特集:2018年の対中直接投資動向契約件数が急増する一方、実行金額は2年ぶり減少(香港)

2019年5月29日

中国商務部の統計によると、2018年の香港の対中直接投資は、契約件数が前年比約2.2倍の3万9,868件と急増した一方、実行金額は4.9%減の899億2,000万ドルと2016年以来2年ぶりに減少に転じた(表1参照)。対中直接投資全体に占める香港の構成比は、契約件数が65.9%(2017年は50.7%)、実行金額が66.6%(72.1%)を占め、国・地域別で引き続き1位となっている(注)。

表1:香港の対中直接投資の推移(単位:件、%、億ドル)(△はマイナス値)
契約件数 実行金額
件数 構成比 前年
(同期)比
金額 構成比 前年
(同期)比
2016年 12,753 45.7 △ 3.0 814.7 64.7 △ 5.7
2017年 18,066 50.7 41.7 945.1 72.1 16.0
2018年 39,868 65.9 120.7 899.2 66.6 △ 4.9

注:2018年における実行額の構成比は、銀行、保険、証券を除く中国の対内直接投資額(1,349億7,000万ドル)から算出した。
出所:中国商務部ウェブサイト、CEICを基に作成

技術、ノウハウ活用関係の投資が増加

2018年の中国全体の対内直接投資をみると、契約件数が前年比69.8%増となった一方、実行金額は3.0%増の1,349億7,000万ドルにとどまり、香港の対中直接投資と似通った傾向を示している。昨今の中国全体の対内直接投資動向について、中国商務部研究院外国投資研究所の張菲副主任は「多額の投資を必要とせず、技術、ノウハウなどがより重視される分野の投資案件が増えている」と指摘したが(2018年11月9日付地域・分析レポート参照)、香港の対中直接投資でも、こうした投資案件が増加する傾向にある。

例えば、眼科クリニックを運営する香港の「希瑪眼科医療」は2018年1月、北京市に眼科クリニックを開設した。広東省広州市や深セン市など中国本土計4都市で診療所や美容クリニックを展開している「香港医思医療」は2018年10月、深セン市に新たに医療・美容クリニックを開設した。このほか、香港大学の宇宙研究実験室は2018年10月、浙江省杭州市の「香港大学浙江研究イノベーション研究院」に1,000万香港ドル(約1億4,000万円、1香港ドル=約14円)を投じ、宇宙研究を行う実験室を設立すると発表した。

大湾区構想の進展見据えた投資が増加

香港企業の個別の対中直接投資の動きをみると、総じて粤港澳大湾区(広東・香港・マカオベイエリア)(以下、大湾区)構想の進展を見据え、広東省の主要都市に集中的に投資を行う企業もみられる(表2参照)。

