ビクトリア州:新薬・バイオ技術、ヘルスケア、スポーツなどライフサイエンス分野に強み
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひも解く(5)

2020年6月18日

第5回では、ビクトリア州の魅力的なスタートアップや同州が得意とする有望な産業分野を紹介する。エアーウォレックスなどのユニコーン、大手企業の多いアドテック分野が目立つが、クリエーター向けのデジタル・マーケットプレースで成功した企業も多い。古くから競争力を持つライフサイエンス分野では、新薬開発やバイオテクノロジー、高齢者ケアなどのヘルステック、ウェアラブルやデータ分析を活用したスポーツテックなど、特徴あるスタートアップが多数存在する。

ボーン・グローバルで急成長するビクトリア州発の新興企業

ビクトリア発のスタートアップといえば、第4回で紹介したリー・グループ、シーク、カーセールス・ドットコムが良く知られている。加えて、最近注目が集まっているのは、近年成長した新世代のスタートアップだ。幾つかは、ユニコーン(企業価値10億米ドル以上の未上場企業)として認定されるまでにスケールアップしている。代表的な事例を以下のとおり紹介しよう。

  • エアーウォレックス(Airwallex外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2015年にメルボルンで創業したフィンテック企業。低コストの越境送金サービスを提供し、130カ国以上にネットワークを持つ。中国のテンセントが出資している。2019年に1億米ドルの資金調達に成功し、オーストラリア史上最速でユニコーンになったと言われている。(シリーズ第1回で紹介)
  • ジュードー・バンク(Judo Bank外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2017年にメルボルンで設立されたフィンテック企業。「チャレンジャー・バンク」と言われる新しい形態の企業で、中小企業向けの融資に特化している。2019年には、オーストラリアにおける1回の資金調達ラウンドとして最大規模となる4億オーストラリア・ドル(約296億円、豪ドル、1豪ドル=約74円)の資金調達に成功。ユニコーンへと昇格した。(シリーズ第1回で紹介)
  • エンバト(envato外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2006年にシドニーで創業し、その後、本社をメルボルンに移転した。クリエーター向けに画像やテンプレートなどデジタル素材を売買するマーケットプレースを運営し、会員は700万人に上る。デジタル・マーケットプレース分野のリーディング企業で、ビクトリア州で最も注目されているスタートアップだ。2018/2019年度の売上高は1億1,300万米ドルと、前年度より約2割も増加した。顧客の95%がオーストラリア国外となっている。企業価値は不明だが、数十億豪ドルとみられる。
  • 99デザインズ(99designs外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2008年にメルボルンで創業。世界最大級のデザイン特化型マーケットプレース運営企業。同社のサイトには多数のクリエーターが集まり、起業家などが自社のロゴやデザインを安価かつ簡単に発注・購入することができる。2008年に米国サンフランシスコに拠点を設けたのを皮切りに、現在では192カ国に展開。日本にも進出し、2015年にリクルートから出資を受け入れている(2015年5月12日付ビジネス短信参照)。米国に本社を移していた時期もあったが、2017年に本社をメルボルンに回帰させた。
  • カルチャー・アンプ(Culture Amp外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2011年にメルボルンで創業したHRテック(人材技術)のスタートアップ。顧客企業に従業員向けのアンケートや分析などのサービスを提供している。オラクルやAirbnb、スラックなどの大手企業を顧客に持つ。合計1億5,750万米ドルの資金を調達した。

こうした新世代のスタートアップが取り組む分野はそれぞれ異なるが、米国や欧州などを中心に世界中で顧客を獲得している「ボーン・グローバル」(創業時からグローバル型)が多いことは共通している(2018年10月24日付地域・分析レポート参照)。創業間もなくから世界中の顧客を獲得することで急成長しているケースが多い。


メルボルンの新興企業は創業当初から世界市場を目指す(ジェトロ撮影)

イグジットの機会が多く、上場企業に成長する例も多数

新規上場(IPO)や大企業によるM&Aで、イグジットに成功しているスタートアップも多い。例えば、タッチコープ、コーガン、レッドバブルなどの例が挙げられる。いずれも創業から10年~15年でオーストラリア証券取引所(ASX)に上場し、国を代表する上場企業に成長している。

