増加するデータ関連規制、世界的な調和は図れるか

2019年5月16日

日本企業による越境EC利用の拡大がみられる中、個人情報を中心としたデータ関連規制整備の動きが世界的に広がっている。注目市場であるアジア各国でも同様の傾向がみられ、各国・地域で異なる規制が施行されることは、デジタル貿易拡大の障壁にもなり得る。今後は、WTOやG20などでの議論を通じ、世界的なルールの枠組み形成が期待される。

越境EC利用が拡大、注目の集まるアジア市場

ジェトロが2019年3月に発表した「2018年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、電子商取引(EC)利用企業のうち、海外向け販売でECを利用したことがある企業は52.8%となり、前回調査(47.2%)を上回った。特に越境EC利用企業の割合は大企業、中小企業ともに増加した上、今後の越境EC事業を検討する企業も多くみられた(注1)。

同調査において海外向け販売でECを利用したことのある企業に現在、そして今後の販売先を尋ねたところ、「中国」の回答率が最も高く、米国、北東アジア諸国、東南アジア諸国が続いた(表1参照)。現在と今後の販売先の回答率を比較すると、今後の販売先として大企業はインド、中小企業はASEAN主要6カ国(ASEAN6:シンガポール、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピン)向け販売への関心が高まっていることが明らかになった。

中国やインド、東南アジア諸国は世界的に注目が集まるデジタル貿易の市場である。国連貿易開発会議(UNCTADPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.7MB) )によると、中国は既に企業対消費者取引(B2C)で世界最大の市場とされるが、まだ市場成長の余地がある。市場調査会社ユーロモニターによると、2018年の中国のB2C市場規模は約5,800億ドルで、2023年には約7,800億ドルまで拡大すると予測される。インドやASEANは、中国を上回るペースでのEC市場拡大が期待される。インドのB2CのEC市場は2018年時点で300億ドル超と推定され、2023年まで年率25%以上成長すると見込まれる。GoogleとシンガポールのTemasekが作成したASEAN6のデジタル経済市場規模に関するレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、同地域の2018年のEC市場は232億ドル(デジタル経済全体では720億ドル)で、2025年には1,020億ドル(同2,400億ドル)まで拡大すると推計される。

懸念される各国のデータ関連規制の整備

越境ECを含むデジタル貿易の拡大に注目が集まる一方、世界的にデータ関連規制の増加が確認されている。欧州国際政治経済研究所(ECIPE)による世界64カ国・地域のデジタル貿易関連規制の検証外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、国内規制は中国が最も厳しく、インド、インドネシア、ベトナムが上位5位に入るなど、アジア諸国は比較的規制が厳しいとされた(表2参照)。上述のジェトロのアンケート調査で、日本企業によるEC販売先の上位として挙げられたこれらの国では、データ関連規制の整備が進められている。

表2:アジア諸国・地域のデジタル貿易関連規制指数
国・地域名 指数 順位
(64カ国・地域中)
中国 0.70 1
インド 0.44 3
インドネシア 0.43 4
ベトナム 0.41 5
タイ 0.35 10
マレーシア 0.34 11
韓国 0.31 15
米国(参考) 0.26 22
台湾 0.25 23
フィリピン 0.22 32
日本 0.18 50
シンガポール 0.15 57
香港 0.13 61

注:指数が大きいほど、各国・地域のデジタル貿易関連規制が厳しいことを示す。
出所:欧州国際経済研究所(ECIPE)「デジタル貿易制限インデックス (Digital Trade Restrictiveness Index)」

デジタル貿易関連の規制で大きな注目を集めるのが、2017年6月に中国で施行されたサイバーセキュリティー法だ。同法は、個人情報や当局の定める「重要な」データは中国国内に保存されるべきと定めており、国外移転の際にセキュリティー評価を義務付ける。各国政府や業界団体は同法の法案段階から、意見書などを通して懸念表明を行ってきたが、意見は十分に取り入れられなかった模様だ(注2)。中国は同法以外にも、知的財産権関連や検索エンジンなどのプラットフォーマーに対して、多くの規制を設けている(注3)。越境EC特別区を設けるなど、特に貿易円滑化の点でEC促進の動きがみられる一方で、データ関連においては他国・地域に比べてビジネス環境は厳しい。

前述のアンケート調査で、中小企業の注目度が高かったベトナムでも、データ関連規制の動きがみられる。ベトナムでは、2019年1月からTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)のルールが適用されている一方で、同月からサイバーセキュリティー法が施行された。同法は、個人情報を含むデータを同国内に保存しておくこと、また当局の求めに応じてデータの開示を行う義務があることなどを定める(注4)。米国商工会議所のアンケート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、対象となった米国企業の61%が同法によりベトナムへの投資を控える、また89%が同法はベトナムのデジタル経済の競争力低下につながると回答した。今後の運用次第では、同法が外国企業によるベトナムEC市場への参入障壁となる可能性が懸念される。

