特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリアアクセラレーターと上質なメンターが支える起業環境
サンフランシスコ・シリコンバレーのエコシステム(3)

2019年11月22日

起業家がベンチャーキャピタル(VC)からの投資を受けるまでの橋渡し役を担う存在が、アクセラレーターやインキュベーターだ。アクセラレーターは世界に多く存在するが、成功している例は多くない。米国のVC投資額の5割を集めるサンフランシスコ・シリコンバレー(以下、ベイエリア)であるが、ベイエリアはエグジットまで到達する数多くのスタートアップを生んでいるアクセラレーターが集中する特異な土地でもある。最終回では、アクセラレーターが支えるベイエリアのエコシステムを紹介する。

エグジットを生むベイエリアのアクセラレーター

起業家がVCからの投資を受けるまで、その橋渡しを行うのがアクセラレーターだ。「サンフランシスコ・ビジネスタイムズ」紙によると、ベイエリアに拠点を持つアクセラレーターおよびインキュベーター26機関の2018年のクライアント数は2,200社以上に上る。多くの日本の大企業がコーポレート・パートナーとして参画している、プラグ・アンド・プレイ・テックセンター(クライアント数562社)をはじめ、ドローン製造・サービスを手掛けるスカイキャッチ(Sky Catch)を支援したランウェイ・イノベーションハブ(クライアント数65社)など、多くの機関がベイエリアで活動している(表参照)。

世界には同様のアクセラレーターが多く存在するが、ユニコーンやエグジットを生んだ例は多くない。しかし、ベイエリアには、老舗のVCさえも注目する極めて投資効率の高いアクセラレーターが存在する。

表:ベイエリアを拠点とする主なアクセラレーターやインキュベーター(利用企業数順)(-は値なし)
順位 アクセラレーター・
インキュベーター
利用企業数
(2018年)
シードアクセラレータ-
ランキング(2018年)
都市 概要
1 プラグ・アンド・プレイ・テックセンター(Plug and Play Tech Center) 562 サニーベール スタートアップと大企業をマッチングするイノベーションプラットフォーム。オープンイノベーションを求める日系大企業が50社以上参画。東京、京都にオフィスあり。
2 Yコンビネーター(Y Combinator) 273 プラチナプラス サンフランシスコ 世界で最も成功しているシードアクセラレーターの1つ。3カ月のメンタリングシッププログラムを経てデモデーを実施。
3 バークレー・スカイデック(Berkeley SkyDeck) 195 ゴールド バークレー カリフォルニア大学バークレー校やサンフランシスコ校などの創業者を含むチームに対する6カ月のアクセラレーションプログラムを提供。また、外国人創業者のためのグローバルアクセラレーションプログラムも提供。
4 ロケットスペース(RocketSpace) 150 サンフランシスコ フォーチュン1000企業に対するイノベーションコンサルタントとスタートアップに対するコワーキングスペース、サービスを提供。
5 パワーハウス(Powerhouse) 140 オークランド クリーンエネルギーに対するソフトフェアソリューションを構築する起業家へメンターやコワーキングスペース、シードファンディングを提供。
6 アプティマ・ビジネス・ブートキャンプ(Uptima Business Bootcamp) 118 オークランド 起業家にメンタリングやさまざまなソフトリソース、コミュニティーへのアクセスを提供。
7 ファウンダーズ・スペース(Founders Space) 114 サンフランシスコ フィンテック、アグリテック、ヘルス、広告、ビッグデータに特化したインキュベーター兼アクセラレーター。
8 アルケミスト・アクセラレーター(Alchemist Accelerator) 75 ゴールド サンフランシスコ 3万6,000ドルのシードマネーによる6カ月のプログラムを提供。プログラム終了後に、メンターや顧客獲得、資金調達先へのアクセスなど、一貫したサポートを実施。
9 MBCバイオラボ(MBC BioLabs) 70 サンフランシスコ Mission Bay Capital(ベンチャーファンド)を通じたファンディング、メンターシップ、コワーキングスペースを提供。
10 ランウェイ・イノベーションハブ(Runway Innovation Hub) 65 サンフランシスコ 起業家にオフィススペースを提供。スタートアップに対するアクセラレーションプログラムとコーポレートに対するオープンイノベーションプログラムを提供。
15 500スタートアップス(500 Startups) 39 ゴールド サンフランシスコ ビジネスのスケールアップを目指すスタートアップに対し、セールスとマーケティングに焦点を当てた成長のためのメンタープログラムを実施。
16 ハックス(HAX) 36 ゴールド サンフランシスコ 深セン(シードステージプログラム)とサンフランシスコ(グロースステージプログラム)を有するハードウェアスタートアップのためのアクセラレーター。
21 インディバイオ(IndieBio) 27 ゴールド サンフランシスコ 25万ドルのプレシードファンディングとラボ、コワーキングスペース、メンターシップ、プログラム卒業企業・投資家・コーポレートパートナーへのアクセスを提供。

