クイーンズランド州、イノベーション文化からロボティクス、AI分野が発達
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく(6)

2020年12月21日

日本ではあまり知られていない、オーストラリアのスタートアップを紹介する本シリーズ。6回目となる本稿は、オーストラリア北東のクイーンズランド(QLD)州について紹介する。広大な面積に多様な産業を有する同州では、20年以上前から省人化技術の研究開発が行われてきた。州都ブリスベンはロボティクス・ハブとして認知されつつある。

省人化技術の必要性からロボティクス分野が発展

オーストラリアの北東に位置するQLD州。520万の人口を擁し、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州に次いで国内3番目の経済規模を誇る。州最大の産業は、鉱業だ。同州輸出の83%を占め、170以上のエネルギー・資源関連企業が州都ブリスベンに本社を置く。また、建設業や農業のほか、ケアンズやゴールドコーストなどを中心に観光業も主要産業となっている。

多様な産業資源がある一方、173万平方キロと国内2番目に広い面積を持つ。人件費も高く、省人化技術の必要性が高かった。20年以上前から省人化の技術研究開発が進められ、イノベーション創出の礎が築かれてきた。その第1歩は、1998年にボーイング・オーストラリアが防衛部門をシドニーからブリスベンに移転し、自動運転の研究などを行う拠点にしたことにさかのぼる。2005年には国内初の取り組みとして、ブリスベン港でコンテナの運搬や積み上げを行うストラドルキャリアの自動化技術が導入された。また、ドミノピザが2016年から、世界初の自動運転デリバリーロボット「DRU」を実証実験している。こうした取り組みで、ブリスベンがロボティクス・ハブとして認知されつつある。


ロボティクス・ハブとして認知されつつあるブリスベン(ジェトロ撮影)

州政府や大学がイノベーションを支援

ロボティクス分野を中心にイノベーションが次々生み出されている背景には、州政府による手厚い支援体制が敷かれていることが挙げられる。州政府は2015年から「アドバンス・クイーンズランド」を政策として掲げ、イノベーション促進を後押ししてきた。5年間にわたり、この政策に7億5,500万オーストラリア・ドルの予算を投じた。この間に5,700件のプロジェクトを実行し、イノベーターや起業家を支援している。

プロジェクトの代表例は、州内最大のイノベーション・ハブとなるザ・プレシンクト(the Precinct外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)だ。ここではテナントやコワーキングスペース、イベント会場の貸し出しを行っているほか、情報技術(IT)や人工知能(AI)、ロボティクス、医療など専門分野に特化したスタートアップや団体が多数入居。スタートアップ・エコシステムが形成されている。代表的な入居企業・団体は以下のとおり。

  • リバー・シティー・ラボ(River City Labs外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2012年にブリスベンで設立されたテック系のインキュベーター。800人以上の起業家が参加するコミュニティーで、起業家向けのイベントを1,000回以上主催してきた。
  • シーエスアイロ・データ61(CSIRO's Data61外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):データサイエンスの研究開発機関。2016年にオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO:科学、産業分野の研究開発を行う政府機関)が設立した。ザ・プレシンクトには、戦略立案や政策決定のために将来予測調査などを行う部門を設置。
  • クイーンズランド・ロボティクス(Queensland Robotics外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):クイーンズランド州のロボティクス技術関連のネットワーク。2019年に設立され、開発企業、大学、ロボティクス技術を活用する企業などが参加する。ロボティクス技術の開発と商用化を目指し、産業界の先駆者やスタートアップ、研究者、政府などをつなぐ役割を担う。
  • クイーンズランド・チーフ・アントレプレナー(Queensland Chef Entrepreneur外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):インキュベーター、アクセラレーター、コワーキングスペースなどと連携し、スタートアップ・エコシステムの拡大を目指す機関。州政府が2016年に設立した。ベンチャーキャピタル(VC)の誘致なども行う。

また、州政府は2020年4月、AIコンソーシアムと共同でAIハブを設立した。AIコンソーシアムはAI開発ベンチャーのマックス・カルセン(Max Kalsen外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、医療系AIの研究開発を手がけるインテリジェント・ヘルス・クイーンズランド(IntelliHQ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、ソフトウエア開発のKJR外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、技術系コンサルティングのナイン・ポインツ(9Points外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、AI人材育成を手がけるアイカデミ(AiKademi外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)の5社で構成される。AI企業コミュニティーの構築やAI人材開発、AI関連スタートアップの立ち上げ拠点の提供、AI技術の啓蒙・普及を進める予定だ。

州政府だけでなく大学も、学生や関係者向けに多岐にわたるプログラムを用意している。例えば、クイーンズランド大学には、テック系スタートアップが盛んなシンガポール、上海、サンフランシスコなどに学生を1カ月間派遣し、現地スタートアップとのつながりを広げるプログラムがある。これまで150人以上の学生が参加した。またクイーンズランド工科大学(QUT)は、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)と、大学およびビジネススクール同士でそれぞれ連携。世界に通用する起業家の育成やグローバルな起業家ネットワーク参加を促進する。

大学では、研究開発を商用化する動きも活発だ。例えばQUTには、オーストラリア・ロボティクス・ビジョン・センター(ACRV)の拠点があり、国内外の大学が連携してロボティクスの研究を行う。ACRVが開発した自動集荷・梱包(こんぽう)ロボットは、2017年にアマゾン主催の物流の自動化技術を競うアマゾン・ロボティクス・チャレンジで優勝した。これをきっかけに、ロボットの商用化に向け、スタートアップのLYRO Robotics外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますがACRVからスピンアウトした。同社のロボットは現在、オーストラリア国内の倉庫や物流施設で活用されている。

日本企業との連携や世界に羽ばたく動きも

以上のように、クイーンズランド州では、産官学あらゆる方面からスタートアップを支援する環境が整えられている。こうした機会を捉え、さまざまな分野で成功するスタートアップが生まれた。ここでは、日本企業と連携するスタートアップと世界にサービスを拡大するスタートアップを紹介する。

  • コンパゴ(Conpago外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2016年にブリスベンで設立。高齢者介護施設向けのITツールを開発するスタートアップ。同社はリバー・シティー・ラボやQUTのアクセラレータープログラムに参加。QUTや州政府による資金調達スキームを利用するなど機会を最大限に生かしている。QUTのプログラムをきっかけにソフトバンク傘下のSTソリューションズ・オーストラリアと連携し、人型ロボットのペッパーと同社のITツールを接続し、高齢者施設への導入を進める。
  • クリップチャンプ(Clipchamp外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2012年にQUTのメンバーが設立。品質を落とさず大容量動画を圧縮し、ソーシャルメディアで共有できるサービスを開発。2015年にQUTのピッチコンテストで優勝。2016年から米国発の動画配信サイトVimeoと連携した。2018年に動画編集ツールを立ち上げ、世界中で1,200万人以上が利用している。この2年で国内の有名投資家や米国のVCからの資金調達に成功し、米国に新拠点を設け、サービスの拡大を目指す。

クイーンズランド州では、2020から新たにAIハブが設立されるなど、スタートアップを取り巻く環境はますます進化した。新型コロナ禍の影響を受けつつもオンラインでさまざまなプログラムが実施されている。今後も、新たな研究開発から革新的なサービスが生み出されることが期待される。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
山口 あづ希(やまぐち あづき)
2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職