特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリア米ロサンゼルスのスタートアップ、消費者ニーズの商業化で発展

2019年11月22日

ロサンゼルスは、シリコンバレーから車で5時間、飛行機で90分という立地条件にあり、シリコンバレーやニューヨーク、ボストンに続いて、スタートアップハブとして存在感を示しつつある。会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PWC)とCBインサイツの報告書「2019年マネーツリー3Q」によると、ロサンゼルスのスタートアップの資金調達総額は2018年に過去最高の62億ドルを記録した。インキュベーターやアクセラレーターなど支援環境が整っていることや、シリコンバレーなどスタートアップハブ都市と比較して労働コストが低いこと、などスタートアップが成長する環境が整う。また、デジタルメディア産業の急成長も著しく、関連するスタートアップが、次々と生み出されている。

巨大な消費者市場が生むベンチャー

ロサンゼルス都市部には、約1,300万人が住む大きな消費者市場が存在する。このため、コンセプトやアイデアづくりでベンチャーの創出を得意とするシリコンバレーに比べ、コンセプトを消費者のニーズに合わせて商業化することを得意とする。ロサンゼルスは、企業や投資規模もまだまだ小さいものの創造性に富んだスタートアップが多く、新しい消費市場の創出や購買価値を生み出すことに成功している。ここではその例を紹介する。

近年、注目されている植物性の人工加工肉ベンチャー、ビヨンド・ミートは2009年に創業し、動物保護の観点から肉を食さない一定層向けの製品を開発し、「新時代の肉」として販売したことで成功している。同社は、2016年に自然食品を扱う大手スーパーのホールフーズマーケットへの参入に成功し、また2017年には全米で約900店舗を持つスーパー、セーフウェイで販売されるまでに拡大した。地元メデイアでは「ギャンブルに出た」や「客を混乱させる偽者の肉」などと報道される中、2017年に5,500万ドルの資金調達に成功した。2019年5月の新規株式公開(IPO)では時価総額が38億ドルを超え、マクドナルド元CEO(最高経営責任者)やマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏からの投資を得ている。

2017年9月に米国初の電動スクーターのシェアリングサービスを開始したスタートアップ、バード・ライズは2年ほどで北米、南米、中東、EUに展開する大成長を遂げ、時価総額25億ドルのユニコーンへと躍進した。同社は、公共交通手段がバスか車といった選択肢が乏しい地域の消費者のニーズを捉え、早い段階でスクーターのシェアリングサービスを実現したことで、マイクロモビリテイの利便性をアピールし、新しい市場をつくった。

ロサンゼルス発のスペースXは、2010年に民間で初めてロケットの打ち上げと、衛星軌道に乗った宇宙機の回収に成功したスタートアップだ。同社は、ロケットの打ち上げにかかる膨大なコストの削減を目標に、再利用可能ロケットの開発を推進している。2017年には、一度発射したロケットの燃料タンクを地上に戻すという、これまでになかったテクノロジーを開発するなど、世界中に顧客を持つ大型ベンチャーに成長している。

このほか、ワグ(Wag)は、犬の飼い主と散歩代行人とをアプリケーションを通じてマッチングする、犬の散歩代行サービスを提供する。散歩代行中でも、飼い主がGPSで犬の場所を確認できるサービスで人気を得ている。車のシェアリングサービスを提供するフェア(Fair)は、好きな車種を最短1日から、必要に応じて好きな期間借りることができるサービスを提供している。また、同社はウーバーと提携しており、運転手が好きな車を選んで顧客のピックアップサービスに向かうユニークな仕組みを導入している。タスクアス(Task Us)は、企業の顧客サービス部門や営業コールセンターなどから、データの入力、画像処理など、カスタマーサービスに関連する幅広いビジネス用務を、業務ごとに引き受ける。現在、米国18カ所に拠点を持ち、1万5,000人の雇用を生むまでに拡大している。

表:2018年におけるロサンゼルス発主要スタートアップの資金調達額(金額順、ドル)
企業名 業種 資金調達額(ドル) ウェブサイト
Space X ロケット製造、打ち上げ事業 9億5,000万 www.spacex.com
Wag 犬の散歩代行サービス 3億 www.wagwalking.com
Fair カーシエアリングサービス 2億9,000万 www.fair.com
Bird 電動スクーター 2億5,800万
Task Us カスタマーサービスアウトソーシング 2億5,000万 www.taskus.com

出所:クランチベースを基にジェトロ作成

コンセプトを商業化へ導くエコシステム

ロサンゼルスにはビジネス創出に向け、地元政府や大学、そして民間企業やベンチャーキャピタル(VC)が支援するエコシステムが形成されている。産業別に細分化したプラットフォームが存在し、産業ごとの課題や市場のニーズを踏まえて、商業化の動きを支援している。

