米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築 2018年以降、重点分野が明確化
米国対内投資審査の動向(前編)

2023年10月2日

米国は、開放的な投資環境をアピールする一方で、外国からの投資が国家安全保障に与える脅威を審査するメカニズムを有している。省庁横断で組織される対米外国投資委員会(CFIUS)がそれだ。CFIUSは、2018年に成立した「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」を通じて、体制の拡充や審査対象取引の拡大が図られた。バイデン政権下では、重点審査分野や審査にあたって重視する要素が明確化されるとともに、執行に関するガイドラインが公表されるなど、新たな動きが目立つ。本レポートの前編では、FIRRMAの概要やジェトロがこれまでに受けた照会を、後編では、審査概要を示した報告書に基づいて実際の審査傾向や特徴を取り上げることで、CFIUSの活動実態やその傾向、外国企業にとっての留意点を総括する。

技術発展に伴い重点審査分野を明確

CFIUSは1975年の設立以降、米国事業の「支配(control)」をもたらす合併、取得、買収を「審査対象取引(covered transaction)」と定めて、それらが安全保障に与える脅威を審査してきた。CFIUSは、脅威ありと認定した場合、最終的に大統領へ取引の阻止を勧告する強力な権限を有する。ここでいう「支配」とは「発行者の発行済み議決権付き持ち分の過半数、もしくは支配的な少数の保有、議決権の代理行使、契約上の取り決め、またはそのほかの方法を通じて、直接または間接に、企業に影響を与える重要な事項を判断、指示もしくは決定する権限(行使の有無に関わらない)」と広く定義されている。そのため、CFIUSには元々、広範な裁量が与えられていたと言える。しかし近年、技術の発展に伴い、民生技術でも軍事転用のリスクが高まってきたことや、米国が戦略的競争相手と定める中国企業による米国企業の買収案件が増加傾向にあることなどを受けて、分野によっては「非支配的」な取引であっても「審査対象取引」とすべきとの問題意識が高まっていた。それが法律のかたちで成立したのがFIRRMAだ。

FIRRMAでは、重要技術(Technology)、重要インフラ(Infrastructure)、機微な個人情報(Data)を扱う米国事業(それぞれの頭文字を取ってTID 米国事業)への投資が、非支配的な投資(Non-Controlling Investments)であっても、TID米国事業の(1)重要な非公開の技術情報へのアクセスを可能にする、(2)取締役会または同様の組織体の構成員またはオブザーバーとなる、もしくは構成員を推薦する権利を取得する、(3)実質的な意思決定への関与を可能にする、といった場合には、「審査対象取引」として扱うことになった。また、審査対象の取引のうち、(1)TID米国事業が有する重要技術を特定の取引関係者や当該米国事業の所有主体と連鎖関係にある外国人に輸出、再輸出、国内移転、再移転(輸出など)する際に米国政府からの許可が必要な場合(注1)、あるいは(2)外国政府が49%以上の議決権を直接または間接に保有する外国企業が、TID米国事業の25%以上の議決権を直接または間接に取得する場合は、CFIUSへの事前の届け出が義務とされ、違反した場合は罰則が科されることになった(2020年9月18日付ビジネス短信、図参照)。FIRRMA以前は全ての投資案件の届け出が任意だったことと比べると、相当程度、執行力が強化されたと言える。そのほか、規則で指定された空港や港湾、軍事施設に近接する不動産取引なども、審査対象になった(図参照)。

図:CFIUSへの申告が義務となるかを判断するフローチャート(参考)
判断する上で最初の指標となるのは、該当の取引が(1)対象支配取引(米国事業の支配権の取得等)、もしくは(2)対象投資(TID米国事業が保有する重要な非公開の技術情報へのアクセス、取締役会メンバーとなる権利等の取得)、のいずれかに該当するかである。いずれかに該当する場合、(i)重要技術を生産、設計、試験、製造、組立または開発するTID米国事業に関するものであって、かつ、(ii)当該重要技術を一定の投資家に対して輸出、再輸出、国内移転または再移転するために米国規制当局の許可が必要とされるものであるか否かを確認する必要があり、これらを満たすものについては義務的申告が必要となる。(i)あるいは(ii)を満たさない場合であっても、外国政府が関わる投資に該当する場合は、義務的申告が必要となる。(1)または(2)を満たさない場合、空港・港湾、米軍施設に近接する土地等、対象不動産取引に該当するかを確認する。対象不動産取引である場合、また、外国政府が関わる投資に該当しない場合は、米国の国家安全保障に影響を与えるリスクを踏まえた経営判断に基づいて、任意の申告をするかどうかを検討する。なお、米国の国家安全保障の観点からリスクがあると評価され得る場合には、はじめから正式届出を行うことも考えられる。

