特集:半導体競争、技術覇権を制するのは始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は(米国)

2023年5月8日

米国では2022年8月に、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法、注1)が成立した。バイデン政権は同法を通じて、今後5年間で連邦政府機関の基礎研究費に約2,000億ドル、国内の半導体製造能力の強化に約527億ドルを充てることを決定した。合計約2,800億ドルに及ぶ大型予算は、中国との長期的な競争を見据えたものだ。

このうち、半導体製造能力の強化は、産業政策にとどまらず、経済安全保障を強化する狙いを含んでいる。本稿では、CHIPSプラス法の成立に至った経緯や、CHIPSプログラム(注2)に対する関係者の反応に触れながら、2023年2月に始動した同プログラムが半導体のグローバル・サプライチェーンに与える影響について考察する。

国防のための産業振興

トランプ前政権下の2021年1月に、2021年度国防授権法が成立した。同法の一部に含まれるかたちで成立したのが、アメリカCHIPS法(CHIPS for America Act)だ。2021年度国防授権法の9901~9908条が、アメリカCHIPS法の規定に該当する。これにより、国内半導体製造に対する連邦資金の付与が認められた。9902条には「商務省は半導体の製造、組み立て、検査、先端パッケージング、または研究開発に関する米国内の施設や装置への投資を促すために、資金援助プログラムを立ち上げる」と明記されている。毎年度の国防予算の大枠を定める国防授権法の中に、半導体産業の振興が盛り込まれたことは、半導体産業がそれだけ国防と密接に関わっていることを意味する。CHIPSプラス法に含まれる約527億ドルは、アメリカCHIPS法に規定された各項目を満たすための予算だ。

約527億ドルの内訳は、2022年9月に公表されたCHIPSプログラム実施戦略に示されている(2022年9月8日付ビジネス短信参照)。主な支出先として、「先端ロジックおよびメモリー半導体の国内生産の確立」に約280億ドル、「現世代およびレガシー半導体の国内生産の確立」に約100億ドル、「半導体の研究開発における米国のリーダーシップの強化」に約110億ドルが充てられる。先端半導体への投資だけでなく、新型コロナ禍に伴う混乱で不足した、より線幅の広い半導体も重視されていることが分かる。

半導体製造向け資金援助の申請受け付け開始

CHIPSプログラムを所管する商務省は2023年2月28日、第1弾の資金援助申請の受け付けを開始すると発表した。また、同日公表された「成功のためのビジョン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は、今後10年での達成を目指し、以下の目標を掲げている。

  • 最低2カ所、先端ロジック半導体の大規模クラスターを形成する
  • 複数、先端パッケージングの量産施設を建設する
  • 先端メモリー半導体(DRAM)を量産する(注3)
  • 現世代およびレガシー半導体の生産能力を高める

第1弾の資金援助申請の対象は、(1)先端ロジックおよびメモリー半導体、(2)現世代半導体、(3)レガシー半導体、(4)後工程の組み立て、検査、パッケージングに必要な施設の建設、拡張、現代化だ。このうち(1)の予備申請と本申請は、3月31日に開始された。(2)~(4)の予備申請は5月1日、本申請は6月26日に開始される。予備申請は任意の手続きだが、申請すれば後日、商務省より、申請内容に関する評価や改善策を書面で受け取ることができる。そのため商務省は、予備申請の利用を推奨している。なお、半導体の材料および装置を対象とする資金援助の第2弾は今春後半、研究開発施設を対象とする第3弾は今秋に発表される予定だ。

受益者に課される条件

商務省は第1弾の申請について、特に「安全保障」「商業的可能性」「財務健全性」「プロジェクトの技術的実現可能性とその覚悟」「労働力開発」「より大きなインパクト」を重視して審査を行う。75ページに及ぶ資金供与機会通知(NOFO)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、それぞれの意図や考慮事項を公表している。他方、申請者が全ての項目を満たすのは容易でなく、実際の申請手続きには時間を要するとみられる。