出所:サンフランシスコ・ビジネスタイムズ、シードアクセラレーター・ランキング・プロジェクトを基にジェトロ作成


日系大企業が多く入居するプラグ・アンド・プレイ・
テックセンターの壁は、パートナー企業の名前で
埋め尽くされる(ジェトロ撮影)

ランウェイ・イノベーションハブのリニューアル・
オープンイベントの様子(ジェトロ撮影)

その中で最も代表的な存在が、Yコンビネーターだ。同アクセラレーターは、シードアクセラレーター・ランキング・プロジェクト(SARP)が米国のアクセラレーターを対象にまとめたランキング(2018年)で、最高峰(プラチナプラス)に位置付けられている。2018年に約82億ドルで上場したドロップボックス(Dropbox)をはじめ、ストライプ(Stripe)、エアビーアンドビー(AirBnB)、ドアダッシュ(DoorDash)、インスタカート(Instacart)、ブレックス(Brex)、などベイエリアを代表する企業を多く輩出し、卒業企業トップ102社の企業価値は合計で1,550億ドルに達する。前述のアクセラレーター26機関の中で、 Yコンビネーターのユニコーンへのリードインベスターとしての投資回数は48回と、2位の500スタートアップス(18回)を大きく引き離している〔「クランチベース・ユニコーン・リーダーボード」(テッククランチ)、10月5日時点〕。Yコンビネーターは通常、支援企業の7%の株式を取得し、ベイエリアで6カ月の起業期間を想定した起業資金(約15万ドル)を提供する。そして、3カ月のメンタリングなどを通じて企業のビジネスモデルを磨き、プログラム最終日に限られた投資家だけを集めて開催される、デモ・デイでビジネスモデルを披露する機会を提供する。企業はプログラムを卒業した後も、Yコンビネーターの起業家のネットワークにアクセスでき、ベイエリアのVCの注目を集め続けることになる。

他方で、Yコンビネーターのプログラムに参加する日系スタートアップは、少ないのが現状だ。福利厚生サービスを手掛けるフォンド〔Fond、当時はエニーパーク(AnyPerk) 〕は、日本人起業家として初めて同プログラムを卒業した。しかし、同社以降、同プログラムに応募する日系スタートアップの数は限られている。海外からでも応募はできるものの、プログラム参加前に米国に親会社を設立することが求められ、既に日本で法人を設立している場合は、本社を米国に移す必要があるなど、参加のハードルが高いことが一因とみられる。

