産学連携で高度インド人材との接点創出を目指す東京理科大学
2026年10月28日
日本国内での理工系人材不足が深刻化する中、日本企業の間では高度外国人材、とりわけ理工系人材が豊富なインドへの関心が高まっている。一方、言語や文化、採用活動の違いから、インドの大学から直接学生を採用することのハードルは高い。こうした中、東京理科大学は国内で推進する産学連携モデルを基盤に、インドの大学・研究機関との連携を始めている。同大学で学び、日本の研究環境や企業文化に触れたインド人学生や若手研究者の採用は、日本企業にとって新たな高度人材獲得のチャネルとなる可能性を秘めている。本稿では、創域理工学部長の堂脇清志氏ほかへのヒアリングを基に、同大学の産学連携の取り組みとインドとの連携可能性を追った。
学問を社会実装につなげる東京理科大学・創域理工学部
東京理科大学は、古くから「実力主義」を掲げ、真に実力を身に付けた学生のみが卒業できる教育を実施している。卒業生の実践力は産業界からも高く評価されており、2026年3月卒業生の実就職率は94.4%と、卒業生数4,000人以上の大規模大学で全国1位となった。
堂脇氏が学部長を務める創域理工学部は、物理、数学、生物、化学、情報といった基礎学問を土台としながら、分野横断的な教育や課題解決型学習(PBL:Project Based Learning)を重視している。また、研究成果を社会実装につなげる取り組みにも力を入れており、国立研究機関や民間企業との共同研究を通じて、学生が実社会の課題解決に挑戦できる環境を整えている。こうした「分野横断」「産学連携」「社会実装」を重視する姿勢が、後述するTUS SciTech構想やインドとの連携にもつながっている。
新しい産学連携を進めるTUS SciTech構想
同大学は中長期ビジョンとして「TUS SciTech構想」を推進している。同構想では、東京理科大学ならではの独創的かつ分野横断的な教育研究を強化し、世界水準の研究大学として、国内外の優秀な研究者が集う研究拠点となることを目指している。
そして、この構想の中核を担う施策の一つが、学生を主体とした新たな産学連携のスキーム「TUS SciTech連携ビレッジ構想」だ(図参照)。同構想は、大学が企業、研究者、学生が集うハブとなり、基礎研究から社会実装までをシームレスにつなぐことで、イノベーション創造を活性化させようという取り組みだ。特徴的なのは、教員の研究活動を中心に企業と研究室が共同研究を行う従来型の産学連携ではなく、学生が主体的に企業と大学の連携プロジェクトに参加できる点だ。既に日本総合研究所、大日本印刷、三菱ガス化学の3社との取り組みが始まっており、日本総合研究所との共同研究では、「生成AI時代の金融システムにおけるUI/UX」をテーマに、学生が研究者として参加し、マーケットリサーチを行っている。
出所:東京理科大学提供
インド人材と日本企業をつなぐ新たな接点
その東京理科大学が、今インドに注目している。背景には、日本の研究・産業基盤を支える理工系人材不足があり、特に産業界で機械・電気系人材の不足感が強まっているという。一方で、インドは14億人を超える人口を抱え、STEM(科学・技術・工学・数学)教育への志向が強いことから、世界有数の理工系人材供給国となっている。堂脇氏は、日本が今後も研究力や産業競争力を維持していくためには、国内人材だけでなく海外人材との人的循環を確立することが重要と指摘する。その中でもインドは、高度な専門知識や研究能力を持つ人材の供給源として大きな可能性を有しているという。もっとも、優秀なインド人材を日本へ呼び込むためには、研究環境だけでは十分ではない。インド人材にとっては、日本で学んだ後にどのようなキャリアを描けるのかが、留学先を選ぶ重要な判断材料となる。卒業・研究終了後の進路が見通せなければ、日本を選択肢として検討しにくい。
TUS SciTech連携ビレッジを活用した人材循環モデル
そこで堂脇氏が描くのが、東京理科大学をハブとした人材循環モデルだ。インドの優秀な学生や若手研究者を大学に受け入れ、大学が進めるTUS SciTech連携ビレッジ構想を通じて、日本企業との共同研究やインターンシップの機会を提供し、将来的な採用や共創につなげるものだ。
このモデルは、日本企業側にもメリットがある。企業はインド現地での採用活動に伴う負担を軽減しながら、国内にいながら優秀な理工系人材との接点を構築できるからだ。通常、日本企業がインドの新卒を採用する場合、大学主導のキャンパス採用への参加が重要となる。インドでは大学ごとに採用ルールやスケジュールが異なり、優秀な学生ほどグローバル企業や現地大手企業との獲得競争となるため、大学就職課との関係構築や現地での認知度向上が求められる。これに対し、東京理科大学のスキームを活用すれば、日本の文化や研究環境を経験したインド人学生や若手研究者と、主に大学院における横断的な教育・研究活動を通じて接点を持つことができる。企業側は専門性だけでなく、日本語能力や職場への適応力、コミュニケーション能力も見極めやすい。また、インド人材にとっても、日本でのキャリアを具体的にイメージしながら企業と交流できるため、双方にとってミスマッチの低減が期待できる。
TUS SciTech連携ビレッジ構想では、企業の参画方法は必ずしも大規模な共同研究から始める必要はない。例えば、インド市場に関する調査や情報収集など、比較的小規模なテーマから連携を開始することが可能だ。企業は大きな投資やリスクを伴うことなく大学との接点を持つことができ、人材発掘やインド市場・技術動向への理解を深める機会にもなり得る。このような方針の下、創域理工学部でも、創域理工学研究科 にある横断型コースを活用するとともに、地域内外の企業や大学とのネットワーク形成を通じて、多様なステークホルダーが参画する共創活動を推進したいと考えている。