出所:ジェトロ調査レポート「米国の経済安全保障に関する措置への実務的対応」

FIRRMAの成立はトランプ前政権下での動きとなるが、CFIUSの積極的な運用はバイデン政権にも引き継がれた。ジョー・バイデン大統領は2022年9月、CFIUSが重点的にフォローすべき分野や要因を定めた大統領令に署名した(詳細は、ホワイトハウスウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同令では、次の5点が強調された(参考参照)。

参考:大統領が定めたCFIUSが重点的にフォローすべき分野・要因

1. 防衛産業以外も含めた重要製品の国内サプライチェーンの強靭(きょうじん)性
同盟・友好国のサプライヤーを含むサプライチェーン全体での代替サプライヤーによる多様性の度合いや、米国政府などとの供給関係、特定のサプライチェーンにおける外国人による所有や支配の集中度合いなどを検証する。
2. マイクロエレクトロニクス、人工知能(AI)、バイオ技術・製造、量子コンピューティング、先端クリーンエネルギー、気候適応技術など米国の安全保障に影響を与える分野の米国の技術的リーダーシップへの影響
科学技術政策室(OSTP)は、CFIUSに属する他の政府機関と相談の上、上記を含む技術分野のリストを定期的に公開する。CFIUSは、対象となる取引が米国の安全保障を損なう可能性があるか、取引に関与する外国人が米国の安全保障に脅威を与える第三者とつながりを持っているかを検証する。
3. 米国の安全保障に影響を与え得る投資の傾向
単一の投資案件として見れば限定的な脅威でも、過去の取引との関連で見ると、機微技術の移転を促進したり、安全保障に損害をもたらしたりすることがある。CFIUSは単一分野または関連分野の複数の買収や投資という観点から、生じるリスクを適宜検証する。
4. 安全保障に損害をもたらす可能性のあるサイバーセキュリティー上のリスク
サイバー攻撃などを行う能力と意図を持つ外国人または関連する第三者に、米国の安全保障にリスクもたらすアクセスを提供する可能性があるかを検証する。例えば、米国内の選挙結果や、重要インフラの運用、通信の機密性・統合性・利用可能性に対する影響力の行使などがこれに含まれる。
5. 米国人の機微なデータに関するリスク
技術の進歩と大規模なデータセットへのアクセスにより、従来は特定不可能だったデータの特定や非匿名化が可能となっている。CFIUSは、対象となる取引が米国人の機微なデータを扱う米国事業を含むかどうかや、外国投資家が関係を持つ者が安全保障に損害をもたらすかたちでそれら情報を悪用する意図・能力があるかを検証する。

出所:ホワイトハウス公表資料を基に作成

さらに、CFIUSを統括する財務省は2022年10月、CFIUSの執行と罰則に関するガイドラインを公表した(詳細は、財務省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。ガイドラインは、法令違反になり得る行為について(1)申告(declaration、注2)または届け出(notice、注3)が義務となる取引にもかかわらず、適時申請がされなかった場合、(2)CFIUSと合意したリスク軽減措置などに違反した場合、(3)非公式なやり取りを含め、CFIUSに提出した情報に虚偽や不備などがあった場合、の3類型を挙げている。しかし、違反行為は必ずしも罰則につながるわけではなく、CFIUSは取引の当事者や第三者から提供される情報を検証した上で、罰則の妥当性を判断する。このように、CFIUSはここ数年で大きな変革を遂げたといえる。

