自動車原産地規則が与えた影響(米国)
USMCA発効から3年(前編)

2023年8月8日

米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が2020年7月1日に発効してから、3年が経過した。その前身である北米自由貿易協定(NAFTA)からの主要な変更点の1つとして、自動車分野の原産地規則(ROO)の厳格化が挙げられる。NAFTA再交渉を持ち出した米国のトランプ前政権の狙いは、北米3カ国域内(以後、域内)ひいては米国内に自動車生産のサプライチェーンを呼び込むことにあった。果たして、実態はその目的に近づいているのか。ROOの影響を中心に、この3年間を振り返って検証する。

米国内への自動車生産能力回帰が狙い

NAFTA再交渉は、米国のドナルド・トランプ前大統領が選挙時から公約に掲げていた取り組みだ。実際に、トランプ大統領は当選後、米国のNAFTA離脱までちらつかせ、カナダとメキシコを再交渉の席に着かせた。2017年8月に開始した再交渉は、その途中でメキシコの政権交代や米国連邦議会の党派構成の変遷などを経て2年を超える時間を要したが、2019年12月に妥結に至り、3カ国それぞれの国内批准を経て2020年7月1日に発効した。

トランプ前政権が再交渉に強くこだわった背景には、NAFTAによって製造業、中でも自動車分野の雇用が賃金の安価なメキシコに流出したという強い不満があった。そこで同政権は、北米3カ国間の貿易で無関税が適用されるためのROOを厳しくすることでその流れを逆戻りさせ、米国の製造業への投資を活性化することを再交渉の最大の狙いにしたと言える。この目的については、トランプ前政権で再交渉を主導した、当時のロバート・ライトハイザー通商代表部(USTR)代表が、フォーリン・アフェアーズ誌(2020年7・8月号)に寄稿した論文で次のとおり明白に述べている。

  • トランプ大統領の当選前に、北米で建設された11の自動車工場のうち、9カ所はメキシコであった。それにもかかわらず、メキシコで製造された自動車の80%は米国で販売されている。
  • 米国は1994年以降、自動車産業全体の3割にあたる35万人の雇用をメキシコに奪われた。
  • USMCAは、(域内貿易で自動車が)関税を免れるための域内付加価値割合を75%と高い水準に設定した。さらに、最も付加価値の高い部品や鉄鋼・アルミニウムの域内付加価値割合についても、最低限の水準を設定した。
  • USMCAでは、自動車〔乗用車・スポーツ用多目的車(SUV)含む〕はその価値の40%が、小型トラックは45%が、時給16ドル以上の労働者によって製造されなければならないという賃金の底辺への競争を抑止する基準を盛り込んだ。これにより企業にはメキシコのみならず、カナダと米国にも新たな投資を行うインセンティブが生まれる。

NAFTAと比べて特に厳しい内容に改正されたのが自動車分野のROOだ(詳細については、2019年5月8日付地域・分析レポート参照)。要約すれば次の4つの条件を全て満たす必要がある。

  1. 域内原産割合(RVC)が純費用方式(NC、注1)で75%以上
  2. 重要な自動車部品(コアパーツ)が全て域内原産品
  3. 完成車メーカーが購入する鉄とアルミニウムの7割が域内原産材料
  4. 直接工の賃金(時給)が16ドル以上の地域の付加価値(労働付加価値割合:LVC)が40%(乗用車・SUV)もしくは45%(小型トラック)以上

NAFTAでは、基本的にRVCで62.5%以上を達成していれば域内原産と認められていたことからすれば、要件が格段に厳しくなったことが分かる。この大きな変化を受けて、域内の自動車産業からは、USMCA発効前から、ROO達成のために既存のサプライチェーンを組み替えるか、諦めて完成車にかかる関税を受け入れるかの2択を迫られているようなものだ、と懸念する声が聞かれていた。なお、米国が完成車に課している最恵国(MFN)関税率(注2)は乗用車が2.5%、トラックが25%となっている。米国で購入されているトラックの多くは米国産であるため、メキシコまたはカナダで生産した自動車を米国に輸出する場合は、もっぱら乗用車の関税率2.5%が問題となる。