シードアクセラレーター・ランキングで、ゴールドに位置付けられているバークレー・スカイデックは、外国人創業者のためのグローバルアクセラレーションプログラムを提供していることで有名だ。創業1年でユニコーンに成長した電動キックスターターサービスを手掛けるライム(Lime)を卒業企業に抱え、11社のエグジット実績がある同アクセラレーターは、運用するファンドを通じて、10万ドルのシード投資に加えて、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)出身の創業者とともにレーターステージへの投資も行う。国際化にも力を入れており、外国政府機関などからスタートアップ(外国人創業者)の紹介を受け、一定期間シェアオフィスに入居させるなどの取り組みを行っている。UCバークレーの研究者にアクセスしやすいことから、技術系スタートアップには非常に魅力的なプログラムだ。同プログラムへの参加は、本国に本社を置いたままでも可能である。

同じくゴールドに位置付けられているアルケミスト・アクセラレーターは、B2B分野に特化したシードアクセラレーターの1つだ。ラビ・ベルアニ・マネージングパートナーは「日本市場の資金調達環境が良くなっていることは知っている。もし日本国内でコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)からの投資を受けられやすいのであれば、わざわざ(米国に)本社を移す必要はない」と話し、日系スタートアップのプログラムへの申し込みに期待を示した。同アクセラレーターのプログラムには、既に2社の日系スタートアップが採択されている(2019年3月13日付地域・分析レポート参照)。

世界有数のメンター供給量、起業家同士のディスカッションも有効

ベイエリアのエコシステムにおいて、最も重要な役割の1つにメンターの存在がある。メンターを職業にする人材もいれば、エンジェル投資家、シリアルアントレプレナー(連続起業家)など、さまざまな属性の人材がメンターとして機能する。クラウドコミュニケーションプラットフォームを手掛けるトゥイリオ(Twilio)など14社のユニコーンを生んだ、500スタートアップスも、200人以上のメンターから適切なアドバイスを受けられることがプログラムの魅力の1つだ。ジェトロがサンフランシスコで行うグローバル・アクセラレーション・ハブ・プログラムでも、提携先であるUSマーケットアクセスセンター(US Market Access Center)が有する150人以上のネットワークから、企業のビジネスモデルに合ったメンターを紹介することが可能だ。メンターの中には、エグジット経験のある起業家も含まれるため、将来を見据えたアドバイスを受けることができる。

ベイエリアは創業者や起業経験者が多く、新しい製品やサービスに関して起業家同士でフィードバックを与え合うことができることも、魅力の1つだ。起業家は、メンターとしての側面もあるのだ。例えば、2011年に設立されたファウンダーズ・ネットワークは、600人以上の技術系スタートアップの創業者が所属する招待制のネットワークだ。生涯にわたって投資家ミーティングなどに参加することができ、同じ立場にある創業者と経験や悩みを共有することができる。


ファウンダーズ・ネットワークのケビン・ホームズ
CEO(最高経営責任者)(ジェトロ撮影)

サンフランシスコのコワーキングスペース
「ガルバナイズ(Galvanize)」で情報交換を行う
入居者たち(ジェトロ撮影)

スケールの大きいVCやエグジットを生むアクセラレーター、上質なメンターの存在。進出コストは高いものの、ベイエリアには他の地域にはない豊富なリソースが存在する。これらのリソースを活用するためには、できるだけ長期的に同地に滞在することが重要だ。ジェトロは、海外進出を希望する日系スタートアップの最初の一歩をサポートするため、前出のグローバル・アクセラレーション・ハブ・プログラムを通じて、メンターの紹介からVC・潜在顧客へのアポイントメント取得、コワーキングスペースまで、無料でサービスを提供している。ベイエリア進出の足掛かりとして活用いただきたい。

執筆者紹介
ジェトロ・サンフランシスコ事務所 次長
樽谷 範哉(たるたに のりや)
2001年ジェトロ入構後、シリコンバレーなどでのインキュベーション事業立ち上げを担当。ジェトロ名古屋、ジェトロ・トロント事務所、東京本部にてハイテク、製造業、スタートアップの世界展開プログラムに従事。2017年7月よりベイエリアにてイノベーティブな日系企業の世界展開をサポートしている。