インド初、外資系動物病院がオープン
日本のベンチャー企業が「ペット・ヘルスケア」ビジネスに挑む

2021年4月7日

インドで日本企業が集積するハリアナ州グルグラム市に2021年2月23日、外資系初、日系初となる動物病院、DCC(Dogs Cats & Companions) Animal Hospitalが開院した。事業主体はアルダ・ベット・インディア社で、シンガポールに本社を持つ日本のベンチャー企業だ。インドでは近年富裕層を中心にペット市場が拡大しつつあり、ペットオーナーからは医療体制の整備と充実化を求める声が大きくなっている。インドのペット医療の水準はまだ黎明(れいめい)期と言え、そこに日本の技術やノウハウとインドで開発した病院管理システムを導入し、新たなペット医療の確立とグローバルな展開を目指す。権五勲インド法人代表に、インドにおけるペット・ヘルスケア・ビジネスの現状と課題、同社の挑戦について話を聞いた(3月15日)。

「ペット・ヘルスケア」分野で初の日系進出

日本からインドへの直接投資は長く自動車関連製造業が中心で、2015年ごろから小売り、外食産業、IT関連スタートアップなど業種に多様性がみられるようになったが、「ペット・ヘルスケア」分野での進出は初めてだ。本事業は2019年1月から具体的に構想が動き出したが、ちょうど病院の建設が始まった直後に新型コロナウイルス禍に見舞われ、数々の困難を乗り越えて建設開始から1年余りで開院にこぎつけた。同社の取り組みは、日本の動物病院による進出ではなく、ペット関連ベンチャー企業による進出という点でもユニークだ。コロナ禍で広がった「ペットの家族化」というグローバルトレンドの中、インドにおいてもペット医療の重要性が認知されつつある。


DCC Animal Hospital 正面入り口(同社提供)

2月23日、開院式集合写真(同社提供)
質問:
アルダ・ベット・インディア社の設立の経緯と事業内容は。
答え:
当社の親会社であるアルダ・グループはシンガポールに本社機能を持ち、日本、タイ、インドにおいてペット関連事業を営んでいる。インド法人は2019年7月に設立、2020年10月にニューデリー市内に小規模病院(獣医師1人、看護師1人、受付1人)をオープン、そして今般、インドでの基幹病院となる大型の病院(獣医師6人、看護師6人、受付1人)をグルグラム市内5,050平方フィート(約470平方メートル)の敷地に開設した。病院事業のみならず、ペットホテル、サロン事業も併せて行う。資本金は約1億6,000万ルピー(約2億4,000万円、1ルピー=約1.5円)。最大40人程度の雇用を創出している。日本発、というよりは、当初からインド、タイ、日本と並行して世界市場を視野にいれたグローバルな事業展開を前提にしているが、病院をゼロから建設して立ち上げたのはインドだけだ。

2月23日開院式の様子。写真左の左側が挨拶する権代表。写真左の右側がパートナーのシャルマ氏(同社提供)

成長が約束されているインドのペット・ヘルスケア市場

質問:
なぜ、インドで「ペット・ヘルスケア事業」を展開しようと思ったのか。
答え:
インド国内には約2,300万頭の犬と猫がペットとして飼育されていると言われており(2019年、ユーロ・モニター)、これは日本とほぼ同規模の水準。インドのペット飼育数は年間平均11%以上の勢いで増加しており、2030年には8,100万頭に達すると予測されている。一方で、日本の動物病院数約1万8,000に対し、インドは3,000強と6分の1に過ぎない。医療の体制、質ともに日本など先進国に比べると後塵(こうじん)を拝しているが、その根本的な原因はペット医療の歴史が浅いということだ。急成長している市場と、それに追いついていない医療体制をみると、ビジネスとして日本の動物病院の経験やノウハウが生かせる可能性が十分あると判断した。

コロナ禍により、プロジェクト管理の難しさを体験

質問:
開院に至るまでの苦労、新型コロナによる影響はどのようなものがあったか。
答え:
グルグラム病院は、敷地を見つけ、病院を建てるという、まさにスクラッチからのスタートだったので、ベンチャー企業で病院建設の経験もない当社にとっては、非常に大きなチャレンジだった。幸いにして、現パートナーで獣医師のビノド・シャルマ氏と出会い、建設地の選定、施工会社の決定・発注、プロジェクト管理を二人三脚でやってきた。シャルマ氏との出会いがなければ、これほど早く開院することはできなかった。インドで事業を行うには良いパートナーが不可欠と聞いていたが、まさにそれを実感した。
最も難しかったのは、工程管理だった。インドには動物病院を設計・デザインする専門の会社がなく、病院の基本設計も日本の病院を参考にし、自分で作成した。施工業者に任せておくと、資材の調達に余分なコストがかかったりするので、一部の部材については、施工会社に任せず、自ら直接調達したり、常に他社との価格比較を行うなどコスト管理を徹底した。
建設工事を始めてすぐに新型コロナによるロックダウンが始まったので、必要な資材が調達できなくなり、スケジュールが大幅に遅れた。また調達できても、州境で物流が止められ、いつ手に入るかわからない状況が続いたり、資材価格そのものも高騰したり、さらにはワーカーがコロナに感染するたびに工事が中断したりするなど、大変ストレスフルな状態が続いた。コロナ禍では多くの日本企業も同じ経験をしたと思うが、当社の場合、インドでの経験も浅く、病院建設は初めてで、良きパートナーに恵まれたとはいえ、すべて2人でやらなければいけないというマンパワー上の限界もあり、大変だった。結局、建設期間もコストも、当初の見積もりが低すぎたこともあり約2倍となったが、よくここまで来られたなというのが率直な思いだ。

