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「ボーン・グローバル」で成長を目指すオセアニアのスタートアップ

2018年10月24日

日本ではあまり知られていないが、現在、世界中で広く使われている技術の中にはオセアニアで生まれたものがたくさんある。例えば、子宮頸(けい)がんワクチン、ブラックボックス(フライトレコーダー)、プラスチック紙幣、高速Wi-Fiなどはオーストラリア、使い捨て注射器、麻酔銃、子供が開けられない薬瓶などはニュージーランドで発明された。両国はイノベーション志向が強く、近年、多くのスタートアップが誕生している。一方、両国のエコシステムにおける日本の存在感は薄い。本稿は両国のスタートアップやエコシステムの現状と背景、日本との協業の可能性などについて紹介する。

オーストリア、ニュージーランドともに起業を重視

日本で、オーストラリアやニュージーランドを「イノベーティブな国」と見る人はまだ少数派だろう。日本人の多くが持つオーストラリアのイメージは、 石炭や鉄鉱石などの天然資源、エアーズロック、ゴールドコーストといった観光資源などに恵まれた国というものではないだろうか。同様に、ニュージーランドのイメージは、ラム、キウイフルーツ、ワインなどの農産品、豊かな自然といった観光資源ではないだろうか。

オーストラリアは、経済成長を26年間続けており、世界記録を更新中である。しかし、経済は鉱物資源への依存が強く、同国政府はこの構造からの脱却を目指している。ターンブル首相(当時)は2015年12月、「全国イノベーション・科学アジェンダ」を発表し、経済の主軸をイノベーションに移行する方針を打ち出した。4年間で11億オーストラリア・ドル(約957億円)を拠出し、経済のイノベーション化や起業家精神を推進し、経済を活性化させるのが狙いだ。2016年12月には「レギュレトリー・サンドボックス(規制の砂場)」も導入した。規制対象分野の企業でも、一定の条件を満たせば期間限定で認可が免除され、自由に市場テストを行える。

一方、ニュージーランド経済も、第一次産品の輸出に依存しており、農林水産業分野が輸出額全体の過半を占める。農林水産物の国際価格の変動に大きな影響を受けるため、この構造から脱却すべく、同国政府は起業をしやすい環境づくりに努めている。世界銀行が2017年10月に発表した「ビジネス環境ランキング」では、ニュージーランドが2年連続で1位となった(オーストラリアは14位)。特に、ニュージーランドは「起業のしやすさ」「不動産登記」「資金調達」などで1位を獲得した。ちなみに、ニュージーランドで法人設立の手続きをする場合、全てオンラインで可能で、所要日数は0.5日で完了する。国として目立ったスタートアップ振興策はないものの、例えば、スタートアップ企業向けに、企業・技術・革新雇用省がビジネスプラン作成のアドバイスを行うなど、スタートアップの成長を側面支援している。

イノベーションに力を入れる両国では、数多くのスタートアップが生まれている。現在、オーストラリアの集積地シドニーには約2,000、ニュージーランドの首都ウェリントンには約900のテック系スタートアップが存在すると言われる。また、「ユニコーン」(評価額10億ドル以上の非上場企業)も誕生している。オーストラリアで初めてユニコーンとなったのは、法人向けソフトウエア開発を行い、日本にも拠点のあるアトラシアン(本社をシドニーからロンドンへ移転)で、2015年末に米ナスダックでIPO(新規株式公開)を実施し、「卒業」している。現在は、グラフィックデザインのキャンバ(本社:シドニー)や、ウエブデザインを中心としたマーケットプレイスサイト運営のエンバート(メルボルン)などが活躍している。一方、ニュージーランド発祥のユニコーンと言えば、同国を世界でも数少ない「宇宙ロケット打ち上げ成功国」に押し上げた宇宙開発会社ロケット・ラボ(2006年にニュージーランドで設立、後に本社を米国カリフォルニア州に移転)などがある。

強みは「ボーン・グローバル」、ハンデをチャンスに変える力

オーストラリアやニュージーランドが「イノベーティブ」な国になった理由としてよく使われるキーワードは「ボーン・グローバル(生まれた時からグローバル)」である。もともとは両国とも英国の植民地であり、自国の市場規模は小さいため、「海外とのつながり」を避けては通れない。両国は英国からの独立後も、欧米およびアジア市場へのアクセスを通じて経済発展をしてきた。また、両国とも移民の国であり、欧州だけでなく、アジア系の人々が、グローバルな「国民」を形成している。例えば、ニュージーランドで無人飛行機や無人自動車の開発を手掛けるスタートアップASGテクノロジーズ(オークランド)のマイク・マーCEO(最高経営責任者)は「最初から世界市場を意識し、素早さ(Agility)を持って行動しないと、われわれは生きていけない」と語る。


「ボーン・グローバル」を強調するマイク・マーCEO(右)(2018年3月ジェトロ撮影)

そのほか、これら国々を「イノベーティブ」にするのに一役買ってきたものとして、地理的条件もある。例えば、アラスカを抜いた米国の国土と同じぐらいの大きさの国土に、東京都と同じぐらいの人口しか住んでいないオーストラリアでは、この「特性」を乗り越えるためにさまざまな試みが行われてきた。医療と航空機と無線という当時の最先端技術を結合させて1929年に始まった、辺境地から患者を病院に移送する「フライング・ドクター」などが好例だ。

