南オーストラリア州、宇宙とサイバーセキュリティに注目
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひも解く(10)
2022年1月27日
日本では知られていない、オーストラリアのスタートアップシーンを紹介する本シリーズ。今回は、南オーストラリア州に焦点を当てる。南オーストラリア州は、ワインや水産養殖が盛んなだけでなく、オーストラリアの防衛宇宙産業の拠点でもあり、宇宙技術やサイバーセキュリティ分野でのスタートアップの成長が期待されている。本稿では、南オーストラリア州のエコシステムの概要を紹介する。
豊かな自然と防衛宇宙産業の発展
南オーストラリア州は、オーストラリア南部に位置する人口177万人の州であり、州都アデレードは、英国エコノミスト誌による2021年の「世界で最も住みやすい都市ランキング」において、オークランド、大阪に次いで世界第3位に選ばれている。バロッサ・バレーやアデレード・ヒルズなどのオーストラリアを代表するワイン産地を有し、ミナミマグロやカキなどの水産養殖に力を入れるなど、農林水産業が盛んである。また、再生可能エネルギーの導入が進んでいることでも知られている。2020年における南オーストラリア州の電力供給の約60%は、太陽光発電などの再生可能エネルギーによるものだったという。
豊かな自然環境を生かした産業だけでなく、オーストラリアの防衛宇宙産業の拠点としても地位を確立している。オーストラリア連邦政府は、2030年までにオーストラリアの宇宙産業の規模を120億オーストラリア・ドル(約9,960億円、豪ドル、1豪ドル=約83円)に拡大し、最大2万人の雇用を創出することを目標に掲げている。また、2018年にはオーストラリア宇宙庁を創設し、アデレードに拠点を置くことを決定した。宇宙庁の本庁舎と併せ、衛星技術の開発や実証を行うミッション・コントロール・センターや、科学・技術・工学・数学(STEM)教育や宇宙ミッションのシミュレーションなどを提供するスペース・ディスカバリー・センターも設立された。また、防衛産業も盛んで、南オーストラリア州はオーストラリア海軍の造船所を有している。米国および英国との安全保障協力に関する3カ国の新たな枠組み「AUKUS」の下で技術協力に合意した原子力潜水艦についても、南オーストラリア州で建造する予定となっている。
州政府はイノベーション政策を強化
政府の旗振りの下、イノベーションやテクノロジーへの投資機会も拡大している。南オーストラリア州政府は2018年、起業家やスタートアップのためのプラットフォーム「FIXE(Future Industries eXchange for Entrepreneurship)」を立ち上げた。FIXEではさまざまなイベントやセミナーを開催しているほか、メンタリングプログラムなども提供している。また、研究者や起業家がアイデアやサービスを商業化するための助成金プログラムも用意しており、新型コロナ禍で影響を受けたスタートアップへの支援なども行っている。さらに、スタートアップを海外から誘致するため、「ランディング・パッド」プログラムを提供している。認定されたスタートアップは、12カ月間で最大8万豪ドルの支援を受けることができる。
FIXEの2020年の年次レポートによると、南オーストラリア州には308社のスタートアップがあり、うち192社は2015年から2018年の間に設立されている。産業別にみると、専門・科学技術サービス業が163社と全体の約半数を占めているほか、製造業や小売業のスタートアップが多い。また、提供する商品やサービスの分野別にみると、医療・バイオテック、食品飲料・アグリテック、クリーンテック、フィンテック、航空宇宙・衛星の順に多い。なお、2012年から2020年までの間に南オーストラリア州のスタートアップ148社が調達した資金は4億1,180万豪ドルに上り、そのほとんどは2016年以降に調達されたという。
広大なイノベーション・ハブ、ロット・フォーティーン
南オーストラリア州政府は、FIXEの立ち上げとともに、本シリーズ第2回で紹介したイノベーション・ハブ「ロット・フォーティーン(Lot Fourteen)」の開発に着手した。ロット・フォーティーンは、アデレードの中心にある約7ヘクタールのエリアに連邦政府と南オーストラリア州政府が計7億4,300万豪ドルを拠出して開発している、教育・文化施設や研究施設の集積地だ。エリア内には前述のオーストラリア宇宙庁があるほか、人工知能(AI)や機械学習に特化したアデレード大学の研究機関や、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)が南オーストラリア州政府やオーストラリアの通信大手オプタスなどと共同で設けた「MITビッグデータ・リビング・ラボ」などが置かれている。また、世界的なIT企業も名を連ねている。2021年2月にアマゾンが、同社傘下のアマゾンウェブサービス(AWS)やアマゾン・サイエンス(AIや機械学習の研究部門)の拠点を設置すると発表。2021年4月にはグーグル・クラウドが公共部門担当の拠点の設置を、同年9月にはマイクロソフトがノキアとともに宇宙関連技術や第5世代移動通信システム(5G)を用いた技術開発拠点の設置を発表した。さらに、コンサルティング会社大手のアクセンチュアやデロイトも、イノベーションに特化した拠点の設置を決めている。