コロナ禍で建設中の病院(同社提供)

利益を生むオペレーションの構築と医療の質の向上が課題

質問:
今後の課題と将来の展望は。
答え:
病院がスタートした今、今後の大きな課題は、経営上の問題と病院(医療)のレベルアップである。経営上の課題は、ベンチャー企業としての投資フェーズを終え、病院のオペレーションを軌道に乗せ、利益を生み出せるビジネスにしていくことだ。例えば収入だが、診察料はある意味、固定されるので、1日当たりの診察件数を最大限増やすことが求められる。グルグラム病院の診察キャパシティは1日最大150~180件。最低でも50件程度は診察しないと利益が出ない計算だが、まだこの水準には達していない。 今後は、集患に注力すると同時に、多くの診察件数に現場が対応できるように体制を強化していくことが求められる。
もう1つは、病院(診療)の質の向上だ。最大の懸念は、獣医と看護師の確保だ。前述の通り、インドではペット獣医師の数がニーズに比して圧倒的に少なく、その医療技術レベルも決して高くないため、かなりの教育、人材育成が必要になる。ここで問題になるのは、一般的な獣医には、1つの病院に属するという意識が低く、簡単に転職する文化があることだ。せっかく日本に派遣するなどして、コストをかけ一生懸命教育しても、すぐに辞められるリスクがある。また、インドには「獣看護師」という職種はなく、単なるアシスタントにとどまり、医療的な技能が期待される役割になっていない。獣医不足を補う意味でも、優秀な獣看護師を育てる必要がある。特にこの分野で、日本のノウハウや技術を教えていく余地は多々あると考えている。

病院内部の診察台。インドにはない設計(同社提供)

ペットホテル(奥側)とペットサロン(右側手前)
(同社提供)

インドの現状に合わせ、病院管理システムを開発

質問:
インドで挑戦することのメリットは何か。
答え:
インドや日本に限らず、動物病院はデジタル化が進んでこなかった産業の1つ。その背景には、1つ1つの病院が独立して運営され、規模の拡大や情報の共有が進んでこなかったため、デジタル技術を導入するインセンティブが働いてこなかったことがある。インドでは、各病院でのペット患者情報は基本的に紙での管理であり、保管体制もずさんである。そのため、多くのペットオーナーは診察の際、自ら大きなクリアホルダーに過去の診察記録をすべてファイリングして持参する、ということをしている。こうした状況を改善すべく、もっと効率的に病院運営ができるように、インドの現状に合わせた病院管理システム(Hospital Management System)を開発し、顧客向けにもアプリを開発した。同システムは、顧客・予約・カルテ・請求・在庫の管理やビデオ診察などの機能を持つ。また、顧客向けアプリは、予約、各種リマインダー、過去の受信履歴閲覧(診察記録、検査結果など)、記事配信、事前問診などからなる。特段難しい技術を使っているわけではないが、当たり前のことを徹底的に行うだけでも、病院にとっても顧客にとっても格段の効率化が達成できた。
インドの特徴は、このようなシステムを開発する際に、一般的に医師やスタッフ、顧客においてもテクノロジーに対する感度が高いので、完璧に仕上がっていなくても、文句を言うことなく、様々な忌憚(きたん)のないアドバイスをしてくれ、一緒にシステムを作っていけばよい、という姿勢があることだ。初めての経験なので試行錯誤の繰り返しだが、まさに走りながら考え、開発していくスタイルは他国に展開する上でも良い経験値になると考えている。また、開発コストも日本に比べ、かなり低く抑えられる点も魅力だ。
もう1つ、上記のようなシステム開発に加え、獣医師の強みとして、英語圏へのアクセスが容易であることだ。実際にトレーニングに際して英語の文献をそのまま活用したり、英語圏で著名な獣医師から直接レクチャーを受講できたりする点は、日本にはない魅力の1つだ。

夢はアジア発ペット・ヘルスケア・ビジネスのグローバル展開

質問:
今後の事業戦略は。
答え:
まずは、既存の病院を地域の皆様に愛される病院にすべく、最良のサービスを提供し続けていくことに尽きる。その過程で、経営上の課題なども精査しつつ、利益の出る「ペット・ヘルスケア」事業の成功モデルを確立していくこと。その上で、インド各地へ、そしてインド以外の国での展開を検討してきたい。ゼロから立ち上げたインドでの経験は他国でも役立つと思うが、必ずしも同様のビジネスモデルである必要はなく、M&Aを含めてあらゆるビジネス手段を前提に、参入の機会を探っていくつもりだ。
前述の通り動物病院業界は、1つ1つの病院が独立して存在している特殊な市場環境となっており、大きな変革に踏み出すことや必要な統合や大規模投資を行うことが難しい業界だ。こうした環境の中で、効率性を高め、技術開発を行い、救える「命」の数を増やしていくことに取り組んでいきたい。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所長
村橋 靖之(むらはし やすゆき)
1989年、ジェトロ入構。海外駐在はジェトロ・クアラルンプール事務所所員、ジェトロ・テルアビブ事務所所長、ジェトロ・リヤド事務所所長、ジェトロ・イスタンブール事務所所長を経て2019年7月から現職。