輸出経験ゼロの町工場がタイ市場を開拓
金属印刷技術を活かしたオリジナル商品展開
2026年11月2日
埼玉県八潮市は、金属製品製造業をはじめとする中小企業が集積する地域だ。1960年の工場誘致条例の施行を契機に、製造業を中心とした多種多様な業種が集まる街として発展した(注1)。同市に本社を置く池上金属印刷は、創業87年を迎える、菓子缶や茶缶などの金属印刷を手掛ける老舗メーカーだ。工場長と社長を含めても社員は4人という小規模企業ながら、国内需要の縮小を見据え、自社オリジナル商品の開発と海外販路の開拓に挑戦している。
同社は輸出経験ゼロの状態から、タイの大手百貨店での販売を実現した。その成功要因について、代表取締役社長の小川千枝子氏に聞いた(取材日:2026年9月9日)。
- 質問:
- 海外展開を目指したきっかけは。
- 答え:
- コロナ禍で、本業の印刷事業に大きな影響を受けたことが契機だ。当社はもともと、鈴子缶や菓子缶、オイル缶の受託印刷加工を手掛けており、製缶メーカーに納品している。しかし、コロナ禍で外出や旅行を控える傾向が強まり、土産物向け商品の需要が大きく落ち込んだため、既存事業だけに依存する経営では将来的な成長が難しいとの危機感を抱いた。また、自社の高い印刷技術をより直接消費者や小売市場に届けたいという思いもあった。そこで、自社ブランド商品の開発に取り組み、自ら企画・販売まで手掛けることで新たな事業の柱をつくろうと考えた。あわせて、ふるさと納税の返礼品向け商品の出品やオンライン販売、市民祭りでの出店販売など、さまざまな販路開拓に挑戦する中で、海外市場にも関心を持つようになった。
- その頃、金融機関や商工会議所などが主催するビジネスマッチングのイベントでジェトロと出会った。話を聞くうちに「まずはやってみよう」と考えるようになり、海外展開への挑戦を決意した。その後、2023年にジェトロの「新輸出大国コンソーシアム」のハンズオン支援に申し込み、一歩を踏み出した。
- 質問:
- タイ市場を選んだ理由は。
- 答え:
- 日本企業の進出が進んでおり、日本製品に対する理解や受容度が高いことに加え、日本からの距離も比較的近く、初めての海外展開先として取り組みやすい市場だと考えたためだ。また、ジェトロの「新輸出大国コンソーシアム」事業に、信頼できる現地在住の専門家がいたことも大きかった。専門家と市場調査をする中で、色彩豊かな自社商品の特徴は、鮮やかな色合いを好む現地の消費者の感性や嗜好(しこう)と親和性が高いことが分かった。また、日本品質への信頼度も追い風になると判断し、自社商品にも十分な可能性があると感じてタイ市場への挑戦を決断した。輸出経験は全くなかったが、英語の名刺を作るところから準備を進め、販路開拓の第一歩として東南アジア最大級の食品見本市「THAIFEX」に参加した。並行して、自主的にジェトロの貿易実務セミナーへ参加、「Japan Street」にも登録するなどした。
- 質問:
- タイでの販路開拓はどのように進めたか。
- 答え:
- 最も効果があったのは、自ら現地に足を運び、直接商談を重ねたことだ。「THAIFEX」に参加した際には、輸送トラブルにより展示商品が会場に届かないというアクシデントも発生した。しかし、手持ちの商品サンプルと名刺を携え、ジェトロがリストアップした企業を一社ずつ訪問して回った。商談は、事前にコンタクトを取っていた企業を含め、思うような成果が得られなかった。そのような中、大手百貨店だけは当社の商品に関心を示してくれたが、「タイ国内に代理店や拠点がなければ取り扱うことは難しい」との回答だった。一時は諦めかけたものの、専門家の現地ネットワークを通じてタイに拠点を持つ企業を紹介してもらい、その企業が代理店として協力してくれることになった。こうして販売体制を整えることができ、大手百貨店の日本フェアで陳列するプロモーション販売が実現、最終的には常設コーナーにも置けることになった。現地市場の開拓では、展示会への出展だけでなく、自ら足を運んで関係者と直接対話し、人とのつながりを築くことの重要性を実感した。継続的に商品を目にしてもらえる環境を確保できたことも、商品の認知向上に寄与したと感じている。
- 質問:
- 現地市場では、どのような商品が評価されたか。
- 答え:
- 日本らしさとタイらしさを組み合わせたオリジナル商品が、特に高い評価を得た。例えば、タイの伝統工芸であるベンジャロン焼き(注2)のアートワークを活用したデザイン缶を開発し、日本の商品でありながらタイの文化的要素を採り入れた商品づくりを行った。ベンジャロン焼き特有の、繊細で華やかな意匠を缶の表面に表現するにあたっては、長年培ってきた金属印刷のノウハウを生かした。また、タイのインフルエンサーが百貨店の店頭で当社商品をSNSで紹介したことをきっかけに話題となり、追加発注に至った。現在までの累計受注数は当初想定を上回っており、継続的な受注がある。