ロット・フォーティーンには、多くのスタートアップも入居している。本シリーズ第2回で紹介したコワーキング・スペースのストーン&チョークは、2019年から拠点を置き、650のデスクを有するスタートアップ・ハブの運営を担っている。2023年にはさらに、ロット・フォーティーンの敷地内に「アントレプレナー・アンド・イノベーション・センター(EIC)」が開設される予定だ。同センターは16階建てで総面積3万5,000平方メートルの施設となる予定で、教育・研究機関が入居するほか、イノベーション・ハブやイベントスペースなどが置かれるという。
宇宙産業の集積が進む
宇宙産業の発展に力を入れている南オーストラリア州では、2020年11月に同州独自の宇宙産業戦略を策定した。小型衛星の技術開発や、AIや機械学習による宇宙データの活用などに焦点を当て、今後10年間で年平均5.8%の経済成長の達成を目指している。2021年1月には、小型衛星を低軌道に打ち上げるミッションの実施を発表。さらに、同年12月には、宇宙産業の製造拠点となるスペース・パークの設立を発表した。同パークは、南オーストラリア州政府が2,000万豪ドルを拠出し、アデレード空港周辺を候補地として開発される予定で、小型衛星や衛星ペイロード、ロケット、電動垂直離着陸機(eVTOL)などの生産拠点となることを目指している。すでに、同州はオーストラリアの宇宙関連スタートアップ4社[フリート・スペース・テクノロジーズ(Fleet Space Technologies)、キュー・コントロール(Q-CTRL)、ATスペース(ATSpace)、アラウダ・エラノティクス(Alauda Aeronautics)]との提携を決定している。
南オーストラリア州内には80社以上の宇宙関連企業が拠点を置いており、ロット・フォーティーンにも多くの企業が入居している。主な企業には、前述の小型衛星打ち上げミッションにも携わる衛星製造のイノーバー・テクノロジーズ(Inovor Technologies)や衛星用の動力に関わるシステムを提供するニューマン・スペース(Neumann Space)、衛星IoT(モノのインターネット)技術を手掛けるミリオタ(Myriota)などの地場企業や、米国の小型衛星開発企業タイヴァック(Tyvak)などがある。ロット・フォーティーンにはまた、大学や研究機関によるコンソーシアム「SmartSat CRC」が置かれている。同コンソーシアムは、政府の資金提供を受け、産業界と提携しながら宇宙関連技術の開発を推進しており、通信・IoT技術や衛星システム、次世代地球観測データサービスに関する研究プログラムなどを実施している。さらに、2022年には、オーストラリア気象庁がロット・フォーティーン内に宇宙気象に関する新たなハブを開設する予定だ。
サイバーセキュリティ分野に注力
前述のとおり、南オーストラリア州では防衛産業が盛んなことから、防衛能力の向上に資するサイバーセキュリティ分野にも注目が集まっている。特に、新型コロナ禍でオンラインへの依存度が高まったことから、オーストラリアではサイバー攻撃が増加している。2020/2021年度(2020年7月~2021年6月)に報告されたサイバー攻撃は、前年度比約13%増の6万7,5000件超となっており、サイバーセキュリティ分野の重要性はますます高まっている。
ロット・フォーティーン内に拠点を有するオーストラリア・サイバー・コラボレーション・センター(A3C)は、2020年7月に開設した産学官連携による専門機関で、連邦政府や南オーストラリア州政府、防衛大手のBAEシステムズや通信大手のオプタス、南オーストラリア大学やアデレード大学、サイバーセキュリティ共同研究センター(CSCRC)などが参画している。A3Cでは、製品やサービスがサイバー攻撃に対して安全であることをテストすることができる環境を提供しているほか、サイバーセキュリティ分野の人材育成に力を入れている。なかでも、オプタスと南オーストラリア大学は、サイバーセキュリティ分野の研究とコラボレーションを推進するためのハブをA3Cに設置し、サイバーセキュリティとデータサイエンスの専門教育を行っている。さらに、南オーストラリア州政府は2021年12月、ロット・フォーティーン内にデジタル技術とサイバーセキュリティ分野の教育やトレーニングを提供する「デジタル・テクノロジー・アカデミー」を設立すると発表した。施設は2023年後半に建設が開始される予定で、デジタル人材の育成によって南オーストラリア州の国際競争力を維持する、としている。
宇宙関連技術やサイバーセキュリティなど、今後の成長分野でさらなる発展が見込まれる南オーストラリア州。大学・研究機関や関連企業も集積し、エコシステムの形成も進み始めている。今後は、世界で活躍するスタートアップの誕生も期待される。
オーストラリアのスタートアップ・エコシステムをひもとく
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ) - 2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。