専門家に聞く英国食の課題
国民の食欲はコントロールできるか(6)

2026年11月4日

前稿(2026年6月29日付地域・分析レポート参照)で論じた「超加工食品時代の和食戦略」について、公衆衛生政策の専門家であり、英国の肥満政策を研究するドリー・バン・タレケン氏に意見を聞いた。同氏は、「英国は過保護国家?」(2025年6月17日付地域・分析レポート参照)で取り上げた政策提言集「英国を育てる:国家の健康を改善する政策マニュアル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、「英国を育てる」)の著者の1人だ。

同氏は、「日本の食育の考え方を英国に取り入れたい」と日本の食文化から学ぶ意義に強い関心を示した一方、和食をはじめとした健康的な食事を広めるにあたっては、制限的で退屈な食事というネガティブなイメージを払拭するブランディングとマーケティングが重要と強調した(取材日:2026年7月1日)。


ドリー・バン・タレケン氏(本人提供)
質問:
ヘンリー・ディンブルビー氏との共著で、英国の首相や保健相の経験者など20人へのインタビューを基にまとめた「英国を育てる」を2024年11月に公表したが、執筆の動機は。
答え:
これは個人的に夢のようなプロジェクトだった。2018年に博士課程に進んだとき、非常にシンプルだが重要な疑問に関心を持った。「なぜ英国政府の肥満対策は、肥満率を減らすことに成功していないのか?」 ということだ。
そこで、過去30年間の英国の肥満政策を分析すると、約700もの肥満対策関連政策が実施されてきたことが分かった。しかし、肥満率も健康格差もほとんど改善されていない。
第一に、政策の内容自体が効果的ではなかった。多くが「健康的に食べるように伝えれば、人々は行動を変えるはずだ」という発想に基づく情報提供キャンペーンに過ぎなかった。
第二に、多くの政策が自主的な取り組みに委ねられており、政府は義務的な規制を導入することに消極的だった。企業が従わなくてもほとんど不利益を被らないため、企業は真剣に取り組まない。
第三に、多くの政策が完全には実施されていない。政策は何度も発表されるが、途中で内容の縮小、変更、未実施に終わっている。
これらの分析を踏まえ、政治家本人に、なぜ政策が失敗するのか、なぜ自主的な取り組みに委ねるのかといったことを直接尋ねようと思った。こうした問題意識から「英国を育てる」が生まれた。いくつか有益な答えは得られたが、それでも英国で効果的な食政策を実行するのは極めて難しい。
質問:
日本から見ると、健康的でない食品に対する広告規制など、英国の規制は義務的で厳しいように見える。健康的でない食品を消費者の目から遠ざける政策は有効だと思うか。それともこうした政策には限界があるのか。
答え:
非常に興味深い質問だ。私は全体としてはやや批判的にみている。たとえ厳しい政策のように見えても、問題の規模に比べると極めて限定的だ。
英国と日本では食文化が大きく異なる。日本は食に対してより文化的なアプローチをとってきた。一方、英国は戦後、食料を安価かつ豊富に供給することを重視し、工業化された食システムを受け入れた。結果として、数十年にわたり商業化された食文化が形成されてきた。
広告規制そのものには肯定的だ。英国では至るところにジャンクフードがあり、広告規制はその露出を減らそうとする取り組みだ。しかし、食品業界や広告業界が規制に反対してロビー活動を行い、その結果、多くの抜け道が残っている。(清涼飲料水産業税など)課税についても同様で、課税対象が非常に限定的で、十分な公衆衛生投資にはつながらない。
政策が問題の規模に見合っていないため、食システム全体を変える大規模な改革が必要だ。
質問:
健康的でない食品に対する広告規制が2026年1月から強化されるなど、最近の政策強化の背景には何があると考えられるか。
答え:
私は長期的な視点で見ている。肥満問題は長年、首相レベルで関心が持たれてきたものの政治的に難しいテーマだ。「自由」を巡るイデオロギー的議論があり、政治家は「ナニー・ステート」(乳母国家、過保護国家)と見なされたくないと思っている。
ただ、政治的な機運は徐々に高まっているかもしれない。今はエビデンスも国民の支持も以前に比べて増えており、人々は健康的な食生活を送るための支援を求めるようになっている。
質問:
日本では、約20年前に食育基本法が制定された。この法律は、栄養だけでなく、食文化や食料安全保障も対象としている。さらに、2026年5月に法改正があり、成人向けの食育も強化された。あなたは、以前のセミナーで、フィンランドと日本について、「食を国家の資産として位置付けている国」の成功事例として挙げていた。日本の取り組みで特に重要な点は何だと考えるか。
答え:
日本の食政策の歴史に非常に関心がある。英国と日本は似たような出発点だったかもしれない。両国とも、戦後、国民の栄養改善の必要性を認識した。しかし、英国の取り組みはそこまで強力でなかった一方、日本は国の主導で取り組みを進め、政策を通じて食文化そのものに大きな影響を与えてきた。多くの人は、日本の食文化が昔から自然に存在していたと思っているが、実際には政府の取り組みも少なからぬ役割を果たしてきた。
日本は、世界でも肥満率が非常に低い国の1つで、さらに、豊かな食文化も維持している。また、学校や病院の給食制度も整っている。
英国は、戦後の認識を十分に生かすことができず、そのような変革を実現できなかった。ぜひ日本から学びたいと考えている。なぜここまで食の価値観が違うのか、どうすれば新しい食文化を築けるのか、日本には明確なビジョンがあったのか、どのような食システムを目指していたのか、どのような健康成果を目標にしていたのか。英国はその段階にはまだ遠く及ばない。2025年に「食料戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を打ち出したものの、根本的な変革には至っていない。もし食育の考え方を取り入れられたら素晴らしいことだ。
