米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築対中追加関税とサプライチェーンの再編の動き(米国)

2024年1月18日

米国のトランプ前政権は、中国原産品の輸入に対して最大25%の追加関税を課すなど、国内産業保護や通商交渉のツールとして関税を多用した。バイデン政権下でも、前政権で発動された関税はおおむね維持されている。本稿では、1974年通商法301条に基づく追加関税(301条関税)を中心に、その概要や直近動向をまとめるほか、米国の輸入統計やジェトロ調査を基に、サプライチェーン再編の動きを国・地域別、品目別にまとめる。また、2024年米国大統領選挙の候補者の関税を巡る主張から、次の4年間を占う。

「タリフマン」トランプ前大統領の関税政策

どのような経緯で301条関税の賦課が開始されたかを振り返りたい。米国憲法上、関税率の設定を含む通商権限は立法府である連邦議会が管轄するが、議会は貿易協定を交渉する権限(注1)や、特定の貿易問題に対応する権限など、その一部を政権に付与している。例えば、1974年通商法301条は、米国通商代表部(USTR)の調査結果を踏まえ、外国の貿易慣行が貿易協定に違反している場合や、不合理・差別的であり米国の通商に負担を与えている場合に、政権に輸入制限措置を発動する権限を与えている。トランプ前政権はこうした権限を多用した。USTRの1974年通商法301条に基づく措置に向けた状況調査の件数をみると、2000~2016年に0件だったのに対し、トランプ前政権下の2017~2021年に5件と急増しており、どれほどトランプ前政権が積極的であったかがうかがえる。トランプ前政権は2018年7月に、中国からの輸入の一部に対して最大25%の301条関税の賦課を開始(注2)した。USTRは301条関税を課す理由および目的として、中国の技術移転、知的財産、イノベーションに関連する行為・政策・慣行が不合理・差別的であり米国の通商に負担を与えているとした上で、これらに対抗し改善を促すためだとしている。タリフマン(関税男)を自称したドナルド・トランプ前大統領は、301条関税のほかにも、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税(232条関税、注3)や、1974年通商法201条に基づく太陽電池・パネルに対する追加関税(注4)などを次々と課した。米国議会調査局(CRS)によると、これら措置の結果、輸入品に支払われた関税額は、2015年度の約370億ドルから2020年度には約740億ドルへと倍増している。

バイデン政権も追加関税を維持

2021年1月に発足したバイデン政権も、これら追加関税措置をおおむね維持している。バイデン政権の政策を見れば、例えばトランプ前政権が離脱した地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に政権発足早々に復帰し、同盟国・パートナー国と協調して国際問題に取り組む姿勢を示したことに顕著であったように、トランプ前政権の方向性に対して逆ねじをくわせたかたちだ。他方で、中国との戦略的競争に向けて厳しい姿勢を維持する点は数少ない受け継がれた点であり、バイデン政権が301条関税などの追加関税措置を維持したのも、中国に対抗する目的があったことが理由と言えよう。具体的には、USTRのキャサリン・タイ代表が賦課開始から4年目の法定見直し期限が迫る2022年6月の連邦議会公聴会に登壇し、「対中追加関税は重要な手段」と発言するなど(注5)、その重要性を指摘している(2022年6月24日付ビジネス短信参照)。その後、USTRは期限を迎えた2022年9月に、301条関税の見直しおよび見直し完了までの賦課継続を発表した(2022年9月5日付ビジネス短信参照)。以降、2024年1月の本稿執筆時点においても見直しは完了しておらず、関税賦課は継続されている。また、一部品目に対しての関税適用除外措置についても、USTRは2023年12月に、適用期間の2024年5月末までの延長を発表している(2023年12月27日付ビジネス短信参照)。加えて、米国現地メディアは、電気自動車(EV)などの追加関税率の引き上げが検討されている(「ウォールストリート・ジャーナル」紙電子版、2023年12月21日)とも報じており、撤廃の兆候は見えない。

関税負担は米国内事業者側にも

ここで米国の関税全体を見ると、米国は2022年時点でほぼ全ての品目を譲許(注6)しており、単純平均譲許税率は3.4%、単純平均最恵国(MFN)税率は3.3%とおおむね低い水準にある。中国に対しては、中国がWTOに加盟した2001年から恒久的正常貿易関係(PNTR、注7)のステータスを与えており、基本的にMFN税率が適用される。品目によっては、これに追加関税が加算されることになる。例えば301条関税が最大25%加わり、あるいはアンチダンピング税(AD)や補助金相殺関税(CVD)なども加わることを考えると、関税は相当な負担になる。それでも、調達先や生産拠点の移管は容易でないほか、中国から中間財を輸入する米国進出日系企業からは、「中国以外の国・地域から調達しようにも、欧州や米国内での調達コストも高い。そのため、追加関税がかかったとしても、これまでどおり中国から調達した方が安い」(自動車部品メーカー)として、負担を引き受けているとの声も聞かれる。(注8)。