ルール改正はCVC投資にも影響

CFIUSの審査が非支配的な投資にも及ぶようになったことで、おそらく最も影響を受ける投資形態がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通じた投資だろう。ジェトロがこれまで受けたCFIUSに関係する照会のほとんども、CVC投資に関わる内容となっている。照会内容は主に、次の3類型に分類される。

  1. 投資元の日本本社は有限責任組合員(LP)で、提携する米国のVCが無限責任組合員(GP)である場合も、CVCが外国人とみなされる可能性はあるか。

    実質的な出資母体が外国人LPであり投資判断の意思決定権を有している場合は、外国人LPがCVCを支配しているとみなされ、当該CVCが行う投資の規模、取得する権利、対象企業の性質によってはCFIUSの審査対象取引となり得る。ただ、外国人支配のCVCとみなされた場合でも、投資が少額であり完全に受動的なものであれば審査対象から除外される可能性がある。また、外国人LPによる出資が完全に受動的なもので、少額投資家を保護する最低限の権利が担保されているのみと立証できれば、当該CVCは米国人支配とみなされる可能性もある。

  2. 米国企業への出資比率を可能な限り低く抑えていても審査対象になるか。

    これについては出資比率を問わず、前述のとおり投資対象である米国事業の重要な非公開の技術情報へのアクセスを可能とするといった要件に該当するのであれば、審査対象となり得る。また、前述した事前の届け出が義務となる2つの類型(投資先のTID米国事業が有する重要技術を特定の取引関係者に輸出などする際に米政府の許可が必要、または外国政府が49%以上の議決権を保有する外国企業がTID米国事業の議決権を25%以上取得)に該当する場合も当然、審査の対象となり、違反すれば取引額を上限とする罰金が科される可能性がある。

  3. 投資元の日本のLPが、投資先米国企業の重要技術、重要インフラ、機微な個人情報にアクセスすることはないが、その場合でも審査対象になるか。

    これについても、基本的には前述2.と同様であり、TID米国事業の重要な非公開情報へのアクセス権を取得する以外の要件、例えば投資によってTID米国事業の取締役会または同様の組織体の構成員またはオブザーバーとなる権利を取得、あるいは実質的な意思決定への関与に該当すれば審査対象取引となる。また、前述2.で挙げた事前の届け出が義務となる2つの類型に該当すれば、重要な非公開情報にアクセスできるか否かを問わず、当然に審査対象となる。

事前の届け出が義務となる場合は、準備からCFIUSの審査完了まで数カ月を要することになり、投資全体のスケジュールに大きな影響を与えるため、CFIUSへの届け出の必要性の有無については早い段階で結論を出すことが望ましい。

ここまでは、トランプ政権下でFIRRMA成立に至った経緯やその後のバイデン政権下における動向、特に大きな影響を受けたCVC投資にかかわる照会の内容を取り上げた。後編では、2023年7月に公表された2022年版報告書に基づく審査動向を取り上げる。


注1:
例えば、TID米国事業に投資する外国企業の議決権を一定以上保有している外国人などが該当する。財務省の例では、TID米国事業に100%出資する外国企業Aの議決権を25%保有している、G国の国籍を持つ外国人はそれに相当し、輸出管理規則(EAR)においてTID米国事業が有する重要技術をG国に輸出などする際に事前の許可申請が必要とされている場合、外国企業AはCFIUSへの事前の申請が義務となる。
注2:
2018年に成立したFIRRMAで新設された申請の種類で、申請者が投資案件の概要を原則5ページ以内にまとめて提出し、CFIUSは受理してから30日以内に審査を終え、申請者に対して追加の行動の要否を伝えるプロセス。CFIUSが30日以内で脅威なしと判断する場合もあれば、判断しきれないとして正式な届け出(notice)に切り替えるよう要請する場合もある。
注3:
CFIUSは届け出の受理後、第1段階として45日以内に審査(review)を行い、その間に安全保障上の懸念が解決しない場合は、第2段階として最長60日間の調査(investigation)を行うことができる。調査を経て脅威を認定した場合は大統領に勧告を行い、大統領はそこから15日以内に取引を阻止するか否かを判断する。ジェトロ調査レポート「米国の経済安全保障に関する措置への実務的対応」も参照。
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。