質問:
日本では、給食は従来、各学校で調理されていて、現在でもこの方式を維持している自治体も少なくない。また給食が、生徒自身が配膳や片付けを行うなどの主体的な関わりや、栄養士や調理員による食育と結びついていることも特徴だ。英国では、子供が自分で食べるものを選ぶカフェテリア方式が一般的だと理解しているが、日本と英国との学校給食や食育の違いをどう考えるか。
答え:
本当にあらゆる点が異なっていると思う。
まず、英国の学校は資金不足に直面しており、給食予算も非常に少ない。給食予算は使途が限定されていないので、教師の採用など他の用途に回されてしまう。関係者は、給食予算の使途を食費のみに限定するよう求めている。
英国にも給食の食事基準が存在するが、日本より基準は緩い。新鮮な食材や手作りを重視しておらず、調理済みの食材に依存している。一から調理するには高い技術が必要だが、学校の調理スタッフは十分に訓練されていない。また、食事基準の順守率も低く、およそ4校に1校しか基準を満たしていない。揚げ物やデザートも許容されている。
私の息子が今年から小学校に入学するので食材リストを取り寄せたが、給食はほぼ全て超加工食品(注)で構成されていることが分かった。英国の学校給食は民間のケータリング会社が提供しており、利益を出す必要があるので、品質を向上させることは容易ではない。
日本では給食が非常に重要視されているようだが、英国では付随的なものとしかみられていない。給食の無償提供に反対する人もいて、なぜ政府が子供の食費を負担するのかという議論もある。学校で子供に良い食事を提供するのは当然という認識がない。
質問:
英国の食生活指針「イートウェル・ガイド」は、栄養成分に焦点を当てているように思う。日本にも同様の「食事バランスガイド」があるが、「食生活指針」はより広く、例えば、家族や友人と食事を楽しむこと、1日の食事のリズム、主食・主菜・副菜のバランスなど、食習慣や食に対する姿勢も重視している。英国には同様のものがないようだが、英国でこのような考え方は役立つか。
答え:
間違いなく役立つと思う。
英国では、大手食品企業が政策形成に深く関わっているという長年の問題がある。英国では、非常に強力なスーパーマーケット文化があり、政府は、栄養成分中心の還元主義的なアプローチを続けている。日本は、食についてより価値観に基づいたアプローチを取っているように見える。
人々が料理することは食品企業にとってあまり利益につながらないため、食品企業は加工した製品を販売することで利益を得ている。食品企業が「料理は面倒だ」という考えを広めていった結果、調理済み食品の文化に移行したと考えている。子供たちは家庭で料理を経験せず育っており、味覚も加工食品に影響されている。
しかし、文化は変えられる。人は環境が変わればすぐに適応する。工業化された食の構造を変え、代替となる選択肢を提供しなければならない。そのため、料理技術への投資や安価で新鮮な食材が必要だが、いずれも政府にとって実現が難しい課題だ。
質問:
超加工食品への関心が高まる中で、和食は、食物繊維や発酵食品が中心であり、良い代替になり得ると考えられる。英国の政策は「何を減らすか」に焦点を当てているが、「何を食べるか」「どう食事を楽しむか」は十分に扱われていないようだ。和食が英国の健康政策に貢献する可能性はあるか。
答え:
すでに英国で和食は人気だが、簡略化された和食だ。重要なのは「何を目指すか」を明確にすることであり、現在の食システムに代わるモデルが必要だ。英国では食事の60%以上が超加工食品に依存しており、人によっては80%に達する。「悪い食品」だけ規制すると、人々は何を食べるべきか分からなくなる。現状では、「健康的な食事」はネガティブな印象を持たれている。ダイエット食やサラダのイメージで、制限的で退屈な食事だと思われている。このイメージを変える必要がある。これはマーケティングとブランディングの課題だ。食品企業は、超加工食品と楽しさを結びつけることに成功してきた。同じことを超加工食品ではない本来の食べ物についても行う必要がある。食文化は、繰り返し発信されるメッセージや日々の接触を通じて形成されるものだ。
日本では、政府の取り組みが食文化形成に重要な役割を果たしてきた側面があるが、英国にはそれがない。食システムを変えるためには政府の関与が不可欠だ。日本の学校給食や、その背後にある考え方を紹介するイベントを企画するのも良いかもしれない。

タレケン氏は、現在、英国の学校給食の改革を目指し、関係者と連携してプロジェクトを進めているという。英国の学校給食にアプローチしようとしている日本の食品企業によると、英国の学校給食に参入するには、学校側とケータリング会社側の双方のニーズを同時に満たす必要があり、参入の壁は厚いとしている。それでも、今回のインタビューを通じ、日本の食育や学校給食が、単なる栄養改善策ではなく、食文化を育み、生涯にわたる健康的な食習慣を形成する社会基盤として英国の専門家から高く評価されていることがうかがえる。超加工食品への対応が課題となる中、「何を減らすか」という規制だけでなく、「何を食べ、どのように食を楽しむか」という視点を示す日本の食育の実践は、今後の英国の食政策に新たな示唆を与える可能性がある。


注:
2026年6月15日付地域・分析レポートの見出し「ブラジルの研究者が提唱した概念が世界へ」の段を参照。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
林 伸光(はやし のぶみつ)
2009年、農林水産省入省。2023年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
尾崎 裕子(おざき ゆうこ)
2008年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。