USMCA発効後の動き

USMCAが発効した後、実際にどのような変化が表れたのか。貿易統計やジェトロが日系企業から受けた相談内容から、この3年間の傾向を読み解きたい。まず、米国政府の公開資料の中で参考になるのが、米国国際貿易委員会(ITC)が2023年6月末に連邦議会へ提出したUSMCAの自動車ROOによる米国経済への影響に関する報告書だ(2023年7月4日付ビジネス短信参照)。報告書が対象としたのは2020年7月から2022年12月までの2年5カ月にとどまることや、自動車ROOの一部がまだ完全施行に至っていないこともあり、分析結果には限界があるとしつつも、一定の変化が見られた、と論じている。全体的な傾向をまとめると、表1のとおりだ。ROOを満たすために、エンジンやトランスミッションなど重要パーツの調達を域外から域内に切り替えるシフトが起きたことで、米国内でも部品生産にかかる雇用増、完成車の生産増が見られた。しかし一方で、域内での完成車の生産コストが増えたため、結果として域外から米国への完成車輸入が増加したとしている。逆に、域内であるカナダとメキシコから米国への完成車輸入は減少した。

表1:USMCA自動車原産地規則の影響の推測値(△はマイナス値)
項目 推測値
非USMCA締結国からのエンジン輸入基数 △ 431,853
非USMCA締結国からのトランスミッション輸入基数 △ 55,195
USMCA締結国からの乗用車輸入台数 △ 4,748
非USMCA締結国からの乗用車輸入台数 1,125
米国内の部品生産における雇用人数 3,877
米国内の完成車生産における雇用人数 35
米国内の部品生産における賃金(100万ドル) 239
米国内の完成車生産における賃金(100万ドル) 3
米国内の完成車生産における収益(100万ドル) 81
米国内のエンジン生産における収益(100万ドル) 1,525
米国内のトランスミッション生産における収益(100万ドル) 102
完成車の平均価格(ドル) 3
米国内での完成車生産の合計台数 1,464

注:2020年7月1日から2022年12月31日までの変化。
出所:ITC報告書からジェトロ作成

つまり、域内からの輸入の一部が域外からの輸入に置き換わったことになる。ITCはその要因として、カナダとメキシコで一部車種の生産コストが上がったことや、場合によってはROOを満たせず特恵関税(無関税)が適用されないことで、対米輸出において域外からの完成車との価格競争で劣後する結果になった、と分析している。ROOが満たせない点については、メキシコでその傾向が顕著になっていることが、米国の輸入統計からわかる。表2のとおり、NAFTA時代(2019~2020年)には特恵関税を利用しないメキシコからの乗用車輸入台数は全体の4.4%であったのが、USMCA発効以降、毎年その割合は増えている。直近の2022年7月~2023年5月の約1年間ではほぼ5台に1台は特恵関税を利用できていない。一方で、カナダからの輸入については、USMCA発効直後にいったんは特恵関税を利用しない輸入が増えたものの、その後は減少傾向にあり、メキシコと対照的な傾向が出ている。

表2:メキシコとカナダからの乗用車(HTSコード:8703)輸入におけるNAFTA・USMCAの特恵関税利用状況(単位:台数、%)
輸入元 特恵利用/非利用 2019~2020年 2020~2021年 2021~2022年 2022~2023年
メキシコ 特恵利用 1,663,310 1,609,642 1,364,219 1,367,817
特恵非利用 75,773 252,084 263,765 338,241
特恵非利用の割合 4.4% 13.5% 16.2% 19.8%
カナダ 特恵利用 1,263,345 1,195,863 992,126 919,354
特恵非利用 3,833 38,524 27,478 13,328
特恵非利用の割合 0.3% 3.1% 2.7% 1.4%

注1:各年は7月~翌年6月の1年間。2019~2020年はNAFTA時代のデータ。
注2:2022~2023年のみ2023年6月のデータ未公表のため同年5月までの11ヵ月のデータ。
出所:米国国際貿易委員会(ITC)

ここから導かれる推論としては、カナダでは元々、部品レベルから域内で調達するサプライチェーンが構築されていた一方、メキシコでは域外から輸入していた部品が多く、USMCAで厳格化されたROOに対応するためのサプライチェーンの再編が間に合っていないということだ。実際に筆者も、USMCA発効直前から現在にかけて、日系部品・素材メーカーからUSMCAに関する照会を受けており、最も多い照会は、これまで域外から輸入していた部品をメキシコで生産する場合にどうすればROOを満たせるか、という内容である。細分化すれば、自社が扱う製品の品目別原産地規則(PSR)が協定のどこに記載されているのかという内容から、これらの中間財を域外から輸入してメキシコで最終製品に組み立てた場合にROOを満たせるか、関税分類変更基準が利用できない場合、ほかにROOを満たせる手段はあるか、といった内容までさまざまだ。これらの動きの背景には、部品・素材メーカーが、完成車メーカーまたはティア1の部品メーカーから、域内での生産に切り替えるよう要請があった、と考えられる。もしそうであれば、まずは賃金が域内で相対的に低いメキシコでの生産を検討するということで、まさに、ROOを満たせるかの検証をしている過渡期にあると言える。

