現地税関との認識相違が招くリスク
タイFTA・通関実務の落とし穴(1)
2026年10月1日
近年、日本企業によるFTA/EPAの利用はますます拡大しており、とりわけ日本とASEAN間の貿易やASEAN拠点を通じた第三国との貿易において、関税削減やサプライチェーン最適化の観点から、FTA/EPAの活用は企業活動の重要な前提となりつつある。一方で、実際にFTA/EPAを活用しようとすると、特に輸出先の現地側でのHSコード分類の解釈や原産地証明書の記載に関する指摘、他の証明書の要求など、各国税関による運用の違いによって、特恵関税率が適用されないというトラブルに見舞われることがある。
特にHSコード分類の解釈については、さまざまな貿易トラブルの原因となっており、思わぬ追徴課税リスクに直面する企業も少なくない。本連載では、現地ヒアリング調査を通じて明らかになったタイでのFTA/EPA利用の実態や、貿易・通関上のトラブル事例を踏まえ、リスクの低減やトラブルへの対応策を伝えていく。
EPA活用の壁となる現地税関運用
日本企業による経済連携協定(EPA)の活用は年々拡大している。経済産業省によると、2025年の特定原産地証明書の発給件数は前年比6.6%増の48万3,242件に増加し、過去最高を更新した〔世界貿易投資報告III章3節(1)参照〕。最も発給件数が多い原産地証明書(Certificate of Origin、CO)は、RCEP協定に基づく「フォームRCEP」であり、2番目が日タイEPA(JTEPA)のCOである「フォームJTEPA」だ。
ジェトロ調査部で企業のEPA活用を推進する経済連携ユニットでは、日本企業によるEPA活用事例集
(1.97MB)を作成し、2026年1~3月にかけて中堅・中小企業や商工会議所などを巡り、EPA活用促進に向けた情報発信と課題の収集を行った。そこで聞かれたのは、日本側での原産地証明書発給までのプロセスについては情報収集から実行までできたものの、輸出先の現地税関の運用に関する情報が不足していたため、特恵税率の利用に至らなかったり、トラブルになったりした事例だった。
ジェトロが隔年で実施している「輸出に関するFTAアンケート調査報告書」においても、「EPA/FTAの利用方法について、手に入りにくかった情報
(1.80MB)」という設問(複数回答)では、第1位が「外国現地税関の運用」(29.6%)だった。前述のとおり、タイ向け輸出でEPAを活用する日本企業は多く、「タイ側での運用が分からない」といった声を聞くことも少なくない。そこで2026年8月26~28日にかけて、タイ側での実態を探るため、タイ税関を含む関係先にヒアリング調査を実施した。
HSコード分類に起因する問題が依然として多い
近年のタイにおけるFTAや通関トラブルの傾向について、ベーカー&マッケンジー法律事務所(ジェトロ中小企業海外展開現地支援バンコク・プラットフォーム コーディネーター)パートナーである阪本法子ニューヨーク州弁護士、キーラティ・サニーウォン・ナ・アユタヤ弁護士に聞いたところ、「日系企業からの相談の中でも、HSコード分類に起因するFTA利用や通関上のトラブルは依然として多い」という。


典型的なケースでは、輸出国側ではHSコード「XXXX.AA」で原産地証明書を取得し、関税率0%でタイに輸入しようとする。一方、輸入側のタイ税関ではHSコード「XXXX.BB」で関税率10%と解釈する。あるいは、関税率は0%のままでも、HSコードの変更や、それに伴う原産地要件の変更により、原産地証明書を無効と解釈することもある。タイ税関が認識しているHSコードと差異があるため、FTAによる特恵関税率の適用が認められないのだ。
代表的な例では、2022年9月にタイ最高裁が、トヨタ自動車の現地法人に対し、ハイブリッド車「プリウス」の部品輸入を巡って390億円の追徴課税の支払いを命じる判決を下した事案が挙げられる(注1)。同社は2010~2012年にかけてJTEPAを活用した特恵税率で部品を輸入していたが、関税当局が要件を満たしていないとして、2015年に追徴課税を通告した。
タイ最高裁判決(注2)によると、同社がJTEPAの特恵税率30%を適用して輸入していた自動車部品(注3)について、税関および最高裁は、輸入された部品一式を組み立てれば完成車としての本質的特性を有すると判断した。その上で、HS8703.23.41またはHS8703.23.51(時期により異なるが、小型自動車のCKDキットのコード)が妥当であり、これらの品目はJTEPAの適用対象ではなく、関税率80%が適用されると判断した。
キーラティー弁護士によると、HSコードの違いを指摘される事案で散見されるパターンとして、(1)企業が長年にわたって同じHSコードで輸入しており、(2)通関業者も従前のHSコードを前提として通関手続きを継続している、(3)ある時点でタイ税関が品目分類の解釈について見直し、企業に対して指摘を行う、(4)過去分にさかのぼって多額の追徴課税が発生する、という流れがある。輸出者側が提示したHSコードをそのまま信頼している企業(輸入者)も散見されるが、タイ税関は必ずしも輸出者の判断に左右されない。また、通関業者もHSコードの妥当性を十分に確認していないケースがある。結果として、最終的な責任は輸入者が負うことになる。
なお、軽微なHSコードの誤記載であれば、協定によっては原産地証明書上の訂正が認められている。JTEPAや地域的な包括的経済連携(RCEP)協定などでは修正できるが、日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定では認められていない(注4)。
JTEPAを活用して自動車部品を輸入する場合の特殊ルール
キーラティー弁護士によると、HSコード分類の解釈による問題のほか、JTEPAを適用した自動車部品の輸入において、仲介業者が存在する場合(ドロップシッピング(注5)や三者間取引)に、FTA適用を否認される事案も少なくないという。JTEPAを利用して自動車部品を輸入する場合、特別なルール(注6)があり、タイの輸入者は自動車製造会社(OEM)または自動車部品メーカー(Tier 1)でなければならない(注7)。また、タイ工業省工業経済局(OIE)発行の輸入証明書を事前に取得しておく必要がある。
頻発しているのは、輸入者がTier 1(A社)であっても、Tier 1からOEM(B社)への販売時の商流などに商社など第三者による売買が介在し、A社がTier 1ではなくTier 2だと判断されてしまう事案だ。これは2012年のJTEPAによる自動車部品関税撤廃以降、継続して発生している。例えば、グループ再編に伴い統括会社を設置した場合、全ての商流を統括会社が管理しようとしても、統括会社は製造事業者ではないため、自動車部品の輸入取引でJTEPAを利用することはできない。また、Tier 1からOEMへの販売に介在することも困難だ。
