コロナ禍で注目を集めるアグリテック企業
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく(8)

2021年3月24日

新型コロナウイルスが世界で蔓延(まんえん)する中、オーストラリアはコロナ禍からの回復のために、経済のグリーン化(温暖化対策を含めた持続可能な社会づくり)を推し進めている。政府は2050年までにCO2(二酸化炭素)排出量を実質ゼロとする目標を掲げ、その実現に向け、農業、製造業、輸送業などにおいて生産性向上やCO2排出量の削減に資する次世代技術への投資などを重点政策として打ち出している。8回目となる今回は、持続可能な社会づくりを可能とする次世代農業を支えるアグリテック分野のスタートアップを紹介する。

農場管理をデジタル化

2014年にシドニーで設立されたAgriwebb(アグリウェブ)(注1)は、2021年1月21日付のテラスベンチャーズのニュースによると、シリーズBラウンド(注2)で2021年1月に3,000万オーストラリア・ドル(約25億2,000万円、豪ドル、1豪ドル=約84円)の資金調達を達成した。この資金調達は、カナダの電話会社Telus(テラス)の戦略的投資部門であるTelus Ventures(テラスベンチャーズ)が主導した。アグリウェブは農家が業務をデジタル化し、効率を高めるために役立つクラウドベースの農場管理プラットフォームを提供している。

西オーストラリア州政府の第1次産業・地域開発局によると、オーストラリアでは、家畜の直接排出による温室効果ガス排出量が、農業部門の約70%を占め、国全体の排出量の11%となっている。家畜から排出されるおならやげっぷ、排せつ物は、温室効果ガスの原因となっている。また、家畜の放牧地・飼料栽培の土地を確保するための森林伐採も、気候変動に拍車をかける原因である。

こうした厳しい状況の中、CO2の排出量を削減しながら、土地を増やさずに将来、増大する人口を養っていくためには、生産性の向上が必須の課題である。アグリウェブは、世界の食料生産における継続的な問題を解決する、革新的なスタートアップ。農家の手間を大幅に削減し、収益性・生産性・持続可能性を高めるビジネスモデルを構築している。

同社ウェブサイトによると、プラットフォームでは、携帯などの端末で、家畜の種類や飼育数、年間・月間の雨量、天気なども把握できる。また、従業員や契約している請負業者などと農場の状況を共有し、壊れた柵の支柱や倒木などがあると、GPS対応の地図で場所に印をつけ、作業優先度や作業期日、仕事を担当させる人などを記載することができる。この結果、従業員たちも自分が担当しているタスクを素早く正確に把握できる。また、個々の動物管理では、牛の体重などを記録することにより、データ化し、重量別の家畜頭数や体重の経過などをグラフで視覚化できる。さらに、体重を予測することで、出荷に最適な個体を特定することもできる。そして、プラットフォームの中で作成されるレポートを確認することで、放牧場の生産コストや家畜の生産コストなどについて把握し、より適切な意思決定が可能になる。オーストラリア貿易投資委員会では「このシステムは世界中の4,000の農場が1,000万頭を超える動物を管理するために使用されている」と紹介しており、既にオーストラリアや世界で広く利用されている。

最先端技術による培養肉

既存の仕組みとデジタル化を組み合わせることにとどまらず、最先端の技術を用いて新しい種類の培養肉を作り出す企業もある。

2019年にシドニーで設立されたスタートアップVOW(ヴァウ)(注3)は、2021年1月にシードラウンド(注2)で、約770万豪ドルを調達した。資金調達は、オーストラリアのベンチャーキャピタル会社Square Peg(スクエアペッグ)が主導し、同じくオーストラリアのBlackbird(ブラックバード)やGrokVentures(グロックベンチャーズ)が参加した。同社は、動物の細胞から培養肉を生産している会社で、6週間で一握りの細胞から培養肉を作りだす。

現在の大規模集約的な商業型農業システムは、家畜育成のために多くの土地の開墾を必要とし、森林伐採により生物多様性を減少させ、CO2の増加、土地・水質の汚染を引き起こしている。こうした中、将来に予想されている人口の増加に対応するためには、現在比で50%多い食料が必要となる。現在の方法で将来にわたり生産を続けるとなると、家畜頭数のさらなる増加が見込まれ、家畜からの地球温暖化ガスの排出増や今以上の森林伐採につながる。最終的には、食料品の品質低下にもつながる可能性がある。

地球への負荷を減らし、生産を増加させ、食品の品質保持と持続可能性を可能とする方法が培養肉の生産なのである。同社ウェブサイトによると、培養肉は自己再生して成長し、肉となることができる特定の種類の動物の細胞を選び、細胞の成長に必要な栄養素を追加し、栽培機の中で育成する。そうすると、細胞は筋肉、脂肪などを形成する過程をたどり、培養肉が完成する仕組みだ。この生産方法により、利用できる肉の種類が現在の数種類から200万種の動物の肉へと選択肢が広がり、より良い肉も生産できる可能性がある。2019年に、ヴァウは培養されたカンガルー肉を生産し、現在は11種類の動物の細胞から培養肉を生産している。

こうしたアグリテックの技術は、オーストラリアや世界の畜産業において排出されるCO2を減少させ、森林伐採などの地球環境の破壊も抑止するものとなるだろう。そして、将来の食料の確保や人々の健康の維持・向上に貢献し、食の持続可能性を成り立たせることにつながることが期待される。


注1:
アグリウェブついては、主に同社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますテラスベンチャーズ・ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますオーストラリア貿易投資委員会ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参考に執筆。
注2:
シード・ラウンドとは、スタートアップが創業する段階での最初の資金調達のラウンドを指し、その次の調達ラウンドを、シリーズA、シリーズBと呼ぶ。
注3:
ヴァウについては、主に同社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参考に執筆。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
坂本 未侑(さかもと みゆ)
2015年、香川県庁入庁。2020年4月からジェトロ海外調査部アジア大洋州課。