実際に、貿易に関する事実認定を行う連邦政府機関の米国国際貿易委員会(USITC、以下ITC)が2023年3月に公表した、301条関税が米国内産業に与えた影響についての報告書(2023年3月20日付ビジネス短信参照)によると、追加関税分のほぼ全額を米国内の事業者が負担したとしている。また、中国からの輸入額は減少したが(減少率は、コンピュータ機器の5.3%減から半導体の72.3%減までと幅がある)、価格と米国内生産については産業分野によって異なるとした(表1参照)。

表1:301条関税が米国内産業に与えた影響 (△はマイナス値)
品目 輸入額 国内生産 国内価格
全体 △13.0% 0.4% 0.2%
半導体 △72.3% 6.4% 4.1%
自動車部品 △50.1% 3.0% 2.3%
アパレル △39.1 6.3% 4.3%
家具 △25.4% 7.5% 7.1%
コンピューター機器 △5.3% 1.2% 0.8%

注:比較年は2018~2021年。ITCは、調査対象・期間が限定されることなどから、報告書は関税の影響を完全に精査したものではなく、経済全体に対して総じて利益をもたらしたかを結論付ける材料とはならないとしている。
出所:ITC報告書を基にジェトロ作成

北米現地調達化とASEANシフトが顕著に

輸入の減少には、301条関税によって中国製品の価格競争力が低下したことのみならず、AD・CVDなどほかの関税が賦課されたことや、安全保障を理由とした中国製通信機器などの輸入規制、人権保護を理由としたウイグル強制労働防止法(UFLPA、注9)などの輸入規制、さらには、新型コロナウイルス禍でのサプライチェーン混乱への対応など、さまざまな要因が影響したことが想定される。ITCは、同報告書で関税の影響を完全に精査したわけではないとしつつ、「関税が1%上昇するごとに、関税対象製品の中国からの輸入は金額と数量で約2%減少しており、これは米国の事業者が新たな輸入先を見つけていったためと考えられる」として、サプライチェーンへの影響を説明している。

では、その中国の減少分をどの国・地域が補填(ほてん)したのだろうか。301条関税の対象品目の国・地域別の輸入金額(通関ベース)の推移を図に示した。301条関税の賦課が開始した2018年に国別で最大だった中国は、2019~2020年にかけて大きく減少し、その後2021~2022年にかけて増加に転じるものの、2022年は2018年比で8%減少した。対照的に輸入金額を伸ばしたのが、米国の隣国のメキシコとカナダだ。メキシコは2019年に中国に代わって筆頭に立つと、2021~2022年に急伸し、2022年は同65%増の4,300億ドルに達した。カナダも、2022年は同54%増の4,030億ドルとメキシコに迫る。このほか、特徴的な動きを見せるのがASEANだ。ASEANは金額ではメキシコとカナダに及ばないものの、2022年は同2.1倍と両国を大きく上回る伸びを見せ、輸入金額でも中国をわずかにかわした。他方で日本は、2022年は同11.2%増にとどまり、中国からの輸入が減少した分を埋める恩恵には十分にあずかれていないようだ。

図:301条関税対象品目の輸入額推移(国・地域別)
2018年は中国が3,140億ドル、カナダが2,610億ドル、メキシコが2,600億ドル、ASEANが1,280億ドル、日本が1,210億ドル。2022年はメキシコが4,300億ドル、カナダが4,030億ドル、ASEANと中国が2,890億ドル、日本が1,350億ドル。

注:凡例の国・地域は2022年の輸入額上位5カ国・地域。
出所:ITC貿易統計を基にジェトロ作成

存在感を増すASEANの内訳を見ると、ベトナム(2022年:1,020億ドル)、タイ(570億ドル)、マレーシア(510億ドル)、インドネシア(330億ドル)の順に多く、4カ国でASEAN全10カ国からの輸入額の84%を占める。中でも、ベトナム(2018年比2.7倍)とタイ(2.2倍)が高い伸びを見せた。さらに、これらASEANの4カ国から輸入される301条関税対象品目のうち、特に2018~2022年の中国の減少幅とASEANの4カ国の増加幅が大きい品目を見ると、電子機器部品、建設・建築関連資材、アパレル製品などが目立った(表2参照)。記憶装置(メモリ)や半導体デバイス・集積回路製造機器など、軍事転用される可能性のある(いわゆるデュアルユース)品目を巡っては、米国が中国との技術競争から輸出管理制度を厳格化する動きもあり(2022年10月11日付ビジネス短信参照)、貿易面でデカップリングが進展する様相がうかがえる。