連邦政府や市からの助成金、公的資金補助を受けるロサンゼルス・クリーンテック・インキュベーター(LACI)は、電気自動車(EV)やチャージャー、電力や水などのグリーンテクノロジーに特化しており、2011年から起業前の段階(アーリー)、起業直後の段階(シード)のスタートアップ創出を助けている。LACIには金属加工ラボ、3Dプリンタなどの先端技術設備が整っており、製品のプロトタイプが創作できるというユニークなインキュベーターだ。


LACI内のピッチイベントなどのイベントスペースやラボの設備(ジェトロ撮影)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)では、マウスベルト・ブロックチェーン・アクセラレーター(Mouse Belt Accelerator)の支援を受け、ブロックチェーンのアカデミックな研究と商業化を目指し、2019年1月から初のブロックチェーンエンジニアリングコースが開講された。同プログラムは、アマゾンデータやグーグルからのパートナー支援を受けており、UCLAのみならず、同大学のデイビス校、サンタバーバラ校でも展開される。さらに、ロサンゼルス校のプログラムでは、最大5つのプロジェクトに50万ドルの資金が充てられる。

医療機器、診断、デジタルヘルス系産業のスタートアップ支援に特化するメドテックイノベーターは、オープンイノベーションを求める大手メーカーが積極的に支援するアクセラレーターである。ジョンソン・アンド・ジョンソン・イノベーション、ボストン・サイエンティフィック、アムジェン、テルモなど大手医療メーカーが、国内外でのスタートアップの発掘、選考、投資に直接携わっている。

エンジニア人材が豊富で低コスト

ロサンゼルスのエコシステムの魅力の1つとして、雇用コストが北部のベイエリアに比べ低いことも挙げられる。不動産サービスを世界で展開するCBREの調査レポート「Scorching Tech Talent2018」によると1人当たりの、テックワーカの年間平均給与は、ベイエリアで12万5,438ドルなのに対し、ロサンゼルスでは10万1,491ドルと2万ドル以上も安い。

人材面でも、電気 工学、コンピュータ・エンジニアリング、機械工学に強いカリフォルニア工科大学、カリフォルニア大学、南カリフォルニア大学が立地し、他の都市に比べて多くのエンジニア人材を輩出する恵まれた環境が整っている。2017年のData USAの調べによると、ロサンゼルス郡の2016年の技術系卒業生の数は6,495人で米国最多となっている(図参照)。

図:米国の郡別技術系大卒者(2016年)(単位:人)
1位がカリフォルニア州ロサンゼルス6,495人、2位がカリフォルニア州サンタクララ4,292人、3位がジョージア州フルトン3,640人。 4位以降がニューヨーク州ニューヨーク2,940人、イリノイ州クック2,699人、マサチューセッツ州ミドルセックス2,612人、ペンシルバニア州センター2,577人、ミシガン州ウォッシュトノー2,547人、ペンシルバニア州アレゲニー2,544人、インディアナ州ティピカヌー2,525人。

出所:Data USA

デジタルメディアの興隆が追い風

ロサンゼルスのもう1つの特徴は、デジタルメディア産業の集積である。2019年のオーティス・クリエイティブ・エコノミーレポートによると、ロサンゼルス郡におけるデジタルメディアを含むクリエイティブ産業が生む経済効果は2, 078億ドルであった。

近年では、シリコンバレーの大物テック企業、グーグル、アップル、アマゾンによるデジタル市場への参入や拠点設立の動きが活発だ。グーグルのゲーム産業への参入に続き、アップルは11月1日に新たなストリーミングサービスの「アップルTVプラス」を開始した。デジタルメディア産業では拡張現実(AR)や仮想現実(VR)を用いた多くのコンテンツが競い合い、ソーシャルゲームのeスポーツ市場が急成長している。スタートアップステージの企業がIPOやM&A、買収などVCから大型投資を受けて変貌する機会が増えている。人工知能(AI)技術を活用し、実物そっくりの知的分身3Dアバターを開発するオベン(Oben)や、3,000万ドルの資金調達を得たeスポーツスタートアップのプレイ・バーシス(PlayVS)などは、ロサンゼルスを拠点とする。

また、ディズニーやワーナーブラザーズなどの映画スタジオ、タレントエージェンシーのCAAやテックスターズが、ミュージック系やメディア系アクセラレーターを立ち上げたことが、デジタルメディア産業の成長の成長を後押しした。スナップチャットも2018年に150万ドルの資金を投入し、アクセラレーターを設立した。ロサンゼルスのスタートアップが開発した、Z世代およびミレニアル世代に人気の高いデジタルコンテンツが、世界のファンや顧客に発信されるというビジネスモデルができつつある。

執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
サチエ・ヴァメーレン
2009年、ジェトロ入構。2000年に渡米。福祉研究員や経済研究員を経て、ロサンゼルス調査員として2009年7月より現職。ロサンゼルスで物流や輸入規制に関する動向をウオッチ。