「米国中西部スタートアップ」(7) シカゴエコシステムの優位性
ものづくり、IIoT、ロジテック、ヘルスケアスタートアップの米国進出はシカゴから

2019年6月4日

日本のスタートアップが北米進出を考える際には、まずシリコンバレーやニューヨーク、ボストン、さらに近年では音楽・映画・イノベーションの祭典「サウスバイ・サウスウエスト(SXSW)」が開催されるオースティンなどが思いつくだろう。しかし、日本の25倍超の面積と約2.6倍の人口を有する米国市場を効果的に開拓するに当たっては、消費者への知名度だけでなく、業種別に進出地域を検討する必要がある。特に、ものづくり・製造業、インダストリアルIoT(IIoT、産業向けモノのインターネット)、ロジテック、ヘルスケアといった分野を狙うB2Bビジネスや、高い投資収益率(ROI)を狙う投資家であれば、シカゴも進出先の候補に入れるべきだ。

ものづくり・製造業にマッチした風土や人材がそろう

中西部は歴史的に、自動車産業ではデトロイト、鉄鋼産業ではピッツバーグと、ものづくりで栄えた地域であり、日本と似たものづくり精神が根付いている。その中西部の中心であるシカゴには、ボーイングや発電事業大手のエクセロンなどフォーチュン1000のうち67社が本社を置いている。ソフトウエアに特化する地域も多い中で、シカゴなどの中西部は製造業に特化したインキュベーター、エムハブ(mHUB、2019年2月4日付地域・分析レポート参照)が存在するなど、実際にものづくりを伴うB2B産業やロジスティックに強い。2018年にJNC(本社:東京)と合弁会社を設立した電気自動車(EV)向けバッテリー素材製造企業ナノグラフ・コーポレーション(NanoGraf Corporation)のサミーア・マヤカーCEO(最高経営責任者)は、ジェトロのインタビュー(2019年1月17日付地域・分析レポート参照)の中で、「ナノグラフは『製造業』であり、歴史的に製造業が盛んな中西部に位置することで経験豊富な人材や、質の高い素材を目利きのできる顧客に恵まれている。それに比べて、シリコンバレーのベンチャーキャピタルは短期での結果を求めるため、科学研究に対する忍耐がない。イノベーション創出には、中西部製造業の長期的な視野が欠かせない」と述べている。

インダストリアルIoT(IIoT、産業向けモノのインターネット)に投資が集まる

シカゴではここ数年、IIoTと関連産業技術に投資が集まっている。例えば、IoT大手では、エアリス(Aeris、本社:サンホセ) がシカゴに拠点を新設し、モトローラ・ソリューションズ (Motorola Solutions) が既存拠点へ10億ドルの投資をした。スタートアップでは、アップテイク・テクノロジー(Uptake Technology)は、データサイエンス(分析)や機械学習を用いた予測分析などを提供する「インダストリアルAI(製造業における人工知能)」の開発と提供を推し進めている。さらに、2017年に開設されたコネクトリー(The Chicago Connectory、2019年4月17日付ビジネス短信参照)は、IoTに特化したインキュベーション施設であり、自動車部品や家庭用調理器具などを製造するボッシュ(Bosch)とシカゴ最大級といわれるデジタルテックインキュベーター1871(2019年5月7日付地域・分析レポート参照)の協力の下で運営されている。

運輸・交通セクターのハブ、ロジテックも盛ん

シカゴでIoTと自動化の応用が進んでいるのは、運輸・交通、倉庫、物流セクターである。シカゴは主要大都市圏および運輸・交通セクターのハブとして、アリティ (Arity) などの運輸・交通データ分析関連企業が所在しており、こうしたサブセクターとしてのロジテック(物流×IT)が成長している。そして、この傾向を加速させる原動力となっているのが、フォーチュン1000に名を連ねるエコー・グローバル・ロジスティックス (Echo Global Logistics、EGL) などの地域の業界大手や、フォーカイツ (FourKites) のようなスタートアップ企業である。

EGLは、テクノロジーを活用した輸送とサプライチェーン管理サービスを提供している。また、フォーカイツは、その貨物追跡プラットフォームで、地元のハイドパークエンジェルスを含む米国各地のベンチャーキャピタルから、2014年以降シードラウンドで1億1,000万ドル以上の出資を受けている。さらに、ドイツ物流大手DHL は2019年に、米国では自社初のイノベーションセンターをシカゴに設けた。同センターでは、顧客のニーズやテクノロジーソリューション (技術による解決策) を特定・確認するためにミーティングやワークショップを開催している。

ヘルスケア分野では大学発のスタートアップが多数

シカゴにはヘルスケア関連企業がおよそ2万6,000社あり、ヘルスケア関連の仕事に従事する人は50万人を超える。シカゴのGDPで見ると、およそ12.2%を占める。最も中心的な存在は、ヘルスケア分野に特化したシカゴのインキュベーター「マター(MATTER)」(2019年5月14日付地域・分析レポート参照)である。イスラエルやカナダのヘルスケア企業も、ここを米国参入の窓口としている。

また、イリノイ州の大学発スタートアップの4分の1近くをヘルスケア分野が占める。イリノイ科学技術連合(ISTC)が発表した「2019大学発起業家レポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によれば、大学の知的財産を技術移転した大学発スタートアップの5年後生存率は78.1%、そうでない大学発スタートアップは5.9%と大きな差が生まれている(2019年4月24日付ビジネス短信参照)。また、2015年に創設されたスタートアップ企業テンパス (Tempus)は、これまでに総額3億2,000万ドルを調達し、がん治療に関係する大量の分子・臨床データを収集・分析した。そして今では、評価額約20億ドルのユニコーン企業となっている。

高利益率を期待できる投資先が多い

米国での投資先を探している企業にとって、シカゴにおけるエグジット(投資資金回収)率の高さは魅力に映るだろう。ピッチブック(Pitchbook)の2016年発表によれば、シカゴ投資の半数近い45%が、10倍以上のROI(投資収益率)を達成している。これは、シリコンバレーの25%やニューヨークの22%に比べて2倍程に及ぶことになる。シカゴ・ネクストのマーク・テブ氏はその理由を、「シカゴのスタートアップがB2B中心であり、消費者に目立つ分野ではないものの、輸送や保険、ヘルスケア、業務効率化といったB2Bと関わりの深い分野で、ビジネスや消費者の生活を下支えし、経済に大きな影響を与えうること」と指摘している。これに加えて、1871CEOのベッツィ・ジーグラー氏は「仮定だが、シカゴ企業の初期評価額は西海岸のスタートアップよりも低いため、それが原因で投資家にとっての利益率が高くなるのではないか」と述べている。

このように、シカゴは一般消費者の認知度があまり高くないB2B分野において、堅実に成長するスタートアップが多い。他方でB2C分野でも、共同購入クーポンサイトのグルーポンや楽器専門電子商取引(EC)サイトのリバーブ(2019年2月4日付地域・分析レポート参照)、フードデリバリーのグラブハブなど、目覚しい成長を遂げているスタートアップが存在する。日本のスタートアップの進出先や日系企業の投資先として、シカゴの恵まれたエコシステムと製造業、IIoT、ロジテック、ヘルスケアなどのスタートアップにも目を向けていただきたい。

執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 ディレクター
河内 章(かわち あきら)
2006年、ジェトロ入構。デザイン産業課(2010年〜2014年)、ジェトロ仙台(2014年〜2016年)などを経て、2016年4月より現職。米国自動車メーカーと日系サプライヤーの商談支援や、米国企業による日本進出支援、米国・中西部のスタートアップ・イノベーションなどを主に担当している。