米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築 申告漏れの取り締まり強化に力点
米国対内投資審査の動向(後編)

2023年10月2日

前編では、FIRRMA(外国投資リスク審査現代化法)の概要やジェトロがこれまでに受けた照会を取り上げた。後編では、審査概要を示した報告書に基づき、審査に関する傾向や国籍・産業分野別にみた動向を中心に、これまでの傾向を取り上げる。また、2022年度報告書で明らかになったCFIUS(対米外国投資委員会)による取り組みの変化にも触れる。

届け出申請数は増加傾向

CFIUSは個別案件については、大統領が阻止したもの以外は公開しないが、全体的な審査概要については毎年夏ごろに公表する年次報告書で明らかにしている。2023年7月に公表された最新の2022年版報告書で特筆すべき点としては、前年に続き審査件数が過去最多を更新したことが挙げられる(2023年8月1日付ビジネス短信参照)。申請の方法は、簡易的な申告(declaration)と、詳細な審査が伴う届け出(notice)の2通りある。2022年は申告が154件(前年164件)、届け出が286件(前年272件)の合計440件で、前年より4件増となった。CFIUSが執行・罰則の方針を明確にしたことや、後述するとおりCFIUSが事後的な捜査を強化していることから、ある程度のリスクがあれば、申請の手間を省くより、正攻法であらかじめ審査を受けておくとの流れが出てきているものとみられる。審査結果としては、全体の58%を、申告における30日間または届け出における第1段階の45日間のうちに承認しており、大統領が阻止した案件はなかった。より詳細に結果を見ると、申告については全154件のうち、50件は正式な届け出を行うよう要請、14件は審査未了、90件を承認、却下はゼロとなっている。届け出については全286件のうち、最終的に40件が取り下げられ、1件を却下している。よって、報告書は承認件数を明示的に記載していないが、245件については最終的に承認したとみられる。これらを総合すると、CFIUSは申請を受けた全440件のうち、335件(全体の76.1%)については何らかのかたちで承認したことになる。

なお、投資企業の国籍別にみた2022年の申請件数(申告と届け出の合計件数)では、シンガポールからの届け出件数が前年比約3倍の37件(前年13件)と大きく増えた以外は、例年と比べて目立った変化はなかった。2022年における申告と届け出を合計した国籍別の上位は表1のとおりだ。この中で、シンガポールと中国は件数の割に簡易的な申告が少ない。おそらく、申告で定められた30日以内に審査が終わらないことを見越して、初めから正式な届け出を行っているものと考えられる。

表1:申告と届け出の合計申請件数が上位の国(2022年)
順位 投資企業の国籍 申告 届け出 合計
1 シンガポール 9 37 46
2 中国 5 36 41
3 カナダ 22 17 39
4 日本 18 15 33
5 英国 8 18 26
6 韓国 11 14 25
7 フランス 9 14 23
7 ドイツ 13 10 23

出所:米国財務省2022年CFIUS報告書

産業分野別にみた2022年の申請件数の上位は表2のとおりだ。やはり、FIRRMAに基づき非支配的投資でもCFIUSの審査対象になるとしたTID(重要技術、重要インフラ、機微な個人情報を扱う)米国事業や、前編で示した2022年9月の大統領令で重点的にフォローすべきとされたマイクロエレクトロニクスや人工知能(AI)、量子コンピューティングなどに関連する業種が多い印象だ。今後も、同様の傾向が続くことが予想される。

表2:申告と届け出の合計申請件数が上位の業種
業種 申告 届け出 合計
科学的研究開発サービス 15 26 41
発電・送配電 15 24 39
ソフトウエア発行 8 20 28
半導体その他エレクトロニクス製造 6 14 20
コンピューターシステム設計その他関連サービス 3 15 18
航行、測定、電気医療、制御機器製造 4 12 16
航空宇宙製品・部品製造 6 10 16
建築、エンジニアリングおよび関連サービス 6 8 14
衛星通信 4 9 13
有線・無線通信キャリア 2 10 12
データ処理、ホスティングおよび関連サービス 6 6 12
不動産賃貸業 5 6 11
マネジメント、科学的、技術的コンサルティングサービス 0 10 10

注:業種の分類は北米産業分類システム(NAICS)4桁の分類による。
出所:米国財務省2022年CFIUS報告書

CFIUSは未申告取引の捜査に力点

2022年版報告書で明らかになったもう1つの傾向が、CFIUSによる未申告取引の事後的な捜査の強化だ。FIRRMAにより、当該捜査を担当する財務省投資安全保障局(OIS)の予算・人員が拡充されたことが要因と考えられる。実際に、2021年ごろから米国の法律事務所は、CFIUSが事後的に捜査を行う案件が増えている点を指摘していた。財務省は未申告取引を「任意の申請が行われなかったか、CFIUSの審査を受けたもののセーフハーバー(注)が付与されなかった取引」と定義している。さらにそれは、事前の届け出が義務ではないもの(non-notified transactions)と、義務であるもの(non-declared transactions)に分かれる。届け出が義務であった場合は当然、法令義務違反を構成し罰則の対象となり得るが、いずれの場合においても、CFIUSの手続きは共通している。

第1段階として、CFIUSは、あらゆる情報源から、懸念のある取引を絞り込んでいく。情報源には企業のプレスリリースやメディア報道、証券取引委員会への提出書類など公開情報のみならず、一般からの情報提供など非公開のものも含まれる。つまり、競争相手や内部関係者など取引に不満を持つ関係者からも通報され得る。米国法律事務所によれば、一般からの情報提供が事後的な審査につながった事例は多数あるとされる。

