特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリア米ニューヨーク、ハイフンテック企業を中心に世界2位のスタートアップ拠点に急成長

2019年11月22日

ニューヨークは、10年前にはスタートアップの拠点とはみなされていなかったが、行政が旗振り役となり、現在は世界第2位のスタートアップ都市にまで成長した。本稿では、スタートアップを支援するニューヨーク市の取り組み、起業家を支援するインキュベーターやコワーキングスペースなどを含めた、エコシステムの最近の動きを紹介する。

金融、ファッション、メディアなどのハイフンテック企業が次々と誕生

米スタートアップ・ゲノム社が2019年5月に発表したスタートアップの都市別ランキング「グローバル・スタートアップ・エコシステムレポート2019外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」で、ニューヨークは前年に続き、シリコンバレーに次ぐ世界第2位のスタートアップ都市に位置付けられた。そのエコシステムは640億ドル相当の価値があるとされ、9,000以上ものスタートアップ企業が拠点を置く。金融やファッション、メディアなど、多様な産業集積を背景に、最新の技術を掛け合わせた新事業が特徴とされ、行政が主導する施策を通じて、今後さらなる産業の多様化を目指す。

米調査会社のCBインサイツとプライスウオーターハウスクーパーズ(PwC)がまとめた「マネーツリーレポート2019年3Q外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によると、ニューヨーク周辺地域における2018年のベンチャーキャピタル(VC)投資額は前年比4.2%増の141億ドルを記録し、過去最高に達した(図参照)。件数ベースでは、2018年は872件と前年(921件)を下回っているものの、大型の資金調達により、ユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)に達した企業が多数みられた。

図:ニューヨーク周辺のVC投資額の推移
ニューヨーク周辺のベンチャー・キャピタル投資額の推移。 2006年 24億2100万円、2007年 29億7000万円、2008年25億5300万円、2009年18億8700万円、2010年24億200万円、2011年34億8700万円、2012年27億6000万円、2013年44億500万円、2014年61億5500万円、2015年93億9400万円、2016年84億4900万円、2017年135億7400万円、2018年141億4600万円。 ニューヨーク周辺のベンチャー・キャピタル投資件数の推移。 2006年216件、2007年264件、2008年289件、2009年273件、2010年392件、2011年545件、2012年612件、2013年711件、2014年838件、2015年864件、2016年853件、2017年921件、2018年872件。

出所:「PwC/CB Insights Money Tree Report, Regional Aggregate Data」の統計を基にジェトロ作成

ニューヨーク発のスタートアップ企業を特徴づける言葉として、「ハイフンテック(hyphen-tech)」がある。ハイフンテックとは、既存産業に技術を掛け合わせた新事業であり、「フィンテック(Fin-Tech)」「ファッションテック(Fashion-Tech)」「メディアテック(Media-Tech)」などはその一例だ。表1は、2015年から2019年の間にユニコーン企業に成長したニューヨーク発のハイフンテックのスタートアップ企業を示している。例えば、ゾックドックはヘルスケア分野にITを活用し、立地や予約時間枠、保険対応の有無などの条件から医師を簡単に検索できる医療機関のオンライン検索・予約サービスを展開する。その他の企業をみても、ファッションや金融などさまざまな産業分野に既存のIT技術を応用する企業が多数みられる。

表1:ユニコーン企業に成長したニューヨーク発のハイフンテック企業の事例
企業名 設立年 分野 概要
レモネード
(Lemonade)
2015 金融 賃借人や物件所有者に対し、安価な家財保険を提供するモバイルサービス。人工知能(AI)を活用し、加入手続きから保険金の支払いまで全てがアプリを通じたやり取りだけで完結。
データマイナー
(Dataminr)
2009 人工知能 ツイッター上のデータを利用し、特定企業のニュースや利用者からの苦情コメントなどの増減などを株式売買のトリガーとして利用するプラットフォームを提供。
バズフィード
(Buzzfeed)
2006 メディア 若い世代を中心に、政治からエンターテインメントまで、インターネット上のユーザーが興味を持ちそうな動画や写真などを中心に提供するニュースサイト。
ゾックドック
(ZocDoc)
2007 ヘルスケア 医療機関のオンライン検索・予約サービス。立地や予約時間枠、保険対応の有無などの条件から医師を簡単に検索できる。
オスカー・ヘルス
(Oscar Health)
2012 保険 デジタル技術を活用した豊富な種類の健康保険を提供することで、安価な民間健康保険を展開。
レットゴー
(Letgo)
2015 電子商取引(EC) 中古品の個人間売買を行えるモバイルアプリを開発。AI技術を取り入れ、スマートフォンで撮影した写真を用いて即時に出品できるサービスを開発し、出品手続きを大幅に簡便にした。
レントザランウェイ
(Rent the Runway)
2009 ファッション デザイナーブランドの衣類やアクセサリーを低価格で貸し出すファッションレンタルサービス。