表2:301条関税の対象品目のうち、中国の減少幅とASEANの4カ国の増加幅が大きい品目(100万ドル)(△はマイナス値)
HTS番号 品目 対象品目リスト 中国 ベトナム タイ マレーシア インドネシア
8471.70.40 自動データ処理機械記憶装置 リスト1 △ 342 0 1,723 △ 137 △ 1
8471.70.60 自動データ処理機械記憶装置 リスト1 △ 174 105 16 △ 4 0
9032.10.00 自動調整機器サーモスタット リスト1 △ 319 62 7 153 8
8443.99.20 印刷機部品 リスト1 △ 253 1 9 20 30
7308.90.95 鉄鋼製構造物・部品 リスト2 △ 119 67 343 68 3
8486.20.00 半導体デバイス・集積回路製造用機器 リスト2 △ 57 4 1 468 0
1605.21.10 甲殻類・軟体動物など水棲無脊椎動物 リスト3 △ 211 137 △ 27 0 305
2523.29.00 水硬性セメント リスト3 △ 94 199 20 0 0
6110.20.20 ジャージー、プルオーバー、カーディガン、ベスト リスト4A △ 912 718 33 30 248
3925.30.10 プラスチック製建築用品 リスト4A △ 199 158 0 0 0

注:比較年は2018~2022年。
出所:ITC貿易統計を基にジェトロ作成

ジェトロが米国に進出する日系企業に対して2023年9月に実施したアンケート調査「海外進出日系企業実態調査(北米編)」からも、日系企業が米国内での現地調達の推進と、ASEANへの調達先のシフトを進める考えが明らかになった。日系企業のうち、調達先を見直す予定があると回答した割合は全業種で3割、製造業企業では4割を超えた。「調達先をどこからどこに見直す予定か」を尋ねた設問では、米国内で現地調達が72件で最多だったほか、クロスボーダーでは「どこから」で中国(45件)や日本(40件)が多く、「どこに」でASEAN(24件)やメキシコ(21件)が多かった(表3参照)。

表3:調達先の変更内容(複数回答)(件)(-は値なし)
項目 国・地域名 変更後の調達先
米国 ASEAN メキシコ 日本 その他アジア・オセアニア 中国 韓国 欧州 台湾 その他 総計
変更前の調達先 米国 31 4 9 13 2 2 2 2 65
中国 9 15 2 6 7 1 2 1 2 45
日本 25 4 6 1 2 1 1 40
ASEAN 2 1 1 1 2 7
台湾 1 1 1 1 4
メキシコ 1 2 3
欧州 2 1 3
その他 1 2 1 1 1 6
新たに調達を開始 1 1
総計 72 24 21 20 14 5 4 4 3 7 174

出所:ジェトロアンケート調査(2023年9月実施)を基に作成

2024年大統領選の結果次第では、さらなる関税賦課も

米国では次期大統領選挙が2024年11月に迫る。2024年1月時点では、民主党ではジョー・バイデン大統領のほかに有力な候補者は出ていない。バイデン大統領の関税政策は前述のとおりで、中国がサプライチェーンを寡占することを阻み、かつ、米国の安全保障にとって重要な品目を中心に、国内生産強化や同盟国・パートナー国へのサプライチェーン再編を進めるべく、301条関税など追加関税を維持することは想像に難くない。ただし、発動時点で対中輸入の3分の2(金額ベース)をカバーする301条関税の対象品目の絞り込みや適用除外措置の拡大は、通商交渉の切り札として段階的に講じる可能性もある。直近2023年11月に行われたバイデン大統領と習近平国家主席の首脳会談(2023年11月16日付ビジネス短信参照)で米中関係の進展はみられなかったが、大統領選以降の首脳会談のタイミングで何らか進展があるのか要注目だ。

また、共和党の候補者では、トランプ氏が支持率で他候補者を大きく上回り、本選候補者への選出が有力視される。トランプ氏の関税政策も前述のとおり、使える手段は積極的に活用する姿勢だ。これに加えて、トランプ氏は2023年8月に、企業の製造拠点を米国に戻すことを促進するためとして、大統領選で再選した場合には全貿易相手国からの輸入に対して10%の関税(universal baseline tariff)を課すと主張した。この主張に対して、バイデン大統領は物価上昇を招くものとして反論するなど(ブルームバーグ電子版、2023年8月23日)、2024年大統領選挙の争点の1つとしても注目される。なお、米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)シニアアドバイザーのウィリアム・ラインシュ氏は「タリフマンの帰還」と題したコラムの中で、トランプ氏の主張は明確にWTO協定に違反するとした上で、トランプ氏が大統領に再選した暁には、米国のWTOからの離脱も視野に入ってくると指摘している。

