経済安全保障で変わるビジネスサプライチェーン再編と産業政策の時代は企業に何を問うのか(世界)
2026年11月5日
近年、経済安全保障への関心が高まっている。重要鉱物や半導体を巡る競争の激化、生成AI(人工知能)の急速な発展、サプライチェーン再編の進展などを背景に、各国は戦略分野における競争力強化や戦略的自立性の向上に向けた政策を積極化している。その影響は、重要鉱物やAI、半導体などの戦略分野における投資や産業政策から、サプライチェーンの再編や新たな制度・ルールの形成にまで及び、事業環境を大きく変えつつある。こうした状況を踏まえ、本特集「経済安全保障で変わるビジネス 貿易・投資・技術を巡る政策措置と同志国連携」を組んだ。本稿はその総論だ。本特集で取り上げた事例からは、戦略分野への注目の高まりを背景に、各国が戦略的自立性や産業競争力の強化を進め、その結果、サプライチェーンやルールの再編が進んでいることが分かる。こうした変化は、企業に新たなリスクと事業機会の双方をもたらしている。
1.戦略分野への注目が高まる
経済安全保障への関心の高まりとともに、各国が重視する戦略分野にも変化がみられるようになった。以前から重要性が認識されてきた重要鉱物や半導体に加え、近年はAIやデータセンター、宇宙関連産業なども国家競争力や経済活動の基盤を支える分野として位置付けられている。
重要鉱物分野では、レアアースやリチウムなどが電気自動車、再生可能エネルギー、防衛産業、先端電子機器に不可欠な戦略物資として注目されている。中国が世界的な供給網において大きな存在感を持つ中、各国は調達先の多様化と供給網の強靱(きょうじん)化に取り組んでいる。オーストラリアやアフリカのレアアース・重要鉱物開発への関心の高まりは、その象徴といえる。
一方、AIは世界各国で戦略的な重要性を高めている。利用の姿はさまざまで、例えばサウジアラビアはAIとデータセンターを経済多角化の柱として育成し、人材やデジタルインフラを含むAIエコシステムの形成を進めている。ブラジルは農業分野へのAI活用を通じて競争力強化を図っている。AIは単なるデジタル技術ではなく、各国がそれぞれの経済構造や成長戦略に応じて活用を進める基盤技術となりつつある。
さらに、半導体産業も経済安全保障上の重要性を増している。AI需要の拡大を背景に、先端パッケージや検査・計測など周辺産業への需要も高まっており、欧州ではサプライチェーンの強靱化や製造技術の高度化に向けた取り組みが進められている。また宇宙産業では、商業宇宙や安全保障需要の拡大を背景に、企業、研究機関、支援組織の連携や、技術開発から事業化につなげる仕組みに関心が集まっている。
もっとも、各国が戦略分野への対応を強化している背景には、市場拡大への期待だけでなく、自国の能力を確保したいという政策的意図も存在する。戦略分野への注目の高まりは、次第に産業政策や国家戦略の見直しにつながっている。
2.戦略的自立性と産業競争力の強化に向けた取り組み
戦略分野への関心の高まりを受け、各国では産業政策の役割があらためて注目されている。近年の特徴は、産業育成や投資誘致だけでなく、戦略的自立性や経済的強靱性の確保が政策目的として前面に出ている点にある。
その典型例が、国家安全保障やサプライチェーン強靱化を目的とした産業政策の復活だ。各国は半導体、AI、重要鉱物、蓄電池、クリーンエネルギーなどを戦略産業として位置付け、補助金や税制優遇、政府系金融機関による支援を通じて投資誘致を競っている。
こうした動きは新興国にも広がっている。ベトナムでは加工貿易・労働集約型産業からの脱却を目指し、重要鉱物や半導体を含む戦略分野での能力強化を進めている。モザンビークではローカルコンテンツ政策を通じて、資源開発の恩恵を国内企業や産業育成につなげようとしている。
また、サウジアラビアはAIを活用した新産業育成によって、ポスト石油時代を見据えた経済構造転換を進めている。ブラジルもAIを農業へ実装することで、自国の強みである農業分野の高度化を図っている。欧州では、宇宙や半導体分野において、研究開発、人材、試験認証、量産体制を含むエコシステムの整備が進められている。
戦略的自立性の追求は、必ずしも内向きの政策を意味するものではない。多くの国・地域は、海外企業や外国投資との連携を維持しながら、自国の能力向上を図ろうとしている。その取り組みは、サプライチェーンの構造や国際経済関係にも影響を及ぼしつつある。
もっとも、戦略的自立性の意味するところは各国で同一ではない。米国や欧州では重要技術や重要物資の域外依存を低減し、自国内または友好国を中心とした供給網の構築が重視されている。他方、ベトナムやモザンビークでは、自国産業の高度化や付加価値の国内取り込みが重要な課題となっている。また、サウジアラビアのように経済構造の転換を進める国もあれば、ブラジルのように既存産業の競争力強化に重点を置く国もある。各国の政策手法は異なるものの、自国の能力を高めることで、不確実性への対応力を高めようとする点には共通性がみられる。
3.供給網の再編はどこへ向かうのか
戦略的自立性や供給網の強靱化を目指す動きは、サプライチェーン再編というかたちで具体化している。特に重要鉱物を巡る分野では、供給源の多角化や友好国との連携強化が進められている。