出所:各社のウェブサイトからジェトロ作成

これらのビジネスでは、各業界にいる主要プレーヤーとの距離の近さが重要で、業界が抱える課題などの内部事情に詳しいインサイダーが起業するケースが多い。それぞれの人材が業務経験やノウハウを生かすことで、ユーザーのニーズに的確に対応した専門性の高い製品・サービスが生み出されている。シリコンバレーとは異なり、ニューヨークでは技術そのものよりも、アイデアとマーケティング力で成功を収めているスタートアップが多い。また、大都市で人口密度が高く、巨大な消費市場を抱えることから、製品やサービスのテストマーケティングを行う都市としても優れている。このため、西海岸のスタートアップ企業の多くも、事業が一定程度まで成長すると、消費者の近くに拠点を置く必要性を感じ、ニューヨークに販売拠点を設立するケースも多いという。

さらなる産業の多様化を目指すニューヨーク市の取り組み

スタートアップブームを生み出した要因はさまざまだが、2008年に発生した金融危機から立ち直るために、これまでの産業構造からの多様化を目指し、マイケル・ブルームバーグ市長(当時)とニューヨーク市経済開発公社(NYCEDC)が一体となって、スタートアップ振興政策を実施したことが転機のひとつとなった。ビル・デブラシオ市長はブルームバーグ前市長が掲げたデジタル産業振興を引き継いでおり、ニューヨーク市は2017年6月、今後10年間に年収5万ドル以上の雇用を10万人生み出すという雇用創出プラン「New York Works外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます している。このプランでは、テクノロジー分野に特に注力しており、サイバーセキュリティー(3万人)、ライフサイエンス・ヘルスケア(1万5,000人)、製造業(2万人)、文化関連(1万人)が重点分野となっており、各分野において以下の支援策を発表している(表2参照)。

このうち、最も多くの雇用創出を目指すサイバーセキュリティーは、今後さらなる成長が見込まれる分野として注目が集まる。同市にはすでに100社以上のサイバーセキュリティー企業が存在し、6,000人の雇用を生み出している。こうしたトレンドに着目し、海外の優れたサイバーセキュリティー企業も、ニューヨークにオフィスを開設している。例えば、イスラエル発の企業「チーム8」は2017年にニューヨークに拠点を構え、米小売大手のウォルマートやマイクロソフトなど大手企業と提携し、最新のサイバーセキュリティー対策を講じている。

表2:NYCEDC主導のスタートアップ向け支援策の事例
プログラム 関連分野 プログラム概要/特徴
ライフサイ・ニューヨーク
(LifeSci NYC)
ライフサイエンス ライフサイエンス企業に対する税優遇措置をはじめ、実用化・事業化を加速するための拠点設置、大学・研究機関を核とした研究開発ネットワークの結成、インキュベーター施設の立ち上げ、企業誘致のための土地利用規制の緩和、インターンシップや大学教育カリキュラムの充実化などの支援を行う。
サイバー・ニューヨークシティ
(Cyber NYC)
サイバーセキュリティー ニューヨーク市による3,000万ドルと、民間投資からの7,000万ドルを合わせた総額1億ドルの資金を、最先端のサイバーセキュリティー技術の研究・実用化や、人材育成・確保のためのプログラムに投じ、ニューヨーク市をサイバーセキュリティー分野のグローバルリーダーとすることを目指す。
アプレンティス・ニューヨークシティ
(Apprentice NYC)
製造業 ニューヨーク市中小企業局との連携プログラムにより、高度製造分野での求職者を対象に、同分野で必要なスキルを学べる実習プログラムを提供。参加者は地元製造企業による実地訓練・体験学習を受講し、常勤職員としての雇用の機会を得られる。
メイドイン・ニューヨークキャンパス
(The Made in NY Campus)
文化関連 ニューヨーク市による1億3,600万ドルの投資により、映画産業などの文化振興プロジェクトの施設を建設する「メイド・イン・ニューヨーク・キャンパス」を発表。映画・テレビ、ファッションを軸にそれらの産業の発展を目的にしたもので、ブルックリンに撮影スタジオなどを建てるとともに、ファッション関連の企業を誘致していくというもの。2021年を目途に開設の予定。