表2:香港企業の対中国展開事例

小売り
企業名 事例
莎莎国際 中国本土の店舗数は54店舗(2018年9月末時点)。2018年4月から同年9月にかけて4店舗を開店、5店舗を閉鎖。同期間における中国での売上高は前年同期比1.8%減の1億3,840万香港ドル。
長江和記実業 中国本土のドラックストアの店舗数は3,377店舗(2018年6月末時点)。2017年7月から2018年6月にかけて新たに363店舗を開店。2018年上半期(2018年1月~6月)の同ドラックストアの売上高は前年同期比1.4%減。2018年10月、テンセントおよび中国本土でスーパーマーケットを展開する「永輝超市」と合弁会社を設立し、新ブランドのスーパーマーケット「百佳永輝」の立ち上げを発表。
宝飾
企業名 事例
周生生 中国121都市で442店舗を展開(2018年6月末時点)。2018年1月から同年6月にかけて34店舗を開設し、14店舗を閉鎖。同期間における中国での売上高は前年同期比23%増の49億6,600万香港ドル。
六福 中国本土の店舗数は計1,651店舗(2018年9月末時点)。このうち直営店が151店舗、代理店が1,500店舗。2018年4月から同年9月にかけて直営店6店舗減、代理店96店舗増。同期間における中国での売上高は前年同期比で25.0%増。
周大福 中国本土の店舗数は2,682店舗(2018年9月末時点)。2018年4月から同年9月にかけての店舗純増数は233店舗。同期間における中国での売上高は前年同期比13.9%増の130億9,440万香港ドル。
不動産
企業名 事例
恒隆グループ 2018年1月から同年6月にかけての中国での不動産賃貸業における総収入は前年同期比11%増の21億7,100万香港ドル。2018年5月、浙江省杭州市の商業用地を約107億人民元で取得。今後同社は、190億人民元を投じ、同商業用地にて延べ床面積19万4,100平方メートルの複合施設を建設する。
新鴻基
グループ
2017年7月から2018年6月にかけて、北京市、上海市、浙江省杭州市、広東省広州市などで計11件のオフィス、商業・住宅施設およびホテルの建設プロジェクトが完成。2018年6月末現在、上海市、広州市などで計14件の上記建設プロジェクトが進行中。
九龍倉 2018年1月から同年6月にかけての中国における総売上高は前年同期比21.5%減。2018年5月に湖南省長沙市にて長沙IFS、10月には長沙IFS内にニッコロ長沙ホテルを開業。同年上半期には江蘇省蘇州市、浙江省杭州市、広東省仏山市および広州市にて総面積67万7,300平方メートルの用地を140億元で取得。
新世界発展 2018年11月、広東省広州市の漢渓長隆駅に位置する複合施設の開発プロジェクトの権益取得に関し、48億4,900万人民元を投じ広州市の不動産開発会社の「広州燿勝房地産開発」の株式65%を取得。
太古地産 2018年2月、同社間接子会社の誉都発展は、上海市の前灘地区の土地使用権を保有する上海前繍実業の株式50%を約13億4,900万人民元で取得。
医療
企業名 事例
希瑪眼科医療 2018年1月に北京に眼科クリニックを1店舗開設。
香港医思医療 2018年10月に深セン市に医療・美容クリニックを1店舗開設。
研究
企業名 事例
香港大学宇宙研究実験室 2018年10月、浙江省杭州市の「香港大学浙江研究イノベーション研究院」に1,000万香港ドルを投じ、宇宙研究を行う実験室を新たに設立すると発表。
ガス・電力
企業名 事例
CLPホールディングス 2018年7月、中国の「啓迪控股」とそれぞれの子会社を通じて合弁会社「啓迪中電智慧能源科技(深セン)」を設立すると発表。
香港中華ガス 2018年10月、広東省仏山市の「仏山水務環保」の株式26%を5億5,000万人民元で取得すると発表。
金融
企業名 事例
恒生銀行 2019年3月末時点で北京市や上海市など中国18都市で47店舗を展開。
東亜銀行 2019年3月末時点で、中国44都市で100店舗を展開。2018年7月に深セン前海支行を分行に格上げ。
コングロマリット
企業名 事例
華潤グループ 2018年5月、広東省広州市の黄埔区政府、広州開発区管理委員会と戦略的協力協定を締結し、同地区にベイエリア計画関連事業の統括本部を設置すると発表。統括本部への総投資額は1,000億人民元超。

出所:各社ウェブサイト、報道記事などを基に作成

まず、香港のコングロマリット「長江和記実業」傘下の「屈臣氏集団(A.S.ワトソンズ・グループ)」は2018年10月、テンセントおよび中国本土でスーパーマーケットを展開する「永輝超市」と合弁会社を設立し、新ブランドのスーパーマーケット「百佳永輝」を立ち上げると発表した。屈臣氏集団は「今後の大湾区市場の成長力に期待し、そこでのビジネス拡大に向けて合弁会社を設立した」としている。