オーストラリアの面積の半分を占めるが、人口は全国の1割程度の西オーストラリア州の州政府で、雇用創出や科学・イノベーションなどを担当するディオン・トンツ氏によれば、同州では「スモールな人口=スマートな人口」という考えが浸透しており、ハンデをチャンスに変えて経済発展を進めている。例えば、西オーストラリアの鉱山では既に多数の無人トラックが導入されているが、このほかにも同州にはさまざまな「無人化」へのアイデアが集まってきていると言う。

さらに、西オーストラリア州は1平方キロメートル(100万平方メートル)の集光面積を持つ世界最大の電波望遠鏡を建設する国際的な試みである「スクエア・キロメートル・アレイ(SKA)計画」(本部:英国)において、南アフリカ共和国とともにプロジェクトサイトの誘致に成功しており、2020年には初期観測が始まる予定だ。

オーストラリアやニュージーランドでは、宇宙関連の活動も活発になってきている。オーストラリア政府は、今後5年間に宇宙セクターの規模を2倍にすべく、2018年7月1日に国家宇宙機関(ASA)を設立した。スタートアップについては、オーストラリアでは小型人工衛星を開発中の企業や、IoT(モノのインターネット)の観点から人工衛星の利用・活用のアイデアを出す企業が出てきている。ニュージーランドでは、2018年1月に同国で初めて人工衛星の打ち上げに成功した前述のロケット・ラボがある。同社は制作に3Dプリンターなどを使い、世界で初めてバッテリー式ロケットエンジンを開発し、打ち上げの大幅なコストダウンに成功している。

実際のところ、日本企業の海外展開先としては、アジアの国々と比較して、両国が幅広い産業から注目されてきたとは言い難い。オーストラリアやニュージーランドは先進国ではあるが、人口がそれぞれ2,400万人、470万人と市場規模が大きいとはいえず、投資コストもアジアと比べると高いイメージで、外務省統計によれば、進出日系企業数(2017年10月現在)はオーストラリアが713社、ニュージーランドが226社となっている。

近くのASEANでは、日本人スタートアップの活躍が徐々に目立つようになってきたが、そのようなことがオセアニアで起きているという話はあまり聞かない。例えば、オーストラリアの一大スタートアップ拠点とすべく、ニューサウスウェルズ州政府がシドニーのビジネス街に2018年2月にオープンした、最大2,500人が利用できるコワーキングスペース「シドニー・スタートアップ・ハブ(Sydney Startup Hub)」 では「日本人スタートアップのテナントはまだない」、シドニーのチャイナタウンにあるオーストラリアの起業家とアジアを結ぶことに特化した「ヘイ・マーケット・HQ(Hay Market HQ)」でも「テナントの9割以上が中国人。残りはシンガポールなどASEAN」とのことだった(2018年3月時点)。同様に、ニュージーランド・オークランドのベンチャーキャピタルのアイス・ハウス(Ice House)でも、日本の大手企業との連携はあるが、「ニュージーランドで起業した日本人スタートアップと一緒に仕事したことはまだない」(2018年3月時点)とのことだった。

日本企業との協業にも萌芽(ほうが)

もっとも最近では、オセアニアのエコシステムにおける日本の存在感を高める新しい動きも出てきている。例えばシドニーでは、日本とオーストラリアの社会課題をイノベーションで解決する「イノベーション道場(Innovation Dojo)」プラットフォームが誕生し、第1回ピッチ・コンテストが2016年12月に開催された。優勝者のV-KAIWAは、バーチャル・リアリティーのヘッドセットを付けてネイティブスピーカーとさまざまな場面で「フェイス・トゥ・フェイス」で英会話を勉強できるシステムを開発したスタートアップだった。2017年12月には第2回のピッチも開催され、IoTを使って職場における社員のストレスを「見える化」して軽減するBaransuが優勝した。


「Innovation dojo」が共催したピッチ・イベントに登場したV-kaiwa(2018年7月ジェトロ撮影)

イノベーション道場の3人の共同創設者の1人、西中川薫エクゼクティブ・ダイレクターは「日本とオーストラリアは高齢化社会、農業、ロボティクスなど、協業して問題解決できる分野がたくさんある」と語る。特に、オセアニアのスタートアップは「資金」「事業化を担う中間人材」「世界における認知度」の3つの不足がある、と言われている。ここに、日本企業とオセアニアのスタートアップのビジネスチャンスがあるのではないか。

米国のコーネル大学、フランスの経営大学院インシアード(INSEAD)、世界知的所有権機関(WIPO)が共同で発表した2018年版グローバル・イノベーション・インデックス(GII)では126カ国・地域がランク付けされており、「人的資本や研究」ではオーストラリアの3位、ニュージーランドの15位に対し、日本は16位だった。一方、「知識と技術のアウトプット」では日本の12位に対して、オーストラリアは38位、ニュージーランドは37位であった。このあたりの差が、協業のヒントになるかもしれない。

ジェトロ ビジネス展開支援部 主幹
小林 寛(こばやし ひろし)
1998年、ジェトロ入講。ジェトロ・ハノイ事務所(2004~2008年)、企画部事業推進室(ASEAN・南西アジア担当)(2008~2010年)、中小企業庁(2011~2013年)、海外調査部アジア大洋州課長(2017~2018年)などを経て現職。

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