特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリア総論:北米全域に広がるエコシステム

2019年11月22日

米国では、アップル、マイクロソフトをはじめ、アマゾン、グーグル、フェイスブック、ユーチューブ、ウーバーなど、多くのIT企業が、革新的な技術やアイデアを用いて新たな価値、新たなビジネス、新たな市場、新たな産業を生み出し、これが経済成長の原動力の1つとなってきた。いまやイノベーションの創出は経済活性化のキーワードであり、そのための環境をいかに整えるかは、米国のみならず世界各地において重要な課題となっている。

そこで注目されているのが、イノベーションや起業を促すしくみ、いわゆるエコシステムである。日本では北米のエコシステムと言えば、シリコンバレー、ニューヨーク、ボストンがよく知られるが、これ以外にも、規模や特徴はさまざまながら、多くのエコシステムが存在している。サンフランシスコに拠点を置く組織スタートアップ・ゲノムが発表する世界の都市スタートアップ・エコシステム・ランキング上位30都市(2019年)(表1参照)をみると、米国の都市は、これら3都市に加えて、ロサンゼルス(6位)、シアトル(12位)、オースチン(16位)、シカゴ(17位)など9都市が、また、カナダの都市ではトロント(13位)、バンクーバー(24位)が名を連ねる。

表1:世界の都市スタートアップ・エコシステム・ランキング2019
順位 都市名
1 シリコンバレー
2 ニューヨーク
3-4 ロンドン
北京
5 ボストン
6-7 テルアビブ
ロサンゼルス
8 上海
9 パリ
10 ベルリン
11 ストックホルム
12 シアトル
13 トロント・ウォータールー
14 シンガポール
15 アムステルダム・スタートアップデルタ
16 オースチン
17 シカゴ
18 バンガロール
19 ワシントンDC
20 サンディエゴ
21 デンバー・ボールダー
22 ローザンヌ・ベルン・ジュネーブ
23 シドニー
24 バンクーバー
25 香港
26-30 アトランタ
バルセロナ
ダブリン
マイアミ
ミュンヘン

出所:スタートアップ・ゲノム「The Global Startup Ecosystem Ranking 2019」

エコシステムはもともと、カリフォルニア州のシリコンバレーで形成された。シリコンバレー周辺地域に、スタンフォード大学やカリフォルニア州立大学などが輩出する技術や人材、ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家、起業を支援するアクセラレーターやインキュベーター、ビジネスを支援する弁護士やコンサルタント、起業経験者、スタートアップとの協業を狙う大企業などが集まり、相互に作用して、起業からエグジットまでスタートアップを支援するエコシステムが構築された。シリコンバレーでは自然発生的に作られたこのエコシステムを、自らの地域にも作ろうと政策的に後押し、2008年の経済危機からの回復につなげたのが、ニューヨークやボストンなどである。そして今では、中西部や南東部、南部、さらにはカナダにも数々のエコシステムが構築されている。本特集では、次稿以降で、ジェトロの北米各事務所から各地のエコシステムの現状を報告するが、以下にそれぞれのポイントを交え、紹介する。

全米VC投資の5割を集めるシリコンバレー周辺

全米のエコシステムの中でも、資金調達額などさまざまな面で他を圧倒するのが、シリコンバレーだ。米国におけるベンチャーキャピタル(VC)投資額は、2018年には1,165億ドルに達し、その約5割に当たる609億ドルを、シリコンバレーを含むサンフランシスコ周辺地域への投資が占める(表2参照)。ちなみに、2018年の日本におけるVC投資額は、日本ベンチャーキャピタル協会によると1,361億円(約12億ドル)なので、サンフランシスコ周辺地域だけで日本の50倍以上のVC投資が行われたことになる。また、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)の数も抜きん出ており、サンフランシスコ、シリコンバレー周辺だけで全米の5割に当たる108社が存在する。2019年上半期には、ウーバーテクノロジーズやリフトなどのユニコーンが上場を果たした。上場以外にも、売却によりエグジットを果たすスタートアップも多いが、シリコンバレーにはGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)をはじめ、成長した「元スタートアップ」など多数の買収側企業が存在することも魅力である。加えて、経験豊富で質が高いアクセラレーターやインキュベーター、起業家に助言を行うメンターなどが数多く存在し、多くのスタートアップを引きつけている(詳細は、「米国の5割のユニコーンが集中、エグジット続くユニコーン」「スタートアップの急成長を可能にするリスクマネー」「アクセラレーターと上質なメンターが支える起業環境」を参照)。

表2:米国におけるVC投資額(2018年)(単位:100万ドル)
順位 地域 投資額
1 サンフランシスコ周辺 60,867
2 ニューヨーク周辺 14,146
3 ボストン周辺 10,236
4 ロサンゼルス周辺 6,215
5 サンディエゴ周辺 2,656
6 ワシントンDC周辺 2,180
7 シアトル周辺 2,061
8 シカゴ周辺 1,977
9 オースチン周辺 1,457
10 デンバー周辺 1,404
総計 116,532

