている。
注4:
この背景には、複雑な協定内容のFTAの乱立(いわゆる、スパゲティボウル現象)も挙げられる。関税削減率やそのペース、原産地規則などが異なるFTAが増えた結果、企業にとって適切なFTAがわかり辛い状況になってしまった。例えば、2024年初で有効なFTAは361件と、WTO発足時(1995年)の45件から8倍以上になっている。
注5:
TPPの発効要件には、原署名国のGDPの合計の少なくとも85%を占める6カ国が、それぞれの国内法に基づく手続きを完了することが定められている。このGDP要件を満たすためには、米国と日本が批准する必要があった。そのため、オリジナルのTPPは今でも発効していない。
注6:
CPTPPは、TPPの協定内容を原則として取り込みつつ、22項目を凍結項目(特定規定の適用禁止項目)と規定した。その多くは、米国が要求して協定内容に取り込んだ水準の高いルールだとされている。凍結項目の大半は、第18章「知的財産権の章」にある。
注7:
NAFTAについても、再交渉の末にNAFTAを引き継ぐかたちで発効されたUSMCAにおいて、労働と環境は協定本文に組み込まれた。
注8:
これらはいわゆる、TPP3原則と呼ばれている。
注9:
外交問題評議会(CFR)主催イベント “The U.S. Trade Agenda and the Trans-Pacific Partnership” (2015年10⽉15⽇)での発言。
注10:
Congressional Research Services(CRS, 議会調査局), The Trans-Pacific Partnership: Strategic Implications, February 3, 2016.
注11:
アリゾナ州立大学での講演 ”Remarks on the Next Phase of the U.S. Rebalance to the Asia-Pacific” (2015年4⽉6⽇)での発言。
注12:
CRS (2016)
注13:
一方でCRS (2016) には、当時、米国では、TPPを中国のイニシアティブに「対抗」するための努力とするのは非生産的で、中国や他の地域の両方で、米国の意図に対する否定的な認識を生みかねないとする意見もあったとされている。
注14:
トランプ前大統領は、貿易赤字や雇用流出など、貿易に対してネガティブな意見を強く主張していたものの、実際にとられた政策を注意深くみると、必ずしもFTAそのものを軽視していたわけではないと考えられる。あくまでもトランプ政権以前の政権が締結したFTAが米国経済にとって悪影響があるとし、自分であればよりよい協定に変えることができるとの主張の上で、既存のFTAの再交渉や日本との新しい通商協定を締結した。
注15:
USMCAの完成車のROOは、2019年5月8日付地域・分析レポート「USMCA活用のハードルは高い」参照。
注16:
USMCA発効後の自動車の輸出入に対する影響は、2023年8月8日付地域・分析レポート「自動車原産地規則が与えた影響」参照。ROOを満たすために、米国内での部品生産にかかる雇用増、完成車の生産増が見られた一方、コスト増により域外から米国への完成車輸入が増加、カナダとメキシコから米国への完成車輸入は減少した、といった影響が報告されている。
注17:
下院の「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」での公聴会。
注18:
米国商務省が非市場経済国としている国は、2024年1月時点では、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、中国、ジョージア、キルギス、モルドバ、ロシア、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、ベトナムの12カ国。
注19:
そのほか、1974年通商法301条に基づく対中追加関税も、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税も、多少内容は変更されても継続している。昨今、注目度が高い厳格な輸出管理についても、例えばエンティティ・リストの積極活用は、トランプ政権時代から行われてきた。通商政策においては、基本的にトランプ政権の方針が踏襲されている。
注20:
インフレ削減法については2022年10月6日付地域・分析レポート「インフレ削減法は、気候変動対策に軸足」、CHIPSプラス法については2023年5月8日付地域・分析レポート「始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は」参照。
注21:
サリバン補佐官の演説については、2024年1月18日付地域・分析レポート「バイデン政権による対中政策の現状と展望」参照。
注22:
IPEFは、2022年5月に東京で交渉開始が宣言された。参加国は、米国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、ASEAN7カ国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ)、インド、フィジーの14カ国。ただし、インドのみ貿易の柱への交渉参加を見送っている。IPEFは、2022年2月に発表されたインド太平洋戦略において、同地域との経済的結びつきを倍加させる重要な手段と位置づけられている。

米国の通商協定戦略と中国の台頭

  1. NAFTAからTPP、USMCA、そしてIPEFへ
  2. IPEFの意義と発効に向けた課題
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。