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エコシステムの形成が進むシドニー、フィンテックやメドテックが盛ん
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく(3)

2020年6月11日

日本では知られていない、オーストラリアのスタートアップシーンを紹介する本シリーズ。3回目となる本稿からは、オーストラリア各地のエコシステムに焦点を当てる。まずは、シドニーを州都とするニューサウスウェールズ(NSW)州。シドニーはオーストラリアの経済と金融の中心地で、フィンテックやメドテックなどの活動が盛んだ。本稿では、エコシステムの形成が進むシドニーを中心に、NSW州の最新動向を紹介する。

経済と金融の中心地シドニー

NSW州はオーストラリアの南東部に位置し、人口531万を擁するオーストラリア最大の都市、シドニーが州都だ。オーストラリアで登録されている企業の33%にあたる約91万社が、NSW州で登録されている。金融面では、オーストラリア準備銀行(RBA、中央銀行)やオーストラリア証券取引所(ASX)を有するほか、国内外の銀行の80%がオーストラリア本社をシドニーに置いているとされる。


オーストラリアの経済と金融の中心地、シドニー(ジェトロ撮影)

高度な技能を持つ人材へアクセスできることも、シドニーの強みの1つだ。オーストラリアの大学43校のうち11校がNSW州にメインキャンパスを置く。「グループ・オブ・エイト」と呼ばれるオーストラリア主要8大学のうち、シドニー大学とニューサウスウェールズ大学の2校はシドニーに所在。スタートアップの調査団体「スタートアップ・マスター」(本シリーズ第1回で紹介)によると、オーストラリアのスタートアップの創業者が通っていた教育機関の第1位はニューサウスウェールズ大学、第2位はシドニー大学、第3位はシドニー工科大学で、シドニーに拠点を置く大学が上位3校を占めている。

また、NSW州には650を超える研究施設がある。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)やオーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)など、連邦政府機関の研究施設が置かれているほか、NSW州政府による研究開発支援や産官学連携なども盛んに行われている。例えば、オーストラリアフィールドロボティクスセンターは、シドニー大学に置かれたロボット工学を中心とする研究施設だ。鉱業用や農業用などの自律ロボット、インテリジェントロボット、屋外環境用システムなどの開発と応用に重点をおいた研究が進められている。

スタートアップへの投資においても、NSW州はオーストラリア最大規模を誇る。オーストラリア統計局(ABS)によると、ベンチャーキャピタル(VC)投資およびレーターステージ(注1)のプライベート・エクイティ(PE)投資の残高は、企業所在地別にみてNSW州が最も多い。2018/2019年度(注2)末時点で51億7,400万オーストラリア・ドル(約3,880億5,000万円、豪ドル、1豪ドル=約75円)と、全体の42.5%を占める(表参照)。

表:VC投資およびレーターステージのPE投資における投資残高の推移(単位:件、百万豪ドル)
項目 2014/2015
年度
2015/2016
年度
2016/2017
年度
2017/2018
年度
2018/2019
年度
件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額
ニューサウスウェールズ州 238 3,649 271 3,625 310 4,360 388 4,560 479 5,174
ビクトリア州 156 1,510 162 1,406 195 1,622 245 2,052 296 2,281
クイーンズランド州 77 1,269 72 1,140 87 1,924 97 1,680 121 1,556
南オーストラリア州 n.a. n.a. n.a. n.a. 17 336 22 231 23 278
西オーストラリア州 50 438 38 540 34 247 36 973 39 974
その他国内 n.a. n.a. n.a. n.a. 26 58 35 64 38 103
海外 118 1,320 128 1,736 137 2,028 165 1,441 191 1,797
合計 693 8,802 723 9,213 806 10,575 988 11,001 1,187 12,162

注:投資を受けた企業の本社所在地を基に集計。金額は、各年度末の残高。
出所:オーストラリア統計局(ABS)

