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政府と大学が支える理想的起業環境、国内外の企業とオープンイノベーションへ
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく(2)

2020年5月26日

日本では知られていないオーストラリアのスタートアップシーンを紹介する本シリーズ。第2回は、2015年に「全国イノベーション・科学アジェンダ」を発表し、イノベーションや起業家育成を推進してきたオーストラリア政府について、その支援策の概要を紹介するとともに、エコシステムを支えるアクセラレーターや大学、大手企業の動向に焦点を当てる。

政府によるスタートアップ支援策

経済成長の新たな牽引役をつくり出すため、オーストラリア連邦政府および各州政府はイノベーションや起業の推進に取り組んでいる。本シリーズ第1回でも紹介したスタートアップの調査団体「スタートアップ・マスター」によると、オーストラリアのスタートアップのうち、約半数が政府の提供する支援策に申し込んだことがあり、36.8%のスタートアップが実際に支援を受けている。

最も活用されている政府の支援策は、研究開発(R&D)費の税制優遇策だ。年間売上高が2,000万オーストラリア・ドル(約14億円、豪ドル、1豪ドル=約70円)未満の企業は、法人税の還付を受けることができる。また、商用化促進プログラムも多くのスタートアップに活用されている。中小企業、起業家、研究者が、革新的な製品やサービスを商用化するための適切な方法を見つけられるよう、専門家のアドバイスや人脈、資金提供などを受けられる。

オーストラリアのスタートアップの海外展開支援にあたっては、連邦政府が「ランディング・パッド」と呼ばれる拠点をベルリン、サンフランシスコ、上海、シンガポール、テルアビブに設置している。また、輸出市場開発助成(EMDG)プログラム(中小企業が新たな輸出市場を開拓する際に必要な費用の50%を補助)によって、スタートアップの国際化も支援している。

フィンテック分野においては、規制緩和措置である「レギュラトリー・サンドボックス」制度が導入されている。金融当局の発効するライセンスを取得することなく、24カ月の間、新しい製品やサービスをテストすることができる(2020年2月21日付ビジネス短信参照)。

連邦政府は、インキュベーター(起業支援者)やベンチャーキャピタル(VC)の育成や投資を促進する支援策も打ち出す。インキュベーター・サポート・プログラムでは、オーストラリアのインキュベーターに対して新規・既存サービスの拡大やイノベーション分野でのネットワークの開拓といった支援をしている。このほか、高い商業化可能性を持つ地域や分野での新たなインキュベーターの育成も促進する。また、VCプログラムでは、オーストラリアの革新的なスタートアップへ出資する投資家に対して、キャピタルゲイン課税を免除している。

充実するスタートアップ支援施設

オーストラリアの主要都市では、各州政府によるスタートアップ支援施設が次々と設立されている。代表的なものとしては、シドニー・スタートアップ・ハブ(1万7,000平方メートル)、ブリスベンのプレシンクト(約5,500平方メートル、7,500平方メートルに拡張の予定)、メルボルンのビクトリア・イノベーションハブ(4,000平方メートル)、アデレードのロット・フォーティーン(2万3,500平方メートル)などが挙げられる。


起業家が集うシドニー・スタートアップ・ハブ(ジェトロ撮影)

さらに大規模なプロジェクトも進行している。ニューサウスウェールズ州(州都:シドニー)政府は、シドニー中央駅の周辺に「イノベーション・技術区域」の設置を計画している。このエリアにはシドニー大学やシドニー工科大学が立地し、優秀な人材が集まる。シドニー中心地から1.5キロメートル、シドニー国際空港から8キロメートルに位置し、交通の便も良い。建設が予定されている25万平方メートルの施設には、スタートアップのために5万平方メートルのスペースが提供される。本シリーズ第1回でも紹介したソフトウエア企業アトラシアンがこの区域に新本社を設立すると発表した。コミュニティのさらなる拡張が期待されている。

