米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築輸出管理、ルール改定のみならず執行面も強化の傾向(米国)
2024年1月15日
米中対立が激化し始めたトランプ前政権以降、米国の輸出管理政策は明確な戦略をもって活用されるようになった。その転換点は、2019~2020年にかけて中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に適用した域外適用ルールだ。2021年にバイデン政権になってからも、ウクライナに侵攻したロシアへの制裁、中国向けの先端半導体の関連で厳格な輸出管理規則(EAR)を導入している。さらには、違反者への執行も強化しているのが現状だ。本稿では、その要旨と企業としての対応ぶりを概説する。
域外適用の積極活用が転換点
米国では、デュアルユース品目の輸出管理は連邦規則集の第15編に定められているEARに基づいて、商務省の産業安全保障局(BIS)が所管している。EARの根拠法は1979年に成立した輸出管理法となっていたが、同法が2001年8月に失効してからは、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に発効した大統領令によりEARの延命措置が取られていたのが実態だ。つまり、EARを支える恒久的な法律のない状態が続いていたことになる。極端に言えば、その間において、産業界を大々的に巻き込むほどの脅威が認識されていなかった表れと考えられる。その状況を一変させたのが、トランプ前政権下の2018年8月に成立した輸出管理改革法(ECRA)だ。同法では、国家安全保障の概念に米国が先端技術分野での指導的立場を維持することが含まれるとともに、外国による対米投資規制を補完するかたちで運用されることが明記された。また、技術進歩にも対応するために、所管する商務省に「重要技術」と「新興技術」を特定していく義務も課した。この点は特に、連邦議会から期待された点だ。このように議会が超党派で踏み込んだ法律を作った背景に、戦略的競争相手と位置付ける中国やロシアの存在があったことは下院金融サービス委員会のパトリック・マクヘンリー委員長(共和党、ノースカロライナ州)など一部の議員が指摘している点である。
ECRAが一朝一夕にEARを変革したわけではないが、同法の成立以降、BISが積極的なEARの運用や規則改定を行っていったことは間違いない。その転換点といえるのが、2019年5月に、中国の通信機器大手であるファーウェイと同関連会社をエンティティー・リスト(EL)に加えた件だ。ELとは、米国政府が「米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する行為に携わっている、またはその恐れがある」と判断した団体や個人を掲載したリストとなる。効果としては、本来はBISの事前許可なく輸出・再輸出・みなし輸出・国内移送など(以下、輸出など)ができる米国製品(物品、ソフトウエア、技術)でも、EL掲載対象の手に渡る場合はBISの事前許可が必要となる。これについては、BISの裁量次第で品目を限定して許可審査手続きを厳しく設定することが可能だ。つまり、EARの対象となる全ての製品について、許可申請をしても事業体によっては「不許可(policy of denial)」とすることもできる。
また、米国外で生産された製品についても、特定の米国製技術・ソフトウエアを用いている場合は、EARの対象とする「外国直接製品(FDP)ルール」を設定することもできる。一種の域外適用だ。BISは2020年5月、ファーウェイに対してこのFDPルールを導入した(2020年5月19日付ビジネス短信参照)。背景には、米国の半導体メーカーが規制迂回のために、米国外の生産拠点からファーウェイに製品を納入し続けていたことに対処する狙いがあった。この域外適用のFDPルールは、その後も積極活用されるようになる。BISは2022年2月以降、ウクライナへの侵攻を続けるロシアと同国を支援するベラルーシ向けに強化したEAR(2022年4月12日付ビジネス短信参照)や、2022年10月に施行した中国向けの先端半導体関連のEAR(2022年10月11日付ビジネス短信参照)でも、このFDPルールを導入して、輸出管理の効果引き上げを図っている。その分、該当する製品の生産に関与する企業にとっては、製造装置や設計に利用するソフトウエアにまでさかのぼって、BIS指定の技術・ソフトウエアが用いられていないかを確認する必要に迫られることになった。