- ジェトロの支援終了後は、現地とのやりとりや商品提案、関係構築に自ら対応してきた。その中で、ベンジャロン焼きをモチーフとした商品は、2026年にバンコクで開催された国際会議「NIKKEI Asia Forum APAC 2026」のノベルティーにも採用された。自ら市場と向き合い続けた結果、新たな案件獲得ができたと感じている。
-

小川社長とベンジャロン焼きをモチーフとした
オリジナル商品(ジェトロ撮影)
ステンドグラス風の繊細なデザインを施した製品
(同社提供) - 質問:
- 輸出を始める上で、苦労したことは何か。
- 答え:
- 貿易実務の知識が全くない状態からのスタートだったため、輸出に関するあらゆる手続きが手探りだった。中でも原産地証明書の取得は難しく、必要書類や申請手順を一から学ばなければならなかったため、ジェトロの貿易投資相談を利用した。また、関税や送料の計算、輸出書類の作成などにも多くの時間を要した。さらに、輸出を始めてもすぐに利益が出るわけではなかった。代理店手数料や百貨店の販売マージンなどのコスト負担が大きく、収益化には時間を要した。しかし、まずはタイ市場で商品を知ってもらい、販路と実績を築くことを優先し、地道に挑戦を続けた。
- 質問:
- 海外展開成功の最大の要因は何か。
- 答え:
- やはり「人とのつながり」だと感じる。タイへ行かなければ大手百貨店との出会いもなかった。現地専門家との縁がなければ販売にも結びつかなかった。現地代理店の紹介も、人と人とのつながりから生まれたものだ。もちろん、海外展開には事前準備や地道な努力が欠かせないが、机上で考えているだけでは何も始まらない。大切なのは自分で動いてみることで人と出会い、関係を築くことだと思う。振り返ると、その積み重ねが結果として運を引き寄せてくれたと思う。
- 質問:
- 海外展開を検討する中小製造業へのメッセージは。
- 答え:
- 海外展開は売り上げ拡大だけでなく、生産ラインの安定稼働や社内の活性化にもつながっている。新しい挑戦に取り組むことで社員の意欲も高まっていると感じる。
- 悩んでいるのであれば、目の前を通り過ぎるチャンスをつかむことが大切だ。当社も最初から海外展開を目指していたわけではなく、輸出経験もなかった。しかし、一歩踏み出したことで新しい市場やビジネスの可能性に出会うことができた。私自身、会社を引き継いだ当時は大きな借り入れを抱えており、不安がなかったわけではない。それでも、リスクばかり考えていては可能性を閉ざしてしまう。仕事への情熱があるなら、ぜひ海外にも目を向けてほしいと思う。まずは挑戦してみることが重要だ。その一歩が、思いもよらない出会いやチャンスにつながるかもしれない。
同社の事例は、海外展開の経験がない中小製造業でも、自社の強みや技術を生かしたオリジナル商品開発と支援機関・現地ネットワークの活用によって、販路開拓できることを示している。同時に、受託加工を中心としてきた町工場が、自社ブランドの確立を通じて新たな付加価値の創出に挑戦した事例として、多くの中小企業に示唆を与えるものといえる。特に、「支援機関を活用する」「まず現地へ行く」「現地の専門家や代理店との関係を築く」という取り組みを着実に積み重ね、ジェトロの支援終了後も自ら市場と向き合いながら新たなビジネス機会を切り開いていった点も見逃せない。
海外展開は特別な企業だけのものではなく、まず一歩を踏み出し、市場を理解しようとする姿勢と人とのつながりが、新たなビジネスチャンスになることを教えてくれる事例といえる。
- 注1:
-
八潮市「八潮市企業実態調査報告書(2026年3月)
(18.7MB)」 - 注2:
-
タイの伝統工芸の1つ。アユタヤ王朝時代に王室御用達の陶磁器として生まれたとされる。白磁に、色鮮やかで細かな文様や金彩が施されているのが特徴。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部調査企画課
樋口 彩乃(ひぐち あやの) -
映画会社、海外航空会社を経て、2016年ジェトロ入構。
ビジネス展開支援部新興国進出支援課、サービス産業部ヘルスケア産業課、広報課を経て、2025年4月から現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ埼玉
中川 敏之(なかやま としゆき) - 国内大手アパレルメーカーのマーチャンダイザーを経て、欧米ラグジュアリーブランドおよびプレミアムライフスタイルブランドの日本法人でセールス&マーケティング責任者、ブランドマネージャーに従事。2023年ジェトロ入構。








閉じる