スタートアップを取り巻く環境

オーストラリア国内のコワーキングスペースも、年々増えている。3つの代表例を挙げる。

  • フィッシュバーナーズ:スタートアップ・マスターによると、オーストラリアの起業家が最もよく利用し、推薦されるコワーキングスペース。2011年に設立され、シドニーとブリスベンに展開し、現在は350以上のスタートアップが在籍する。メンタリングや教育プログラムを提供するとともに、ネットワーキングの機会を設け、企業とスタートアップのコラボレーションを支援している。
  • ストーン&チョーク:2015年にシドニーで設立された。設立当初はフィンテック分野を専門としていたが、次第にアグリテック、メドテック、サイバーセキュリティなどにも対象分野を拡大した。メルボルンやアデレードにも展開。今では、防衛、宇宙、プロップテック(不動産テック)、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、ブロックチェーンなどの分野も支援対象としている。
  • ウィー・ワーク:コワーキングスペース大手。オーストラリアにおいても高い人気を集め、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パースに22拠点を展開している。

スタートアップ・マスターの2016年調査によると、オーストラリアのスタートアップ創業者の84.4%が大学教育を受けており、70.5%はオーストラリア国内の大学に通っていたことが分かっている。オーストラリアの大学では、インキュベーション、アクセラレーション、メンタリングなどの起業家育成コースが充実しており、100以上のプログラムが提供されている。例えば、シドニー工科大学では、2018年に「UTSスタートアップス」というコミュニティを設立し、医療、バイオ、宇宙などさまざまな分野でビジネスを立ち上げる起業家の育成を行っている。これまでに、300以上のスタートアップの設立を支援してきた。

世界的なスタートアップのデータベース「クランチベース」によると、オーストラリアでは59のアクセラレーターが活動している。大手では次の2社が有名だ。

  • ブルーチリ(BlueChilli):オーストラリア最大のアクセラレーターと言われる。2012年の設立以降、150社以上のスタートアップをサポートしてきた。現在は女性起業家に焦点を当てたプログラムや、ヘルスケア分野に特化した支援を行っている。
  • サイライズ(CyRise):NTTとディーキン大学の出資によって、2017年にメルボルンに設立された。サイバーセキュリティ分野のアクセラレーターとして、アジア太平洋地域の起業家を対象に、4カ月間のプログラムを提供している。

そのほか、オーストラリアの主要産業に特化したアクセラレーターも存在し、アンアースド(Unearthed、資源エネルギー)、エナジーラボ(EnergyLab、クリーンエネルギー)、スプラウトX(SproutX、農業・食品)などがある。

大手企業によるスタートアップ支援

スタートアップとのコラボレーションに向けた、オーストラリア大手企業の取り組みも進んでいる。大手通信会社では以下のような事例がある。

  • テルストラ(オーストラリア最大の通信会社):自社のコーポレートベンチャーキャピタル(外部のスタートアップ企業への企業資金の直接投資やそのための組織、CVC)であるテルストラ・ベンチャーズを通じ、過去10年間に60社以上のスタートアップへ3億5,000万豪ドル以上を投資している。シドニーのほか、サンフランシスコや上海にも拠点を置く。クラウド、セキュリティ、第5世代移動通信システム(5G)やIoT、モバイルアプリなどを重点分野として、戦略的に投資する。
  • オプタス(オーストラリア第2の通信会社):前述のシドニー・スタートアップ・ハブの中に「オプタス・イノベーション・ハブ」を立ち上げ、スタートアップの課題解決やアドバイスの提供を行うとともに、ワークショップやハッカソンなどのイベントを開催している。こうした取り組みを通じて、自社の製品やサービスの改善につなげている。