米国は中国依存を低減するため、同盟国やパートナー国との連携を通じた重要鉱物サプライチェーンの再構築を進めている。加えて、投資連携や市場ルールの形成を通じて、中国依存からの脱却を後押ししようとする動きもみられる。こうした中、オーストラリアは有力な供給先として位置付けられ、アフリカの大型レアアース案件にも国際的な関心が集まっている。アフリカの資源国は、単なる資源供給地にとどまらず、国内加工や産業育成も重視しており、供給源確保と産業政策が交錯する場となっている。英国でも、永久磁石の製造やリサイクル、人材育成を支援する「マグネット・ハブ」構想が進められており、サプライチェーン多角化に向けた動きが広がっている。
また、資源開発の成果を国内経済へ還元しようとする動きもみられる。モザンビークでは、ローカルコンテンツ政策を通じて地場企業の参入や人材育成を促し、資源開発を産業育成につなげようとしている。供給網再編は、需要国と供給国の双方の戦略の影響を受けながら進展している。
さらに、サプライチェーン再編の影響は制度やルールにも及んでいる。USMCA見直しでは、重要鉱物や投資審査が主要な論点となっており、経済安全保障が通商協定に組み込まれ始めている。投資審査や輸出管理などの制度を通じて、経済安全保障は国際経済秩序の形成にも影響を及ぼしている。サプライチェーンの再編は、もはや企業個社の調達戦略だけでは説明できない現象となっている。重要鉱物や先端技術を巡る競争は、投資審査や通商協定、輸出管理などの制度・ルールにも及び始めており、企業にはこうした環境変化も踏まえた対応が求められる。
4.企業は何に備えるべきか
企業活動に影響を与えるリスクは、地政学的要因だけでなく、サイバーセキュリティや自然災害など幅広い領域へ広がっている。
EUのサイバーレジリエンス法(CRA)はその一例だ。企業には製品の脆弱(ぜいじゃく)性管理やインシデント報告などが求められ、市場アクセスの条件としてサイバーセキュリティ対応の重要性が高まっている。企業を取り巻く課題は、供給網管理だけでなく、規制やコンプライアンス対応へも広がっている。
また、ASEANでは洪水や台風などの自然災害が企業活動に影響を与えている。ASEANは生産・調達拠点として重要性を増しているが、事業継続の観点からは気候変動や自然災害への備えも欠かせない。企業には、立地やコストだけでなく、レジリエンスの視点を含めた事業戦略が求められている。
サイバー攻撃や自然災害を完全に回避することは容易ではない。現実として重要なのは、影響を最小限に抑え、速やかに事業を回復できる体制を構築することだ。レジリエンスの向上は、今後の企業競争力を支える重要な要素となる。
5.企業への示唆
本特集の各論を概観して分かるのは、経済安全保障を巡る各国の取り組みが、サプライチェーン、投資、技術開発など企業活動のさまざまな側面に影響を及ぼしていることだ。各国の政策や制度の変化は、企業に新たな制約をもたらす一方、新たな市場や投資機会も生み出している。
重要鉱物、AI、半導体、宇宙などの分野では、各国が競争力強化のため投資を拡大しており、新たな需要や連携機会が生まれている。また、各国の貿易振興機関や関連機関は、サプライチェーン強靱化、重要物資確保、輸出管理、技術保護などの分野で企業支援を強化している。
一方で、企業には調達先の多様化や規制対応だけでなく、現地産業との協力や人材育成、技術移転への貢献も求められるようになっている。ベトナムやモザンビークの事例が示すように、一部の国では投資や雇用創出に加え、産業高度化や現地企業育成への貢献も重視されている。
重要鉱物、AI、半導体、宇宙といった戦略分野への注目の高まりを背景に、各国では戦略的自立性と産業競争力の強化に向けた取り組みが進められている。その過程でサプライチェーンの再編や制度・ルールの見直しが進み、企業を取り巻く事業環境にも変化が生じている。企業に求められるのは、こうした変化への対応にとどまらず、自社の強みを生かせる新たな機会を見極めることだ。経済安全保障時代の競争力は、リスクへの備えと成長機会の獲得の双方によって左右される。
こうした環境変化の中で、企業には3つの視点が求められる。第1に、自社が関わるサプライチェーンや市場が、各国の戦略分野の中でどのように位置付けられているかを把握することだ。第2に、規制や制度変更への対応をコストとして捉えるだけでなく、事業機会との関係で理解することだ。第3に、進出先や調達先の国が重視する産業育成や人材育成への貢献を通じて、中長期的な信頼関係を構築することだ。
戦略的自立性や産業競争力の強化という共通の方向性がみられる一方で、その目的や手法は国によって異なる。企業には、相手国の政策課題や産業育成の方向性を踏まえつつ、調達、投資、現地企業との連携のあり方を検討していくことが求められるようになっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部主任調査研究員
箱﨑 大(はこざき だい) - シンクタンク研究員、香港駐在エコノミストを経てジェトロへ。北京事務所次長、調査部中国北アジア課長、アジア経済研究所主任調査研究員を経て2023年より現職(経済安全保障ユニットリーダー)。論文に「日本の対中投資はなぜ『収益の再投資』に牽引されたのか-直接投資の財務構造に基づく要因分析-」中国経済経営研究8(2)、編著に『グローバルサプライチェーン再考』文眞堂、など。博士(学術)。








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