インドでは、2018年7月にデータ・プライバシー法(The Personal Data Protection Bill,2018PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(724KB) )、2019年2月に国家電子商取引政策の草案(Draft National e-Commerce PolicyPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(639KB) )が公開された。同国はこれまで包括的なデータ保護に関する法案を持たなかったが、公開されたデータ・プライバシー法案は、「直接的、あるいは間接的に個人を特定できる」データと定義される「個人情報(Personal data)」の取り扱いについて定める。同法草案は、個人情報の少なくとも1つのコピーは国内のサーバーあるいはデータセンターに保存しておくこと、また政府が別途定める「重要個人情報(Critical personal data)」は国内でのみ処理を認めることなどを義務付ける。さらに、政府が認定する国以外への個人情報移転には標準的契約条項(SCC)などを要求する。国家電子商取引政策の草案は、そのタイトルが「インドの経済発展のためのインドのデータ(India’s Data for India’s Development)」で、インド内で生成されたデータを、インドの国内産業、ひいては経済発展に利用されるべきものと位置付ける。同政策案は、「越境データ移動を制限していないことで、国内での高価値デジタルプロダクト創造の可能性を閉ざしている」などと警鐘を鳴らす。政府が、国内デジタル産業の発展に危機感を抱いていることがうかがえる。

このほかにもアジア地域では、ブルネイやインドネシアでデータ・ローカライゼーションに関する規制が存在する。2018年10月には、マレーシアのコミュニケーション・マルチメディア相が、同国のデータ規制をGDPR(EU一般データ保護規則)並みの水準に引き上げる必要がある、と発言外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます するなど、今後も地域内で関連規制の整備が進む可能性がある。

世界的な規制の調和はとれるのか

先進国では個人情報保護の機運の高まり、途上国では自国内のデジタル経済の発展などを主な理由として、世界的にデータ関連規制が増加している。各国・地域で異なる規制が適用される中、関連ルールの世界的な調和を図れるかは、越境ECを含めたデジタル貿易にとって非常に重要となる。

世界的なデジタル貿易関連ルールで注目が集まるのが、WTOでのEC関連の交渉だ。WTOでは元々、1998年にECが既存の貿易に与える影響などへの検証を行う宣言がされて以降、同分野での交渉に向けた進展はなかった。しかし、昨今のデジタル貿易拡大を受け、2017年12月の第11回WTO閣僚会合(MC11)にて、日米欧を含む71カ国・地域が、WTOでのデジタル貿易に関する交渉に向けた議論を行うと宣言し、2018年12月までに9回の会合が行われた。これらの会合での議論を経て、2019年1月にWTOにおける正式な交渉開始が、日米欧中を含む76カ国・地域で合意外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に至った。今後は、2020年6月に開催されるMC12までに、どのような議論を進められるかが焦点となる。

2019年に日本が主催するG20でも、データ規制に関する議論が行われることが期待される。安倍晋三首相は2019年1月のダボス会議において、個人情報など機微な情報については「慎重な保護の下に置かれるべき」とした一方、「非個人的で匿名のデータ」については、各産業や社会全体の発展に貢献し得るものとして、「自由に行き来させ、国境などを意識させないように」させなくてはならない、と発言した。これを実現させるために、信頼に裏付けられたデータ移動が行えるような、データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(DFFT)の体制をつくり上げることが重要だと述べた外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。日本は、2019年6月のG20サミットで、データ・ガバナンスに関する議論を行うことに意欲的で、同じく6月に行われる貿易・デジタル経済相会合やサミットにおけるデータ関連の議論に注目が集まる。

日本は、TPP11(2018年12月発効)、ならびに日EU・EPA(経済連携協定)(2019年2月発効)などを通し、ECを含むデジタル貿易のルールづくりを進めてきた。現在交渉中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)で電子商取引章が設けられる予定(注5)であるほか、交渉が開始された日米物品貿易協定(TAG)でも、日米両国はデジタル貿易について「適切な時期に議論を行うこと」で合意した(注6)。アジア地域にみられるように、今後、各国・地域でさまざまなデータ関連規制が施行されていくことが予想される。越境ECのようなデジタル貿易においては、それぞれ異なる各国・地域のルールを正しく理解することが必要になる。同時に、WTOやG20などで議論が進む世界大のデジタル貿易関連ルールの調和や枠組みの策定が期待される。


注1:
ジェトロ調査・分析レポート「増える越境EC利用企業」(2019年4月)参照。
注2:
2018年版不公正貿易報告書(経済産業省)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(532KB) P.18
注3:
2018年版ジェトロ世界貿易投資報告(ジェトロ)PDFファイル(2.2MB) P.115
注4:
「サイバーセキュリティー法公布、国内でのデータ保存が義務に」(ジェトロ2018年7月19日)
注5:
東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の首脳による共同声明(2017年11月)において、電子商取引章について説明。
注6:
「第1回日米物品貿易協定交渉 結果概要」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(101KB)2019年4月(内閣官房TPP等政府対策本部)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
長﨑 勇太(ながさき ゆうた)
2016年、ジェトロ入構。同年4月より現職。