オーストラリアではフィンテック分野が活発なことから、大手銀行による以下のような取り組みも進められている。

  • ウエストパック銀行:シドニーに拠点を置くレインベンチャー(Reinventure)に対して1億5,000万豪ドルの投資を確約し、フィンテック分野のスタートアップへ投資を行っている。
  • ナショナル・オーストラリア銀行:2016年にNABベンチャーズを設立。中小企業や住宅所有者などの顧客へ提供するデジタルツールの開発や、デジタルウォレット、リアルタイム決済、ブロックチェーンなどの新しい技術を自社サービスへ取り込むことを目指している。
  • コモンウェルス銀行:1,500万人の顧客に次世代ソリューションを提供するため、2024年までに25以上の新規ビジネスを立ち上げることを目標に、X15ベンチャーズを立ち上げた。協働する起業家には、マイクロソフトやKPMGとパートナーを組んで専門知識を提供するとともに、同銀行の有する顧客基盤や販売ネットワークへのアクセスを提供し、イノベーションの創出を支援する。

海外からも関心が高まる

オーストラリアのスタートアップに対して、海外からの関心も高まっている。ヘイマーケットHQは、オーストラリアのスタートアップがアジア市場へ展開するのを支援するため、コワーキングスペースやメンタリングを提供している。シドニーのチャイナタウンに拠点を持ち、2016年以降、550以上の企業をサポートしてきた。同社の主なパートナーには、豪中ビジネス評議会やアリババ・クラウドが名前を連ねており、中国に特化したオンライン教育プログラムを提供するなど、中国への展開も主眼に置かれている。そのほか、オーストラリアで盛んなヘルスケア分野のイノベーションを中国の医療産業の発展に結びつけるため、オーストラリアのスタートアップにアクセラレーションプログラムを提供している中国系の団体もある。

また、オーストラリア政府が力を入れている、宇宙関連技術も注目を集めている。米国中央情報局(CIA)による投資ファンドIn-Q-Tel(IQT)は2018年、シドニーとロンドンに事務所を開設した。IQTは、スタートアップの革新的な技術によって米国のセキュリティ機能を保持することを目的に、1999年に設立されたファンドである。オーストラリア、英国への進出によって、米国以外のスタートアップ・エコシステムにアクセスし、米国および同盟国の国家安全保障に貢献するとしている。報道によると、オーストラリアの宇宙関連スタートアップは、すでにIQTとの交渉を進めている、という。

日本企業による取り組みも始まっている。日立製作所は2019年10月、ニューサウスウェールズ州との間で、オープンな協創拠点となる「協創センタ」を2023年に設立することに合意した。協創センタは、同州で開発予定の西シドニー・エアロトロポリス(空港都市)(注)内に設立され、アイディアの創出、プロトタイピング、実証などによって、スタートアップや中小企業の成長を支援する。

また、みずほ証券などが出資する投資会社ニュー・フロンティア・キャピタル・マネジメントは2019年10月、メルボルン大学およびオーストラリアのVCであるインターバレー・ベンチャーズとの間で、イノベーションおよびベンチャー育成に係る業務提携を結び、同年12月には第1号ファンドを設立した。今後、AI、IoT、スマート製造、フィンテック、情報通信技術(ICT)などの最先端技術を有するオーストラリアのスタートアップへ投資を行う。

人口の約3割が外国生まれの多民族国家であるオーストラリアは、多様な文化を受け入れる素養があり、オーストラリア人の口癖である「No Worries」に象徴されるおおらかさは、新しいことにチャレンジするスタートアップを支える理想的環境とも言える。実際、子宮頸(けい)がんワクチン、ブラックボックス(フライトレコーダー)、プラスチック紙幣、高速Wi-Fiなどはオーストラリアで発明されたという。これからも、オーストラリアで新たなイノベーションが生まれることが期待される。


注:
建設中の西シドニー空港(2026年完成予定)の周囲に開発される新しい都市(2019年4月24日付ビジネス短信参照)。バジェリーズ・クリークは、シドニー中心部から西に約50キロ。西シドニー空港は、2026年に完成予定だ。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。

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