出所:CB Insight データからジェトロ作成

ハイフンテックが特徴のニューヨーク

シリコンバレーに次いでVC投資額(2018年)が多いのが、ニューヨーク周辺地域。ここでは、既存産業に技術を掛け合わせた新事業、いわゆる「ハイフンテック(-tech)」が盛んで、例えばフィンテック、ファッションテック、メディアテックなどさまざまな分野で、新技術を応用したスタートアップが誕生している。また、ニューヨークはさまざまな人種が集まる巨大消費市場であることから、新たな製品やサービスのテストマーケティングに適している。このため、西海岸のスタートアップがニューヨークに販売拠点を移すといったケースも散見される(詳細は、「米ニューヨーク、ハイフンテック企業を中心に世界2位のスタートアップ拠点に急成長 」を参照)。

ライフサイエンスなど研究開発に基づく起業が多いボストン

VC投資額で3位につけているのが、ボストン周辺地域である。ボストンのエコシステムの特徴は、マサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学などを中核として、バイオテック、製薬、医療などのライフサイエンス・クラスターが形成されていることである。また、数多くの大学や研究機関が集積することから、ライフサイエンスのほかにも、人工知能(AI)、ビッグデータ、ロボティクスなどさまざまな分野で、研究開発に基づく技術を基盤としたスタートアップが多いのも特徴である(詳細は、「世界最大規模のバイオテック・クラスターとして成長を続ける米ボストン 」を参照)。

デジタルメディア産業が急成長するロサンゼルス

VC投資額で4位につけているのは、ロサンゼルス周辺地域だ。同じカリフォルニア州にあって、シリコンバレーよりも人件費が安いこと(表3参照)、ロサンゼルスという大消費地を持つこと、などの特徴がある。また、ディズニーやワーナーブラザーズなどの映画産業を背後に持つことから、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)を用いたデジタルメディア産業が急成長している(詳細は、「米ロサンゼルスのスタートアップ、消費者ニーズの商業化で発展」を参照)。

表3:2019年第1四半期の平均給与(地域別、週給)
含まれる
主な地域
平均週給
(ドル)
前年同期比
増加率(%)
ニューヨーク州 ニューヨーク郡 ニューヨーク市 3,153 2.1
カリフォルニア州 サンフランシスコ郡 サンフランシスコ市 2,759 10.2
サンタクララ郡 シリコンバレー 2,758 3.3
サンマテオ郡 シリコンバレー 2,645 1.0
ロサンゼルス郡 ロサンゼルス市 1,282 3.5
マサチューセッツ州 サフォーク郡 ボストン市 2,270 0.2
ミドルセックス郡 ケンブリッジ市 1,886 5.4
ジョージア州 フルトン郡 アトランタ市 1,711 2.6
テキサス州 ハリス郡 ヒューストン市 1,551 3.9
イリノイ州 クック郡 シカゴ市 1,468 3.4
テキサス州 ダラス郡 ダラス市 1,464 2.9
米国平均 1,184 2.8

出所:米国労働統計局統計からジェトロ作成

中西部や南東部にも広がるエコシステム

シリコンバレー、ニューヨーク、ボストンのエコシステムは、投資や人材、企業を引きつける一方で、いずれも生活費や人件費などコストが高いという「難点」もある。前出の表3のとおり、これら地域の人件費は全米平均の2~3倍に達する。物価も同様で、例えば家賃は、米商務省発表の消費者物価地域差指数(RPP、2017年)によると、シリコンバレーやサンフランシスコ周辺は全米平均の2倍、ニューヨーク周辺は1.5倍、ボストン周辺は1.4倍と、非常に高い(表4参照)。シカゴなどでは、以前は大学卒業後にシリコンバレーに移り起業を目指す若者が多かったというが、地元のエコシステムが整いつつある中で、シリコンバレーに比べ生活コストが相対的に低い地元に残り、起業をするケースも増えてきているという(2019年5月23日付地域・分析レポート参照)。

シリコンバレーを拠点に一気に市場を獲得したい、ニューヨークの消費者向けにサービスを展開したい、ボストンの医療系大企業をメイン顧客にしたい、など明確な理由や事情がない場合には、他の地域への立地も選択肢となり得る。筆者が米国で起業家に行ったヒアリングでも、「大都市圏に立地しなければならない理由がなければ、コストの低い地域で起業するのは賢いやり方」との声が聞かれた。また、西部や南部、南東部に拠点を置く大企業も多く、「BtoBのビジネスを行うスタートアップが、顧客となり得る大企業の周りに集まり、各地にエコシステムが形成されつつある」という。

