コロナ禍でのオンライン化進展に対応
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく(7)

2020年12月23日

新型コロナウイルスが世界で蔓延(まんえん)し、業績が落ち込む企業も多い。一方で、厳しい状況を逆手にとって拡大するスタートアップがある。第7回となる今回は、需要が増えたオンライン販売に対応した配送管理システム、オンライン犯罪を防ぐセキュリティ・サービス、法的書類のオンライン化に伴い電子署名サービスを通じて需要取り込みを目指すスタートアップをそれぞれ紹介する。

小売業者の時間とお金を節約するオンライン配送管理システム

シップピット(Shippit)は2014年5月、シドニーで設立された。小売業者や商人向けに、オンライン配送管理システム(小売り物流ソフトウエアプラットフォーム)を提供する。送り主は、複雑な輸送ルールを設定する必要がなく、配送に最も適した運送業者を見つけ、複数の運送業者をワンクリックで予約できる。また、買い手は、オンライン注文から配送が完了するまでの間、商品が現在、どのような配達状況にあるかを追跡できる。

シップピットによると、ピーク時のオーストラリアのオンライン販売量は、前年のブラックフライデー(注1)、およびサイバーマンデー(注2)の販売量よりも少なくとも30%増加している。同社のシステムを利用することにより、小売業者はこれまで複数の運送業者との管理と交渉に費やしてきた時間を削減できる。数ある運送業者の中から最良の業者を選択し、より安い送料で迅速に消費者に荷物を届けることができるのだ。また、同システムにより、小売業者は急激なオンライン販売増に対しても柔軟な対応が可能になる。

オーストラリアでは、コロナ禍でオンライン需要が拡大している。NABオンラインセールスインデックス調査によると、オーストラリア人は2020年9月までの12カ月間で、eコマース(電子商取引)に409億オーストラリア・ドル(約3兆2,311億円、豪ドル、1豪ドル=約79円)使ったと見積もられている。これは総小売売上高の12.0%を占める規模で、前年同期比で38.7%増だ。

急増するオンライン犯罪から企業を守る

コロナ禍でオンライン化が進む一方、そこに付け込んだ詐欺などの犯罪も急増。そうしたオンライン犯罪から、企業などを保護するスタートアップも、収益を伸ばしている。

シドニーで2015年設立のカサダ(Kasada)は、サイバーセキュリティのスタートアップだ。ユーザーアカウントの不正利用、詐欺などの犯罪からサイトを保護することに特化する。「ボット」として知られるコンピュータウイルスは、コンピュータを外部から遠隔操作し、ウェブサイトを混乱させ、消費者の正常なアクセスを拒んだりする。競合他社がサイトから貴重な情報を収集したり、アカウントを乗っ取るのに悪用されることもある。同社は、こうしたサイバー犯罪からウェブなどを保護するシステムをもつ。同システムは、ボットの良しあしを可視化して区別し、悪質なボットの場合は、ウェブに到達する前に排除し、個人の顧客データや付加価値のある情報を保護する。

同社は、新型コロナ禍の影響でオンライン需要が増大し、それに伴ってオンライン犯罪が急増したことを受け、資金調達に踏み切った。2020年6月に1,440万豪ドルを、米国を拠点とするサイバーセキュリティ専門のベンチャーキャピタル会社テンイレブンベンチャーズ(Ten Eleven Ventures)やシドニーに拠点を置く投資会社ターンブル&パートナーズ(Turnbull & Partners)などから集めている。

新型コロナ禍の厳しい状況下にもかかわらず、同社の収益は2020年第1四半期に3倍に増加した。都市封鎖(ロックダウン)されていたさなかのことだ。カサダ創設者のサム・クラウザー氏は「提携企業のオンライン販売収益は、従来5~10%に過ぎなかった。しかし、新型コロナによって突然ロックダウンが起こったため、店舗での販売ができず、ほぼ100%オンライン販売に移行した」(Smart Company)という。人々の暮らしが在宅勤務やオンラインショッピングに切り替わり、企業もオンライン販売に対応したわけだ。そうした中、オンライン犯罪も急増した。マカフィー(McAfee)が5月に発表した調査によると、2020年の1月から4月までの間に、企業のセキュリティ保護下にあるクラウドサービスへの攻撃は7.3倍に増加した。

法的文書もオンライン化で電子署名サービス誕生

新型コロナ禍でのオンライン化は、販売サービス分野だけにとどまらず、より幅広い分野に及ぶ。シドニーで2013年に設立されたローパス(Lawpath)は、中小企業や個人向けに、法的書類への電子署名サービスなどを提供するスタートアップだ。

2020年に入って、クイーンズランド州、ビクトリア州など各州は、新型コロナ下での制約に対応するため、従来は電子化が認められていなかった法的書類(委任状、証書など)について、オンラインでのやりとりを認める緊急法令を承認・施行した。この電子化を受け、ローパスは、新しく遠隔で承認できる電子署名サービスを作りあげた。同システムでは、ビデオチャット上で依頼者と弁護士がつながり、一緒に法的書類を作成することができる。そして、依頼者は作成した書類に署名した後、書類を証人の署名を求めるために弁護士に送ると、弁護士から有効な証明書が返ってくる仕組みだ。全ての取引内容は記録され、保証される。ローパスの創設者ドム・ウールリッチ氏は「新型コロナ危機の発生以来、同システムの利用は400%増加した」(同社プレスリリース)とした。

新型コロナを逆手にとったスタートアップの登場は、オーストラリアで新たな市場を開拓し、さまざまな課題解決に貢献している。こうしたデジタル化の動きは各国で活発化しており、競争優位性が高いスタートアップは、新型コロナ禍後の新たなモデルとして、オーストラリア経済の回復の一助となるだろう。


注1:
11月第4木曜日の翌日。小売店などで大規模な安売りが開催される。
注2:
11月第4木曜日の翌月曜日。オンラインショップがセールを開始する。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
坂本 未侑(さかもと みゆ)
2015年、香川県庁入庁。2020年4月からジェトロ海外調査部アジア大洋州課。