特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリア米国の5割のユニコーンが集中、エグジット続くユニコーン
サンフランシスコ・シリコンバレーのエコシステム(1)

2019年11月22日

家賃が月額40万円近くする1ベッドルームの住居費に、年間1,000万円を超えるエンジニアの人件費。サンフランシスコとシリコンバレー(以下、ベイエリア)のビジネスコストは高騰を続ける。同時に、ベイエリアから優秀な起業家を誘致しようと、北米を始めとする世界各地がエコシステムの構築を急ぐ。しかし、そうした中でも、日本の四国ほどの面積(1万8,000平方キロメートル)と、愛知県ほどの人口(775 万人)しかないベイエリアには、米国のユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)の5割が存在する。本稿では、ユニコーンを生み出し続けるそのエコシステムを、3回に分けて報告する。第1回は、2019年にエグジットを迎えたユニコーンを中心に、ベイエリアのエコシステムが生んだスタートアップの動向を紹介する。

2019年に入り、ベイエリアのユニコーンが立て続けに上場

2019年上半期はユニコーンの大型上場が相次ぎ、5月に上場したウーバー・テクノロジーズは歴史上まれにみる大型上場となった。同社は、世界中のライドシェア企業〔中国・滴滴出行(DiDi)、シンガポール・グラブ(Grab)など〕の原点となった、サンフランシスコに本社を置く企業だ。現在、市場が同社には単なる配車アプリを超えた企業価値があるとみて、時価総額は500億ドルを超える。同社は、独自のアルゴリズムで経路検索や運転手と顧客のマッチングを行うだけでなく、Maas(モビリティー・アズ・ア・サービス、注)の先端企業として、需要予測や需給コントロールまで行う、人工知能(AI)モビリティー・プラットフォームとして注目されている。その一方で、赤字が続いているため、同じく2019年に上場したリフト(時価総額115億ドル)とともに、上場後株価は低迷を続けている。ドライバー確保の問題などを抱える中、自動運転車の普及とともに、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と並ぶプラットフォーマーに成長できるか、今が正念場となっている。


米国で生活の一部となっているライドシェアサービス。
シアトル空港の乗車場所(ジェトロ撮影)

自動運転で赤字脱却を目指すウーバー・テクノロジーズ
(ウーバー・テクノロジーズ提供)

ライドシェア分野以外でも、ピンタレストやスラック・テクノロジーズなど、企業価値100億ドルを超えるデカコーンの上場があり、2019年上半期に上場したベイエリア6社の時価総額は1,000億ドルに達している(表1参照)。その中でも、ビデオ会議プラットフォームのズーム・ビデオ・コミュニケーションズは、上場で大きな恩恵を得た。同社のサービスは、安定した通信品質と録音・画面共有などの使いやすさにより爆発的にユーザー数を増やし、利益を生んでいる有数のユニコーンとして、2019年4月にナスダックに上場した。ウーバー・テクノロジーズとは対照的に、上場前にぎりぎりでユニコーンだった同社の企業価値は、上場により9倍に跳ね上がり、2019年10月現在では200億ドルを超えるまでに成長した。

表1:2019年上半期に上場したユニコーン企業
企業 時価総額
(2019年10月)
本社所在地 設立年 業務内容 概要 上場にかかる状況
ウーバー・テクノロジーズ
(Uber Technologies)
504億ドル
(5.4兆円)
サンフランシスコ 2009年 配車プラットフォーム、
ライドシェアサービス
63カ国、700都市でサービスを提供し、月間9,100万人のユーザーと390万人の登録ドライバーを抱える巨大プラットフォーマー。フードデリバリーのウーバー・イーツを展開するほか、自動運転にも参入。 2019年5月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場。上場時は、公開価格レンジ下限の45ドルと低迷し、市場の失望を招いた。
ズーム・ビデオ・コミュニケーションズ
(Zoom Video Communications)
209億ドル
(2.2兆円)
サンノゼ 2011年 ビデオ会議プラットフォーム 同社サービスは、安定した通信品質、標準装備の録画、URLのみで簡単にアクセスできる操作性により、瞬く間に広がった。 2019年4月にナスダック(Nasdaq)に上場。株価は公開時に7割近く上昇、IPOにより企業価値が9倍になった。
ピンタレスト(Pinterest) 148億ドル
(1.6兆円)
サンフランシスコ 2009年 ソーシャルメディア、広告 ユーザー同士がレストランやファッションなどの情報をボード(ページ)にピン(投稿)をしてまとめ、共有するサービス。ボードの写真からリンク先ページで詳しい情報を得ることができる。 2019年4月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場。上場時は、公開価格(19ドル)を25%上回った。
スラック・テクノロジーズ
(Slack Technologies)
136億ドル
(1.5兆円)
サンフランシスコ 2009年 ビジネスコミュニケーションツール 会社やチーム、プロジェクトなどの組織単位で「ワークスペース」を取得・開設でき、URLも自動生成されるなど、利便性に特徴がある。 2019年6月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場。IPOではなく、直接上場の手段を取った。
リフト
(Lyft)
115億ドル
(1.2兆円)
サンフランシスコ 2012年 配車プラットフォーム、
ライドシェアサービス
米国・カナダに集中してサービス展開している。ウーバー・テクノロジーズと同様、自動運転の研究にも着手している。 2019年3月にナスダック(Nasdaq)に上場。株価は初日は約9%上昇し、公開価格(72ドル)を上回ったが、10月現在、40ドル以下と低迷している。
クラウドストライク(CrowdStrike) 13億ドル
(0.1兆円)
サニーベール 2011年 サイバーセキュリティー技術 人工知能(AI)とクラウドサービスを活用し、サイバー攻撃に対処する技術や製品を提供する。クラウドソーシングにより、顧客が受けた攻撃を瞬時に共有し、集団で防衛する仕組み。フォーチュン100企業の4割が顧客。 2019年6月にナスダック(Nasdaq)に上場。上場時は公開価格34ドルから58ドル(終値)に上昇した。