出所:各社のウェブサイトからジェトロ作成

加えて、技術分野の人材を供給するため、コーネル大学とイスラエル工科大学が連携し、ニューヨーク市ルーズベルト島に巨大なテックキャンパス「コーネル・テック大学院」を設立した。2017年から一部の施設を開設し、2037年までに建設が完了する見込みだ。同大学院の設立によって、今後数十年間で8,000人の雇用の創出と、230億ドルの経済効果が期待されている。コーネルテックによると、卒業生が立ち上げたスタートアップの数は現在までに60社以上、7,880万ドル以上の資金調達に成功している。

コワーキングスペースの数は全米1位、充実する設備環境

このように行政が旗振り役となり、スタートアップを支援するための活動が加速し、それらをサポートするための施設も増加している。商用不動産業向けアプリケーションを専門に開発する米ソフトウエア企業Yardi Matrixが2018年12月に発表した全米主要20都市のコワーキングスペースに関する調査報告書によると、ニューヨーク市内には373カ所ものコワーキングスペースが存在し、全米の都市の中で最も多い。ニューヨークのコワーキングスペース運営組織としては、現在では世界各国の主要都市に800拠点以上を展開する「ウィーワーク」が代表的企業だが、このほかにも多くのコワーキング施設が存在する。競争が激化する中で、最近は特定の分野やサービスに注力するなど、サービス形態が多様化しつつある(表3参照)。

例えば、2016年に設立した「ノーテル」は、「サービスとしての本社施設の提供」という新たな発想の下、顧客の中小規模企業の成長に合わせて、柔軟性の高いオフィススペースを提供する。ウィーワークなどの入居企業がある程度ビジネスが成長するまで一時的にスペースを借りるのに対して、ノーテルの会員は事業が拡大し続けても、そのスペースに継続的にいられる。さらに、一般的にコワーキングスペースの内装デザインは統一されているが、同社は専属の内装デザイナーや建築担当者を有し、それぞれの企業文化や社風に合わせたスペースをデザインして提供する。こうした独自のサービスが高い評価を受け、ノーテルは創業わずか3年以内で世界各地に200拠点以上を展開し、2019年8月には4億ドルの資金調達に成功し、ユニコーン企業として成長を遂げた。

表3:コワーキングスペースの事例
代表企業 設立年 概要
ノーテル
(Knotel)
2016 20~500人規模の中小企業を対象に、本社として利用できるスペースを提供。各企業のニーズにあった立地、広さ、内装を提案。また、柔軟な契約内容を提案し、入居後も企業の急速な成長やニーズの変化にも対応する。
スペイシャス
(Spacious)
2016 夜間営業が中心のレストランと提携し、日中はレストランのスペースをシェアオフィスとして提供。ニューヨーク市内に10の拠点を展開する。
インダストリアス
(Industrious)
2013 カジュアルな空間を提供する一般的なコワーキングスペースと比較して、重厚な会議室から昼寝用のポッド、パーティスペース、授乳室まで、さまざまなニーズに対応したスペースを設ける。
プライマリー
(Primary)
2015 「ウェルネス(健康)」を企業理念として重視し、仕事を充実させるには良い健康状態が必要との考えから、利用者の健康を促進するため、室内にスタジオを設け、フィットネスクラスやマッサージ、健康食などを提供する。
ザ・ウィング
(The Wing)
2016 主として女性を対象とするコワーキングスペース兼社交クラブ。室内にフェミニズム関連の資料や女性作家による本が並ぶ図書室のほか、更衣室、化粧室、授乳室などといった女性にとって快適な設備が充実している。

出所:各社のウェブサイトからジェトロ作成

コワーキングスペース以外にも、ビジネスを成長させるための支援を行うインキュベーターやアクセラレーターも多数ある(表4参照)。ニューヨーク市は国際的なスタートアップ拠点として、海外からの起業家を支援するアクセラレーターが多く存在する。