さらに、トランプ氏をはじめ、ニッキー・ヘイリー元国連大使や、フロリダ州のロン・デサンティス知事などの共和党の有力候補者は共通して、中国に与えられているPNTRのステータスの取り消しを主張している。米国シンクタンクのアメリカン・アクション・フォーラムによると、PNTRの取り消しによって、中国からの輸入に対する関税率は平均3.5%から40%に引き上がるほか、米国のGDPは年間159億ドル減少、輸出額は17%以上減少、消費者物価は5.9%上昇すると試算している。また、301条関税発動時と同様に、中国が報復措置を講じた場合には、さらなる悪影響が出るとしている。

各メディアの世論調査の結果を見ると、バイデン氏とトランプ氏の直接対決を想定した場合、ほぼ五分五分の様相を見せている(注10)。次期大統領は2025年1月~2029年1月の4年間の任期を務めることになる。中国から調達・生産を行い、米国でビジネス展開を行う日本企業は、これまでのトランプ前政権やバイデン政権下よりもさらなる高関税の環境下でのかじ取りを迫られる可能性も考慮し、今後の大統領選の趨勢を注視する必要があるだろう。


注1:
貿易協定を迅速に締結させるために、議会が政権に大統領貿易促進権限(TPA)を付与した場合、政権が交渉・合意した通商協定について、議会は協定内容を修正せず、通商協定実施法案の賛否のみを審議する。一方で、最新のTPA(2015年超党派議会貿易優先事項説明責任法)は2021年7月に失効し(2021年7月2日付ビジネス短信参照)、2023年12月現在更新されていない。
注2:
2018年7月~2019年9月に、計4回の追加関税の賦課を開始した。
  • 2018年7月:輸入額340億ドル相当の818品目に対する追加関税(リスト1)
  • 2018年8月:輸入額160億ドル相当の279品目に対する追加関税(リスト2)
  • 2018年9月:輸入額2,000億ドル相当の5,745品目に対する追加関税(リスト3)
  • 2019年9月:輸入額1,100億ドル相当の3,243品目に対する追加関税(リスト4A)
注3:
1962年通商拡大法232条は、特定製品の輸入が安全保障に影響を及ぼすと判断される場合に、政権に関税賦課など輸入制限措置を発動する権限を付与している。トランプ政権は、鉄鋼製品・アルミ製品の米国内生産は安全保障上不可欠だとした上で、輸入増加および中国を中心とした過剰生産により米国内産業が損害を受けていることを理由に、2018年3月に鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税の賦課を開始した。
注4:
1974年通商法201条は、特定製品の輸入急増により国内産業が深刻な損害を受けた場合やその恐れがある場合に、政権に緊急輸入制限(セーフガード)を発動する権限を付与している。トランプ政権は、中国メーカーが製造する低価格・低効率製品な太陽電池・パネルの輸入急増に対応するため、2018年2月に太陽電池・パネルに対する追加関税の賦課を開始した。
注5:
公聴会が開催された2022年6月の米国のCPI(消費者物価指数)は前年同月比9.1%上昇と、1981年11月の9.6%以来40年ぶりの9%台を記録した。301条関税はインフレ要因の1つに挙げられ、議会からはインフレ抑制を目的に301条関税の見直しを求める声が上がっていた。タイUSTR代表は、中国との戦略的競争という大局的観点で301条関税の必要性を訴えた。
注6:
WTO加盟国を原産地とする輸入貨物に対し、一定以上の関税を賦課しないことを約束(譲許)すること。
注7:
米国の関税体系は、PNTRのステータスを与えられた国や自由貿易協定(FTA)などに基づくMFN税率が適用される国向けの関税率(コラム1)と、コラム1に含まれない特定国向けの関税率(コラム2)に分かれている。米国は中国が2001年にWTOに加盟したことに伴い、同国にPNTRのステータスを与えた。
注8:
ジェトロの2023年11月の米国進出日系企業(複数社)へのヒアリングに基づく。
注9:
UFLPAは中国の新疆ウイグル自治区で生産などした製品や、UFLPAエンティティーリストに掲載された企業・団体などが生産などした製品の米国への輸入を原則禁止する。詳細は本特集「施行2年目の米ウイグル強制労働防止法」参照。
注10:
ジェトロの特集ページ「2024年米国大統領選挙に向けての動き」では、大統領選挙に関する最新動向を随時紹介している。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ北九州を経て、2022年5月から現職。