表4:米国の消費者物価地域差指数(2017年)
都市圏 含まれる主な地域 消費者物価地域差指数
全品目 家賃
San Jose-Sunnyvale-Santa Clara, CA サンノゼ市、サンタクララ市(シリコンバレー) 130.9 218.4
San Francisco-Oakland-Hayward, CA サンフランシスコ市 128.0 195.0
New York-Newark-Jersey City, NY-NJ-PA ニューヨーク市 122.3 153.1
Washington-Arlington-Alexandria, DC-VA-MD-WV ワシントンDC 118.4 164.4
Los Angeles-Long Beach-Anaheim, CA ロサンゼルス市 117.1 165.9
San Diego-Carlsbad, CA サンディエゴ市 116.0 168.0
Boston-Cambridge-Newton, MA-NH ボストン市、ケンブリッジ市 111.8 140.8
Seattle-Tacoma-Bellevue, WA シアトル市 111.8 138.5
Denver-Aurora-Lakewood, CO デンバー市 106.3 133.4
Chicago-Naperville-Elgin, IL-IN-WI シカゴ市 103.4 113.9
Houston-The Woodlands-Sugar Land, TX ヒューストン市 101.7 104.3
Austin-Round Rock, TX オースチン市 100.5 119.4
Dallas-Fort Worth-Arlington, TX ダラス市 100.2 105.9
米国平均 100.0 101.8
Atlanta-Sandy Springs-Roswell, GA アトランタ市 96.8 94.8

出所:米国商務省統計からジェトロ作成

モノづくりの精神がエコシステムにも生きるシカゴ

中西部のエコシステムをみると、シカゴがVC投資額で全米8位に位置する。中西部は歴史的に、自動車産業や鉄鋼産業など製造業で栄えた地域であり、モノづくりの精神が育まれてきた。このため、シカゴでは、製造業に特化したインキュベーターが存在するなど、製造業、インダストリアルIoT(IIoT、産業向けモノのインターネット)、ロジスティックスなどの分野を狙うB2B向けのスタートアップが盛んだ。また、イリノイ大学など大学発の技術を活用したヘルスケア分野のスタートアップが多いのも特徴だ(シカゴのエコシステムについては、2019年6月4日付地域・分析レポート参照)。

大学との連携、エネルギー、医療分野で注目のテキサス州

南部に目を向けると、テキサス州のオースチン周辺地域がVC投資額で全米9位につけている。オースチンでは、テキサス大学オースチン校(UT)のビジネス教育研究機関IC2研究所を中心にエコシステムが構築され、近年ではクリーンテックやサイバーセキュリティーのスタートアップが増えているという。

同じテキサス州では、テキサス大学ダラス校(UTD)がスタートアップ育成に力を入れるほか、ダラス市のスマートシティー化を推進する組織ダラス・イノベーション・アライアンス(DIA)がインキュベーターの役割を担う。クリーンテックや、人工知能(AI)など多様な分野のスタートアップが支援を受けている。また、ヒューストンには、エネルギー産業のほか、テキサス・メディカル・センター(TMC)やジョンソン宇宙センター(JSC)が立地し、医療産業、航空宇宙産業が集積することから、国際的なエンジニア・ハブとなっている(詳細は、「良好なビジネス環境、豊富な人材が生む米テキサスのスタートアップ・エコシステム」を参照)。

フィンテックほか多様なスタートアップが集積するアトランタ

近年、大手フィンテック企業の集積が進むジョージア州(州都アトランタ)には、フィンテックやサイバーセキュリティ―のほか、さまざまなテクノロジー分野のスタートアップが集積し始めている。疾病管理予防センターの周辺に、多数の医学研究大学や病院が立地することから、医療IT企業が集積するほか、州政府が誘致に力を入れるデジタル・エンターテインメント分野でも関連企業の立地が目立ち始めている。エコシステムの中では、ジョージア工科大学も重要な役割を果たす(詳細は、「「取引横丁」からテックハブへ発展する米アトランタ 」を参照)。

AI研究で存在感を示すカナダ

2018年11月に富士通が人工知能(AI)のグローバル戦略拠点をバンクーバーに、2019年1月にデンソーがモントリオールにAI研究所を開設したことで、カナダにおけるAI産業の集積が日本でも一躍有名になった。カナダにはAI分野では世界的に著名な教授や研究者が集積して最先端の研究開発が行われている。トロント・ウォータールー、モントリオールなどにAIエコシステムが形成され、多くのスタートアップが誕生している(詳細は、「カナダのイノベーション・エコシステム、AIに世界が注目」を参照)。

自社に適したエコシステムの見極めを

このように、北米には多くのエコシステムが構築されている。北米のエコシステムを活用してビジネス展開を考える場合、また米国やカナダのスタートアップとの連携を検討する場合には、各地の特徴を比較検討し、どのエコシステムが自社のビジネス分野や目的に適しているか、よく見極めることが重要となる。

ジェトロでは、世界でのビジネス展開を考える日本のスタートアップを支援するため、シリコンバレー、ニューヨーク、ボストン、ロサンゼルス、シカゴ、オースチンにスタートアップ拠点を設置している。現地パートナー(アクセラレーターなど)と提携して、メンタリングやVC・コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)・ビジネスパートナー紹介、コワーキングスペース(シリコンバレー、ボストンのみ)などのサービスを無料で提供しているので、ぜひご利用いただきたい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課長
藤井 麻理(ふじい まり)
中東アフリカ課、アジア大洋州課、アジア経済研究所、国際ビジネス情報誌『ジェトロセンサー』編集部、国際ビジネス情報番組「世界は今 JETRO Global Eye」ディレクター、在ボストン日本国総領事館勤務(2014年11月~2017年12月)等を経て、2019年2月より現職。

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