例えば「財務健全性」について、申請者は州または地方自治体から資金援助を得られる者でなければならない。申請者はコミュニティと協力し、地域経済の強靭(きょうじん)性や半導体エコシステムに波及効果を生むことを期待されているからだ。「労働力開発」については、地元の教育機関と連携し施設従業員向けの研修プログラムを実施するほか、1億5,000万ドル超の直接的な資金援助(direct funding)を求める申請者の場合、施設従業員と建設作業員向けに児童ケアサービスを提供する計画を提出する必要がある。また「より大きなインパクト」では、将来の投資に対するコミットメントだけでなく、政府と合意した収益見込みを大幅に超えた場合、直接的な資金援助の一部償還が求められている(注4)。資金援助を受けられる可能性の高い申請者は、環境面を含めた追加のデューディリジェンスに協力する必要がある。多額の税金が投入される以上、米国経済への利益を最大化したいバイデン政権の思惑が見て取れる。

さらに、資金援助の受益者は、ガードレール条項を順守しなければならない。その規則案は、3月21日に発表された(2023年3月22日付ビジネス短信参照)。60日間のパブリックコメント募集などを経て、最終規則が2023年後半に公示される予定だ。規則案によると、受益者は資金受領日から10年間、懸念国(注5)での投資を制限される。具体的には、先端半導体施設の場合、既存施設の能力の拡張を伴う10万ドル以上の取引に関与してはならない。また、既存施設の能力を5%以上高める投資は禁じられる。レガシー半導体施設の場合、既存施設の能力を10%以上高める投資は禁じられる。また、製造施設の建設は、チップの85%以上が懸念国内で消費される場合に限定される。加えて、安全保障上懸念のある技術や製品に関して、受益者は懸念国の団体と共同研究を行ったり、技術ライセンスの供与契約を締結したりできなくなる。

第1弾のNOFOに対する関係者の反応

第1弾のNOFOに対する反応として、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は3月30日、訪韓した米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表に対し、コスト構造などさまざまな企業情報の提示が求められる申請の要件に懸念を表した(注6)。SKハイニックスの朴正浩(パク・ジュンホ)副会長兼共同最高経営責任者(CEO)は、3月29日の年次株式総会で、「申請プロセスがあまりに厳しすぎる」と述べた(注7)。同社は1,500億ドルを投じて、米国内に先端パッケージ施設を建設する予定だが、CHIPSプログラムの利用の有無はまだ明らかにしていない。また、台湾積体電路製造(TSMC)の劉徳音会長は、台湾半導体産業協会(TSIA)のイベントで、「いくつかの条件は受け入れられず、米国政府と協議する」と述べた旨が報じられている(注8)。このように、第1弾の資金援助申請について、大手製造業者の対応は今のところ不透明だ。

在米日系企業の反応

日系企業は、第2弾の資金援助の対象となる、半導体の材料および装置分野で、より競争力を有する。筆者は3月中旬、アリゾナ州、オレゴン州、カリフォルニア州で、日系の材料および装置メーカーに第1弾のNOFOに対する受け止めについて聴取した。日系企業の主なコメントは、表の通り。

表:在米日系企業の主なコメント
項目 在米日系企業(材料・装置メーカー)の主なコメント
歓迎する立場 第1弾の資金援助は、装置メーカーの当社に直接的な影響を及ぼさない。しかし、顧客である半導体メーカーの投資拡大につながるため、間接的な影響は大きい。
歓迎しない立場
  • 第1弾の資金援助が、顧客である半導体メーカーの投資にどれだけ影響を及ぼすのか分からない。他方、半導体産業の中心が米国に戻ることで、人件費が上昇することは間違いない。
  • 前工程では、新たな投資計画が進行している半面、先端パッケージングなど後工程の誘致は進んでいないように見受けられる。
  • PCB(プリント基板)をはじめ、後工程が国内回帰しない限り、米国の地政学リスクは解消しない。
  • 当社は材料メーカーだが、(第2弾の資金援助に申請する場合でも)投資計画を相当作り込まないといけないという感触を持った。
  • 直接的な資金援助(direct funding)が設備投資の5~15%と限定的であり、ガードレール条項も設けられた。この内容で、どれくらい効果があるのか疑問視している。
  • 現在、情報収集中。初耳の制約条件が多く、対中投資が10年間制限されるわりに、メリットが少ない印象を持っている。
中立的な立場
  • 当社は世界各地に拠点を構えているため、「どこで作るか、どこに販売するか」の比重が変わるだけで、グループ全体の売り上げに大きな影響を及ぼすものではない。
  • 顧客である半導体メーカーが第1弾の資金援助を利用する場合でも、すぐさま装置メーカーである当社の売り上げに影響を及ぼすわけではない。