米国政府は、輸出管理をはじめとする経済安保措置は「小さな庭に高い柵を立てる(small yard, high fence)」との概念の下、真に安全保障に脅威のある分野に限定して厳しい措置を課す方針であり、通常のビジネスへの影響は極力避ける、と説明している。他方、産業界からは度々、新しい措置は産業界との事前調整がなく、複雑かつ解釈が難解との不満の声が上がっている。さらに、米国だけが先行して規制を強化すれば、それにより失ったビジネスを他国の企業に奪われるとの懸念から、同盟・友好国と歩調を合わせた導入を志向するよう、強く政権に要請している。このように、この5年ほどで米国政府がルールを強化したことを受けて、輸出管理政策はグローバルなサプライチェーンに直接的に影響する重要イシューに発展したといえる。
強化される執行体制と増加する違反事例
FDPルールを伴うELの積極活用だけでも、関連する企業にとっては十分な萎縮効果があるが、バイデン政権に入ってから米国政府は執行面でも踏み込んだ対応に着手した。具体的には、罰則ルールの改定と違反事例の取り締まり体制の強化となる。BISは2022年6月に、執行強化のためのEARの改定を行った(表1参照)。
改定項目 | 内容 |
---|---|
違反認定通知状の公開 | 従来は事案決着まで公開していなかった違反認定通知状を発行時点で公開する。従来どおりだと、違反審査の対象者に事案解決のインセンティブが働かない、大衆が法令順守を向上させるための情報にアクセスできない、といった問題があった。 |
重い罰則の適用 | 深刻度の高い違反には、それに比例して重い罰則を適用する。 |
非金銭的和解手段の活用 | 違反が国家の安全保障に重大な損害をもたらすものではない場合に、非金銭的な和解手段を提示する。例えば、EARに関する研修や順守を約束する代わりに、執行猶予付き輸出特権の停止などの手段を講じる。 |
「違反を認めないが否定もしない」和解手段の撤廃 | 企業・個人がEAR違反を認めないが否定もしないかたちで和解に応じ、その分、罰則を軽減していたが、これを撤廃する。 |
自主開示にデュアルトラックの手続きを用意 | 企業・個人が自らEAR違反が疑われる情報を開示し違反が軽微な場合は、申請から60日以内に警告状(warning letter)か不問状(no-action letter)を出して事案を解決する。一方、違反が深刻な場合は、専門の調査員と商務省首席法務官室の弁護士を任命する。最も深刻な案件には、司法省も弁護士を任命する。 |
出所:米国商務省の公開情報を基にジェトロ作成
違反行為の深刻度が高い案件は重罰化するとともに、軽い案件に対しては金銭的懲罰よりも、再発防止に効果のある和解手段が導入された。また、BISは違反行為の自主開示を重視しており、違反が軽微なものは迅速に処理し、深刻なものは慎重に調査を行うデュアルトラックの手続きを行っている。さらには2023年4月に、特に違反が深刻な案件の自主開示件数を向上させるために、公表した覚書を通じて、適時で包括的かつ当局に協力的なかたちでの自主開示は罰則の軽減・猶予につながるとして積極的に奨励している。逆に、違反を関知しながら自主開示しなかった場合は、罰則の加重要素になる点も明らかにした(2023年4月20日付ビジネス短信参照)。覚書では、他者による違反行為を関知した場合にも匿名のチャンネルを利用して通報するよう呼び掛けている。BISはこのようなかたちで、執行面でのリソース不足を補うとともに、違反事例摘発の効果を上げる取り組みを行っている。
取り締まり体制の強化については、注目の動きが2点ある。1点目が、2022年6月に発表された、米国内の大学・研究機関からの技術流出を防ぐための「アカデミック・アウトリーチ・イニシアチブ」の立ち上げだ。BISは、技術の進歩により軍事転用可能な技術と民生用技術の境界線があいまいになる中、大学・研究機関発の技術であっても米国の国家安全保障に脅威となるかたちで流出する恐れがあることに加えて、外国に対しても開かれた交流環境がそれを助長する点を指摘し、支援に取り組むとしている。2点目が、2023年2月に発表された、米国の主要12都市圏(注1)を中心に、省庁間で連携して外国の敵対者による米国技術の取得を阻むための「破壊的技術ストライクフォース」だ。BISは敵対者として、中国、イラン、ロシア、北朝鮮を挙げている。具体的には、BISと司法省国家安全保障局がかじ取りを行い、連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省国土安全捜査局(HSI)および12都市圏に所在する14の連邦検事局でインテリジェンスを共有して執行の効果を上げるとしている。同年5月には、その成果として5件の刑事訴追を行ったことが明らかにされた。BISを中心とした違反取り締まりの意識の高まりもあってか、近年、高額な罰金を伴う輸出管理違反の事例が複数、公開されている(表2参照)。また、企業にとどまらず、BISは違反を行った個人に対しても、積極的に取り締まりおよび罰則適用を行っている。
年月 | 違反者 | 罰則内容 |
---|---|---|
2022年6月 | クイックシルバー・マニュファクチャリング、ラピッドカット、U.S.プロトタイプ(米国) | 中国向けの設計図などの輸出がEAR違反とされ、3社の輸出特権を180日間停止する暫定拒否命令(TDO) |