例えば、2012年創業のベンチャーアウトは、米国外企業のニューヨーク進出支援を得意とするアクセラレーターで、米国外でも1週間のアクセラレーションプログラムを提供するなど、積極的に活動を行っている。同社は、スタートアップがグローバル企業として成長するためには、「米国のテック・コミュニティーに根ざしながら、現地で資金を調達し、顧客にアクセスする必要がある」という考えに基づいてサポートを展開する。プログラム開始以来、150以上のプログラムを提供し、世界25カ国1,000社以上のスタートアップ企業を支援している。

表4:インキュベーター/アクセラレーターの事例

アクセラレーター
企業名 設立年 プログラム概要/特徴
アントレプレナーズ・ラウンドテーブル・アクセラレーター
(Entrepreneurs Roundtable Accelerator)
2011 ニューヨーク市最大級のアクセラレーターで、アーリーステージのスタートアップを対象とした4カ月間のプログラムを年2回に実施。500人以上の投資専門家、技術者、製品スペシャリスト、マーケティング担当者などで構成される巨大なメンターネットワークを持ち、プログラム参加企業は同ネットワークを通じてニューヨーク市のテック・コミュニティーの主要プレイヤーにアクセスできる。
ベンチャーアウト
Venture Out
2012 海外企業のニューヨーク進出支援を得意とするアクセラレーターで、ニューヨーク市の拠点では、3か月間のアクセラレーションプログラムを実施。プログラム開始以来、150以上のプログラムを提供し、25カ国1,000社以上のスタートアップを支援。
インキュベーター
企業名 設立年 プログラム概要/特徴
グランド・セントラルテック
(Grand Central Tech)
2014 12カ月にわたるプログラムの期間中、無料でスペースを借りることができる仕組みになっている。スタートアップ企業が格安の賃料で利用できるコワーキングスペースも運用し、共同設立者によると、金銭的なリターンにとらわれず、ニューヨークのテックシーンを支援するという大きな使命を考えることができるという。これまで73社のスタートアップを支援しており、卒業企業による調達総額は4億5,000万ドルに上る。
ニューヨーク・タンドン・フューチャー・ラボ
(NYU Tandon Future Labs)
2009 ニューヨーク大学とニューヨーク市の初のパートナーシップとして始まった、ニューヨーク市経済開発公社を通じて市の支援を受けた初のインキュベーター。機械学習やクラウドコンピューティングなどの分野を専門とする4拠点のラボで構成。ニューヨーク市の大学主導のスタートアップ・エコシステムとして最大規模を誇る。

出所:各社のウェブサイトからジェトロ作成

近年は、スタートアップ企業が開発する新技術やサービスを既存の事業会社が取り組む動きが増加していることから、こうした大企業などのコーポレートイノベーションを支援する機関も存在する。ニューヨークには、イスラエル発のイノベーションセンターを運営する「SOSA」が市内に拠点を構え、大企業とスタートアップなどとのコラボレーションを促進する。同社は、各企業の課題を特定し、その問題の解決法を提供できそうな有力なスタートアップを紹介することで、大手企業の支援を行っている。1万5,000社以上のスタートアップ、250人の投資家による巨大なネットワークを活用し、これまでに1万5,000社以上の企業を支援している。

以上みてきたように、ニューヨークは(1)金融、ファッション、メディアなど多様な産業が集積、(2)大都市で人口密度が高く、巨大な消費市場を抱える、(3)人種構成が多様でテストマーケティングを行う都市としても優れている、(4)起業家を支援するエコシステムが充実しているなどのメリットが挙げられる。従来から異文化交流が盛んな都市として、外国からの起業家にもオープンであることから、日本のスタートアップにとっても魅力的な市場といえよう。

ジェトロでは、ニューヨークの大手アクセラレーターであるベンチャーアウトとの提携を通じて、スタートアップ企業の支援拠点「イノベーションホットスポット(IHS)」を、8月に設置した(2019年8月23日付ビジネス短信参照)。ニューヨークのエコシステムを活用したビジネス拡大を目指す日系スタートアップ企業に対し、現地でのブリーフィングや事業戦略立案などに関するメンタリング、現地企業やベンチャーキャピタルなどとのマッチングなどのサービスを行っている。詳細は「ジェトロのサービス」の「グローバル・アクセラレーション・ハブ」を参照。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。