出所:ジェトロが2023年3月15~22日に実施した米国内でのヒアリングに基づく

多くの在米日系企業は、第1弾のNOFOについて「申請者が満たすべき要件や制約条件が、想定以上に厳しい」との見方を示していた。例えば、前述のガードレール条項は、米中双方に拠点を構える日系企業にとって、難しい経営判断を迫られるものだ。また、直接的な資金援助は設備投資の5~15%と設定されているが、ある日系企業は、融資や投資税額控除外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注9)を考慮したとしても、十分な投資奨励策とは言えないと述べていた。第2弾の資金援助に関心を持つ日系企業は、第1弾のNOFOを踏まえて申請する場合でも、投資計画を相当作り込まなくてはならない、という感触を持ったようだ。さらに、第1弾の資金援助の対象に含まれた「先端パッケージング施設の建設、拡張、現代化」について、半導体製造の後工程は労働集約的なため、人件費が高い米国でこれを完結させるのは難しいのではないか、という意見が聞かれた。

一方で、半導体製造業者がCHIPSプログラムを利用して投資を拡大すれば、材料および装置メーカーへの発注も増えるとみられ、この恩恵を受けることを期待する声もあった。

先端半導体分野の脱中国シフトは進む

第1弾、および今春後半に発表される第2弾に対する関係者の反応を踏まえると、CHIPSプログラムが今後どれだけ利用されるのか定かではない。他方、CHIPSプログラムの効果にかかわらず、先端半導体の分野では、脱中国の動きが進みつつある。その証左の1つとして、大手製造業者が近年、米国内で先端半導体の製造施設の建設に積極投資を行っている。例えば韓国系では、上記SKハイニックスのほか、サムスンがテキサス州に先端ロジック半導体の製造施設を建設中だ(注10)。台湾系では、TSMCがアリゾナ州で、同じく先端ロジック半導体の製造施設を建設している。米国系のインテルやマイクロンも、積極投資を継続している。

また、2022年10月に公表された対中半導体輸出規制は、在中国の先端半導体施設に対する輸出規制を強化したほか、米国人の保守サービスへの関与を禁止した。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院のクリス・ミラー准教授は2023年4月5日、オンライン形式によるジェトロのインタビューに対し、「米系企業は今後、中国で先端半導体に投資しない方針だ。第1弾のガードレール条項は、彼らにとってさほど問題にならない」と述べた。米国系を中心に脱中国の動きが加速し、材料・装置メーカーでも体制の見直しが進みそうだ。


注1:
連邦議会が、2021年度国防授権法に含まれたCHIPS法に対する予算措置を議論する中で、科学分野の研究開発向けの条項も盛り込まれた。そのため、CHIPSおよび科学法、またはCHIPSプラス法と呼ばれる。なお、CHIPSはCreating Helpful Incentives to Produce Semiconductorsの略称。
注2:
CHIPSプラス法に基づき、約527億ドルの予算を使って実施されるプログラム。商務省傘下の国立標準技術研究所(NIST)内に新設されたCHIPSプログラム室が、プログラムの実施を担う。
注3:
メモリー半導体は、電源を切ると記憶が消える揮発性メモリーと、電源を切っても記憶を保持し続ける不揮発性メモリーに大別される。DRAMは前者、NAND型フラッシュメモリーなどは後者に該当する。「成功のためのビジョン」は、コスト競争力のある先端DRAMの量産を目指すと明記している。
注4:
1億5,000万ドル超の直接的な資金援助の受益者が対象となり、償還額は最大で、直接的な資金援助の75%未満と設定されている。
注5:
北朝鮮、中国、ロシア、イラン。あるいは、商務長官が関係閣僚と協議の上、米国の安全保障または外交政策に、有害な活動に関与していると判断した国。
注6:
2023年3月30日付ロイター報道に基づく。
注7:
2023年3月29日付聯合ニュース報道に基づく。
注8:
2023年3月30日付フォーカス台湾報道に基づく。
注9:
先端半導体の製造または製造装置の施設に対する投資について、投資額の25%が税額控除の対象となる。財務省と内国歳入庁(IRS)がこれを管轄。
注10:
2021年11月23日付同社リリースに基づく。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 リサーチ・マネージャー
片岡 一生(かたおか かずいき)
経営コンサルティング会社、監査法人、在外公館などでの勤務を経て、2022年1月から現職。