2022年8月 | ファーイースト・ケーブル(中国ケーブル製造最大手) | ZTEとイラン企業との取引への関与の疑いで、違反認定通知状(Charging Letter)を発行 |
2023年2月 | 3Dシステムズ・コーポレーション(米国) | 中国、ドイツ向けデータの輸出がEAR違反とされ、罰金約278万ドル、商務省規定の研修プログラム完了を義務付け |
2023年4月 | マイクロソフト(米国) | キューバ、イラン、シリア、ロシア向けソフトウェアのEAR違反輸出、制裁違反で、罰金330万ドル超(ただし、自主開示で罰則軽減) |
2023年4月 | シーゲイト(米国) | ファーウェイ向けHDD輸出がEAR違反とされ、罰金3億ドル(過去最高) |
出所:米国商務省の公開情報を基にジェトロ作成
デューディリジェンス対応を迫られる企業
BISのルール改定や執行強化に伴い、国をまたいだサプライチェーンを抱える企業にとっては留意すべき取引先、取扱品目、取引形態などが拡大しているのが実態だ。無論、国家安全保障は安定したビジネス環境を支える基盤であり、それを確かなものとするための法令を順守することは当然の責務となる。他方で、複雑かつ頻繁に改定されるルールを正確に理解し、コンプライアンス体制を整えるに当たっては、投じることのできるリソースによって企業ごとに対応の差が出てしまう。また、そうしたコンプラの煩雑さを忌避したり、違反のリスクを過度に意識して萎縮したりするがために、本来は適正な手続きを踏めば問題なく実施できるビジネス機会を断念することにもつながってしまう。このような困難な状況に企業はどう対応しているか。ジェトロがさまざまな企業にヒアリングを行ったところ、おおむね図のようなパターンに類型化される。
一般的に、自社が取り扱う品目のうち、輸出管理法令に抵触し得る品目が少ない、そのリスクが相対的に低い場合は、自社のみで公的ツールを使って該否判定を行う。よって、かかるコストも少なくて済む。米国の場合は、BISが最近公開したベータ版の新たなBISウェブサイトを通じて、動画も含めて輸出管理手続きに役立つ情報を提供している。その中には当然、輸出先として留意すべき事業体が掲載されているELも含まれている。また、BISは判断に迷うことがあれば躊躇(ちゅうちょ)せずにコンタクトするよう奨励しているので、具体的な品目についての質問があれば、直接問い合わせることも一手だ。BISに連絡を取ったがために、リスクある取引に関与しているとして監視の対象になるといったことはない。そのほか、商務省国際貿易局は、EL掲載の事業体のみならず国務省、財務省が制裁対象とした事業体も検索ができる「統合スクリーニングリスト(CSL)」を公開している(注2)。
取扱品目の数も多く、サプライチェーンも複雑化し、法令抵触リスクが高まっていくと、公的ツールのみでの迅速な判断ができないということで、民間企業が提供するサービスも活用するパターンが増える。中には、民間企業の人工知能(AI)ソフトウエアを活用して、自社独自のデータベースを構築する企業もある。さらに、自社では対応が困難といった場合は、専門のリスク調査会社などに委託をして判断を仰ぐことになるが、その分、コストはかさむことになる。ここで述べたのはあくまで一般論であり、実際には企業ごとの人的・資金的リソースの制約や、取扱品目のサプライチェーンの複雑さ・リスク度合い、取引先の信用度などの観点から総合判断して、自社に最適な組み合わせを探っていくことになる。なお、経済安保に関する社内体制の構築については、2023年8月29日付地域・分析レポートが詳しい。
2024年11月には、米国大統領選挙が控えている。一般的に、選挙前には対中強硬論が盛り上がる傾向がみられる。実際、既に共和党からの立候補者らは、自身が当選すれば中国との恒久的正常貿易関係を撤廃して対中輸入に高関税を課すことや、輸出管理を強化することを主張し始めている。米国連邦議会からも、BISの対中輸出管理は不十分と批判し、より厳格な方向に改革するよう迫る報告書が出されている。引き続き変化が見込まれる米国の輸出管理政策に備えて、柔軟に対応できる態勢を整えることが急務だ。
- 注1:
- アトランタ、ボストン、シカゴ、ダラス、ヒューストン、ロサンゼルス、マイアミ、ニューヨーク、サンノゼ、フェニックス、ポートランド、首都ワシントン。
- 注2:
- CSLの利用については、ジェトロが公開している利用ガイド調査レポート「米商務省国際貿易局 統合スクリーニングリスト(CSL)の利用ガイド」も参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部米州課 課長代理
磯部 真一(いそべ しんいち) - 2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ニューヨーク事務所での調査担当などを経て、2023年12月から現職。