日印科学技術協力協定の追い風
東京理科大学がインドとの交流を拡大する上で、日印間の科学技術協力強化が後押しとなっている。日本とインドは1985年に日印科学技術協力協定を締結し、科学技術分野での研究者交流や共同研究の推進に取り組んできた。2025年は協定締結から40周年にあたり、日印両政府により「日印科学技術交流年」として、先端技術やイノベーション分野を中心とした人的交流や共同研究のさらなる促進が掲げられた。
その象徴的な取り組みが、科学技術振興機構(JST)が実施する「LOTUS Programme(インド若手科学頭脳循環プログラム)」だ。同プログラムは、インドの優秀な若手研究者を日本に招聘(しょうへい)し、日印共同研究の推進と若手研究者の国際的なキャリア形成を支援することを目的としている。研究者は約1~3年日本に滞在し、研究や論文作成に取り組む。東京理科大学からも2025年度に6件の研究が採択され、5人のインド人若手研究者を受け入れている。2026年度も4件の新規採択があり、インドとの交流が強化されつつある。
インドの大学との交流が示す今後の可能性
大学間の交流も進みつつある。2025年8月には、JST事業「さくらサイエンスプログラム」(注) を活用して、インドのSRM科学技術大学の学生と教員を東京理科大学へ招聘し、「マルチハザード災害を考慮した持続的な都市防災」をテーマとした交流プログラムを実施した。SRM大学グループでは、日本での就労を目指す高度人材育成プログラムが展開されており、日本企業への就職を志向する学生も多い(2026年8月25日付地域・分析レポート参照)。東京理科大学にとっては、日本語力と実務能力を兼ね備えたIT・機電系人材との接点拡大が期待できる。
また、2026年5月にはインド工科大学ボンベイ校(IIT-B)の教職員が東京理科大学の野田キャンパスを訪問し、今後の学生交流や研究協力について意見交換を行った。インドを代表する国立大学であるIIT-Bとの連携は、最先端分野の共同研究や博士課程学生の獲得につながることが期待される。実際に、東京理科大学が強みを持つバイオマス由来水素生成技術と、IIT-Bが取り組む水素燃料モビリティー研究を組み合わせた実証実験を、日印企業も交えて進めている。現時点では創域理工学部を中心とした交流段階にあるが、将来的にはインドからの留学生や若手研究者の受け入れ拡大につながる可能性がある。なお、2026年度のLOTUS Programmeでも、IIT-Bと堂脇氏の研究テーマが採択されている。
インド人材の受け入れ拡大に向けた課題と展望
一方で、優秀なインド人学生や研究者を継続的に呼び込むためには課題も残る。研究面では、東京理科大学は国内で高い評価を得ているものの、海外での認知度向上や研究成果の発信強化は引き続き課題だという。また、留学生活を支えるバックオフィス機能の英語対応や生活支援体制の整備も重要だ。
さらに重要なのが、卒業・研究終了後の出口設計だ。優秀なインド人材にとって、日本で学ぶ意義を高めるためには、研究機会だけでなく、キャリア形成の展望を示す必要がある。そのためには、大学単独ではなく、企業との連携によるインターンシップや共同研究、採用機会の提供が欠かせない。
堂脇氏は、こうした取り組みを国や公的機関の助成事業だけに依存して進めるべきではないと考えている。JSTの「さくらサイエンスプログラム」や「LOTUS Programme」は、日印間の交流や人材循環を後押しする重要な役割を果たしている一方で、その効果を一過性のものに終わらせないためには、自律的に運営できる仕組みの構築も不可欠だという。長期的には、インド人材が学費を払ってでも学びたいと思える教育・研究環境と、企業が参画する産学連携の仕組みを両立し、持続的な人材循環モデルを構築できるかが今後のカギとなる。
産学連携で描く高度外国人材循環モデル
東京理科大学の取り組みは、単なる国際交流や留学生受け入れにとどまらない。人口減少下で研究教育水準を維持・発展させるため、海外の優秀な人材との人的循環が不可欠だという問題意識に基づいている。また、インドをはじめとする海外の優秀な学生や若手研究者との継続的な人的循環には、大学と企業の連携が欠かせない。インド人学生・研究者にとっては卒業後のキャリアパスや活躍の場が見えることが日本留学の動機となる。企業にとっても、日本の大学で学び、日本社会や企業文化に触れながら研究活動を行った留学生は魅力的だ。また、学生と共同研究やインターンシップを通じて早い段階から接点を持つことができれば、採用後のミスマッチ低減にもつながる可能性があり、社会に出た後もグローバルに活躍できる即戦力人材となることが期待される。
TUS SciTech連携ビレッジ構想の特徴である「学生主体の産学連携」は、高度外国人材の育成や企業との接点創出との親和性が高い。将来的にインド人留学生や若手研究者が共同研究やインターンシップに参加すれば、日本企業は高度外国人材との接点を早期に構築できる。特に、同構想の理念のもと、創域理工学部のさまざまな試行が、人口減少下における教育研究大学として質の維持や、インドをはじめとした海外人材が集まる拠点として機能することが期待される。東京理科大学で始まりつつある取り組みは、大学と企業が連携しながら高度外国人材を育成し、研究力の向上と産業界の人材確保を同時に実現する新たなモデルとなるのか。今後の動向が注目される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
小柴 里沙(こしば りさ) - 2023年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部コンテンツ課、ベンガルール事務所を経て、2026年8月から現職。





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