  • タッチコープ(TouchCorp):モバイルペイメント・アプリを開発していたフィンテック企業。2000年に創業し、2015年にオーストラリア証券取引所に1億6,200万豪ドルで上場を果たした。その後、顧客だったアフターペイ(2014年にシドニーで創業したフィンテック企業)と2017年に合併し、アフターペイ・タッチグループとなった。同グループの時価総額は、2020年6月現在で133億豪ドル。本社はメルボルンにある。
  • コーガン(Kogan外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2006年創業のオンライン小売り大手。eコマースサイトのkogan.comを運営し、携帯通信や保険事業などにも事業拡大している。ビクトリア州のモナシュ大学出身のルスラン・コーガン氏がメルボルンにある両親の倉庫内で創業した。2016年にオーストラリア証券取引所に上場し、当時の時価総額は1億6,800万豪ドル。2020年6月現在の時価総額は約11億豪ドルとなっている。
  • レッドバブル(Red Bubble外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2006年にメルボルンで創業したデジタル・マーケットプレース企業。同社が運営するオンライン・プラットフォームには、クリエーターの写真やデザイン、イラストなどが登録され、それらを使った衣料品やステッカー、スマホケース、アクセサリーなどを売買できる。2016年に上場。当初の時価総額は2億8,800万豪ドルだった。2020年6月現在の時価総額は、約3億3,000万豪ドル。
  • ロメトゥリオ(Rome2rio外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):マイクロソフトのソフトウエア・エンジニアだった創業者らが2010年に起業。シリコン・ヤラのコワーキングスペース「インスパイア・ナイン」(Inspire9外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)で活動していた。旅行者などに鉄道や飛行機などを組み合わせたマルチモーダルでの乗り換えや移動の検索と、ナビゲーションを提供するアプリケーションを開発。2019年に欧州の同業スタートアップであるオミオ(Omio)に買収された。
  • プロパティー・エクスチェンジ・オーストラリア(PEXA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):オンライン不動産譲渡システムの開発・運営を行っている公的なスタートアップ。2010年に政府主導のプロジェクトとして設立された。4つの州政府と大手銀行などが出資者となっている。メルボルン中心部に近いドックランズに本社がある。2019年に、オーストラリアの大手銀行のコモンウェルス銀行、同国金融サービス大手リンクグループ、米国モルガンスタンレー・インフラストラクチャー・パートナーズから成るコンソーシアムから、16億豪ドルで買収された。

前述したエンバトと同様、コーガンとレッドバブルは素材やデザインなどのクリエーター向けデジタル・マーケットプレースを立ち上げて成功した例だ。ビクトリア州の特徴ある産業分野の1つになっている。この分野はローンチビックとアーンスト&ヤングの「A Review of Melbourne’s Digital MarketplacesPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(854.40KB)」(2017)に詳しい。

新薬開発やバイオテクノロジーなどのライフサイエンス分野に強み

これまで、アドテックやデジタル・マーケットプレースのスタートアップを紹介してきた。一方で、ビクトリア州で強い産業といえば、医薬品やバイオテクノロジー、ヘルスケアなどのライフサイエンス分野が挙げられる。古くは1983年のメルボルンのウォルター・アンド・イライザ・ホール医学研究所によるコロニー刺激因子の発見、1989年の世界初のインフルエンザ治療薬の開発(シリーズ第4回で紹介)などに始まる。英国「タイムズ」誌の世界大学ランキング(2019年)では、薬学が含まれる臨床・前臨床・健康科目で、メルボルン大学が世界9位の教育機関に認定されている。2000年以降にビクトリア州で創業し上場を果たした代表的なライフサイエンス関連スタートアップは、表のとおり。

表:ビクトリア州を代表するライフサイエンス関連スタートアップ(上場企業)
企業名 設立年 事業概要
Palla Pharma 2004 ケシを原材料とする麻酔原料を製造。2019年に、TPIエンタープライズから改称した。
Jayex Healthcare 2006 患者のデータが統合されたプラットフォームなどを開発し、統合型のモニタリングを提供するヘルステック企業。
AdAlta 2007 次世代タンパク質治療法の開発を進めるバイオテクノロジー企業。
dorsaVi 2008 ウェアラブル製品を開発するヘルステック企業。
Micro-X 2011 エックス線を使った各種医療機器を開発・製造。
Paradigm Biopharma 2014 抗炎症薬などの新薬を開発。
Cann Group 2014 薬用大麻製品の栽培および製造。
Lifespot Health 2016 生体センサーとスマホを利用し、病院に行かなくても患者の状態がクラウドを通じて測定できるサービスなどを開発。

出所:ジェトロ作成

ライフサイエンス分野の中でも、新薬開発やバイオ技術、生物医学、機能性食品、コスメシューティカル(機能性化粧品)などは、ビクトリア州が最も得意とするところだ。メルボルン大学やモナシュ大学などの研究室を中心に研究開発を行っており、大学周辺にはバイオメディカル産業のクラスター(集積)が形成されている。例えば、メルボルン大学周辺のパークビルには、180社のバイオ技術関連企業が集積する。ビクトリア州の大学には企業を育てる文化があり、特に薬学部などではその傾向が顕著だ。ビクトリア州政府東京事務所によると、「オーストラリアでは二重学位を取得する人が多く、経営学を修めた医者や研究者などが多い」という。大手製薬企業は大学発スタートアップに対する投資ルートを有し、以下の事例のように出資や買収、ライセンス契約などを盛んに行っている。