フィンテックやメドテックが盛ん

前述したように、シドニーは金融業の集積地となっていることから、スタートアップでもフィンテック分野が盛んだ。業界団体フィンテック・オーストラリアの調査(2019)によると、オーストラリア国内のフィンテック企業の約半分(52%)がNSW州に拠点を置く。また、NSW州政府によると、シドニーにはフィンテック向けベンチャーキャピタル(VC)が集中し、2014年から2016年までの間に約1億7,100万豪ドル(約128億2,500万円)が投資された。

NSW州政府はフィンテック分野における産官学連携を強化するため、「金融サービスナレッジハブ」を立ち上げた。ベストプラクティスの共有などを通じて、フィンテック産業の成長を支援している。このハブを通じて2015年に設立されたのが、本シリーズ第2回で紹介したコワーキング・スペースのストーン&チョークだ。設立当初はフィンテック分野を専門として活動を展開していたが、今では支援対象をさまざまな分野に拡大し、メルボルンやアデレードにも拠点を構えるようになった。YBFシドニーも、フィンテックを中心とするコワーキング・スペースで、オーストラリアの電子支払いシステム大手タイロ(Tyro)と連携してスタートアップを支援している。2013年にシドニーで設立されたH2ベンチャーズは、フィンテック、人工知能(AI)、データ分野の初期段階のスタートアップ企業へ投資を行うVCだ。これまで55社のスタートアップを支援している。H2ベンチャーズは、世界のフィンテック企業100社についてまとめたレポートを毎年発行しているのが特徴で、オーストラリアだけでなく世界のフィンテック・スタートアップの動向を把握している。

NSW州は、医療デバイス(メドテック)の開発においても高い評価を受けている。例えば、ペースメーカー、人工内耳、火傷患者用スプレー式植皮術は、NSW州で発明された技術だ。NSW州政府は、医療デバイスの開発および商業化を促進するため、医療デバイス基金を通じて、これまで5,500万豪ドル(約41億2,500万円)以上、投資している。また、大学発インキュベーター(起業支援者)のシカダ・イノベーションと連携。医療デバイスの開発者に対して、医療デバイス開発と商業化に関する職業訓練を提供している。シカダ・イノベーションは、オーストラリア国立大学、ニューサウスウェールズ大学、シドニー大学、シドニー工科大学の出資によって2000年に設立されたインキュベーターだ。ディープテック分野を対象に、技術の検証、商業化、国際展開を目指す開発者を支援している。

実際に、海外市場への進出を目指すスタートアップも見受けられる。がん治療などに必要な細胞モデルを複製する3Dバイオプリンターを開発したインベンティア・ライフ・サイエンス(Inventia Life Science)は、2013年にシドニーで設立された。連邦政府の補助金を活用するとともに、VCからの資金調達にも成功し、今後はオーストラリア国内だけでなく、欧米への展開も検討しているという。


海外市場への進出を目指すスタートアップが多い(ジェトロ撮影)

NSW州政府による豊富な支援

NSW州政府は2016年、イノベーション戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を策定した。「イノベーションリーダーとしての政府」「研究開発の促進と活用」「スキルの育成と活用」「起業家の拠点」を4本の柱として、さまざまな政策を実施している。例えば、イノベーション専門のコンシェルジュを設置し、開発者や起業家が必要とする支援を受けやすくしているほか、課題解決に取り組む開発者へ最大15万豪ドル(約1,125万円)の資金提供を行う。さらに、レギュラトリー・サンドボックス制度によって、新しいビジネスモデルや製品をテストする環境を提供し、NSW州の競争力向上を目指している。

また、雇用創出のためのイニシアティブ「Jobs for NSW外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を立ち上げ、1億9,000万豪ドル(約142億5,000万円)を拠出し、成長段階に応じた各種助成金や融資の提供などで、スタートアップを育成支援する。本シリーズ第2回でも紹介したシドニー・スタートアップ・ハブは、同イニシアティブの一環として設立された施設だ。政府は同施設について、2018年の開設からわずか1年で480社のスタートアップが入居し、295件のイベントが開催され、1万4,000人以上が施設を訪れた、と報告している。