出所:時価総額は10月5日付ヤフー・ファイナンス(為替レートは三菱東UFJ銀行TTBレート、1ドル106.92円)、その他はクランチベース、各種報道、各社ウェブサイトからジェトロ作成

米国のユニコーンのうち、半数がベイエリアに集中

2019年下半期以降も、ユニコーンの上場は続くとみられる。M&A(合併・買収)、IPO(新規株式公開)により上場したベイエリアのユニコーンは多いが、引き続き、次々とユニコーンが生まれているからだ。テッククランチが公開する「クランチベース・ユニコーン・リーダーボード」に基づき、ジェトロが集計したところ、2019年10月現在、ベイエリアには108社のユニコーンが存在する。米国全体(215社)の約50%、世界全体(492社)の約22%が集中している。

民泊を始めとする、オンラインコミュニティーマーケットを提供するエアビーアンドビーは、2020年に直接上場による株式公開を予定している(表2参照)。また、手数料無料の株式売買アプリを提供するロビンフッドや、オンラインデリバリーや歩道での自動運転デリバリーを近く導入するポストメイト(2019年8月16日付ビジネス短信参照)も上場準備を始めており、引き続き目が離せない。

表2:2019年10月以降、上場する可能性が高いユニコーン
企業名 本社所在地 設立年 分野 概要 上場にかかる状況
エアビーアンドビー
(Airbnb)
サンフランシスコ 2008年 オンラインコミュニティーマーケット 世界最大の民泊オンラインコミュニティーマーケットプレイスを展開。民泊だけでなく、旅の体験やレクリエーションなどを提供。スケジュール管理やレビューサイト、身元調査企業などスタートアップを次々と買収している。 2020年に株式を上場する方針を発表。IPOではなく直接上場を予定していると複数のニュースが報じた。
ポストメイト
(Postmates)
サンフランシスコ 2011年 オンラインデリバリー、
フードデリバリー
ドアダッシュやウーバー・イーツと同じくフードデリバリーサービスを提供。無料配達が可能な月会費制で、アルコールや商品の配達も行う。米国、メキシコ域内の3,500地域において、月間500万件の配達を行なっている。宅配ロボットServeを使ったデリバリーも予定している。 2月に上場準備に入ったが、10月現在S-1(米国証券取引委員会に提出する証券取引届出書)を登録していない。2019年9月に2億2,500万ドルの資金調達を行い、資金調達総額は9億300万ドルになった。
ロビンフッド
(Robinhood)
サンフランシスコ 2013年 株式売買アプリ 株式の売買を手数料無料で行える証券取引アプリを開発。手数料無料のメンバーシップに加え、月額制のプライムメンバーシップも提供。自前の決済システムや金融ニュースの提供などサービスを拡大している。 2019年7月にシリーズEをクローズ、企業価値は76億ドルとなった。上場時期は公開していない。

出所:クランチベース、各種報道、各社ウェブサイトからジェトロ作成

スタートアップにとって、ベイエリアの魅力の1つは、GAFAやセールスフォース・ドットコム、インテルのような買収者が多く存在することだ。エグジットの手段として、M&Aが存在するため、必ずしもIPOを目指す必要はなく、起業時からエグジットの機会が多く与えられる。事実、米国のスタートアップにおけるエグジットの9割は、IPOでなくM&Aによるものだ〔全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)調べ、2018年〕。ユニコーンになる前に買収された例としては、2018年に日本のリクルートに約12億ドルで買収された、オンライン求人サービス大手のグラスドア(Glassdoor)がある。

買収する主体は、上場企業だけではない。ユニコーンになった企業の中には、既に買収する側に回っている企業も多く存在する。エアビーアンドビーは、企業価値が310億ドルに達し、これまで関連するスタートアップ(スケジュール管理、レビューサイト、身元調査企業など)を20社以上も買収した。また、ロビンフッドは2019年3月、金融ニュースの提供を始めるためにマーケットスナックス(MarketSnacks)を買収した。

売却によって、創業者は多額の資金(リスクマネー)を得て、もう一度起業するか、エンジェル投資家として新しいスタートアップに投資する。こうして、エコステムの中で経験や資金がうまく循環していくのである。


注:
Mobility as a Serviceの略。マイカー以外の全ての交通手段となる移動を、1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ「移動」の概念。
執筆者紹介
ジェトロ・サンフランシスコ事務所 次長
樽谷 範哉(たるたに のりや)
2001年ジェトロ入構後、シリコンバレーなどでのインキュベーション事業立ち上げを担当。ジェトロ名古屋、ジェトロ・トロント事務所、東京本部にてハイテク、製造業、スタートアップの世界展開プログラムに従事。2017年7月よりベイエリアにてイノベーティブな日系企業の世界展開をサポートしている。