  • スピニフェックス・ファーマ(Spinifex Pharma):慢性疼痛(とうつう)への処方などのために新薬開発を行っていたバイオ・ベンチャー。2005年に米国コネティカット州のスタンフォードとメルボルンを拠点に創業した。代表的な新薬はEMA401と呼ばれる末梢(まっしょう)神経障害性疼痛の治療薬。2015年にノバルティスにより2億米ドルで買収された。
  • スターファーマ(Starpharma外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):1996年にメルボルンで創業。女性向け衛生用品などを開発している。2000年にオーストラリア証券取引所に上場。2020年6月時点での時価総額は4億豪ドル。医薬品大手アストラゼネカと、4億5,000万米ドルを上限としたライセンス契約を締結。
  • キャンサー・セラピューティクス・シーアールシー(Cancer Therapeutics CRC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2007年に政府の共同研究センター(CRC)事業の一環として創業。本社はメルボルン。医薬品大手ファイザーによる同社の前臨床がんプログラムに4億6,000万米ドルの資金提供や医薬品大手メルクと有望な新薬の開発に向けて5億米ドルのライセンス契約に合意するなど、大手企業との協業実績がある。
  • ハッチテック(hatchtech外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):アタマジラミに対処する塗り薬を開発している。インド後発薬大手のドクター・レディーズ・ラボラトリーズと、2億8,000万米ドルの商業化契約を署名。

グラクソスミスクラインやキャタレント・ファーマ・ソリューションズなどの製薬大手も、ビクトリア州に拠点を有している。治験にあたっても、日本などに比べて認可や審査が簡便でスピードが早い上、コストが低いといったメリットがある。人種も多様なため、さまざまな国・地域を想定した新薬開発が可能だ。

介護や患者ケアを解決するヘルステック、ウェアラブルなどのスポーツテックも

ビクトリア州には、診断や患者のモニタリング、治療、長期継続ケア、医療運営管理、保険、遠隔ヘルスケア、コスト管理などの領域で問題解決を図るヘルステック・スタートアップも多い。以下は、その一例だ。

  • キューロ(Curo):2014年に設立。高齢者向けヘルスケア・スタートアップ。介護ケアは、被介護者の高齢化や介護場所までの距離などで、難度が上がる。ヘルスケアの非効率性を是正するため、リモート・ケア、高齢者のモニタリングなどを支援するサービスを提供している。簡易な住宅センサーとスマホアプリを使い、予防的ケアを補助する。緊急事態が起こった後に対応することを基本とした反応型のケアとは、対照的なサービスだ。
  • クリニックラウド(CliniCloud):2014年に創業。家庭用にデザインされたコネクテッド医療機器を開発。家庭で使える聴診器と非接触型検温器の2つを提供している。聴診器のプロトタイプがマイクロソフトのコンペで優勝した実績などがある。

スポーツでのけがの予防やトレーニング、ウェアラブル技術などに取り組むスポーツテック・スタートアップも多い。メルボルンでは、全豪オープンテニスなど世界的なスポーツイベントが開催される。そこで得られた知識やノウハウを活用し、イベント運営にも役立てている。代表的な事例として以下のようなスタートアップがある。

  • GTGグループ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます:2012年に創業し、英国や米国、インド、フィリピン、ポーランド、イスラエルに展開する。スポーツに関するデータ・プラットフォームを開発している。同社のコンテンツでは、サッカーやバスケットボールなどのチームのパフォーマンスや試合の予測などを閲覧することが可能だ。スポーツ観戦をより楽しめるコンテンツや、スポーツを通じたコミュニケーションを促進するようなサービスを提供している。他方、同社はイベント運営側にユーザー分析などを提供し、より効率的なスポーツイベントの実施を提案している。
  • チャンピオン・データ(Champion Data外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):1995年に創業。主にスポーツクラブ、放送局、デジタルメディア、スポーツ・ギャンブル運営者向けに、スポーツに関するデータや分析を提供している。アメリカンフットボールやネットボール、競馬、ゴルフ、サッカーなどに関するデータを扱う。
  • カタパルト(CATAPULT外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):1999年に共同研究センター(CRC)で技術研究を開始し、2006年に正式に創業した。2014年にオーストラリア証券取引所に上場。スポーツ用途でのウェアラブル機器の製造販売を行っている。同機器を用いた分析や管理により、スポーツ選手のパフォーマンス向上、けがのリスク低下、リハビリなどに活用されている。2020年6月時点の時価総額は約2億6,000万豪ドル。

本稿で紹介した企業は、ビクトリア州のスタートアップの一部にすぎない。同州のスタートアップとの協業では、さまざまな分野でビジネスチャンスがあると考えられる。関心がある日本企業はビクトリア州政府東京事務所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに連絡してみるとよいだろう(連絡先後述)。また、メルボルンで毎年開催されるイノベーション関連イベント「ポーズ・フェスト」(Pause Fest)では、同州に拠点を置く多数のスタートアップが紹介される。次回は2021年2月に開催が予定されているので、参加を勧めたい。

オーストラリア・ビクトリア州政府東京事務所
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Eメール:tokyo@global.vic.gov.au
電話番号:03-3519-3371
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。