この情報収集と分析の結果、当該取引について安保に脅威となり得る取引と判断した場合、次の段階に進む。

第2段階では、CFIUSが、取引対象となった米国企業に直接連絡を取ることになる。主にメールの形態をとることが多いとされ、見落とさない注意が必要だ。CFIUSは、取引がCFIUSの管轄に属する「審査対象取引」に該当し、米国に脅威を与えるものかを判断するために多数の質問を投げかける。質問内容には、取引に関与した外国の投資家や最終的な所有者、投資案件のポートフォリオなどが含まれる。

最終段階として、前述のやり取りを経て、「審査対象取引」に該当すると判断した場合、CFIUSは正式な届け出を行うよう要請する。以降の流れは、通常の審査と同様となるが、完了までにCFIUSが暫定的に事業の統合を差し止めるなどの措置に出ることはある。また最終的には、何らかのリスク軽減措置を提示される場合が多いとされる。CFIUSが事後的に捜査に乗り出した取引は、そもそも脅威の可能性があるために狙いをつけられたからだ。CFIUSが提示する軽減措置はさまざまだが、2022年版報告書では合計で52件において、次に例示されたような軽減措置が合意されたとしている(参考参照)。軽減措置の例には、米国政府との直接的または間接的な取引に関与する場合の制約が少なからず含まれており、投資先の米国企業が米国政府と何かしら取引を行っている場合には、CFIUSは特に警戒感を高めるものと考えられる。

参考:CFIUSと投資企業が合意したリスク軽減策の例

  • 特定の知的財産権、企業秘密、技術情報の移送・共有の禁止または制限。
  • 米国政府またはその契約業者との既存または将来の契約や米国政府の顧客情報、その他機微な情報の取り扱いに関するガイドラインと規則の制定。
  • 特定の技術、システム、施設または機微な情報へのアクセスの、許認可を受けた人物のみへの制限。
  • 特定の施設、設備、事業の拠点を米国内のみに限定。
  • データストレージの移転につき、事前に米国政府へ通知するとともに米国政府から異議なしとの了解を取得。
  • 特定の人員の採用の制限。
  • 外国からの影響を制限しコンプライアンスを確保するための企業内での安全保障委員会や議決権信託その他の枠組みの設立(米国政府が承認する安全保障担当官または取締役の選任、安全保障対策方針や年次報告書、独立の監査の要請なども含む)
  • 外国籍保有者が(投資先の)米国企業を訪問する場合の、安全保障担当官、第三者監査役または適切な米国政府関係者への事前の通知と承認の取得。
  • 米国政府へ販売する製品・ソフトウエアの統合性を確保するための安全対策。
  • (投資先の)米国企業の所有権に変更が生じた際の、顧客または適切な米国政府関係者への通知。
  • 米国政府に対して定められた期間に供給を継続することを保証、一定のビジネス上の決定を行う場合は事前の通知・相談、当該企業がビジネスから撤退する場合に米国政府に一定の権利を担保。
  • 米国政府への供給に影響を及ぼし得るまたは国家安全保障上の懸念を生じさせ得る計画についての会議の開催。
  • 取引内容からの特定の機微な米国内資産の除外。
  • 特定の製品・サービスを許認可を、受けた業者のみが供給するよう制限。
  • 外国投資家による(投資先の)米国企業の持ち株比率の上昇などの際に、事前に適切な米国政府関係者へ通知し承認を取得。
  • 外国投資家による(投資先の)米国企業の全部または一部の売却。

出所:米国財務省2022年CFIUS報告書

また、当初は、米国の安全保障に脅威を与えない想定の下で完了した取引であっても、CFIUSが張り巡らす情報網を通じて脅威の可能性を関知した場合、取引を断念せざるを得ないような事態に発展する可能性があることに留意が必要だ。

議会は農業分野に警戒感

連邦議会上下両院の超党派の議員らは2023年1月、「外国敵対勢力リスク管理(FARM)法案」を両院で提出した(2023年1月27日付ビジネス短信参照)。法案は、(1)CFIUSの委員に農業長官を加えること、(2)CFIUSは米国の農業事業が外国の支配下に置かれる可能性のあるあらゆる投資を審査すること、(3)農業システムとサプライチェーンを「重要インフラ」「重要技術」の定義に含めること、を政権に義務付ける内容となっている。

背景には、中国企業が米国の農地や農業関連企業を買収する案件が増えている事情がある。最近では、中国化学大手の阜豊集団がノースダコタ州の農地を買収してトウモロコシ加工工場を建設しようとした件で、この農地が米国の空軍施設に近接していたため、CFIUSが審査を行った。CFIUSはこの買収を承認したが、このことが法案起草の機運を高める結果となったと考えられる。現時点では、法案提出後に目立った動きは出ていないが、議会が毎年度必ず成立させなければならない、国防授権法案や歳出法案など大型の法案に付帯させて成立するシナリオは考えられる。また、上院民主党は、中国との長期的な競争を念頭に置いた「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」に続く第2弾の法案を起草する考えを明らかにしており(2023年5月8日付ビジネス短信参照)、こちらに付帯する可能性もあるだろう。

バイデン政権は、経済安全保障について、デリスキングの考えの下で的を絞った措置を講じていくとの方針だが、議会の問題意識も相まって、措置の対象や執行の範囲は拡大こそすれ、縮小することは考えにくいだろう。


注:
CFIUSが全ての審査を完了するか、大統領が取引阻止の権利を行使しないことを決定した場合、取引の当事者が受領する文書で、特段の事情がない限り、それ以降、CFIUSが審査を行わないことを保証する効果を有する。
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。