なお、たとえOIEが輸入証明書を発給し、いったんは許可していた取引だとしても、タイ税関から指摘があった途端に当該証明書が発給されなくなり、過去のOIE証明書も無効だったという取り扱いになってしまうケースもある。税関と工業省の判断が必ずしも一致しているわけではないため、留意が必要だ。
そのほか、キーラティー弁護士によると、付加価値基準(RVC)の計算上の誤りや品目別規則の解釈の違い、バックトゥバックCOや第三国インボイス(注8)などにより、問題が発生するケースもみられるという。
長期の輸入品などは追徴金額も大きくなるため、早期に相談を
タイへの輸入にあたり、タイ税関から指摘を受けた場合、迅速に対応する必要がある。それまで何ら問題なく輸入できていた貨物について、突然レターが届き、「XX日以内に過去の証憑(しょうひょう)書類を全て提出すること」などの指示を受けることがある。そのため、通関関係の証憑書類は、すぐに提出できる状態で保存しておく必要がある。
追徴課税に関するレターについては、指摘内容や課税額を確認の上、異議があれば申し立てを行うことができる。より高い税率での課税額(関税や付加価値税)について銀行保証(Bank Guarantee)を差し入れることで、いったん貨物を引き取ることができる。また、認定事業者(AEO)の場合は自己保証(Self-Guarantee)制度を利用することができる。税額確定後に異議申し立てや、係争に進むことになるため、キーラティー弁護士によれば、まずは銀行保証を差し入れるケースが多いようだ。
ベーカー&マッケンジー法律事務所が関与するのは、税関と企業の間で問題が顕在化した後の段階であることも多く、特に大事になってから相談に来られるケースが散見されるという。阪本弁護士は「タイでは税関案件が刑事責任に発展する可能性もあるため、初期段階での対応が非常に重要だ。特に税関から関税回避を意図的なものと判断された場合には、追加関税、加算税・罰金、刑事責任が問題となり得る。企業側が初期段階で税関の主張を安易に認めて支払いをしてしまうケースもあり、その場合は後々、修正や弁明の対応が難しくなることもある」と述べる。
初めての輸入や一度限りの輸入に関する指摘であれば、被害額は比較的少さいと考えられる。一方、長期にわたって輸入している品目などで金額が大きい場合は、係争案件に発展することも想定されるため、早期に法律事務所などの専門家に相談するのが望ましい。
このように、タイではHSコード分類や原産地規則を巡る解釈の相違から、多額の追徴課税やFTA適用否認に発展する事例が少なくない。輸出者・輸入者双方が、制度だけでなく現地運用への理解を深めることが、リスク回避の第一歩となる。第2回では、食品にフォーカスした事例を紹介する。
- 注1:
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日本経済新聞社「タイ最高裁、トヨタに390億円追徴 プリウス部品輸入で」(2022年9月15日付)。
- 注2:
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中央租税裁判所「The Supreme Court News」(2022年9月15日付)(タイ語)
(232KB)。 - 注3:
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HS8708などのコード。
- 注4:
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例えばJTEPAの場合、運用上の手続き規則
(928KB)の「ルール5 軽微な誤り」に「2. The customs authority of the importing Party may disregard as minor discrepancy any difference between the HS code of an importing good indicated in a CO and that of importing Party, provided that it does not create doubt as to the originating status of the good.」とHSコードの誤記載にかかる特例が明示されている。ほかに認められているのは、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)、ASEAN中国FTA(ACFTA)、ASEAN韓国FTA(AKFTA)、タイ・チリFTA。 - 注5:
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オンライン販売などで、自社(小売業)では商品在庫を持たず、メーカーや卸売業者から直接顧客に発送してもらう形態のこと。
- 注6:
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税関システム時に入力するコードから「TJ6」とも呼ばれる。2025年6月から「J3P (PDFおよび紙のCO)」「J3E(電子CO)」に変更。
- 注7:
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ジェトロ「貿易・投資相談Q&A 自動車部品の現地輸入規則および留意点:タイ向け輸出」を参照。
- 注8:
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インボイス発行主体や商流の形態によって税関との解釈の相違が生じることがあるため。制度上は認められていても、実際の運用では税関との認識差が発生するケースがある。また、バックトゥバックCOと第三国インボイスを併用する場合、適用できるケースがタイ税関によって指定されている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
北見 創(きたみ そう) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。2024年10月から現職。





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