さらに、NSW州政府は、中小企業やスタートアップのイノベーションを促進するため、NSW州内の大学やCSIROなどの研究機関との連携強化を図る「ビジネスイノベーション促進プログラム」へ1,800万豪ドル(約13億5,000万円)を拠出している。ほかには、アグリテックの共同研究イニシアティブ「GATE」を立ち上げ、研究開発の推進とともに、スタートアップ支援のため、メンタリングやアクセラレーションプログラムなどを提供している。

世界の大企業もシドニーのエコシステムに参入

シドニーを中心とするエコシステムに可能性を見いだす世界の大企業も増えている。例えば、以下のような事例が生まれている。

  • 米国IT大手シスコ:NSW州政府、ニューサウスウェールズ大学、Data61(CSIROのデータ・イノベーション部門)、NSW州農業者協会とともに、「イノベーションセントラルシドニー」と呼ばれるコミュニティーを設立。クラウド、データ分析、IoT(モノのインターネット)ネットワークを活用した技術開発を促進している。スマートシティやアグリテックなどの分野で、スタートアップや中小企業、大企業、政府機関、研究機関によるコラボレーションを促進し、課題解決に資する独創的な技術の開発を目指している。
  • 米国ソフトウエア大手マイクロソフト:同社が世界各地で展開するアクセラレータープログラム「スケールアップ」を2018年からシドニーで開始。シドニーは、ベンガルール、北京、ベルリン、ロンドン、シアトル、上海、テルアビブに次ぐ8つ目の都市。前述のシドニー・スタートアップ・ハブ内に拠点を置いている。プログラムに参加するスタートアップは、マイクロソフトのセールス部門や業界の専門家から、販売、マーケティング、技術面のサポートを受けることができる。
  • 米国クレジットカード大手マスターカード:シドニーの先進的な市場と強力なスタートアップコミュニティーを評価し、2018年に南半球で最初のグローバル・テック・ハブを設立。施設内では、550人を超えるマスターカードの専門チームがスタートアップと連携し、新たな決済システムの設計、構築、テストまで実施することができる。

都市開発によるさらなる機会の創出

シドニー周辺で予定されている都市開発計画は、スタートアップ・エコシステムにも新たな機会をもたらしている。西シドニー・エアロトロポリス(空港都市)(注3)の開発計画では、イノベーションの推進を目指し、先端製造業、航空宇宙・防衛産業や先端農業、加工食品産業、ロジスティクスに優先して取り組む方針が示された。特に、航空宇宙分野については、連邦政府が200万豪ドル(約1億5,000万円)の予算を拠出し、オーストラリア宇宙庁とNSW州政府が協力して、スタートアップや中小企業が航空宇宙分野の製造能力を拡大するための技術開発を支援することが決まっている。また、ドイツの電機大手シーメンスは、NSW州政府と覚書を締結。この覚書では、先端技術とイノベーションをもたらすため、エアロトロポリス内に設置される教育施設で同社が職業訓練を提供することが示された。日本企業では、本シリーズ第2回でも紹介したように、日立が「協創センタ」を2023年に設立し、スタートアップや中小企業の成長を支援する計画を打ち出している。

シドニー中央駅周辺では、同じく本シリーズ第2回で紹介した「イノベーション・技術区域」の設置が計画され、スタートアップが入居できる大規模な施設の建設が予定されている。また、西シドニー地域では、430万豪ドル(約3億2,250万円)をかけて、コワーキング・スペースを含むスタートアップ・ハブを設立する計画がある。都市開発とともに、スタートアップ・エコシステムがますます充実していくことが期待される。


注1:
事業展開が軌道に乗り、株式公開を間近に控えた段階
注2:
2018年7月~2019年6月
注3:
バジェリーズ・クリークで建設中の西シドニー空港(2026年完成予定)の周囲に開発される新しい都市(2019年4月24日付ビジネス短信参照)。バジェリーズ・クリークは、シドニー中心部から西に約50キロ。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。

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