もう1つ、メキシコでの完成車の一部がROOを満たせていないと考えられる要因は、米国がROOの一部を極めて厳格に解釈・適用している点だ。具体的には、上述した4条件の2点目に関するもので、ROOを定めたUSMCA第4章で「コアパーツ」と指定された7部品(注3)のRVCの算定に関する解釈問題となる。まず、関税分類変更基準が利用できる先端バッテリー以外は、部品ごとに設定されたRVCを達成しなければならない。この点は3カ国で争いはない。しかし、いったんRVCを満たしたコアパーツを完成車に組み込む際に、非原産材料が含まれていても部品全体の価格100%をRVCとして計上できるか(いわゆるロールアップ方式)、それとも非原産材料の価格はRVCへの計上から控除すべきかで解釈が分かれている。メキシコとカナダが完成車のROOを満たしやすい前者のロールアップ方式を主張する一方、米国はより厳格な後者が正しいと主張し、USMCAの紛争解決パネルにまで持ち込まれることになった。結局、2023年1月に公表されたパネルの最終報告で、米国の敗訴が確定した(2023年1月13日付ビジネス短信参照)。しかし、2023年7月時点で米国がパネルの裁定に従っている様子はなく、USTRの高官は「カナダおよびメキシコと、北米での自動車生産と雇用を促進し、全加盟国と利害関係者を利する解決策を探すべく協力している」と述べるにとどまっている(政治紙「ポリティコ」電子版2023年7月6日)。

2027年のROO完全施行に向けた見通し

このように3年間を振り返ると、トランプ前政権が当初描いていた、メキシコからの完成車輸入を遮断し、同国に流れた自動車生産能力や雇用を米国に引き戻していくという狙いについては、一定程度、方向付けができたように見える。ITCの報告書でも、ROOの4条件の4点目であるLVCに関する条件が、賃金の安いメキシコより、米国とカナダで自動車生産を行うことを促した、としている。一方で、ROOの影響で米国内でも生産コストが上がっていることが今後、米国に不利な状況を生み出す可能性も出ている。ITCが上述の報告書作成のためにヒアリングをした米国完成車メーカーの中には、ROOを満たすコストが高くつくことから、カナダとメキシコへ輸出する完成車を米国原産ではなく、域外原産のものに切り替えることを検討しているメーカーも出てきている。域内でそうした動きを後押しする要因として、まだ完全施行されていないROOの条件が挙げられる。上述した4条件の3点目にある「完成車メーカーが購入する鉄とアルミニウムの7割が域内原産材料」という条件だ。これについては、現時点では経過措置として、USMCA第4章に記載の各鋼材のPSRを満たしたものを調達することでよいとされている。つまり、炭素鋼であれば最初の圧延工程(熱間圧延工程)から、特殊鋼についてはスラブやビレットなど中間材料の鋳造工程から域内で行われていればよい。しかし、2027年7月以降には、いずれも最初の鋳造工程から域内で行われることが必要となる(注4)。自動車産業向けのスラブやビレットの北米域内の供給能力は現時点で不足しているため、今後は現時点以上に、ROOを満たして完成車の域内原産性を獲得することが困難かつ高コストになる。

これを見越して、メキシコで戦略的な投資に踏み切る鉄鋼メーカーが出てきている。イタリア・アルゼンチンの鉄鋼大手テルニウムは2023年6月、電気アーク炉(EAF)の製鋼所の建設地をメキシコに決定したことを発表した(2023年6月29日付ビジネス短信参照)。同社は投資決定の要因としてUSMCAも挙げており、操業開始も2026年上半期予定と、ROOの完全施行を意識したスケジュールになっている。こうした動きに加えて今後、上述したメキシコでの生産でROOを満たせるかの検証を終えて、同国にサプライチェーンを移管する企業も出てくることが考えられる。ジェトロが2022年9月に実施した在米日系企業を対象とした実態調査「2022年度 海外進出日系企業実態調査(北米編)(2022年12月)」でも、サプライチェーンの変更を検討する企業のうち、生産地の変更先をメキシコと回答した企業数が相対的に多かった(表3参照)。見直しの最大の理由は「人件費の高騰」であり、米国と比べて依然として、高い競争力を有するメキシコが有望な移管先の1つとなっていると考えられる。例えば、完成車メーカーではゼネラルモーターズ(GM)が2021年4月と早い段階で、メキシコ北部コアウイラ州のラモスアリスペ市の工場に10億ドル以上を投じて、電気自動車(EV)および同バッテリーなど部品の製造ラインを構築することを発表している。USMCAが検討材料となったかどうかに言及はないが、やはり総じて米国よりも安価な生産コストが決め手になったとみられる。全米自動車労働組合(UAW)は、GMの発表を受けて、米国で販売されているGMのメキシコ産自動車は本来、米国内で生産されるべきだとして、同社を強く批判する声明を出している。このように、時間の経過とともに、ROOを満たせるサプライチェーンがメキシコに集約し、再びUSMCAの特恵関税を利用したメキシコから米国への完成車輸入の割合が増えるというシナリオも十分あり得るだろう。