大湾区での商機に加え、小売業界では、中国本土の所得水準の向上や消費行動の洗練化といった変化を捉えて、積極的に店舗を拡大する傾向がみられる。例えば、宝飾品販売大手の「六福」は、2018年4~9月の間に96店舗の代理店を中国大陸に開店した。今後の見通しについて、同社は「中国経済の減速に伴い、本土でのビジネスの拡大には依然慎重ではあるが、中長期的なマーケットの先行きについては楽観的にみている。今後は商品ラインアップの充実を図り、市場シェアの拡大を目指す」とコメントしている。宝飾製造・販売を手掛ける「周大福」も、2018年4~9月の間に、中国での店舗数を233店舗、純増した。同社は「中国市場の変化を背景に、中長期的な宝飾品マーケットについては楽観視している」と指摘している。

不動産業界でも積極姿勢目立つ

不動産業界でも香港企業による積極的な投資・開発が目立つ。例えば、香港の大手デベロッパー「新世界発展」は、深セン市・前海自由貿易区内の桂湾片区で、新世界発展のグループ企業である前述の周大福、および新世界発展の中国本部と、金融機関の地域統括拠点が入居予定のオフィスビルの建設プロジェクトを進めている。また2018年11月には、広東省広州市の漢渓長隆駅に位置する複合施設の開発プロジェクトの権益取得に関し、48億4,900万人民元(約775億8,400万円、1元=約16円)を投じて広州市の不動産開発会社の「広州燿勝房地産開発」の株式65%を取得した。現在、同社は中国本土で多くの不動産開発事業を進めており、大湾区での投資を積極的に推進すると表明している。同じく香港大手デベロッパーの恒隆地産は、江蘇省無錫市や湖北省武漢市、雲南省昆明市などで2019~2020年に開業予定の商業ビルやオフィスビルの建設プロジェクトを進めている。

新エネルギーや環境関連の投資の動きも

ガス・電力業界をみても、大湾区計画の進展を見据えた投資の動きが見られる。まず、香港で電力事業を手掛ける「CLPホールディングス」と、中国の清華大学傘下の投資管理会社の「啓迪控股」は2018年7月、それぞれの子会社である中電智慧能源(中国)と北京啓迪清潔能源科技を通じて合弁会社「啓迪中電智慧能源科技(深セン)」を設立すると発表した。CLP社によると、大湾区計画におけるイノベーション・ハブの建設や、大湾区各都市のスマートシティー化を見据え、合弁会社を通じて新エネルギーとスマートシティー技術の開発を進めるとしている。香港でガス事業を展開する「香港中華ガス」も2018年10月、広東省・仏山市の「仏山水務環保」の株式26%を5億5,000万元で取得すると発表した。株式取得を通じて大湾区での水供給と環境関連のビジネスを開始するとしている。

香港企業は大湾区に熱視線

中国共産党中央委員会と国務院は2月、大湾区発展計画の綱要を発表した。それによると、2022年に世界一流のベイエリアと世界クラスの都市クラスターの基礎固めを行い、2035年に世界一流の大湾区を全面的に完成させるとしている(2019年2月20日付ビジネス短信参照)。前述のとおり、多くの香港企業が大湾区内での事業展開の強化を表明、もしくは今後の事業展開の強化に強い関心を示している。今後の計画の進展に伴い、こうした傾向はますます強まっていくとみられる。また、今後、大湾区内において、人・モノ・カネ・情報の連携が円滑に行われ、企業や個人が自由に活動可能なシステムが構築されれば、在香港の日系企業による投資意欲も高まる可能性がある。

計画綱要によると、香港には、国際金融、海運、貿易センター、国際航空ハブとしての役割発揮とともに、イノベーション・科学技術事業の発展を促すことが求められている。今後はこれらの分野で、投資や中国企業との合弁などを通じた事業展開が加速することが予測される。


注:
3月時点では、香港特別行政区政府は2018年の対内・対外直接投資統計に関するデータを発表していない。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 経済調査・企業支援部長
吉田 和仁(よしだ かずひと)
金融庁勤務を経て、2016年7月より現職。