表3:在米日系企業における生産地変更の検討状況(-は値なし)
項目 国・地域名 変更後の生産地
米国 ASEAN メキシコ 日本 メキシコ
を除く
中南米
その他 未回答 総計
変更前の生産地 米国 8 6 11 5 2 4 2 38
日本 6 4 3 2 1 16
中国 2 5 2 1 3 1 14
メキシコ 1 1 1 3 6
ASEAN 2 1 3
欧州 1 1 2
その他 1 1 2 4
総計 20 17 16 6 3 11 10 83

注:調査時期は2022年9月8~30日。
出所:ジェトロ「2022年度 海外進出日系企業実態調査(北米編)」アンケート結果を基に作成

そもそも、価格の高い乗用車においては、域内貿易における関税をUSMCAの活用でゼロにできるか否かはコスト上、重要な要素となる。これまで見てきたとおり、それを実現するためのROOがテコとなり、企業のサプライチェーンが一定程度、変更されたことが分かった。しかし、ROOを達成するためのコストが関税免除のメリットを超えるほどの負担になってくると、ROO達成の優先度が低くなることも判明した。また、現時点では関税を受け入れつつ、時間をかけて相対的にコストが低いメキシコに生産能力を移して、将来的にROOを達成する試みと見られる動きも出始めている。よって、必ずしも米国による当初の狙いどおりに事態が動いているわけではなさそうだ。USMCAには、発効から16年経過後に失効するサンセット条項が組み込まれている。ただし、発効6周年目に3カ国で見直しの協議を行い、全加盟国が同意すればさらに16年の延長が可能となる。2026年7月の見直し時に、その時点の米国政府がUSMCAをどう評価し、場合によっては再び協定内容を変更するような交渉を提案することになるのか。ROOの完全施行に向けた、今後の域内のサプライチェーンの変動に注目だ。


注1:
FOB取引価額から利益を除いた総費用から、販売促進費、マーケティングおよびアフターサービス関連費用、使用料、輸送費および梱包(こんぽう)費ならびに不当な利子を減じた純費用(NC)を分母とし、純費用から非原産材料価額(VNM)を控除して残った付加価値が純費用の何%に相当するかで計算する方式。計算公式は以下のとおり。RVC(%)=(NC-VNM)/NC×100
注2:
WTO加盟国からの輸入に適用される関税率。
注3:
エンジン、トランスミッション、車体・シャーシ、駆動軸・非駆動軸、サスペンション、ステアリング、先端バッテリーで、それぞれネットコスト方式で75%か取引価格方式で85%となる。ただし、EV用先端バッテリーのみ、関税分類変更基準の適用が可能。1種類でもRVCが満たせない場合、完成車の無関税での貿易は認められないが、救済規定として7種類全てを1つのパーツ(スーパーコア)と見なして全体でRVCを満たしていれば、条件をクリアしたと見なされる。取引価格方式とは、FOB取引価額(TV)から非原産材料価額(VNM)を控除して残った付加価値で判断する基準。
注4:
ただし、厳格化されるのは、あくまで完成車の北米産を判断する要件の1つの「鉄・アルミ要件」の観点で、それぞれの品目別原産地規則(PSR)自体は変更されない。つまり、自動車部品メーカーが鋼材を調達する際などは、完成車の鉄・アルミ要件とは関係がないため、その原産性を判断する基準としては、2027年7月以降も炭素鋼が最初の圧延工程から、特殊鋼が最初の鋳造工程から、域内で行われることが北米原産の要件となる。

USMCA発効から3年

  1. 自動車原産地規則が与えた影響(米国)
  2. 紛争解決制度、労働分野で積極利用(米国)
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。